その後の二人。【前編】(DDFF/R18)

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月が頭上からだいぶ移動したのを確認して、フリオニールは小屋の中に入った。
横たわるライトは身体を小さく丸め、自分のマントにしっかりと包まっている。穏やかな寝顔を見ていると起こすにしのびないのだが、
(かと言って起こさないと後が怖い。)
本当に怖いと思っているわけではないが、ライトニングの思うようにしてもらう方がフリオニールにもうれしいのだ。
それでも起こす前に小屋の中をもっと温めてやろうと、小さくなった炭に新しい物を足しす。部屋の中がほのかに明るくなり、その光りのせいかライトニングが身動いだ。
「…ライト?」
わずかな灯りでも兵士として訓練を受けていたせいだろう、ライトニングはすぐに目を覚まして身体を起こした。
「…時間か?」
「うん。」
ライトニングはあくびをしながら腕をのばして伸びをする。
「よく眠れた?」
「ああ。」
ライトニングは立ち上がると、マントをフリオニールに手渡す。
「良かったら使って欲しいんだけどな。」
「お前も冷え切ってるだろ?ちゃんとこれを着て暖まれ。」
「ライトが温めてくれるとうれしいんだけど。」
「バカを言うな。」
そう言いつつも、ライトニングはまんざらではないらしく、怒ることなく炭の塊を鍋の中に移している。そう言えば、さっきのあくびは可愛かったな、とフリオニールは思い出し、それでライトニングに触れてみたくなったのだが、生憎と炭の入った鍋を持っている。
「怪しいやつは居なかったか?」
炭を移し終えたライトニングが立ち上がり、振り向きざまにフリオニールを見上げる。
「ああ。異常なしだ。俺たち、雪原を横切って来ただろう?さすがに身を潜める所がないから、奴らも追ってはこれなかったんだろう。」
「じゃあ、次の街で待ち伏せしているかもしれない。油断するな。」
「うん。」
「それとな。」
「うん?」
ライトニングはフリオニールの頬をきゅっと引っ張る。
「あんまり、ニヤニヤするな。」
そう言い捨てると、ライトニングはさっさと小屋の外に出てしまった。
「俺…そんなにニヤニヤしてるのか…?」
試しにさっきのライトニングのあくびを思い出しながら頬に触れてみる。口角がきゅっと持ち上がって頬がぷくりと膨らんだのが触れた指先で分かった。
「俺…カッコ悪いな…」
フリオニールはライトニングに渡されたマントを羽織る。
(あ、ライトの匂いだ。)
それだけで、もううれしくて仕方がないのだ。試しにもう一度自分の頬に触れてみると、やっぱり顔が笑っている。
「…仕方ないだろ。あんなきれいな人が一緒で、俺の恋人で。」
誰に言うでもなく言い訳をしながらもぞもぞと横になる。
(俺…舞い上がり過ぎ…だな…)
暖かい室内に移ったせいか、どろり、とした睡魔が襲ってきた。もう少しライトニングのことを考えたかった(妄想とも言う)のにな、例えばベッドの中でだけライトニングは自分のことを”フリオ”と短く呼ぶとか。
そう言えば誰かにも”フリオ”と呼ばれていたような気がする。ライトではなく自分と年が近い、
(そうだ、ライトニングがティーダと呼んでいた…)
何かを思い出しそうな時のあの嫌な感じがするのかと身構えたが、それよりも濃い睡魔に耐え切れず、フリオニールは目を閉じた。
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ライトニングはフリオニールと同じ様に小屋の壁にもたれていた。足元に置いた炭の入った鍋のお陰でそんなに寒くはない。ぐっすり眠ったせいか、疲れもない。
(静かだ…)
さっきまで小屋の中でフリオニールが何やらしている気配があったが、今はそれもなくなり、ちゃんと休んでいるのが伺える。
さっきフリオニールに言ったとおり、次の街か村では敵が待ちぶせしているだろう。
(フリオニールの装備も手に入れないとならないのだが…)
滞在費と旅費のためにいくつかの武器と防具を手放したフリオニールの為に必要なのだ。となると、途中でモンスターを狩らなければならないだろう。
それに自分の装備も心配だ。
さっき帝国兵達に襲われたとき、銃は使わなかった。フリオニールが調達してきた火薬がどれだけの精度かが気になっていたのだ。もちろんテストをしなくてはいけないのだが、銃声でフリオニールを起こしたくないのだ。
軍人としてあるまじき、なのにどうしても出来ないのだ。ライトニングは自分もフリオニールには甘いな、と思わず空を見上げる。
空にはだいぶ傾いたきた半分の月と、それを遠巻きにして幾多お星が瞬いていた。
寒さで空気が澄んでいるのと、雪が月明かりを反射するせいで外は明るい。横断してきた雪原の端まで見渡せてなかなかの景色だ。この世界も美しいな、とライトニングは嘆息した。
(フリオニール…が居るから…)
などと、浮ついた気持ちが胸を過って、ライトニングは慌てて頭をフルフルと横に振る。その時、視界の端を何か光がスッと横切った。顔を上げると、拳くらいの光の玉がふわふわと漂っている。
あからさまに怪しい。ライトニングはすぐさま武器を抜いて身構えた。
光と適度な距離を保ちながら左へ、左へとゆっくりと歩を進める。と、何歩か歩みを進め、右足が地面についた途端まばゆい光の和が広がり、いくつもの光の玉に囲まれた。ライトニングは即座に視線を巡らせ、光と光の間に身体を滑り込ませ、光の和から飛び出した。ライトニングが飛び出したと同時に光の輪はその光量をどんどん増し、ついには轟音と共にそれは砕け散った。
「フリオニール!」
ライトニングは即座にフリオニールを呼ぶが、小屋の中からは何も気配がしない。
(変だ…この轟音でフリオニールが起きてこないなんて…)
「奴なら眠っている。」
聞き覚えのある声。尊大な不遜な言い振り。
ライトニングは振り返り、その姿を見てギリ、と奥歯を噛みしめた。
「皇帝…」
「久しぶりだな。」
「やはりこの世界に舞い戻ったか…」
ライトニングは突然現れた敵を見据え、皇帝もその視線でライトニングをその視線でしばるかのようにじっと見つめ返す。
「今度は何を企んでいる…!」
「口のきき方に気をつけるんだな。誰のおかげで愛しい恋人に再会出来たと思っている。」
「なんだと…?」
「お前をこの世界に召喚したのは私だ。」
「何っ!?」
皇帝はふん、と冷ややかに鼻で笑う。
「自分に都合の悪いことは覚えていないらしいな。次元の狭間を破壊したあと、お前が私に懇願したのだ。”もう一度フリオニールに会わせてくれ”とな。」
「ふざけるな!」
「どうせ自分に都合よくコスモしの仕業とでも思っているのだろうが、あのとき、コスモスは光の戦士を助けるために命を投げ出し、記憶の浄化を受けた。」
「どういうことだ!?」
「コスモスにはお前たちのことなど覚えていない。だから、お前に救いの手を差し伸べることなど不可能ということだ。」
「嘘を吐くな!」
叫ぶと同時にライトニングは高くジャンプし、皇帝の頭上からデュアルウエポンを一気に振り下ろした。その途端、巨大なフレアが発生し、弾き飛ばされた。ライトニングはすぐさま立ち上がると体勢を低く整え、そのまま目にもとまらない早さで皇帝に迫るが、踏み込んだ途端光の輪のトラップが発動する。勢い良くそこに飛び込んでしまったライトニングは逃げることも叶わない。
(フリオニール…!)
覚悟して目を閉じたところで、誰かが自分の腕を強く引いた。そのまま身体がふわりと浮いて、勢い良く引っ張りあげられたかと思うと、罠から放り出された。
放り出され、雪の上で咄嗟に受け身を取って着地したライトニンが見た物は、この世界には見られない服装の男の後ろ姿だった。黒く長い髪をうしろで一括りにし、よれよれのシャツを着てベージュのチノパン、足元にいたってはサンダル履きで右手にマシンガンを持っている。
ライトニングはその武器に見覚えがあった。
「…ラグ…ナ…?」
左手に持っていたロープをを放り投げ、ラグナは振り返ると、ウィンクをするつもりが両目とつぶるという不器用な挨拶をライトニングに見せた。
「久しぶりだな、ライト!」
「ラグナ…やはりラグナなのか?」
「どうしてここに…?」
「まぁた迷っちまってさ。遅くなった!」
さすがのライトニングも突然現れた皇帝と、同じように現れた懐かしい仲間にパニックを起こしている。
「ラグナ…お前…年をとってる…!」
「なかなか渋いナイスミドルだろぉ?」
実際、喋りさえしなければラグナはなかなかの男前で、その一声を聞いた時、ライトニングはそのギャップに驚いたものだ。
だが、今ライトニングの目の前に突然現れたラグナは、面影こそ変わっていないが目尻に細かいシワが見え、顔全体が少し弛んで老けた感じがする。
ラグナはマシンガンを構えると、銃口を皇帝に向ける。
「虫けらが…どうやってここに来た。」
「仲間の危機に駆けつけたってわけだ。久しぶりだな、皇帝!」
ラグナの出現は皇帝にとっても予想外のことだったようだ。眉をひそめたその表情には僅かだが動揺が見られる。
ライトニングも漸く我に返り、ラグナの後ろに立ち上がる。
「大丈夫かぁ、ライト?」
「ああ…助かった。」
「でも、あんまり期待すんなよ?なにしろ、俺がここに居られる時間はあとちょっとだ。」
「何…?」
「アシストってことだ。すぐに消える。」
皇帝は意図を読ませない冷たい表情で二人をしばらく眺めていたが、やがて、ふんと小さく鼻で笑うと、
「興が削がれた。今は引いてやろう。」
そううそぶくと、姿を消してしまった。
「ひゅ〜助かった。」
ラグナはそうおどけると、ライトニングに笑いかける。
「なにしろ、最近はデスクワークばっかりで腕がにぶっちまってな。」
敵の気配が完全に消えてしまった所でライトニングも武器を収めた。
「ラグナ…」
「あいつの言うことなんか気にすんな。」
ラグナは自分が持っている弾をライトニングに手渡す。
「見たところ、この世界は火薬の精製技術はあまり良さそうじゃない。持ってってくれ。こんだけありゃ当分保つだろう。」
「すまない…」
「フリオニールを頼むな。」
ライトニングは思わず笑ってしまう。
「この世界に迷い込んだのは私だ。なのにフリオニールの心配するのか?」
「あいつは根が単純だ。でもな、それだけじゃないような気がするんだよなあ。」
「なんだそれは?」
「あいつ、笑うのが苦手だろ?気にかけてやってくれ。」
「私の心配はないのか?」
「のばら君が付いてるからな。」
どっちなんだ…と眉をひそめるライトニングにラグナは笑いかけ、そして少しばかり顔を引き締めると,
「ライト、あいつの言葉に惑わされるなよ。ジェクトが奴の手に落ちたのは話したよな?」
「ラグナ……」
ライトニングはそれに応える余裕がなかった。なぜなら、ラグナの身体がどんどん透けていっているからだ。
「ちぇっ…もう時間か。」
ラグナは自分の手のひらが透けているのを見てとって、うそぶいた。
「じゃあな、ライト。」
「ラグナ…消えるな!」
消えていくラグナにライトニングは置いていかれる子供の様に心細くなる。あの時の仲間に折角もう一度会えたのに。
「ライト、お前が聞きたいことに俺は答えられない。なんでかっつーと、俺もどうしてここに来たか、あのあと、俺も他の連中もどうなったかも分からないからだ。だからお前がここに居る理由も、俺は知らないんだ。」
ラグナはライトニングに手を振ると、また両目を閉じる不器用なウィンクをして見せて、
「でもな、細けぇことは気にすんな。」
「ラグナ…!」
「後悔のないようにな!」
最後の言葉のとき、ラグナの身体は完全に見えなくなっていた。
辺りがしん、と再び静寂を取り戻しても、ライトニングはしばらくぼんやりと今起こった出来事を頭の中で反芻していた。
(私が…あいつに…頼んだりするはずがない…フリオニールに…会いたいなどと…)
フリオニールの名前が思い浮かび、ライトニングは慌てて小屋に飛び込み、大きな身体を小さく丸めて横になっているフリオニールの顔を覗き込んだ。
すうすうと穏やかな寝息が聴こえ、ライトニングはその場にへたり込んでしまった。
(無事…か…)
安らかに寝顔を見つめていて、”フリオニールを頼むな。”そう言っていたラグナを思い出す。
(笑うのが苦手…と言っていたな…)
どういう意味だろう?二人で居るときはよく笑っているように見えるが。
(何が言いたかったんだ…ラグナ…)
追いかけて、問い質すことは出来ない。そして、
(助けてくれた礼すらも言う暇がなかった…)
開け放たれたままの扉から、ひゅう、と冷たい風が吹き込んで来た。
フリオニールが身動いだのを見て、ライトニングは小さくなった火に炭を足し、眠っているフリオニールの頬にそっと手を当ててみた。
おそらく皇帝に魔法をかけられたのだろう、フリオニールはライトニングの冷たい指先に触れられても気付くことなく、こんこんと眠り続けていた。

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