その後の二人。【前編】(DDFF/R18)

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どれだけの時間立ち尽くしていたのか。微かな風が頬を撫で、ライトニングは顔を上げた。その先にフリオニールが立っていた。即座にライトニングは自分が消えることをフリオニールに悟られてはいけないと決心した。心配をかけたくない、自分が消滅してしまうことでフリオニールを動揺させたくない、それが理由だった。皇帝を倒す、それは避けられない道だ。だが、せめてそれまでは心穏やかでいて欲しい。
(いや、そうじゃない…)
自分が消滅することで嘆き悲しむフリオニールを見たくないのだ。そうして自分を引き留めようとするフリオニールに心が揺らいでしまったら…
ライトニングは怖かった。再会してまだ2〜3週間しか経っていない。たったそれだけの短い期間にもかかわらず、ライトニングには2人の日々を失うことが耐え難いほど恐ろしくなっていた。1時間、1秒、一瞬でも良いから少しでもこの時間が続けばと願わずにはいられない。
「フリオニール。」
呼ぶ声は震えていないだろうか。ライトニングは手に持っていた召喚石をフリオニールに差し出した。
「…それは何だ?」
ライトニングが声を掛けてくれたことで、フリオニールもまるで呪縛から解き放たれたように、やっと身体を動かし、声を出すことができた。
フリオニールも真相を知るのが怖かった。2人で過ごした日々が1日でも長くと願うのはフリオニールも同じだ。
「…不思議な色の光だ…まるで…」
血の色のようだ、と言いかけてフリオニールはその言葉を飲み込んだ。
「召喚石だ。これを持ってドラゴンに縁のある所に行くように言われた。」
「ドラゴン…飛竜のことか…船だと時間がかかる…」
「飛空艇のある街を目指そう。一刻も早くたどり着かなければ。」
「だとしたらポトフの街だな…」
まるで舌が石になったかのようだった。そうして、どうやって飛空艇を手に入れるんだ、とか、飛竜ゆかりの地、ディストは未だ廃墟で何もないとか、ライトニングに心変わりを促すような言い訳ばかりが頭の中でぐるぐると渦を巻く。フリオニールはライトニングに気づかれないようにため息を吐いた。ライトニングが何かを隠している、フリオニールの中でそれは確かなものになっていた。
(でも…彼女はそれを俺に知って欲しくない…聞いて欲しくないんだ…)
そうだ、だから聞いてはいけない、フリオニールは自分にそう言い聞かせた。聞いてはいけない、知ってはいけない、それは2人の旅の終焉を意味する。
ライトニングもすぐさま飛空艇を選択した自分に驚いていた。目的地に早く到着するためにフリオニールとの日々を切り捨ててしまえるのは軍人として訓練されてきたからだろうか。ライトニングがフリオニールと離れがたいのと同じように、フリオニールだってライトニングとずっと一緒に居たいと願っているのは分かっているのに。ライトニングはフリオニールにひどい仕打ちをしているような罪悪感を抱いてしまう。
「とにかく、一旦野営した場所に戻ろう。今夜はこれ以上奴が襲ってくるとは思えないが、移動した方が良さそうだ。」
そう言って歩き出したフリオニールの後についてライトニングも続く。2人の間の空気は重苦しく、それぞれの肩にのしかかって来る。足取りも重い。たどり着いた野営地の焚き火はとっくに消えていて、微かに煙の臭いと、静寂だけがそこにあった。フリオニールは手早く荷物をまとめると、
「…ごめん、ライト。休めなかったな。」
「私なら大丈夫だ。」
こんな時でも自分を労ることを忘れないフリオニールにライトニングの切なさがますます募る。この優しい恋人と離れ離れにならなくてはならないなんて。心配そうに瞳を覗きこんでくるフリオニールに全てを打ち明けてしまいたくなる。心が揺らぐ。せめて飛空艇ではなく船で行けばもう少しフリオニールと一緒に居られるのではないか、そんな考えが頭を過る。
(…何を考えてる…)
フリオニールもライトニングが何かを打ち明けてくれるのではと期待をこめてその瞳を見つめていたが、ライトニングが俯いてしまったのを見て彼女が心を閉ざしてしまったのを知る。
「…行こう。」
それ以上問い詰めることも出来ず、フリオニールはライトニングに背を向け、先に立って歩き出した。ライトニングも後を追う。足は枷で繋がれたかのように重かった。ライトニングは自らの消滅と恋人との別離に沈む心を叱責しながら歩みを進める。そうだ、敵は倒さなければいけない、皇帝はコスモスの力を利用しようとして何かを企んでいる。それを止められるのは自分だけだ。だが、それが自分の消滅と引き換えだという重い事実に思考がたどり着くと、ライトニングの歩みは止まりそうになる。いや、立ち止まってはいけない、そう言い聞かせて思考は最初に戻る。敵は倒さなければならない、ただし、今のライトニングの全てと引き替えにしてだ。絶望の中で自らを奮い立たせ、また失意に陥るという思考のループを延々と繰り返しながらライトニングはただ機械的に足を動かしフリオニールの後について歩いた。
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陰鬱な森の中を2人はそれから夜を通して歩き続けた。朝になり少し休息をとり、そしてまた旅を続けた。もうすぐ目的の街に着くというフリオニールの言葉にライトニングが先を急ぎたいと強く訴えたからだ。
「…確かに、今すぐ発てば夜には着くが…」
そう言って渋るフリオニールを急かして目的地へと急ぐ。フリオニールと少しでも一緒に居たいのに、先を急ぎたがる自分はなんなんだろう、と我ながら思ってしまう。目的のためなら愛情も切り捨てるのか。うっそうとした森はライトニングの気持ちそのままだった。日が暮れ、辺りはますます暗くなる。そんな薄暗い中でほのかに見えるフリオニールの背中だけを見て歩いた。
ふと、フリオニールが足を止めた。
「…どうした?」
「少し回り道をしていいか?」
「…先を急ぐと言っただろう?」
「大丈夫、ほんの少しだけだ。」
そう言ってまた歩き出したフリオニールにライトニングはそれ以上強くは言えなかった。フリオニールの足音だけを耳に、足元に目を落とし、下を向いて歩いていた。道はどんどん細くなり、しまいにはフリオニールは藪をかき分けて進む。いったいこんな所に何があるのかと抗議しようとした所で唐突にそれは途切れ、景色が開いた。
突然開けた数多の星が瞬く空に、ライトニングは息を呑んだ。星空はどこまでもどこまでも続いていてまるで自分が宇宙に浮いてるのかと錯覚していまう程だ。いくつもの流星が横切っては消えていくその星空の果てはくっきりとした境界をひいて深い藍色の海と交わっている。ふと足元を見下ろすとそこには街の光が優しく灯っていた。ライトニングの記憶に残る故郷の夜の明かりに比べるとそれはとてもささやかだが、どうしてだかとても暖かくライトニングには見えた。
星、夜の海、街の灯、それらを見たときライトニングは自分の心が大きく揺り動かされたのが分かった。
「…きれいだろ?」
控えめにフリオニールが声をかけてくる。
「前に来たときに道を間違えてここに出てしまったんだが、景色がとてもきれいだったから覚えてたんだ。」
フリオニールはそこで少し言葉をきって、
「…ライトに見せたかったんだ。」
その言葉にライトニングはゆっくりとフリオニールに顔を向けた。見つめられてフリオニールは少し照れて、そうしてはにかんだ笑顔を見せた。
その瞬間にライトニングは心を決めた。フリオニールに見つめられたとき、優しい言葉をかけてくれたとき、その度に胸の鼓動が高まり、きっとその度ごとに自分は何度も繰り返し恋に落ちていたのだろう。今だってそうだ。どうしようもなくフリオニールと、フリオニールの生きるこの世界への愛おしさがこみ上げ、それは瞬く間にライトニングを満たした。守りたい、いや守らなくては、と強く思った。愛する者のため、愛する者の居場所を守るために自分を犠牲にすることが、まるで息を吸って吐くことのように当たり前に思えた。そうだ、この日が来るのは分かっていたではないか。さっき見せたフリオニールの笑顔を守るため、自分はこの世界から消えよう。
(…それでいい…)
そもそも、もう二度と会えなくなっても良いと、次の戦いのための、あの敗戦のための戦いに赴く時に決めたではないか。皇帝の思惑のためとは言え思いがけず再会をし、2人の時間を持つことができた。
(…もう充分だ…)
本当はいつまでもいつまでもこの風景を2人で見ていたかったけど。皇帝の謀略を砕き、フリオニールとフリオニールの世界を守ること、
(それが今の私のなすべきことだ…)
そう考えると、もう何も恐れるものはなかった。ライトニングはフリオニールに歩み寄ると、その両手を取ってぎゅっと握りしめた。
「…気に入った…?」
「ああ…とても、きれいだ。」
「…よかった…」
「お前の世界は…とても美しいのだな…」
ライトニングはフリオニールにそっと身体をもたれかけた。
「…頼みがある。」
フリオニールはライトニングの仕草に、彼女が喜んでくれているのだと単純に思いこんで、うれしそうに顔を覗きこんでくる。
「もし…もしも、だ…私達が離れ離れになって、お前が私を思い出してくれる時があったら…この景色を思い出して欲しい…共に…この景色を一緒に見たことを…」
ライトニングの言葉はフリオニールの心臓を凍りつかせるには充分だった。嫌な予感に思わず身体を離した。
「もしもの話だ…」
悟られてはいけない、とライトニングは言葉は濁した。だが、フリオニールにはライトニングの表情は澄み切っていて、微笑んではいるがどこか儚げに写った。それがますますフリオニールの不安を煽る。
「ライト…」
「聞け、フリオニール。」
「いやだ!」
激しい感情をあらわにしたフリオニールにライトニングは驚いて目を見張る。
「ユウナと何を話したんだ…」
「…なんのことだ?」
「俺の居ない間に…それからライトの様子がおかしくなった…」
「…ユウナは…関係ない…」
フリオニールの観察眼を甘く見ていた、とライトニングはうかつなことを言ってしまったことを悔やんだ。
「じゃあ皇帝か…?俺が…ライトから離れたから…」
フリオニールも後悔でいっぱいだった。あの時ライトニングと離れなければ、
(いや、こんな景色なんか見せなければ…)
不安で不安でどうしようもない。心臓をずたずたに裂かれ、引きちぎられるような感じだ。目の前に居るライトニングが遠くに居るかのように感じる。突然見えない壁が2人を遮ったようだ。今まで別れの予感が胸を掠めたことは何度もあった。だが、ライトニングの言葉はあまりにも突然過ぎた。フリオニールの考えでは2人の旅路はもっと長くなると思っていたのに。
「フリオニール…」
ライトニングはまるで子供にでも言い聞かせる様に優しくその名を呼び、頬にそっと手を添えた。
「お前にも分かっていたはずだ…”その日”はいつか必ず来ると。」
心を決めたライトニングに迷いはもうない。いつもなら自分というものがないのではないかと訝しむほど素直なフリオニールがこれ程までに激高するとは思っていなかった。だが、今はただ聞き分けて欲しいと願うばかりだ。
「…君は…」
絞りだした声も、握りしめた拳も震えていた。言葉が続かない。
「…街に降りて、宿を探そう…」
長い沈黙のあとにそれだけを言うと、フリオニールはライトニングに背を向けて歩き出した。
*************************
石畳の道をフリオニールと寄り添って歩く。製鉄場や何やら部品を作っている工房が至る所にあり、遠くには工場があるのだろうか、大きな煙突が見えた。家の造りや立ち並ぶ商店を見ても以前滞在したあの牧歌的な街よりもだいぶ近代的な感じがする。
珍しさに周りを見回していたライトニングだったが、ある物が目に入り、思わず足を止めた。レンガ造りの2階建ての住宅の周りを腰ほどの高さのバラの生け垣が取り囲んでいたのだ。紅だけではなく、黄色やピンクに白と様々な色のバラが咲き誇っていたが、ライトニングの目を引いたのはもちろん紅いバラだ。
「…どうかしたのか?」
問いかけたフリオニールに、ライトニングはフリオニールがあの花の記憶を失っていることを思い出した。
「いや…きれいだと…思って…」
フリオニールは驚いた表情を見せたが、
「ライトもやっぱり女性なんだな。」
「やっぱりとはどういう意味……おい!?」
フリオニールがバラの花を一輪手折ろうとするのに、ライトニングは思わず声を駆けて引き止める。
「こんなに咲いてるんだ。一輪くらい構わないさ。」
そう言ってフリオニールは紅いバラを選んで折ると、ライトニングに手渡した。
「やっぱり、この色がライトに一番良く似合う。」
ライトニングはバラの花を受け取り、その花にそっと顔を寄せた。豊かな香りが花をくすぐる。フリオニールの言葉も気持ちもうれしい。が、やはり覚えていないことに失望する気持ちを抑えることが出来ない。
(…だが、もういい…)
消滅するこの身に花の記憶など、もうどうでも良く思えてきて。
「ありがとう。」
せめて、この花をあの時の花の代わりに大事に持っておこうとライトニングは心に決めた。フリオニールはバラの生け垣のあるその家の近くの宿を見つけ、
「今夜はここに泊まろう。」
異存があるはずもなくライトニングはき、フリオニールの後に続いて宿に入った。案内された部屋は前の宿より薄暗く、部屋も狭かった。シャワーがあるにはあったが水しか出ない。それでも幸い部屋だけはとても暖かかったので2人は交互に身体の汚れを落とし、薄いローブを羽織って簡単な夕食をとった。
「…ごめん。レストランがもう閉まってて。」
それでもライトニングが好きな干し肉を挟んだサンドイッチを開いている店を探して調達してくれたようだ。
「いや…これで充分だ。」
本当はとても何かを食べるという気分ではなかった。だが、ハーブを煎じたのだろうか、香ばしい香りのする温かい茶は疲れた身体に染み入るようで、同時に空腹感も思い出させてくれて、思わずサンドイッチにかぶりついた。前の宿で毎日食べていたものより野菜がたくさん入っていて、干し肉は香辛料が多いようで一口目は辛いと感じたが、二口目からは癖になるとでも言うのだろうか、ライトニングは瞬く間にそれを平らげてしまった。
硬い表情をしていたフリオニールだったが、ライトニングが夕食を残さず食べたのを見て少しホッとしたようだ。食事を終えたライトニングがバラの花を大事そうにカップに生けてくれたのもうれしい。
「…明日は、もっと美味い物を食おう。」
約束されたはずの必ずやってくる明日という日がライトニングには今はとても不確かだ。たった今食べ終えた食事にしたって、それが最後の食事になるかもしれない。ふとそんなことを考えたが、やっと安心した表情を見せたフリオニールの顔をもう曇らせたくはなくて、
「そうだな。」
とライトニングは笑顔で答えた。
フリオニールはその笑顔に逆に違和感を覚える。ライトニングが優しすぎるのだ。口数が少ないのも気になった。自分に心配をかけまい、不安を悟らせまいと無理をしているのだと分かり、さっき星空を一緒に見た時の不安がまたもやよみがえる。
「…今日はもう、休もう…」
「…ああ、そうだな。」
言った先からどうすればいいのか分からず、フリオニールは立ち上がることが出来ない。ライトニングも同じようで、窓際に置いたバラの花に目を落とし、動こうとしない。なんとなく声がかけられなくて、フリオニールは先にベッドに入った。皇帝に眠らされないようずっとアイテムを身に付けていたせいでろくに寝られなかったせいで、すぐに目蓋が落ちてきた。
ライトニングはフリオニールが眠ったのを見てとると、ローブを脱ぎ、服を着た。これ以上もう一緒には居られない、ライトニングはそう思ったのだ。優しいフリオニールと自分の運命の狭間でこれ以上揺らぐのはあまりにも辛すぎる。フリオニールの前から姿を消すことで、彼がどう思うか、どれだけ絶望するか想像しないわけではないが、これが最善だ、いつか分かってくれると自分に言い聞かせる。ライトニングは音を立てないように装備を身につけ、そしてそっとドアを開いた。

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