その後の二人。【前編】(DDFF/R18)

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ライトニングはシャワーを浴びながらフリオニールの態度を思い返していた。
フリオニールは皇帝の元に行く、というライトニングの提案に心の底から賛同しているわけではなさそうだ。
(以前に皇帝と戦っていた時のことを”ひどい戦い”だと言っていた…)
仲間をたくさん失ったとも言っていた。それで、ライトニングの身を案じているのだろ。
(だが、上手く話を逸らされた様にも思える…)
フリオニールが何かを抱え込んでいるのだろうか?ライトニングにはそれが少しもどかしかった。皇帝さえ倒せば二人の記憶のずれも、ライトニングがこの世界に来た理由も分かる。
そこで、ふと、一つの懸念が浮かんだ。
(本当に奴さえ倒せば…全てうまく収まるのだろうか…)
仮に皇帝を追い詰め、その喉元に剣を突きつけたとして、あの狡猾な居丈高な皇帝がそうやすやすと全てを話すだろうか?ライトニングは再び混乱し、今、自分の身に何が起こっているのかを頭の中でもう一度整理してみる。
(12番目の戦いのあと、次元の狭間が破壊されたのを確かに見た…)
それははっきりと覚えている。
おそらく、ライトニングが力尽きて倒れた時、傍に居なかったのはユウナとラグナだ。おそらく、その二人でそれは成し遂げられたのだろう。
(そして、私を除く5人は元の世界に戻った…)
この5人はライトニングの危機を察すると、次元を越えてほんのわずかの間だが、ライトニングを助けに来ることが出来るらしい。
だが、それがどういった理論なのかライトニングには想像もつかない。皇帝も突然現れたラグナに驚いていた。
(と、言うことは、皇帝にも理由が分からないのだな…)
ヴァンもラグナもどうやってここに来たのかは分からないと言っていた。考えに行き詰まり、ライトニングはもう一つの疑問について考えてみる。
(フリオニールは13回目の戦いに勝利したから自分の世界に戻って来た…カオスが倒れてあの戦いのあった世界は消滅し、それで皇帝もこの世界に戻ったのだろう。)
この考えは我ながら確証が持てた。
(そう言えば…カオスが消滅した後、コスモスはどうなったのだ…?)
ライトニングはコスモスの事を思い出した。凛とした美しい女神だったが、世界の秩序を守るという大役の前には儚げに見えた。勢力の一端を担う将としてはあまりにも受動的で頼りなくライトニングには思えていた。
そのコスモスが自ら動いたのがクリスタルだ。
(そうか…フリオニール達が13回目の戦いに勝利したのはコスモスから得た力をクリスタルに変えることが出来たから…)
そこでふとカインの言葉を思い出した。
(戦いが終わる度に…コスモスの戦士たちは浄化を受けて記憶を失った…と言っていたな。)
心臓がどくん、と大きな音を立てて胸の中で跳ねた。
(記憶の、浄化を受けた…だとしたら…)
鼓動はどんどん大きくなり、ライトニングの呼吸を圧迫する。ライトニングは立っていられず思わずその場に膝をついた。頭上からはシャワーがまるで雨のように降り注ぐ。
(あいつが…フリオニールが…私の事を思い出すことは…決して…ない…)
いや、とライトニングは激しく頭を横に振る。
(あいつは…私を抱いている時は何かを思い出しそうになると…)
ライトニングを抱いている時のフリオニールのキスも愛撫も全てライトニングが良く知っているもので。
(他にも共に行動をしていた戦士たちの名前を少しずつ思い出していたじゃないか…)
だが、それは13回目の戦いの記憶だ。12回目の戦いのとき、コスモス勢にティーダは居なかった。
(もし…フリオニールの記憶から12回目の戦いの記憶が…私たちのあの約束の記憶が完全に消えているのなら…フリオニールは”思い出せない”んじゃない、”知らない”のだ…)
ライトニングは呆然と天井を見上げた。どめどなく温かい湯が降り注ぐのに、身体がどんどんと冷えていくような気がした。
もし、皇帝を倒したとして、皇帝がフリオニールに記憶の浄化について話してしまったとしたら?
(それを話しても…フリオニールは私と一緒に居てくれるのか…?)
フリオニールはライトニングのことを本気で愛してくれている。仮に真実を知ったとしても、きっとこの戦いの最後までライトニングから離れることはないだろう。
だが、そのフリオニールは記憶が戻ったら花を返すというあの約束を覚えていない。
(あのフリオニールは…もう居ないのか…)
のばらの花をいつか返してくれる、というフリオニールとの約束が、不条理なあの世界で見つけた仄かなぬくもりだったのに。
終わりの見えない戦いの中、そんな中でもライトニングに出会えて心から幸せだと言っていたあの恋人はもう居ないのだろうか?
ライトニングはシャワーを止め、身体を拭いて薄いローブを羽織た。
(いや、ユウナは何度かの戦いを経て記憶が少し残っていると言っていた…)
その僅かな可能性にすがるしかないのだろうか。
(落ち着け…)
ライトニングはすぅっと息を大きく吸った。
(今は…皇帝の所にたどり着くことだけ考えろ。)
ライトニングがバスルームを出ると、ヴァンが残していった武器はきちんと仕分けられていて、フリオニールが所在無さげにベッドに腰掛けていた。
「カタナは残さないのか?」
「手入れが大変そうだから。」
残す得物は槍と斧と盾に杖と、フリオニールの装備に合ったものだけのようだ。
「腹が減ったろう?俺は下の”雪花亭”に行ってるから。」
「分かった。すぐに行く。」
バスローブのまま出てきた自分に気を使ったのだろう、フリオニールが部屋の外に出たのを見届けると、ライトニングはローブを脱ぎ、自分の服を着た。
フリオニールの後を追って部屋を出ようとして、ヴァンが残していった武器が目に入った。さっきヴァンが使ったものは血のりが丁寧に拭き取られていて、ちゃんと手入れがされていた。フリオニールらしいな、と思わず笑みがこぼれる。
(それにしても、見事な装飾だな…)
槍一つとっても、ヘッド部分は繊細な唐草の様な彫刻が施してあり、ところどころに赤や青の石が嵌めこんである。先端部分と合わせると一葉の大きな葉の様に見える。柄の部分はまるでエナメルの様な塗料が塗られていて黒く、艶やかに光っている。手に持つ部分は皮のテープが巻かれているが、その部分にも美しい模様が型押しされている。
決して安価な物ではないのだろうに、気前よく置いていってくれたヴァンに感謝の気持ちでいっぱいになる。
ライトニングは他の武器の細工や装飾を見ている内に、ヴァンの剣がさっきフリオニールがカタナを試した時に使った剣と明らかに違うことに気がついた。
ライトニングは慌ててフリオニールの剣と比べてみる。フリオニールが既に気がついた様に、明らかに異なる文化の物だった。
(フリオニールが…それに気がついていないはずがない…)
再び、心臓が大きく脈打った。
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ガシャン、と食器が大きな音を立て、フリオニールは我に返った。
雪花亭は宿の中のレストラン、と言うよりも居酒屋に近い雰囲気で、旅人と村の住民の両方で賑わっていた。
それなのにフリオニールはつい物思いに耽ってしまい、ぼんやりとスープの表面を眺めていたのだ。自分の心労をライトニングに悟らせてはいけない、と慌てて顔を上げ、笑顔を作る。が、ライトニングもスープを掬い、そのままの姿勢でスプーンをぼんやりと眺めている。
「…ライト?」
呼ばれてライトニングも慌てて顔を上げる。勢いでスプーンの中のスープがはねてライトニングの白いジャケットを汚した。フリオニールがナプキンを手渡すと、ライトニングは口の中で小さく礼を言ってそれを受け取った。
(…?…ライトの様子が…変だ…)
フリオニールは不思議そうにライトニングを眺めた。ついさっきまで皇帝の所に行くと決意を固めていたのに、ほんの僅かの間にライトニングはどこか虚ろになっていて。
「…ライト…食事が口に合わないのか…?何か別のものを頼もうか?」
「いや…食事は…とてもうまい。どうやって…その、奴のアジトを見つけるのかと思って…。」
ライトニングはジャケットのスープを拭いながら答える。
「ああ…それなら…奴はおそらくパラメキア城に居るだろう…」
「確証はあるのか?」
「いや…だが、実際に俺達が行ってみて誰も居ないでは話にならないだろう?この世界にはそういった情報に通じてる者が居る…彼らを通じて城の周辺をの状況を集めるんだ。物資や人の流れで何か見えて来るだろう。」
「なるほどな…」
「日にちが少しかかるが、無駄足を踏むよりは良い。その間、ここで狩をして待ってればいい。」
「分かった。だが、人を雇うのは金がかかるんじゃないか?」
「それは大丈夫だ。なにしろ、今日はライトのお陰でかなり儲かったからな。」
「正確にはお前の失言のお陰だ、フリオニール。」
そうだったな、とフリオニールが笑う。
その笑顔を見て、ライトニングはふとラグナの言葉を思い出した。
「あいつ、笑うのが苦手だろ?気にかけてやってくれ。」
言われてみると、今の笑顔はぎこちない。
(ラグナが言いたかったのはこのことか…?)
だが、どうも違う様な気がする。
ライトニングは考えながらスープを掬って口元に運ぶ。この世界の食べ物はライトニングの世界の物と比べて素朴で味付けもシンプルだ。
最初は自分たちの世界の料理と比べて薄味に感じた。おそらく、自分たちの世界の食べ物は味覚を刺激する成分が調味料に入っていたのだろう。ライトニングは食べ物の味そのものを味わうこの世界の料理に徐々に慣れて来ていて、今ではそれらがおいしいと感じるようになった。
「フリオニール、お前の方こそ食が進んでいないようだが。」
「ああ…すまない。俺も考えごとをしていた。奴の居所や…これからのことを考えていて。」
ライトニングはフリオニールを注意深く見てみる。さっきよりは落ち着いている様に見えるが、不自然な笑顔とどこか上の空な様子だ。ライトニングが危惧している様に、突然湧いて出た大量の武器のことを不審に思っているのだろう。
「大丈夫だ、ちゃんと全部食べる。」
フリオニールはフォークを豪快に肉に突き刺して、かぶりつく。ライトニングもそれを真似て同じ様に大きく口を開けて肉をかじった。ライトニングの世界の肉よりも筋が多いが、よく煮込まれて柔らかくなっており、ピリっとした味付けが食欲をそそる。
「辛くないか?」
「いや。好きな味だ。美味い。」
お互いに、自分の考えていることを悟られたくなくて、食事を楽しんでいる体を装う。
どこからか酔っ払った客達が声を合わせて歌う声が聞こえてくる。活気のある良いレストランだ。食事も美味い。なのに、今はそれを楽しむ余裕が二人にはなかった。
食事を終えても、二人共に部屋に戻るのが気まずくて、フリオニールが、
「少し外を歩かないか?」
と提案し、ライトニングはフリオニールに連れられて宿の外に出た。
目の前を馬車が横切る。
「村の真ん中に広場があった。花壇がきれいで…今夜は星もきれいだ。」
フリオニールに言われてライトニングは夜空を見上げた。言われた通り満天の星空だ。
「…本当だな。」
星を見上げるライトニングの横顔は美しく、でも、何故か今はそれを言葉にできずに居る自分にフリオニールは戸惑う。
「こっちだ。」
フリオニールはライトニングの先に立って歩き出した。
農作物が入った大きなカゴを背負い歩いている母親と子供、猟から帰って来たのだろう、弓や銃を持った男たちとすれ違い、二人は村の真ん中の少し開けた場所に来た。
綺麗なモザイクで彩られた小さな噴水と、その周りをぐるりと花壇が囲んでいる。こじんまりとしているが、よく手入れされた庭園だった。フリオニールは色があせて白っぽくなっている木製のベンチに腰掛けると、ライトニングにも隣に座るように手招いた。
二人は黙ってしばらく噴水を眺めていた。
何から話して良いのかフリオニールは途方に暮れて夜空を見上げた。寒さのせいで空気が澄んでいて星が良く見えた。フリオニールは子供の頃、狩りに連れて行かれて、野営の時に星が物語を紡いでいると教えられ、その時に聞いた物語の数々をぼんやりと思い出した。
「なぁ、ライト。」
フリオニールは空の一点を指さす。
「あの星。あの星から少し下がって…少し赤い星があって…」
フリオニールはいくつかの星を指さし、ライトニングに示す。ライトニングも差された方を見上げる。
「俺達の世界では星が物語を紡ぐ。あの星たちは…過ぎ来し方の女槍士をかたどっている。」
「…星座だな。」
「君の世界ではそう言うのか?」
「ああ。そして同じように星達それぞれに物語がある。」
こんな風にお互いの世界に共通点を見つけると、二人は理由もなくうれしくなる。ライトニングの表情が少し明るくなったので、フリオニールはホッとする。
「その女槍士の話が一番有名なんだ…彼女は離れ離れになった恋人を探してはるばると旅をしていた。旅の先々で弱い立場の人たちのために戦って…それで神に祝福されて星の物語として列せられた。」
「その話は…最後はどうなるのだ?」
「最後…?」
「恋人を探していたんだろう?無事に会えたのか?」
フリオニールは言葉に詰まった。
物語の女槍士が漸く探し当てたその恋人は記憶をなくし、彼女の事を覚えていなかったからだ。
フリオニールは子供の頃はその恋人がなんてひどい奴だろうと思っていた。不実で、いい加減な男に思えた。
(でも、今の俺はそいつと同じ立場だ…)
再会した恋人は、女槍士の目にどう映っていたのだろう?
やっとの思いで再会したのにまるで他人のように振る舞われ、どんなに傷ついたことだろう。
「どうだったかな…ごめん、最後はどうなったかよく覚えていないんだ。」
これは本当のことだった。なにしろ、当時の幼かったフリオニールはその恋人にとても憤慨してしまい、それを話してくれた誰か──それは父親だったのだろうか──は続きを話してくれなかったからだ。
「多分、幸せに暮らしたんじゃないかな。」
「そうか…」
「ライト…」
「なんだ?」
”君には俺はどういう風に映っているんだ?”それが聞きたくても聞けない。
皇帝の元に辿り着き、奴を問い詰め、倒せば記憶が戻り、こんな胸のつかえは全て下りるのだろうか。
「…冷えてきたな。」
一方ライトニングも武器のことに気付いているのかを聞くのが怖かった。正直に話すことも考えたが、今の時点で分かっていることなどライトニングにもほとんどない。
(話せばフリオニールは信じるだろう。信じなくても、信じようとするだろう。)
それがフリオニールを苦しめるていることをライトニングはよく理解していた。二人の記憶の違いが原因のすれ違いはライトニングを臆病にしていた。
「そうだな。」
二人は連れ立って宿への道を歩き始めた。フリオニールもライトニングも物思いに沈み、部屋に戻るまで一言も言葉を交わさなかった。

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