その後の二人。【前編】(DDFF/R18)

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陽がだいぶ傾いてきた頃。
フリオニールは何匹かのモンスターを倒し、それを村の治安を司る役場に届け、いくばくかのギルを受け取っていた。
(そろそろライトを迎えに行かなくちゃな…)
朝の失言の反省はもちろんしている。頑張って謝罪の言葉を半日を費やして考えた。だが、フリオニールが心配しているのはライトニングが感情的になったあとに落ち込んでしまうことだ。
(ああやって怒ったあとで、今度は”怒り過ぎた”なんて自分を責めるんだよな…)
フリオニールにとって、ライトニングのそういう所は大変好ましく、「かわいい」し、「とても好きなところ」なので、彼女の雷はちっとも怖くない。
(でも、さすがに今朝のはまずかったよなあ…)
ライトニングに関しての記憶は戻る気配を見せないが、彼女の心の機微に関してはなんとなくだか分かる。もうとっくに落ち着いていて、その後の自分を責めるモードに入っていることだろう。
(どうしてかな…彼女が考えてることや、思っていることが分かる時があって…)
やはり自分はどこかで彼女に出会っていたのだろうか?
(いや、待てよ…)
フリオニールは思い出す。送り出す前にライトニングは戦闘に関しては冷静だ、そう判断して別行動をとった。が、今、フリオニール自身が思い返したように、ライトニングの精神状態は決して平静ではない。フリオニールは急に不安を覚え、ライトニングが居るであろう、村の南側の平原に向けて駈け出した。
***************
フリオニールの予想通り、ライトニングは一人で悶々としていた。最初は怒髪天を突く勢いでライトニングが通ったあとはモンスターの屍が累々と横たわっていたほどだった。だが、時間が経つにつれて冷静さを取り戻し、「私が言えといったから…」とか「私がなんでも受け入れるからと言ったのに…」と、遂には自分を責めるようになっていた。
(だからと言って…あんなデリカシーのない言い方…)
そうして、この思考パターンはスタートに戻るのだ。ライトニングは葉が散ってしまった林の中を歩きながら、出口のない思考を延々と繰り返していた。
林を抜け、少し開けた所にきたとき、不意に雷に打たれたかのように全身が痺れ、身体が全く動かなくなった。指一本動かせず、呼吸をするのも困難なほどだ。
(なんだ…これは…?)
動かせるのは目線だけだ。周りを見やると、木の影から黒い豹の様なモンスターが次々と姿を現した。ウゥ…とうめき声をあげ、ゆっくりとライトニングに歩み寄る。
(動けないのは…こいつのせいか…?)
そのモンスターは一見豹の様に見えるのだが、ヒゲの辺りから長い触手の様なものが生えている。ライトニングはその数を数える。
(4匹…)
4頭のモンスターはゆっくりとライトニングの周りを囲み、徐々にその距離を詰めてくる。
逃げようにも身体が痺れて動けない。ライトニングは自分に迫り来る黒豹に似たこの猛獣が大きく口を開き牙を向けているのをただ見つめることしか出来ない。嫌な汗が背中に流れた。声を上げたくとも、舌すらも痺れて助けも呼べない。
遂に一番手前にいた一頭が跳びかかってきた。ライトニングの喉笛めがけて牙を剥くが、ライトニングは目を閉じることも出来ない。
(ここまでなのか…)
その時、耳元で風がうなる音がした。無数の矢が背後から飛んで来て目の前のモンスターに突き刺さった。モンスターはギャッと悲鳴を上げ、血しぶきを上げながらどう、と地面に落ちた。
矢の飛んできた方向をたしかめたいが、身体が動かない。目の前でヒクヒクと痙攣しながら絶命しようとしているモンスターに刺さっている矢はフリオニールの物より短い。
(これは…)
ライトニングは目を見張った。この武器の使い手を良く知っていたからだ。
背後からガサガサと枯れ葉を踏みしめながら誰かが駈けてきて、ライトニングの前に立ちはだかる。少し褪せた金髪、鮮やかな緋色の腰布がまず目に飛び込んできた。銀の宝飾具がついたベストを小麦色の素肌に着ている少年で手にはクロスボウを持っていた。
「………ヴァン…か…?」
痺れてしまってうまく動かない唇でなんとか声を絞りだす。振り返ったヴァンはラグナ同様顔が少し違って見えた。金髪の色はあの世界に居た時よりも明るく、瞳の色も少し明るい。そうして、ラグナとは逆に少し幼く見えた。
「お前…なのか?」
「俺、呼ばれた?」
そう言われても。
確かに危ないところだったが、ヴァンに助けを求めた覚えはない。
「いや…どうだろう…」
混乱したライトニングは思わずとんちんかんな応えをしてしまう。だが、ヴァンはそれを気にするでもなく、
「なんかさ、呼ばれた気がしたんだ。」
なんだか声も少し違って聞こえたが、この話し方は間違いなくヴァンだ。
ヴァンは背後から迫る黒豹の喉元をカタナで切り裂く。ドッと吹き出した返り血をひょいと身体を屈めて避け、それから器用に武器を槍に持ち替え、それを器用にくるくると回し、更に迫って来ていたモンスターの腹に突き刺した。それから今度は槍を大剣に持ち替え、残った一匹が飛びかかってくるのを見事な袈裟がけで切り捨てた。
ヴァンは大剣についた血を払って武器を収めると、動けないでいるライトニングを覗きこみ、
「えっと…動けないんだよな。」
ヴァンは呪文を唱える。しかし、どうもそれはライトニングの麻痺を解除するものではないらしくて、
「あれ?これじゃないか…」
などとブツブツ言いながら何度か詠唱をしなおし、最後のが当たりで、やっとライトニングの身体に感覚が戻ってきた。安堵と懐かしさと、そしてこの小生意気な弟分が無事だったことが、うれしくてライトニングは膝を付きそうになる。
「大丈夫か?」
ヴァンは心配そうにライトニングを支える。ラグナの時ほどの驚きはないが、それでも突然現れた仲間と、危機を脱した安堵で思わずその場にへたり込んでしまう。
「ちゃんと飯、食ってるか?顔色悪いぞ。」
粗野だが、ヴァンらしい心配の仕方だ。ヴァンはライトニングに手を差し出し、ライトニングはその手を取って立ち上がる。
「ヴァン。」
再会はうれしい。だが、ライトニングはもう分かってしまっているのだ。
「お前も…すぐ消えてしまうのか?」
「うん。」
「ヴァン、お前はどうやってここに来たんだ?」
「分かんねーけど、呼ばれた気がして気付いたらここに居た。」
相変わらずのアバウトさである。
「で、なんでか知らねーけどさ、ライトの状況もなんとなく分かる。」
「そうか…でも、どうして私がここに居るのかお前も知らないのだろう?」
「それってさ、大事なことか?」
「え?」
ライトニングは呆れ果ててしまう。
「ライトがここに来たかったんだろ?どうやって来たかなんて、それ、大事なことか?」
「…お前はそんな風に簡単に言うが、あの金ピカ皇帝が私をこの世界に召喚したと言い出したんだぞ。」
どうしてだか、ヴァンの言動は時々すごくイライラさせられる。こっちの話をちゃんと聞いているのかと思い、つい語気もきつくなる。
「じゃあさ、聞きに行けばいいだろ?あの金ピカ、ぶん殴って、理由を聞き出せばいいんじゃないのか?。」
思いがけない相手から、思いがけない解決策を提案され、ライトニングは目を丸くしてヴァンを見た。
ヴァンは時折経過をすっ飛ばして突飛もない提案をするが、よくよく考えるとそれが妙に的を得ていたりすることが何度かあったのを思い出した。しかもそれは大事な局面の時が多かったのだ。
「ヴァン…」
「んん?」
「お前は…良い空賊になるだろうな。」
ヴァンはそんなライトニングの言葉に曖昧に笑う。いつもツンツンしているライトニングから、らしからぬ言葉を掛けられて照れてしまったのだ。
「出来れば、空賊以外でその才能を発揮してもらいていものだが。」
「ライトって、なんだか姉ちゃんみたいだな。」
ライトニングにしてみれば、空賊はやはり追われる身なので心配なのだ。ヴァンはくすぐったそうに笑うと、
「これ、置いてく。使ってくれよな。」
ヴァンは持っていた武器を全て取り出した。剣、盾、斧、両手剣、カタナ、槍、杖、クロスボウに銃だ。それらをライトニングの足元に積み上げると、
「ついでに、これな。」
と、持っていた弾丸もライトニングに渡す。
「これ…全部か…?」
「要るんだろう?俺、今、そんなに困ってないし…さ。」
「……元の世界に戻って、どこかで盗むのか?」
余計な一言と分かっていても、やはり言わずには居られない。
「一応、盗む相手は選んでる。」
「だからと言って盗みが許されるわけではない。それに…」
「あのさ。」
ライトニングの言葉をヴァンは強い語気で遮った。
「ライトってさ、どうして心配すると説教になるんだ?」
盗みは悪いことだから叱るのは当然だろう、そう言い返そうと思って何故か言葉に詰まった。思い当たるフシがあり過ぎるからだ。
「心配すんなよ!それはモブを狩った賞金で買ったヤツだからさ。」
ライトニングはヴァンが置いた武器を見下ろす。中には見たことのない武器もある。賞金で買ったとはいえ、一度に買える量ではないだろうし、思い入れのある逸品もあるだろう。
「…すまない。」
余計な詮索が過ぎたとライトニングは素直に詫びた。ライトニングはヴァンは頭の後ろで手を組むと、
「そういう時は、”ありがとう”だろ?」
言った先からヴァンの姿が透け始めた。
「じゃあな、ライト!会えてうれしかったぜ。」
「…ヴァン…」
「あんまりさ、怖い顔ばっかしてんなよ。」
「お前は…!」
「フリオニールに嫌われるぞ!」
また余計なことを、と思わず叫びそうになった所でヴァンが消えてしまった。居なくなったあと、ヒュウ、と冷たい一陣の風が吹き、ライトニングは肩を抱いて身震いした。
ヴァンの言葉は自分の言動を映す鏡だ、とライトニングは思った。なにしろ、
「見たまんま、思ったまんまを口にするヤツだからな。」
声に出したら泣き笑いをしているような震えた声だった。きっと自分は口うるさい姉の様にヴァンにいつも怖い顔を見せ、説教ばかりしていたのだろう。それでも次元の狭間を破壊するというライトニングの決意に共感し、一緒に死地に赴いてくれた。
(どうして…せっかく会えたのに…すぐに消えてしまうのだろう…)
話したいことはたくさんあった。自分の悲壮な決意について来てくれたことに感謝だってしたかった。そして、皇帝に襲われた時に助けてくれたラグナの時と同様に、
(また…ちゃんと礼も言えなかった…)
置いてけぼりにされた子供のように寂しく、心細くなった。
「ライト!」
声がした方に顔を上げると、こちらに駈けてくるフリオニールの姿が見えた。フリオニールは倒れたモンスターの前に佇むライトニングを見て慌てて駆け寄ると、
「大丈夫か?怪我はないか?」
「ああ…大丈夫だ…」
「クアールだ…ライト、よく無事だったな…」
フリオニールは周りを見て驚く。この黒豹もどきのモンスターはクアールというらしい。
「お前こそ…よくここが分かったな。」
「ライトが通った後はすぐに分かったよ。」
なにしろ、延々とモンスターの死骸が横たわっていたからな、とフリオニールは笑う。そして、その顔をふと曇らせ、
「ライト…今朝は本当にごめん。」
その一言だけで胸がいっぱいになる。
「失礼な言い方だったけど…その、どういう風に聞けば良いか分からなくて…決して君をからかったり、辱めようと思ったわけじゃなくて…」
「…フリオニール。」
ライトニングはフリオニールの胸にそっと身体をあずける。
「もう言わないでくれ…」
「ライト…?」
「私も…感情的になりすぎた…」
「いや…どう考えても、俺が悪い…」
「フリオニール…」
「君は…今日、ずっと一人であの後、自分を責め続けたんじゃないのか?」
フリオニールは優しくライトニングの髪を撫でる。
「おまけに…そのせいで君を危険な目にあわせた…」
ライトニングは黙って頷く。そして、どうしてこの男の胸の中がこんなに心地よいのかと思う。
「フリオニール、聞いて欲しい。」
ライトニングは心を決めた。
「私は…行かなくてはならない場所が出来た。連れて行って欲しい。」
ライトニングは顔を上げ、フリオニールを見据える。その瞳には強い意思が戻っていた。
「連れて行くって…どこに?」
「皇帝のところだ。」

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