その後の二人。【前編】(DDFF/R18)

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「皇帝のところ…?」
ライトニングの予想に反して、フリオニールは目に見えて動揺し始めた。
「…どうして、急に…?」
「一度視点を変えると、今まで見えなかったことが分かり始めた。」
ライトニングは今まで何故この世界に来たのかばかりを考えていた。だが、ヴァンの言葉がきっかけで誰が裏で暗躍しているのか気付いたのだ。
「考えたんだ。私がこの世界に来てから皇帝の配下の干渉が始まった。いくら腕に覚えがあるからと言って、私たちはたった二人だ。その気になれば私たちを一掃することも、捕らえることも容易(たやす)いはずだ。なのに、何故奴はそうしない?」
ライトニングの言葉にフリオニールも考えこむ。そうして、悲痛な面持ちで、
「ライト…君の言うとおりだとしたら、奴の目当ては君だとしか思えない。」
「私もそうだと思う。」
「俺は…反対だ…!」
「フリオニール?」
「危険だ。」
フリオニールはライトニングの両肩を痛いほど強く掴んだ。
「奴のせいで何人も死んだんだ。ライト、君は目的のために…誰かのために…自分を…差し出そうとする…俺には、嫌なことが起こりそうな気がしてならない。」
フリオニールは声を絞りだすようにし、ライトニングに思いとどまるように必死に瞳でうったえている。ライトニングは肩を掴むフリオニールの手に自分の手を重ねる。肩をつかむ強い力はフリオニールが自分を心配している気持ちの現れなのだ。
「フリオニール、お前はあの世界で私と交わした約束を覚えていない。」
はっとなって、フリオニールの手から力が抜ける。ライトニングはフリオニールの手に重ねた自分の手にぎゅっと力を込めた。
「誤解しないでほしい。…責めているのではない。しかしそれは…私の心を苛む。そして、記憶が戻らないお前は、自分で自分を責めているのではないか?」
フリオニールは黙って下をむいてしまう。
「私だけが持つ記憶、お前がどうしても思い出すことが出来ない記憶…それは…どんなに考えまいとしても私たちを傷付ける…そうだろう?」
「…だとしたら立ち向かうしかない、ということか。」
口ではそう言ってもフリオニールの表情は辛そうなままだ。
「…暗くなって来た。とりあえず、宿に戻ろう…」
フリオニールは力なくそう言うと、ライトニングの先に立って歩き始めた。
「ここにある物は…村に戻って人を頼んで運んでもらおう。」
フリオニールがあまりにも打ちひしがれているので、ライトニングは言葉を続けられず、黙ってその後に従った。
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ライトニングが怒りに任せて大量に仕留めたモンスターはフリオニールが人を手配し、回収した。ついでにヴァンが置いていった武器も宿屋の部屋に運んでもらった。荷運び人が部屋にそれらを運び込み、立ち去ったあと、重苦しいい空気が部屋を支配した。
ライトニングはフリオニールの反応が意外だった。正義感の強い熱血漢がなぜ皇帝との対決を何故こうも恐れるのか。
フリオニールは装備をとき、自分をじっと見つめるライトニングの視線に気付き、困った様に目を伏せた。
「そうやって私を見ようとしないのは何故だ?」
ライトニングはフリオニールの前に立ち、その顔を覗きこもうとする。
「…すまない。」
聞きたい言葉は詫び言ではない、そう言おうとしてヴァンの言葉を思い出した。自分はたった今もフリオニールにも怖い顔で説教をしていたのだろうか?だとしたら、ここで叱咤したとしても、心を閉じてしまっているフリオニールからはなんの言葉を引き出すことは出来ない。
「フリオニール…意外に思うかもしれないが、私は今、うれしい。」
これは正直な気持ちだった。林の中で肩を掴まれたとき、驚きと共に幸福感がこみ上げてきたからだ。ライトニングにも最初はそれが何なのかは分からなかったが、今ならそれが分かる。
「お前は…本当に私のことを心配しているのだな。本当に…私のことが…大事なのだと。」
ライトニングはフリオニールの手を引きベッドに座らせると、自分は隣には座らず、床にひざまずくと、フリオニールの膝の上に頭をもたれかけさせた。フリオニールの手がおずおずと伸びて来て、ライトニングの髪を優しく撫でる。
「お前が本当に心配している時に…私はそんな事を考えていた。」
不謹慎だな、とライトニングは笑う。
「それで…どれだけお前が私のことを考え…恋い慕ってくれているのかが分かった。」
いつもは強がって素直ではないライトニングだが、フリオニールの膝でうっとりと目を閉じ、飾り気のない真っ直ぐな言葉で想いを打ち明ける。
「それが…身体が震えるほどうれしかった…」
ライトニングの言葉は決断を拒もうとしているフリオニールの心を徐々にときほぐしていく。
「ライト…君は誰に頼るつもりもない…そうなんだろ?」
フリオニールが漸く口を開いた。
「お前が居る。一緒に来てはくれないのか?」
「そうではなくて…俺が皇帝と戦ったとき、反乱軍の中心はフィン王国のヒルダ王女だった…俺達は反乱軍に属し、そこで色んな仲間と戦ってきた…でも、君はどこにも属せず、自分一人でケリをつけようとしている。…違うか?」
「奴の狙いが私なら…誰かを巻き込むわけにはいかない。」
フリオニールはふっと笑みを見せた。いつもの愛おしさをこめてライトニングに微笑みかけるのではなく、どこか諦めきった、疲れた表情だった。
「どうして君のことを覚えていないのに、君が考えていることが分かるんだろうな。どんなに説き伏せようとしても、君は君の意思を曲げない。」
ライトニングの言わんとすることはは理解出来る。彼女の言う通り、皇帝が何かを企んでいるのなら直接乗り込み、問い質すしかないのだろう。
「…すまない…」
謝罪の言葉の意図を知りたくてライトニングは顔を上げ、フリオニールを見つめる。
「君を守ると約束した…奴が今どこに潜んでいるかは分からないが…必ず君を皇帝の居る場所に連れて行こう。」
フリオニールはライトニングの手を引き、立たせると、そのまま強く抱きしめた。
「ただ…さっき言ったことを忘れないでくれ。君は…自分を大切にして欲しい。決して自分を犠牲になんて考えないでくれ。」
「約束する。お前の世界では剣に誓えば良いのか?」
「俺は…兵士ではあったけど、騎士ではないよ。ただ、約束してくれればそれで充分だ。」
ライトニングは自分の額をフリオニールに合わせ、その瞳を真っ直ぐに見つめ、
「約束する。」
「…うん…分かった。」
フリオニールはそれ以上ライトニングの視線が直視出来ずに目を逸らした。視線の先にライトニングを見つけた場所に置かれていた武器が積まれていた。
「ライト…その、良かったら先にシャワーを使ってくれ。俺はその間にこの武器を片付けておく。」
「私も手伝おう。」
フリオニールの態度から、彼がライトニングの提案に未だ心から賛成していないのが見てとれた。ライトニングは二人の間の空気を変えたくて先立って珍しい形の剣を手に取った。フリオニールが持っているものよりも細くて薄く、刃はゆるやかに反っている。
「これは…カタナか…」
「貸してくれ。」
フリオニールはカタナが気に入ったようで、手にとって重さを計ったり、手に馴染ませては軽く振ってみたり。やがて得心がいったのか、
「ライト、ちょっと試してみたいんだ。手伝ってくれないか?」
「構わんが…何をすれば良いのだ?」
「そこの剣で打ち込んでみてくれ。軽くでいい。」
ライトニングは鞘に収められて立てかけられていたフリオニールの剣を手に取り、立ち上がる。ライトニング愛用のデュアルウエポンより小さいのにそれはずっしりと重かった。ライトニングは軽くそれを振って手になじませてみる。
フリオニールは左手にカタナ、右手に槍を持ち、構える。
「お前、部屋の中で槍を使うのか?」
「大丈夫だ。気をつける。」
ライトニングは半信半疑だが、フリオニールが新しい武器をどう使うのか興味もあって、言われた通り軽く剣を振り下ろしてみる。フリオニールはそれをカタナで受け、その間合いの分だけライトニングの傍に踏み込み、槍を振り下ろした。ライトニングには長短の武器が目まぐるしく入れ替わったように見えて、槍を避けることが出来ない。フリオニールはライトニングの眼と鼻の先で槍を止め、下ろした。
「うん、こんな感じだな。」
不意打ちに固まってしまっていたライトニング。目眩ましの様な手に引っかかった様な気がしてなんだか悔しい。
ライトニングは身体を引き、フリオニールの胴を払うように剣を水平に振るう。フリオニールはそれを今度は槍で払い、ライトニングの体勢がよろけた所でカタナの刃を喉元に当てる。
「…おい、ちょっと待て!」
またしてもしてやられてしまい、ライトニングは不服そうだ。
「だめかな?次の攻撃に繋げやすい。接近戦や白兵戦にかなり使えると思うのだが。」
カタナを鞘におさめたフリオニール、珍しい武器に少々興奮気味だ。
「モンスターがこんなにまとめて武器を落とすことはめったにないんだが…ライトは運が良いのかな。」
屈託なく言ってくるフリオニールにライトニングは拍子抜けしてしまう。
(てっきり武器の出自について聞かれると思っていたのに…)
まるでおもちゃを与えられたかの様に嬉々として武器をいじり始めたフリオニールにライトニングは呆れてしまう。フリオニールは手元に残す武器、売る武器を選んでいるようだが、なかなか決められないようだ。
ライトニングは持っていた剣を鞘に戻し、元の場所に立てかけた。フリオニールが武器に夢中になって、さっきまでの暗い表情が消えたのはライトニングにとってありがたい。だが、反面興味がそちらに移ってしまったのがなんだか面白くない。
フリオニールの不安を取り除きたいと真剣に言葉を選び、更にはライトニングにしては頑張って愛を囁いたりもしたのだが。
(まったく…子供か、私は…)
だが、懐かしい仲間が置いていってくれば武器をフリオニールが気に入ってくれているのだ。それなら良いではないか、と考え直し、
「やはり、お前に任せた方が良いみたいだな。」
「ああ…すまない、つい夢中になってしまった…」
慌てるフリオニールはいつものフリオニールだ。
「構わん。手助けはまだ必要か?」
「いいや、大丈夫だ。だが、まだ少しかかりそうだ。」
ライトニングは暫く手持ち無沙汰にフリオニールが武器を検分しているのを眺めていたが、
「夕飯の前に、シャワーを浴びてもいいか?」
「ああ、それまでに終わらせる。」
「急がなくていい。」
そう言い残すと、ライトニングはバスルームに入っていった。
扉が閉まり、水音がしてくるのをちゃんと聞き届けてから、フリオニールは暗い表情で持っていた武器を見下ろした。そうして、自分はちゃんと演技が出来たかと自問する。
これらの武器が自分が今まで使っていたどの武器とも違うことはすぐに分かった。
(これは…この世界で作られた物ではない…)
鋳造、鋼材、施された細工、どれも今まで見たことのない精度のものだ。
フリオニールはテーブルの上に置かれているライトニングの武器をホルダーから取り出した。そして、ライトニングが持って来た剣と比べてみる。
「…やはりな。」
比べてみると、ライトニングの持っている武器とも違う。
(じゃあ、ライトはこれをどこから持って来たんだ…?)
フリオニールはライトニングを見つけた時の様子を思い出す。倒れたクアールには短めの矢が5本刺さっていた。
(恐らくは…これを使ったんだろう…)
フリオニールは武器の中からクロスボウに取り出した。ライトニングがこれを使った、というのは考えられなかった。ライトニングのデュアルウエポンには銃が付いている。わざわざクロスボウを使う必要がない。
(だとしたら、誰がこれを使ったんだ…?)
フリオニールはずっと隠し持っていた弾丸を取り出した。ライトニングが仕留めたうさぎの中から取り出したものだ。気になって捨てるに捨てられず、ずっと持っていた物だった。
(どうして言い出せないんだ、俺は…)
言えば大事な何かが壊れそうな気がするのだ。その一方で、どうしてもライトニングに不信感を抱いてしまう。
(どうして…話してくれないんだ…記憶のことだけじゃない…俺が知らない所で何かが起こっている…)
フリオニールはライトニングに気づかれない様にライトニングの武器をそっとホルダーの中に戻した。
(俺は…心のどこかで、ライトを信じていないのか…)
朝にライトニングから聞いた話を思い出す。初めて交わした言葉、のばらの約束、全て思い出せない。
(俺が思い出しさえすれば…疑いははれるのか…?)
自分がひどく女々しく思えてきた。
突然目の前に現れた美しい女性。女性でありながら安心して背中を預けて共に戦える戦士で、凛々しく厳しい態度の中にフリオニールの事を深く愛し、労ってくれる。フリオニールも、ほんの僅かな時間でライトニングに激しく恋した。もうライトニングなしの日々など考えられない。命すら投げ打ってでも彼女の願いを叶えたい。なのに、その恋人には秘密があるのだ。
そこまで考え、フリオニールは無意識に頭を振った。
(ライトの言うことは正しい…)
フリオニールは気を取り直して散らかしていた武器を片付け始めた。が、すぐに手が止まってしまう。
(記憶が戻れば…ライトの言葉が嘘でないと分かるはずだ。)
その為に皇帝を倒すのが最善なのはフリオニールも理解している。
だが、それが容易ではないのがフリオニールが一番良く分かっていた。あの凄惨な戦いにライトニングを巻き込みたくはない。
苦しい戦いになるのだろう、なのに、彼女を守ると約束した自分は既に二度も彼女を危険な目に合わせてしまった。そして、その間に不可解なことが起こり、謎の武器を持った見知らぬ誰かの存在が見え隠れしている。
(進むべき道が分かっているのに…こんなに苦しいとは…)
ここまで精神的に追い詰められたことは今までなかった。ライトニングを愛おしく思えば思うほど胸がえぐられたように苦しくなるのだ。
これから起こることに言いようもない不安を覚え、フリオニールは部屋に一人立ち尽くした。

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