その後の二人。【前編】(DDFF/R18)

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そのままどう言葉を続けて良いのか分からず、フリオニールは視線を泳がせている。
ライトニングもつられて俯く。
時折パチと薪が爆ぜる音だけが部屋の中に響だけで、重苦しい沈黙が漂う。
ライトニングはふと顔を上げ、フリオニールが下着姿なのに気づく。
「そのままだと今度はお前が風邪をひく。」
ライトニングにそう言われ、フリオニールは思わず自分を見下ろす。
「何か着る物はないのか?」
「…俺達は雪の中で倒れていて…服は宿屋の女将が預かってくれている。その…君の服もだ。」
「雪の中…?」
「そうだ。俺達は雪山で気を失って倒れていた。寒さで目が覚めて…傍に君が倒れていた。」
フリオニールの話で、ライトニングはどういう状況で自分がここに居るのか漸く知る事が出来た。
「詳しく聞かせてくれ。」
それが分かればここがどこなのか、どうして二人がここに居るのか何か分かるかもしれない。
が、一方でフリオニールは息が詰まりそうだった。
ただでさえ自分が下着姿のままで気まずいのに、一緒に居る女性は全裸で、しかも何故か自分の事を良く知っているようなのだ。
泳がせた視線の先に窓があり、窓の外にある小さな小屋が目に入った。
「そ…それよりも、外で話さないか?」
凍死寸前で運ばれて来たということはここは雪山の近くなのだろう。
と、いう事はこの辺りだって寒いはずだ。現に窓には窓の結露が凍りついている。
(しかも、服が無いとか言ってなかったか…?)
フリオニールはライトニングが訝しげな顔をして自分を見つめているのにすぐに気付いた。
「外に…ロウリュの小屋があるんだ。そこで温まりながら話さないか?」
「ロウリュ…?」
「知らないのか…?焼いた石に水をかけると、熱い湯気が出るだろう?それで小屋の中を温めて、その中に入るんだ。」
「サウナのことか?」
「君の国ではそう言うのか?」
「………まあ、そうだ。」
フリオニールの口ぶりだと、彼はこの辺りの風土や風習に詳しいようだ。
(…と言うことは、ここはフリオニールが居た世界、という事か…?)
もっと色々と話しを聞きたいが、フリオニールが困っているのが手に取る様に分かったので、
「そうだな、そこで話そう。」
フリオニールはホッとした表情を浮かべると、ベッドの傍の椅子にかけてあったローブを取ってそれを羽織った。
「じゃあ、先に行って待っている。君の分はそのチェストの中にある。」
「分かった。」
「ロウリュの小屋は階段を下に降りて、食堂を通り抜けた扉の右だ。」
ライトニングが頷いたのを見届けると、フリオニールは顔を赤らめながらそそくさと部屋を出て行った。
残されたライトニングも大きくため息を吐いた。
思わず枕を抱え、そこに顔を埋めてしまう。
フリオニールはフリオニールだ。でも、名前すら呼んでもらえないことがこんなに堪えるとは思ってもいなかった。
フリオニールもライトニングを持て余しているようだ。
が、状況が分からない事にはどうしようもない。
「ロウリュとか言ったな。」
窓から外を見ると小屋にフリオニールが入って行く所だった。
(だいぶ原始的なサウナのようだな…)
こんな時ではあるが、ライトニングは少し興味を持った。
そう言えば確かフリオニールの世界では主な交通手段は船やチョコボで、飛空艇は軍や限られた人だけの物だと聞いたような。
(待てよ…)
軍と思いついた所で不安が過る。
(まさか、あの支配したがりのあいつまで居るんじゃないだろうな?)
もし皇帝がこの世界に存在するとしたら?
皇帝はあの神々の戦いの記憶を残しているのか?
ベッドから降りてチェストからローブを取り出す。
実際に起き上がってベッドから降りると、雪の中で冷えたのだろう、筋肉や関節が軋むように痛む。
ふとフリオニールの体温を思い出した。
とても暖かかった。
「だが、今じゃ腫れ物扱いだな…」
自嘲気味に呟くと、ライトニングはフリオニールの後を追って部屋を出た。
言われた通りに階段を降り、食堂を通り抜けた扉を開いた。途端に刺す様な冷気に覆われた。
さすがに寒い。
ロウリュの小屋は目と鼻の先だ。が、
(何も履く物はないのか…?)
ライトニングは周りを見渡したがそれらしいものはない。宿の女将とやらが出すのを忘れたのか、それともそもそも履物は履かずに行くのかライトニングには検討もつかない。
雪の中に残されたフリオニールの足跡を見ると、どうやら裸足で小屋まで歩いたようだ。
ライトニングは軽く目眩を覚えた。
おそらく、フリオニールは早く小屋に辿り着きたい一心でそのまま歩いて行ったのだろう。
(全く…あいつ、テンパリ過ぎて冷たさも感じなかったんじゃないか?)
ライトニングは呆れ、そして仕方がないとフリオニールが歩いた後を同じように裸足で辿る。
冷たいを通り越して、針で刺されたかのように痛い。ライトニングは小走りで小屋までの小径を一気に駆け抜けた。
ロウリュの小屋は丸太をそのまま組み上げた簡素な小屋だった。
丸太と丸太の間は熱を逃さないためだろう、漆喰の様な物で埋められている。ライトニングはサイズの揃わない分厚い板を組み合わせただけの無骨な扉を引いて開いた。
ムッとする蒸気と、針葉樹の濃い匂いがあふれ出した。
ライトニングは一瞬ためらったが、思い切って中に足を踏み入れてみた。
小屋の中は天井、壁、床と明るいメープル色の板がはめられていて、思ったよりも明るくて清潔な印象だ。壁にそってシンプルはベンチが並べられ、小屋の中央には石で組み上げたストーブと、その傍らには水が入った樽が置かれていた。
窓はないが、小さなランプのお陰で中はほの明るい。
そのストーブのちょうど正面の辺りにフリオニールは座っていた。既に汗をかいていて、暑さの為かローブをはだけている。
ライトニングが入って来た途端に身体を固くするフリオニールに構わず、その隣に腰掛ける。
「話してくれないか?」
フリオニールが口を開く前にライトニングが切り出した。
「私達は雪山に倒れていたんだな?その時の様子を教えてくれ。」
「その時の様子…と言っても…」
ライトニングに瞳を覗きこまれ、フリオニールは顔を赤らめる。
「教えてくれと言っても…俺もその前の事は全く覚えてなくて…。」
「構わん。」
ライトニングの問いかけに答えようと、フリオニールは言葉を探す。
「あまりにも寒くて、冷たくて目を覚ましたら周り一面が雪だ。ひどい吹雪でとにかく寒くて…最初はそこがどこかも分からなかった。周りを見渡したら雪に半分埋もれかけていた君を見つけたんだ。」
フリオニールはその時の事を思い返した。
実はさっきから何度も何度もその場面を思い出していたのだ。
真っ白な雪の中にちらりと見えた紅いマントと薄紅色の髪。
自分以外に人が居た事に驚いて助け起こし、その美しさに目を奪われたこと。
呼びかけても答えない見知らぬ女性をどうしてだか、何があっても助けたいと強く思ったこと。
隣に座るライトニングをちらりと横目で見ると、ちょうど足を組んだタイミングで、フリオニールは息を呑み込み、慌てて目を逸らした。
「そっ…それで、君を抱えて人の居る所に向かおうと思ったんだが、そもそもどっちに人里があるかも分からないし…。」
まずは吹雪を避けられる所をとライトニングを背負って彷徨っていた所を通りかかった雪上船に助けて貰ったそうだ。
「それでここに辿り着いたんだ。君を医者に見せたかったけど、小さな村で…女将さんが凍えた時には人肌が一番だ…って…」
ここまで言ってさっきの気まずい状況を思い出したのかまたフリオニールが口ごもる。
「で、結局ここはどこなんだ?」
「え~と、君はセミテの滝に行った事はあるか?」
そこから20キロ程西に行った雪原の端の村だとフリオニールは言うが、もちろんライトニングは知らない。
(やはりここはフリオニールの世界か…)
おそらく、フリオニールはあの世界での戦いを終えて記憶を取り戻して自分の世界に戻って来たのだろう。
(なら、何故私はここに居る?)
そこまで考えた所であまりもの暑さに目が回りそうになる。
「大丈夫か?」
すぐに察したフリオニールが心配そうに声を掛ける。
「そうだ。」
フリオニールは何か思いついたようで、ライトニングの手を取って立ち上がる。
「なんだ?」
「いいから。」
ライトニングは訳も分からずフリオニールに手を引かれて立ち上がる。フリオニールは小屋の入り口の扉を開く。外気を入れて室温を下げるのかと思ったが、フリオニールはそのまま外に出る。小屋に入る前は刺すような冷気が今では火照った肌に心地よい。
「そうか。身体を冷ませしてからもう一度身体を温めるのか。」
「良く知ってるな。」
フリオニールが笑う。
さっきまでの緊張した様子とうってかわって屈託なく笑うのにライトニングもつられて微笑む。が、ここでフリオニールが何かを企んでいると疑うべきだったのだ。
「俺達は身体を冷ますためにこうするんだ。」
フリオニールは不意にライトニングを抱き上げる。あまりにも軽々と抱えられたのにライトニングは驚いて言葉も出ない。さっきまでのおどおどしていたフリオニールとのギャップに驚き、その顔を見上げるとフリオニールがニヤリと笑う。
「ほら!」
と言うが早いか、フリオニールはライトニングをいきなり雪の上に放り投げたのだ。あっという間に雪に埋もれ、冷たい雪が素肌に触れ瞬く間に熱を奪う。
「何をする!」
「冷たくて気持ち良いだろ?」
怒って身体を起こしたライトニングの隣にフリオニールも自ら仰向けに倒れ込む。
「うわ!冷たいな。」
「当たり前だ。」
憮然とするライトニングにフリオニールは笑いかける。
「すまない。でも、言葉で説明してもみんななかなか雪にダイブ出来ないから。この方が手っ取り早いだろ?」
「確かにそうだが…お前がガキか?先に一言言ったらどうだ?」
「そんな乱暴な言葉、君には似合わないな。」
フリオニールは立ち上がるとライトニングに手を差し出す。
「もう一度温まろう。何度も繰り返すと、本当に身体が温まるんだ。」
ライトニングはしぶしぶその手を取って立ち上がる。
「だが、もういきなり放り投げるなよ。」
「ああ。すまなかった。でも、あの時のライトの顔…」
(え…?)
フリオニールは今確かに自分のことを”ライト”と呼んだ。
それにさっきの子供のようないたずらも、ライトニングが良く知っているフリオニールだ。混乱するライトニングに気づかず、フリオニールは先立って小屋に入ってしまった。ライトニングは慌ててその後を追う。その背中に縋る様に声をかけた。
「フリオニール、お前、思い出したのか!?」
フリオニールはきょとんとして振り返る。その表情を見て、ライトニングはすぐに悟った。
「いや…なんでもない…。」
唇を噛んで俯いてしまったライトニングにフリオニールは困ってしまう。
「すまない…悪ふざけが過ぎたか?」
「いや、そうじゃない…」
「君……」
ライトニングは伏せていた瞳を上げてフリオニールを見る。
「すまない…その、まだ何も思い出せないんだ。」
ライトニングは視線を反らせると乱暴にベンチに腰を下ろした。フリオニールは困って立ち竦む。
(分かっている…)
イライラしても仕方がない。フリオニールに当たるのもお門違いだ。でも、自分でもどうしようもないのだ。
一方、フリオニールはほとほと弱り果てていた。思いつめた様子のライトニングの気を晴らしてあげたいと、フリオニール的にかなり頑張ったのだが不興を買ってしまったようだ。とにかく謝らなければとライトニングの隣に座る。
「その…座っても良いか?」
「もう座ってるだろ?」
「そ…そうだな。」
憮然と目の前のストーブを眺めたまま、ライトニングがぶっきらぼうに名乗る。
「ライトで良い。」
「そ、そうか…。」
「気にするな。」
「え?」
相変わらずライトニングは不機嫌そうにストーブを睨んでいる。
「放り投げられた事を怒ってるんじゃない。ただ…」
そう言ったきり、黙ってしまった。打ちひしがれたライトニングの様子にフリオニールもどうすれば良いのか分からない。
「…すまない。」
「謝るな。」
「…ライトニング。」
名前を呼ばれ、ライトニングは漸く顔を上げた。
「君さえ良ければ、君の事を話してくれないか?その…君の事を思い出すきっかけになるかもしれない。」
ライトニングは黙ったままだが、表情が幾分か和らいだのを見てフリオニールはホッとして彼女の言葉を待つ。
「君は…」
「ライトで良い。」
「そうだったな…。ら、ライトはどうして俺達が雪の中で倒れていたのか知っているのか?」
ライトニングが何を怒っているのか分からないまま、おずおずとフリオニールが尋ねる。
「私も…覚えていないのだ。」
「じゃあ、俺達がどこで出会ったのか教えてくれないか?君は…その、もっとライトの事を…知りたいんだ。」
ライトニングはじっとフリオニールを見つめる。”もっと君の事を知りたい。”と、異世界でも彼はそう言っていた。
「ライトと話していると、何かを思い出しそうで…でも、思い出せないんだ。き…、ライトが困っているのに何も出来ない。」
フリオニールの言葉にライトニングは呆れてしまう。記憶があやふやなのはフリオニールも同じなのに、それなのに見ず知らずのライトニングの心配をしているのだ。
(だが、どうやって説明すればいいんだ?調和の神に召喚されて異世界で戦っていたなんて…)
「私達は…共に戦っていた。その…」
「どこで?パラメキア帝国の残党か?」
「そうじゃない…ここではない、もっと遠くだ。」
「もっと遠く…?」
ライトニングは答えられない。
(どうして…)
一緒に居たい、離れたくないと願った恋人が目と鼻の先に居るというのに、何故こんなに苦しいのだろう。
「少し、頭を冷やしてくる…」
ライトニングはフリオニールと目を合わせないようにして立ち上がると、一人小屋の外に出た。さっきフリオニールがしたように雪の上に身体と投げ出す。
その瞬間きん、と冷たい雪が徐々に身体になじみ、火照った身体を心地よく冷やす。
手のひらに雪の塊を乗せると、それはやがて溶けて水になった。
ライトニングは溶けた雪をそっと地面に落とした。
(何故私はこんな所に来たのだ…)
フリオニールが記憶を失っているといて自分がそうではない理由を考えてみる。
(私の事を覚えていない、ということはひずみの破壊の次の戦いか…)
フリオニールが自分の世界に戻ったという事はコスモス側の勝利を意味する。
自分と自分が巻き込んでしまった仲間たちの犠牲は無駄ではなかったのだ。
(だと良いが、な…)
自嘲気味に笑うとライトニングは目を閉じた。
頭が冷えたお陰か、フリオニールが自分のことを覚えていない理由は漸く察しがついた。
(私がここに居るのはコスモスの図らいか?それとも…)
さっきまで心地よかった雪の冷たさが鋭い刃に変わりつつある。
自分がここに来たのは恋心のためだろうか。
らしくない、とライトニングはそれを打ち消す。
もう起き上がるのが億劫だった。
自分のことを覚えていない恋人。
しかもその恋人は善意が自分を翻弄するのだ。
更にその記憶のない恋人に、誰も信じないであろう神話の様な戦いを説明しなくてはいけないのだ。
(帰りたい…)
未だ自分の記憶は戻らない。
戦いに明け暮れてはいたが、今ではあの世界が懐かしく思えた。
今の自分に残っているのはその仲間との思い出だけだ。
だが、彼らも今頃は自分達の世界に戻り、家族や恋人と再会しているかもしれない。
何故この世界に来たのかとライトニングはもう一度自分に問いかけるが答えは出ない。
このまま消えてしまえと、自棄な気持ちでライトニングは目を閉じた。
「ライト!」
扉が開く音がしたかと思うと、フリオニールが駆け寄る気配がする。
ああ、しまったな、とライトニングは思う。
フリオニールのリアクションくらい容易に予想出来たのに。
(これじゃあまるで誘っているようだ。)
それはライトニングのプライドが許さない。身体を起こそうとするが、冷えきった身体にうまく力が入らない。
「大丈夫か?」
「…大丈夫だ。手を貸してくれ。」
フリオニールは言われるままにライトニングの肩を支えて立たせてやる。
支えようとした所で、よろめいたライトニングが倒れ込んで来た。
受け止めた身体は冷たく、フリオニールにライトニングを助けた時の事を思い出させた。
何かを思い出せそうで思い出せない、そんなもどかしさをまた感じる。
(もう少し、こうしていれば…)
もっと何かを思い出せる様な気がするのだが。
だが、理性がそれはいけないと告げる。
弱っている彼女につけ込むことだと。
「…戻らないから心配したぞ…こんなに冷えてしまって。」
ライトニングは答えない。
細い肩が震えているのは寒さのせいなのだろう。
だがフリオニールには別の理由の様に思える。
「…早く戻ろう。」
心と裏腹に支える肩を支える手に力がこもる。
「お前が…」
ライトニングもそっとフリオニールに身体を預ける。
「暖めてはくれないのか…」

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