その後の二人。【前編】(DDFF/R18)

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銃声がした。
音に驚き、目を覚ましたフリオニールは、小屋に差し込む光りの明るさで随分と陽が高くなっているのを知り、寝床から跳ね起きた。
(寝過ごしただと…!?)
しかも、穏やかではない音で起こされた。
敵襲ではないかとフリオニールは剣を掴み、小屋を飛び出し、ライトニングを探す。
「ライト…!」
慌ただしく視線を巡らせて雪景色の中にライトニングを探す。
「何を慌てている。」
ライトニングの声は驚くほど近くから聴こえ、フリオニールが振り返ると、すぐそこにライトニングが立っていた。
「ライト…」
フリオニールはホッとしてライトニングの肩に手を置いた。
「良かった…銃声がしたから…」
「おまえが調達してくれた弾丸の精度を見ていた。ほら、見ろ。」
ライトニングはテスト代わりに撃ったうさぎをフリオニールに手渡す。
「すごいな…いや、それよりも無事に使えるみたいで良かった…心配だったんだ。」
ライトニングはフリオニールに微笑みかける。
本当は、実際に使った弾丸はラグナに貰った物なのだ。だが、まさか突然あの世界での仲間が現れて自分にくれたとは言えないし、何よりも、
(フリオニールの好意を無駄にしたくはない…)
なんだかラグナをだしに使うようで気が引けるが、気の良いあの男ならきっと許してくれるだろう、とライトニングは気楽にそんな風に思っていた。
「それよりもライト、すまない、俺、寝過ごしたのか…?」
言いながら周りに視線を巡らせてフリオニールは驚いた。あちこちに爆発の跡があるからだ。
「ライト…!敵が…?」
「落ち着け、フリオニール。順を追って話す。まずはそいつを捌いてくれ。自慢ではないが、私は今までそんなことをやったことがない。」
「ああ…分かった……」
「ああ、頼む。」
「中で火を強くしておいてくれるか?」
「分かった。その前に短剣を取ってこよう。」
ライトニングが小屋に戻ったところで、フリオニールは大きなため息を吐いた。自分は恋人が戦っている時に眠りこけていたのかと気が気ではない。
ライトニングが短剣を手に戻ってきたのに、フリオニールはそれを受け取ると、
「ライト、すまないがやっぱり気になる。俺が寝ている間に何があったんだ?」
「奴らが襲って来た。」
やはり、とフリオニールが情けない表情になる。
「気にするな。おまえは魔法で眠らされていただけだ。それに、あれくらいの敵勢、私一人で充分だ。」
「でも、ライト…そうは言ってくれても、やっぱり情けないよ。君一人を危険な目にあわせて…」
「だから、気にするな。」
「でも…!」
「仮に、逆の立場だとどうだ?敵襲があって私が眠らせれて、おまえは私をなんで眠りこけていたんだと攻めるのか?」
「…………いや…それは…ない。」
フリオニールはライトニングに言われるままに想像してみる。確かにライトニングの言う通りなのだが、それでもなんだか腑に落ちない。
「そうだけど…やっぱり俺は男だし、君を守りたいよ。」
「だったらさっさとそいつを捌いてくれ。」
「ライト…」
「それは、男の役割なのだろう?」
ライトニングは時々こうやってフリオニールに少々荒っぽい気遣いを見せる。
「うん…分かった…」
「頼んだぞ。」
ライトニングは軽く手を振って小屋に戻って行った。フリオニールはその後姿を見ながら、ライトニングのそんな優しさがとても好きなのだとつくづく思う。それを上手く言葉で伝えられたら良いのだが、
(…いつもバカの一つ覚えみたいに”きれいだ。”しか言えない…)
フリオニールは適当な大きさの石をまな板代わりにしてうさぎの亡骸を横たえた。捌く前にまずは弾丸を抜かなくてはいけない。捌く途中で刃に弾が当たると刃がかけてしまうからだ。フリオニールはうさぎの傷跡から位置を判断し、器用に短剣を操り弾丸を探る。
(すごいな…心臓の辺りに一発だ。)
さすがに良い腕をしている、と感心しながらうさぎの胸の辺りから弾丸を抜き出した。が、ふと違和感を感じてその弾丸をまじまじと見つめる。
(なんだ…これは?)
弾丸は先が鋭く尖り、無駄のないきれいな流線型をしていて、
(俺が買ったのと違う…)
手のひらに乗せて重さを量ってみると、ずしりと重い。
(…こんな…混じり物が少ない鉄の弾…見たことがない…)
フリオニールは思わず小屋の方を見る。自分が眠っている間に一体何が起こったのだろう?何故ライトニングは自分に嘘を吐いたのだろう?
(食事の時に…聞いてみよう…)
フリオニールはそう思い直すと、目の前の作業に没頭することにした。
一方、ライトニングも小屋の中で大きなため息を吐いていた。
(嘘は…吐いていない…)
ただ、皇帝が現れたことをどうしても言い出せなかっただけで。
フリオニールが起きてくるまで考える時間はたっぷりあった。フリオニールに聞かれたらどういう風に答えるか、さんざんシュミレーションをし、実際にうまく答える事が出来たと思う。
でも、子供のように純粋な恋人を騙しているようで気がとがめてしまう。
ライトニングは膝を抱え、ぼんやりと炭火を眺めていた。
フリオニールに対する罪悪感だけではない。皇帝が残した言葉も気になっていた。
(あいつが…あんな奴に私が召喚されたなどと…)
ましてや自分から懇願したなどと。
だが、どうしてこの世界に居るのか分からない今のライトニングの心を揺さぶるには充分過ぎる言葉だった。
(コスモス勢は…敗北を重ねていて記憶が無いと聞いた…)
新たに召喚されたライトニングもむろん、それまでの戦いのことは分からない。
(だが、カオスの奴らは前の戦いの記憶が残っているはずだ…)
そうなると、皇帝が残した、
「コスモスにはお前たちのことなど覚えていない。」
という言葉に信ぴょう性があるようにも思えて来て。
ライトニングはそんな考えを振り払うかのように頭を激しく横に振る。
「…ライト?」
いつの間にか小屋に入って来ていたフリオニールに心配そうに声を掛けられてライトニングは我に返った。
驚いて顔を上げると、フリオニールの心配そうな顔が目に飛び込んできた。今のライトニングにはその表情すら自分を訝しんでいるようにも見えて来て。
「大丈夫だ……少し…眠気が…」
「俺が料理する。その間少し横になっているといい。」
ライトニングは大丈夫だ、と言おうとしたが思い直し、
「ああ…そうさせてもらう…」
そう言って、フリオニールが作った寝床に身体を横たえた。
フリオニールの真っ直ぐな目が怖くて、それから逃げるようにライトニングは寝返りをうち、フリオニールに背を向けた。たとえ皇帝の言葉が嘘だとしても、自分が皇帝に懇願してこの世界に来たなどと口が裂けてもフリオニールには言いたくなかった。ライトニングのプライドがそれを許さなかったし、何よりも、
(そんな事を言えば、フリオニールが自分を攻める…)
フリオニールが立ち上がる気配がしたので慌てて目を閉じて寝ているふりをしたら、身体にふわりとマントを掛けられた。フリオニールの優しさにやり切れない気持ちになったけど、何も言えなくてライトニングはひたすら眠ったふりを続けた。
フリオニールが小屋を出たり入ったりする音がして、それからしばらくすると肉が焦げる良い匂いが漂い始めた。匂いに釣られたわけではないが、気になって身体を起こしてみる。
「ちょうど良かった。今、声をかけようと思ったところだ。」
ライトニングは起き上がってフリオニールの隣に腰掛けた。なんとなく顔が見られないのと、それでもフリオニールの体温を感じていたくて。
「美味そうだな。」
フリオニールは小枝を串代わりにして刺され、炭の傍に炙られていた肉を手に取り、ライトニングに手渡す。
「ああ。塩が残っていて助かった。」
フリオニールはニコニコとライトニングがそれを口にするのを見つめている。
「どうだ?」
外側がカリっと焼け、内側はふんわりと柔らかい。淡白な味だがいい塩梅に塩が効いていて、
「うん、美味い。」
フリオニールはそれを聞いてから漸く自分の分にかじり付いた。
「本当だ。」
「お前が焼いたのだろう?」
「自信はあったんだ。」
フリオニールが得意げなのにライトニングも釣られて笑う。それがすぐに真顔に戻り、
「…お前はすごいな。」
不意にそんな事を言われ、フリオニールはきょとんとしてライトニングを見つめる。
「…私の居た世界では…食べ物は全て加工されていた。いや、人工的に製造されていて、こうやって自ら命を殺めたりすることはなかった…」
ライトニングは雪の上に真っ赤な血を流しながら、まだ息絶えずぴくぴくと痙攣していたうさぎの事を思い出し、目を伏せた。物思いに沈んでいる時に目の前を何かが横切った。すぐにうさぎと気が付き、、弾丸のテストと、上手くいけば自分たちの食料になると思って咄嗟に撃っただけなのだ。だが、生き物に向けて引き金を引くということがどういう意味を持つのか、ライトニングはその後すぐに息絶えたうさぎを見て漸く悟ったのだった。
「敵を倒すのとは違う…ひどく後味が悪い感じだった。」
「…俺にはなんだか、ライトの世界が理想郷の様に聞こえるな。」
フリオニールは持っていた肉を頬ぼりながら続ける。
「山に何週間も篭っても獲物が取れない時もある。大の男が何人もかかって、だ。農作だって不作の時の方が多い。寒い冬に飢えるのは…本当に辛い。」
しんみりと言うフリオニールに、ライトニングはこの世界での人々の生活に思いを馳せた。
「お互い、無いものねだりだな。」
暗い空気を吹き払おうと、フリオニールが明るく言う。
「とにかく、それは残さず食べてくれ。それは命を狩った者の義務だ。」
こういう台詞が聴くと、フリオニールの方が自分がかつて住んでいた世界の人間のように生かされているのではなく、人間らしく生きているようにライトニングには思える。それが羨望なのか、同情なのかライトニングには分からない。そして同時にフリオニールが住んで居た世界が自分の住んで居た世界とは違うのだと思い知らされるのだ。
(…本当に、無いものねだりだな。)
考えても正しい答えはないのだろう。詮無いことだと、ライトニングは残った肉にかぶりついた。噛み締めた肉からじゅっと肉汁が滲みでて、
「本当に美味いな、フリオニール。」
心配そうにライトニングを見つめていたフリオニールはその様子を見て安心する。それと同時に、どうしてだか弾丸のことを言い出せない自分に気付く。
ライトニングはただフリオニールを喜ばせたいと思って小さな嘘を吐いた。それは白い嘘とでも言うのだろう。だが、それは異世界から現れたという美しい恋人の言葉を信じてきたフリオニールの胸に小さな棘となって残った。
一方ライトニングもフリオニールに秘密を持った。
それがフリオニールの胸の小さな棘を少しずつ育てる毒になることを、その時のライトニングは気づきもしなかった。

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