バルフレアの風邪(FF12/R18)

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その日、待ち合わせの場所にバルフレアはやって来ず、
「…フラン?」
驚くパンネロにフランは、
「代理で来たのよ。」
「代理…?」
フランは頷くと、
「バルフレア、今日は来られないの…?」
「心配しなくて良いわ。」
何か御用があるのか、それとも怪我でもしたのかと矢継ぎ早に質問するパンネロの言葉が漸く途切れた所で、
「大丈夫。風邪よ。」
「風邪…?」
「大した事ないのよ。ただ、尾羽打ち枯らした姿をあなたに見せたくないんでしょう。」
「…そう……」
そうは言われても心配なのだろう、パンネロは悄然としている。彼女のたんぽぽの様な明るい金色の髪まで元気を失って色あせてしまったかのようだ。
「本当に…風邪?」
「ええ、そうよ。あなたに心配をかけないために嘘を吐いてるわけじゃないわ。」
見透かされてパンネロは赤くなる。
「ごめんなさい…疑ったわけじゃないの。ただ心配で心配でつい悪い方に悪い方に考えてしまって。」
フランはわかるわ、と優しくパンネロの手を引き、
「今日は私と食事をしましょう。その後でショッピングも良いわね。」
「フランと…?」
「せっかくおめかしして来たんでしょ?」
その通りだった。
会う時はいつもバルフレアはリボンのかかった箱をいくつも抱えてくる。
ドレスの箱、帽子の箱、靴の箱。小さな箱は宝石や絹の花びらに色とりどりのビーズが散りばめられたのコサージュ。
いつもこんなにたくさんは着られないと言ってもバルフレアは聞き入れないのだ。
今日はパンネロにしては大人っぽいデザインのものだった。
淡いベージュの薄い生地に肩から胸元にかけておおきくV字に開いた襟元、ウエストからその襟元には細かなドレープが寄せられている。スカート部分は太ももにフィットしたタイトスカートで、アクセサリーも白と淡いラベンダー色の真珠のネクレスとイヤリングだけだ。
「私には大人っぽいかな…」
と心配するパンネロに、
「似合うさ。」
「…そうかな?」
「俺がお前に似合わないドレスを持ってくると思うか?」
そう言ってパンネロを膝に抱き寄せ、目を細めるバルフレアにパンネロはうれしくて、その首にしがみつく。
「今度会う時に着て来るね。」
「ああ。楽しみにしている。」
そんな会話を思い出し、そのせいで黙りこんでしまったパンネロをフランも無言で見守る。
どんなにパンネロの気持ちを奮い立たせようとしても、自分にはそれが不可能な事をフランは良く分かっているし、相棒にその事は伝えたのだが。
「あ、ごめんなさい、フラン…私…」
フランはいいのよ、と優しくパンネロの肩に手を回して歩き始める。
「私が彼の代わりになれないのは分かってるから。あなたも気を遣わないの。」
「…うん。」
「でも、せっかくだからたまには女同士で楽しみましょう。」
女同士という言葉がパンネロの乙女心をくすぐったのか、パンネロに漸く笑顔が戻る。
「ありがとう、フラン!私ね、一緒に見てもらいたい物があるの。」
「いいわね。先に買い物に行きましょう。」
二人してショップのある通りに足を向ける。パンネロは白い大理石に金色の文字で店名が掲げられたショップの前で足を止めた。
「ここなの。いつも一人だと入りづらくて。」
パンネロはランジェリーショップに行きたかったようだ。
「どうせなら二人で来ればいいんじゃない?」
フランが扉の前に立つと、中にドアマンが居て恭しくお辞儀をしながら扉を開けてくれる。フランはそのまま躊躇なく店内に足を踏み入れ、その後をパンネロがおずおずと続く。パンネロが赤くなり、
「二人なんて、恥ずかしくて無理だよ。」
「そう?きっと彼、大喜びよ。」
「……それはもっとイヤ。」
パンネロはむくれるが、すぐに真顔になり、
「ねぇ、フラン?そういうのって子供っぽいかな?大人の恋人同士ってそんなの気にしないの?バルフレアは気にしなくて良いって言ってくれるけど…」
「だったら気にしなくても良いんじゃない?」
フランは紺色のシルクサテンのスリップを手に取りながら応える。
「そうだけど…」
背伸びをしたいと思う年頃の少女のコンプレックスと言おうか、向上心と言おうか、いくらバルフレアがどんなに噛んでふくめて説いたところでそれを押さえる事はできっこないのだ。
もちろんフランは、そんな風にウズウズしているパンネロが可愛くて仕方がないとバルフレアが思っているのを良く知っている。今日のベージュのドレスにしても、バルフレアがパンネロの気持ちを汲んで選んだものだろう。
だが、それをここで言うのは野暮だと思慮深いヴィエラは敢えて何も言わない。
「パンネロはどんなのが欲しいの?」
フランはパンネロの「バルフレアに大人っぽい所をなんとかして見せたい」ためにこのショップに来たパンネロの目的を理解して聞いてやる。
しかし、パンネロはいざセクシーでゴージャスなランジェリーを見ていると尻込みしてしまう。
(これ…って…)
手に取ったボディスーツは細かなチュールレースで出来ていて、辛うじて恥ずかしい箇所を覆う部分に同じ色のサテンが使われているだけなのだ。
(これだったら何も着けてないのと同じじゃないの…?)
フランという味方を得てなんとかショップに足を踏み入れてみたものの、大人のセクシャリティが理解出来ず、パンネロは目を丸くするばかりだ。
色使いもパンネロの普段着ランジェリーが淡いピンクや水色ばかりなのに比べると、このショップはブラウンや黒が目立つ。素材もコットンではなく、シルクのサテンやジョーゼットにレース、更にその上に繊細な刺繍やスパンコールが付いている。
(それに、こんなに高い…)
ものすごく分かりにくい位置に付いている値札のサイズ表記の下に小さく小さく印刷されている値段を見てパンネロはため息を吐いた。
「どうしたの?」
「…どれが良いのか…って言うよりも、どこが良いのかさっぱり分からないの。」
パンネロは途方に暮れてしまう。
「ランジェリーはね、繊細なディティールを楽しむものよ。着けてみて、着心地が良いこと、肌がきれいに見える事も重要ね。」
「そうなの。」
「良くご覧なさい。レースも刺繍も全て熟練した職人の手作業なのよ。」
試しに隠れる所がほとんどないボディスーツにそっと手をくぐらせてみると、フランの言うとおり、ふんわりと肌触りが良く、レースの透け感が肌をきれいに見せてくれるし、
(黒だと…セクシーかも!)
フランの説明のお陰で心が浮き立ってくる。
「これなんかどう?」
フランが見繕ってくれたのはベビードールだ。ブラのカップの部分が鮮やかなブルーのサテンでそこを淡いカナリア色のコードレースが覆っている。スリップの部分もレースと同色でシフォンジョーゼットで、たっぷりのギャザーのおかげでふんわりとボリュームがある。
「わ…素敵!」
肩紐をリボンの様に結ぶのもパンネロは気に入った。
「ふふ、ふわふわ!」
フランに手渡されたベビードールを受け取り、パンネロは歓声を上げる。そして、スリップの部分にそっと頬を当ててみる。
「うわぁ、気持ちいい…」
やわらかな肌触りにパンネロはうっとりとした声をもらす。
繊細で宝石のようなランジェリーにパンネロはすっかり心を奪われたようだ。
(でも、やっぱり子供っぽいかな…?)
試しに値札を見てみると、スケスケボディスーツよりもだいぶ安い。
(それでも、予算オーバー…)
ベビードールを広げて、鏡の前であてがってみる。
(どうしよう…)
パンネルはう~ん、と悩む。
(でもでもでもっ…!)
これを着たらバルフレアも自分の事をもうちょっと大人扱いしてくれるのだろうか。そう思ったらもう止められない。
「フラン、私、これにする!」
パンネロは高らかに宣言し、獲物を持って会計に突進していったのだった。
**********
食事はホテルのレストランだった。
フランの皿は季節の野菜が入ったサラダ、様々なチーズに果物、パンネロのはフルコースの魚料理だ。
パンネロはラバナスタのこと、ヴァンと二人での冒険や、ちょっとした愚痴、たとえばどんなに言ってもヴァンは脱ぎ散らかした物を片付けないとか、そんなことをフランに話す。
フランも口元に笑みを浮かべ、パンネロの話を聴いてやる。
はしゃぎ過ぎたパンネロは時折肩を竦めて声をひそめたり、その合間に上手に切り分けたた魚を口に運び、「おいしい!」と歓声を上げたりと忙しい。
お腹がいっぱいになった所でウエイターがやって来て、テーブルの上にあるキャンドルを小さな物に変えて行った。テーブルがほの暗くなり、きれいな色のシャーベットが盛りつけられたガラスのボウルが運ばれて来る。
パンネロはまた声を上げそうになるのを慌てて抑えて、お行儀よくスプーンで一匙すくって口元に運ぶ。
爽やかな柑橘系の風味が口の中いっぱいに広がる。
(あ。)
シャーベットが口の中で溶けた。
(このフレーバー、バルフレアのコロンと同じ…)
それに気付いた途端、パンネロの瞳からポロリ、と涙がこぼれ落ちた。
「あれ?」
自分でも驚いて、パンネロは自分の頬に触れてみる。確かに涙が流れた跡と、顎の所でそれはもう一度水滴になってパンネロの膝の上に落ちた。
(おかしいな…、あれ?あれ?)
どうしてだか涙は止まらず、パンネロは透明の滴をぱたぱたと膝に落とす。慌ててフランを見ると、じっとパンネロを見つめている。
「ご、ごめんなさい、フラン…私、どうしたんだろ…?」
フランとの買い物も食事もとても楽しかった。男兄弟ばかりだったパンネロが憧れていた「お姉さんとのショッピング」に「お姉さんとレストランでおしゃべり」なのに。
パンネロは慌ててナプキンで目をゴシゴシと擦る。
「そんなに擦ると、お化粧が落ちるわよ。」
フランのアドバイスに頷きながらも、涙は止まらない。フランへの申し訳なさと、レストランで泣いてしまった子供っぽい自分が情けない。パンネロは息を止めたり、歯を食いしばったりするのだが、なんとか涙を止めようとがんばるのだが、涙は一向に止まる気配はない。
「フラン、ごめんなさい、私ちょっと…」
このままでは、とパンネロが席を立とうとした所でフランがそれを制した。驚いて顔を上げると、フランはパンネロの目の前に鍵を一つ置いた。
「…これ?」
「すぐ下のフロアよ。エレベーターを降りて右から4つ目の扉。1097号室。」
「でも…バルフレア、私に今は会いたくないんでしょ?」
「あなたは自分が風邪で寝込んでいるところをバルフレアに見せたい?」
パンネロは頭を横に振る。が、少し考えて、
「でも…ちょっと、心細いかも…」
ちょっと頭を撫でてもらったり、手を握ってもらったり。
「傍に…居てくれるだけで…」
フランは彼もそう思っているわ、と頷く。
「でも、今はちょっとカッコつけたい気持ちが勝っているだけ。」
(そうかな…でも…)
パンネロは目の前に置かれた鍵に目を落とす。
もう会いたい気持ちを抑えきれない。でも、バルフレアが嫌がるのではないかと理性が止める。
(ちょっとだけ…)
パンネロは意を決して鍵を手に取った。

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