酔っぱらい。(FF12)

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時間がかかった仕事を終えたバルフレアはごきげんだった。
不毛なやり取りを何度も繰り返し、数え切れないほどの細かい調整を経て、やっとの思いで半年がかりでクライアントに納品、望み通りの報酬を受け取った。あとはこの解放感のまま可愛いパンネロを連れてバカンスだ。

とにかく海だ。
青い海に白い切り立った崖をくり抜いた所に建てられた隠れ家のようなホテル。海にせり出したテラスで食べる朝食はイヴァリース1との誉が高い。しぼりたてのフルーツジュース、焼きたてのパンはクロワッサン、シナモンロール、木の実がたっぷり入ったハードパン、優しい味の野菜スープ、フルーツの形がそのまま残ったジャムをパンやヨーグルトにのせて食べるそうだ。

まるでたくさんのブーケを飾ったかのような華やかな食卓に歓声を上げるパンネロを思い浮かべると自然と口元が緩んで来る。

「もう、バルフレア、それくらいにして。」

バルフレアの夢想はパンネロの声で遮られた。リゾート地への飛空艇を待つラウンジで、早々にワインを1本空けたご機嫌のバルフレアを、まだ目的地に着いてすらいないのにとパンネロが嗜めたのだ。

「まだホテルに着いたわけじゃないのに。もうそんなにたくさん飲んで…」
「飲みたくもなるさ。」

バルフレアはテーブルの向かい側に座っていたパンネロを手招き、隣に座らせた。パンネロは席に着くやワイングラスを下げるようにアテンダントに頼む。

「お酒の代わりにお水をいただけますか?」

接客係は一礼をし、グラスを乗せたトレイを持って立ち去る。
その姿を見送り、バルフレアはやれやれと肩を竦める。

「面倒な仕事だった。少しくらい羽目を外したっていいだろう?」
「うん、大変だったのはわかってるの。ずっと遅かったし…」

いつもならすぐに体を預けてくるのに、パンネロはピンと背を伸ばして座っている。鮮やかなグリーンに大きな花がプリントされたリゾート向けのドレスにを着ているのに、パンネロの表情はどこか不満げだ。これは良くないと、バルフレアは運ばれて来た水を受け取って何口か飲み、居住まいを正した。

「寂しがらせたかな?」

そうじゃないの、とパンネロは首を横に振る。

「もちろん寂しかったけど、終わったら一緒に海に行くんだって頑張ったの。バルフレアはゆっくり日光浴して休んでもらって、それからプールで一緒に泳いで、日が暮れる頃に海岸を一緒にお散歩して夕日を見るの。夜になったらね、お花が飾られたグラスで一緒にお酒を飲んで…」

この台詞の中でパンネロは何度“一緒に”と言ったのだろう、アルコールの回った取り止めのない思考でバルフレアはぼんやりと考えた。
やはり寂しかったのだろうと、すまない気持ちでいっぱいになる。が、パンネロはそれっきり口を噤んでしまう。困ったように眉を寄せているところを見ると、問題は途切れた言葉の続き、つまり“一緒にお酒を飲んで…”の後にあるようだ。

「前に酔っぱらって、俺はとんでもない失態をしたようだな?パンネロをそんなに困らせるような。」

腕を伸ばし、薄暗いラウンジの中でもほのかに白く光る柔らかそうな頬に当てる。パンネロは大きな手のひらにそっと頭をもたげ、

「前に…じゃないの。えっと…」

パンネロは周りをキョロキョロと見回し、バルフレアの耳元にそっと口を寄せた。どうやら人には聞かれたくない話らしい。内心何をしでかしたんだと戦々恐々だったのが、パンネロのかわいらしい仕草に胸が高鳴った。大丈夫だ、パンネロの様子から察するにこれは夜のことで、バルフレアが何かをしでかしたというよりは恥じらいからくる物だろうと自分に言い聞かせる。

「あのね…」

言い出せなくてモジモジしている様がかわいらしい。同時にやはり何かやっちまったのかと心臓に悪い。

「あの…あのね、バルフレア、いっぱいお酒飲んだあとだと、いつもね…その…いっぱい、アトを付けるの。あちこち。」

心臓が大きく揺さぶられた。ドクン、と大きな音が耳に響いた気がした。

「……あちこち?」

バルフレが問いかけると、

「あちこち。」

とパンネロが返す。

「いつもだったらいいの。お洋服や白粉でごまかせるから。でも今夜…その、そうなったら、私、明日水着、着られない。」
「………そいつは、困るな。」

水着は忙しい合間を縫って2人で選んだ物だった。ビキニのトップスがオフショルダーのパフスリーブになっているレトロな雰囲気のものだ。色はプールにもビーチにも映えるだろうとネオンカラーのオレンジにした。
いつもなら“たくさん持ってるからいいの”とバルフレを諭すパンネロが、その時ばかりはノリが良かった。やはりバルフレアの帰りが遅いのがストレスだったのだろう。

「あれね、2人で一緒に決めたでしょう?だから…」

さっきから何度も何度も「一緒に」という言葉を繰り返すパンネロのいじらしさに胸が締め付けられる。「俺との夜より水着なのかな?」なんて軽口でごまかそうとしたバルフレアは慌てて言葉を飲み込んだ。

「そうだったな。」

柔らかい頬に当てていた手で、今度は髪を優しく撫でてやる。パンネロの誠意ある愛らしさに感動しつつ、酔った勢いでしでかした失態のせいで背中を汗が伝う。

「困らせた詫びをしないとな。」
「そんな、詫びなんて…」
「約束する。この旅で飲むのはお前と一緒に飲むトロピカルカクテルだけだ。」
「え!でも、そこまでしなくても大丈夫だよ。」
「水着だけじゃないだろ?肩が開いたドレスにショートパンツ、どれも着られなくなる。」
「うん…そうだけど…」
「心配するな。」

今度はバルフレアがパンネロの小さな頭に口を寄せ、耳元に囁きかける。

「帰ったら浴びるほど飲んで、お前の身体中にキスさせてもらうさ。」

ぽんっ!と赤くなったパンネロの反撃が来る前にバルフレアは立ち上がる。これ以上この話をするのは悪手だ。

「そろそろ搭乗だ。」

パンネロは唇を尖らせ、上目遣いにバルフレアを睨んでいる。が、バルフレアが器用に片目だけを瞬かせ、

「どうぞ、マダム。」

と手を出されると何も言えなくなってしまい————それでも“私、怒ってるんだから”と言わんばかりに少々乱暴に席を立った。

怒っているようで、それでもバルフレアの腕に自分の腕を絡ませてくるのがかわいい。
不機嫌なパンネロの関心を別なことに移そうとバルフレアは他愛もない話をパンネロにする。朝食のパンケーキのシロップはココナッツのがあるとか、カクテルグラスに飾られた花は甘い香りがして、その蜜で作られたカクテルをひと口飲むと口の中いっぱいに花の香りが広がるとか。

「毎朝窓辺に南の島の小鳥たちが餌を食べにやってくるんだ。」
「本当?」
「ああ。人に慣れていて、手のひらから餌を食べるそうだ。」

パンネロの頭の中は鮮やかな羽毛の小鳥たちが自分の手のひらから花の種や木の実をついばむ所が浮かんでいるのだろう。

「ねぇ、カクテルしか飲まないって言っても、そのカクテルを何杯も何杯も飲んじゃダメだよ?」
「その手があったか。」
「やっぱり信用できない。」
「悪かった。じゃあ、パンネロと同じってのでどうだ?」

その言葉に、漸くパンネロに笑顔が戻った。

「私が一杯だけなら一杯だけだよ?」
「もちろんだ。」

パンネロが小指を差し出して来たので、バルフレアはすぐに自分の小指を絡めてやる。

「あ、でもとっても美味しいんだよね?お花のカクテル…」

きっとお代わり頼んじゃうんかも、と楽しそうに独り言を言うパンネロの機嫌はもうすっかり直っていて、バルフレアは胸を撫で下ろす。

本当に、なんという失態だとバルフレアは思う。

ベッドの中で愛し合うその狂乱の中にいても、決してパンネロに知られたくない部分がある。誰にも触れさせない、誰にも見せたくない、独占欲と呼ぶにはあまりにも醜悪な気持ち。
パンネロが怖がるだろうし、こんなさもしい感情を知ったらパンネロは自分の元を去ってしまうのではないかと普段は必死で抑えているのだが、

(酒を飲んだくらいで気が緩むとはな…)

幸いパンネロは酔った勢いでおふざけが過ぎた程度にしか思っていないのが救いだ。

「どうしたの?」

気がつくと、パンネロが顔を覗き込んでいる。


「さっきの約束、もう後悔してる?」

弾んだ声はまるで陽気な歌のようだ。

「まさか。」

バルフレアは暗い感情を押し殺し、余裕がある風に笑って見せ、

「真剣に禁酒を検討していたところだ。」
「本当かなぁ?」

パンネロがふふっと笑う。その笑顔で暗い影はあっという間にどこかへ追いやられてしまう。

「バルフレア、最近お酒の量増えてたからちょっと控えた方がいいなって思ってたの。だからちょうどいいかもね。」

屈託のないパンネロの言葉に、バルフレアは降参だと言わんばかりに肩をすくめて見せたのだった。

おわり。