どうしてわかったの?(FF12)

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頭の中はさっきの靴のことでいっぱいだった。
うんと細いヒールの靴が大好きだ。履いて歩くと、コトコトとリズミカルな音を奏でる。高いヒールでかかとが上がると体全体が自然に緊張して背筋が伸びて、足のラインがきれいに見えるのもうれしい。パンネロは大人っぽく見せたいのだが、バルフレアはかわいいソックスとのコーディネートが好きだ。
分厚いソールも大好きだ。パンネロのお気に入りはコルクソールのものだ。軽くってハイヒールよりも歩きやすい。カジュアルな服やリゾートにぴったりだ。サンダルだと素足で履いて、足の爪は鮮やかな色で染めるのがパンネロもバルフレアもお気に入りだ。
これらの靴に共通するのは、履くと足が長く、背が高くなることだ。いつも見上げているバルフレアの顔が少し近づくのがうれしい。
だがさっき見た靴はそれらのどちらでもない。
意匠の元になっていのは、パンネロが習い始めた帝国風の踊りのときに履くものだろう。フラットシューズ、スクエアトゥ。だが、色は鮮やかなピンク。幅の広い黒いリボンで足首を固定するのだが、ピンクと黒の組み合わせがより上品にその靴を仕上げていた。
(あの、大きなリボンがすごくかわいいの…)
「さっきから、ずっとだまったまんまだな。」
頭の上から声がして、パンネロは我に返る。さっきの靴を見つけたのは帝都のモールベリ区ショップで、バルフレアと食事をしたあとのことだった。つまりデート中のことだ。
「おしゃべりなパンネロが大人しくなるほどイイ男でもいたのかな。そんなヤツは、どこを探しても俺くらいなものだと思っていたが?」
「ごめんなさい、そうじゃないの。あのね…」
と言いかけて、パンネロはすぐに口を噤んだ。
さっきの靴に目をとめた途端、バルフレアの足はもうショップの入り口に向かっていた。パンネロはそれを慌てて止めたのだ。
「ダメ!もう、靴箱もいっぱいってさっき話したでしょ?」
小さな体で懸命にバルフレアの腕を引っ張るパンネロに、バルフレアはやれやれと肩をすくめる。
「パンネロが気に入ったんだろ?見るだけでもどうだ?」
(見たら、きっとすごく欲しくなっちゃう…)
だが、食事中にこのあと服と靴と帽子を見に行こうと言われて、どれもたくさん持っているからとバルフレアを諌めたばかりだ。ここでショップに入って試しに履いたりしようものなら、あっという間に会計が済み、きれいにラッピングされ大げさなリボンで飾られた箱に入れられて差し出されることだろう。
「いいの。色がきれいだったからつい見ちゃっただけだから。」
「それを“欲しい”っていうんじゃないか?」
力ずくでの入店阻止を早々に諦め、断じて店には入らないとその場から動かないパンネロにバルフレアはどこか楽しそうに言う。
「前に買った黒のチュールレースのドレスに合う。パンネロに似合う。俺が言うんだから絶対だ。」
「もう…またそんな言い方をして。」
バルフレアの自信満々な言いっぷりがおかしくて、パンネロはクスクスと笑う。だが、ここで気を許してはいけない。
「もう十分持ってるの。だから、ね、今日なにかプレゼントしてくれるなら、お菓子かお花がいいな。」
そこまで言われるとバルフレアも無理強いできない。バルフレアの気持ちを気遣って代替案まで出してくれるのだ。
「わかった。」
パンネロの肩を抱き、またあるき始める。店から離れることができてパンネロはホッとした。
「あのね、この前のお食事のときにいただいた、色がきれいなあのお菓子…ふわふわしてて、優しい味…また食べたいな。」
少しでも靴屋から離れようとお菓子のリクエストをしてみたが、後ろ髪が引かれる思いが残った。あとでこっそりと買いに戻ろうかと考え、菓子店に向かう間も、頭の中で自分の全財産がいくらあるのか一生懸命思い出す。ミゲロさんの店を手伝ったときのお礼、祭事で踊ったときの謝礼、その中で残しておかなければならない金額は…それから…
(……全然足りない……)
パンネロが動かせるお金をかき集めても、それでも桁がひとつ足りない。バルフレアが言った通り黒いドレスーーーーシンプルなキャミソールのトップ部分に、スカートの部分がチュチュのように幾層にもレースが重なり合った大人っぽさとかわいらしさが合わさったものだーーーーと履いたら…
(きっと素敵……前に踊りに行った、キャンドルがたくさん飾ってあった、あのホールに着て行きたいな……)
そんな時にバルフレアが声をかけたのだ、“さっきから、ずっとだまったまんまだな。”靴のことを考えてたと知られてはいけない。店に戻ると言い出すに決まっている。パンネロは平静を装いつつ、必死で違う話題を考えた。
「バルフレアがもしお菓子でお家が作れるくらいたくさん買ってくれたらどうしようって考えてたの。」
「そいつはいい。ぜひ住んでみたいものだな。パンネロと一緒なら、さぞかし甘い毎日が過ごせそうだ。」
パンネロがあまりにも一生懸命に話しを靴から遠ざけようとしていることは、バルフレアにはとっくの昔に気がついていた。今度会うまでにさっきの店で買っておけばいい、ついでに同じシリーズでハイヒールもあったのが見えたから、ついでにそれも、などと考えていたのだ。だが、どこか上の空なパンネロを見ていて、どうしたものかと考え直す。
パンネロだって年相応の女の子なりに欲しいものがあって当たり前だ。パンネロが欲しい靴が予算を大幅にオーバーしていて、それをバルフレアが買い与えてしまうと、
(カネとモノで気を引こうってのと同じだな。)
それはバルフレアの本意ではない。きっとパンネロも同じだろう。パンネロが欲しがっている靴と、バルフレアが贈りたい靴は違うのだ。
「パンネロ。」
「なぁに?」
バルフレアはパンネロの頭に手を置いて、くしゃっと撫でてやる。
「心配しなくても、さっきの靴を無理やりお前に押し付けたりしない。あれはお前の獲物だ。手出しはしないから安心しろ。」
「バルフレア…?」
バルフレアの言葉の意味がわからず、首を傾げたパンネロだったが、だんだんとその理由がわかってくると、うれしそうに顔をほころばせた。
「バルフレアったら、私があのお店に盗みに入るみたいな言い方。」
「それも悪くない。パンネロも立派な空賊だからな。」
「…しないよ、そんなこと。」
「ああ、知ってる。」
パンネロはうれしそうにバルフレアの腕に自分のを絡めた。
「あとでこっそり買いにいっちゃダメだよって言おうと思ってたの、どうしてわかったの?」
「俺に隠しごとは通用しない。」
「本当?」
パンネロが訝しげに、だがどこかうれしそうにバルフレアをにらむ。バルフレアはパンネロに片目をつぶって見せ、
「真剣な顔をして考えこんで、ごまかしてるつもりが上の空だ、すぐにわかるさ。」
「え?そうなの?」
パンネロは驚いて、自分はどんな顔をしていたのだろうと思わず手を頬に当てて確認しようとしている。
「そのかわり、覚悟しとけよ。お前の好きな焼き菓子は、ベッドが作れるくらい買い占める。」
「ダメ!ダメ!そんなに食べたら太っちゃう!」
バルフレアの冗談にパンネロの表情は一転し、うれしそうにはしゃぐ。それがすぐに心配そうな顔になり、
「ねぇ、バルフレア?あのね、もし私があの靴を買ったら、バルフレアと一緒のときに履いてきてもいい?さっきバルフレアが言った黒いドレスと合わせて。」
さっきから表情がころころと変わるのがかわいらしい。考えている間も、真剣な顔をしたり、かと思うと、眉をハの字にして困った…という風に首をかしげたりしていた。バルフレアが“あの靴はパンネロのもの”とした決め手は、一生懸命な様子がかわいかったからでもある。
「じゃあ、脱がせるのは俺に任せてもらおうか。あのリボンをほどいて、お前の細い足首にキスをしよう。」
怒るかと思ったパンネロは恥ずかしそうにポッと頬を染める。その様がより愛おしく思えて、バルフレアは体を折るようにして屈めると、上気した柔らかい頬に口づけた。