その後の二人。【前編】(DDFF/R18)

この記事を読むのに必要な時間は約 13 分です。

「ちゃんと眠れているのか?」
ライトニングがそう尋ねたのはフリオニールがあくびをかみ殺したのに気付いたからだ。今朝から何度目だろう?
「ん?…ああ、大丈夫だ。」
目元を擦りながらフリオニールが答える。ライトニングはやれやれ、とため息を吐く。
「暗くなってきた…そろそろ休もう。今日はお前が先に休め。」
「ああ…そうだな…」
森の中を旅してもう三日目になる。旅を再開して以来、フリオニールの様子がどうもおかしい。いや、おかしいと言うよりも、
(どうしてそんなに眠そうなんだ…?)
野営の時に様子を伺っていても、ちゃんと目を閉じて寝息を立て眠っているように見えるだけに余計に謎だ。フリオニールに直接聞いてみても、大丈夫だ、問題ない、などと当たり障りのない返事をされるだけで。
敵襲こそないから良いものの、こんな調子でどうするのかとも思うし、頑強な体躯の持ち主のフリオニールが疲れて見えるのが不可解だし、何よりも心配だし。
「本当に大丈夫なんだ。」
ライトニングの心情を察したフリオニールが優しく肩を抱いてくる。
「ちゃんと眠れてる。多分、薄暗い森の中が俺には合わないんだ。」
そういうものだろうか?どうも腑に落ちないのだが、
「…じゃあ、今日は少し長めに休め。」
「ああ、そうする。」
フリオニールがあっさりとそれを受け入れたのに、ライトニングはやはり疲れてるのではと不安になる。
「あそこで休もう。」
フリオニールが指さした先には小さな泉から湧き出したせせらぎがあって、それを渡った先に大きな木にぐるりと取り囲まれた窪地があった。
フリオニールは先に立ってせせらぎを飛び越え、荷物を置くと早速薪になる枝を探し始めた。ライトニングは革袋の中から食べ物を取り出したり、水を汲んだりする。
フリオニールが火を起こすと辺りがほの明るくなり、その光に照らされたフリオニールはやはり顔色が悪く、目の下にクマができている。
ライトニングはカチカチになったパンを焚き火で温め、残った干し肉を挟んでフリオニールに手渡した。
「…そろそろ決めないといけないのだろう?どちらの街に進むのか。」
「ああ…そうだな…」
言ってる先から目蓋が下りてきてフリオニールは相当眠そうだ。そんなフリオニールの様子を見てライトニングはため息を吐いた。
「…いい。明日で。食ったらすぐに休め。」
フリオニールは眠そうに目を擦りながら、それでもライトニングに笑顔を見せた。
*******************************
焚き火が照らすせいでフリオニールの寝顔は濃い影が落ちて、そのせいで少し頬がこけているように見えて余計に不安になる。森の中は日が差さない。太陽光は健康に大いに影響すると聞くが、自分がなんともないのに、自分よりも屈強に見えるフリオニールがこうまで調子を崩すとは。
(ああ見えて、実は繊細なのか…?)
いや、とライトニングは頭を振る。
(ひょっとして、私が重荷なのでは…)
足手まといになっているつもりはないが、この世界のことを何一つ知らないライトニングは宿、旅の準備、武器や防具の手配と全てをフリオニールに頼っている。フリオニールがライトニングにさせまいとしているのは分かるが、自分は少し甘え過ぎているのではないかと不安になったりもして。
ライトニングはもう一度頭を振る。さっきより大きく頭を振った。考え過ぎだ、次の街についたら…そう考えた時、周りの空気が変わった気がした。咄嗟に傍らに置いてあった武器を手に取り、片膝を立ていつでも飛び出せるように腰を浮かす。
「…フリオニール…」
ライトニングは小声でその名を呼ぶが、フリオニールは起きる気配は見せない。
「おい!フリオニール!」
なんの反応も返さないフリオニールに、ライトニングはぎり、と奥歯を噛み締めた。
(また…眠らされているのか…)
ライトニングは焚き火に土をかけて消し、フリオニールの上体を起こし、肩に腕をかけて大きな身体を半ば引きずるようにして木の陰に連れていき、木にもたれかけさせた。そうしてフリオニールを背に敵の来襲に備える。
やがて、ガサ、と草を踏みしめる音が暗闇から聞こえてきて、その音は次第に幾重にも重なる。武具や鎧がこすれ合う音がして、たくさんの兵士がこちらに近づいてくるのをライトニングに知らせる。剣の柄をぎゅっと握りしめた。
(…来るなら来い…)
「今度こそ尻尾を掴んでやる…」
ライトニングの声が引き金となり、雑兵達が一斉にライトニングめがけて襲い掛かってきた。ライトニングを串刺しにしようとする槍兵の槍を横に薙ぎ払い、切り倒していくと兵士たちは声も立てずに倒れていく。後ろ向きにジャンプし、フリオニールを狙う剣兵を倒す。
敵を倒すにつれ、ライトニングに焦りが生まれる。背後のフリオニールを気にかけながらの戦いはそれだけでライトニングに大きなプレッシャーを与える。そんな中で敵は物量戦で押してきていて、倒しても倒してもキリがないないのだ。どうしても後手にまわりがちで、フリオニールを守るだけで精一杯だ。
(突破口が…掴めない。)
そう考えた所で心臓を冷たい手でわし掴みにされたような気持ちになり、冷たい汗が背中を流れ落ちた。そうだ、自分はこんな苦しいだけでなんの成果も成さない不毛な戦いをあの世界で何度も何度も経験した。今の戦い、これは、
(まるでイミテーションを相手にしていた時の…)
途切れなく湧いて出て、突かれても切られても声も立てず倒れていく兵士たち。
(こいつら…まさか…)
惑いを感じた時に隙が生じた。意識がフリオニールから離れて思考に向いたため、気付くとフリオニールがもたれていた木から距離が離れ過ぎていた。
「フリオニール!」
慌てて戻ろうと踵を返すライトニングの背後から剣が振り下ろされる。振り返った時、それはもう目と鼻の先まで来ていてライトニングには避けようがない。
「ライト!」
呼ばれたと同時に肩越しにぶん!と鈍い音がして鉄の塊のような物が飛んできて、後ろの兵に吹っ飛ばされた。その後で風を切るひゅん、という軽い音が耳に届いた。背後から同じものが次々と飛んで来て、迫り来る兵士たちがばたばたと倒れていく。
倒れた兵士の一人は身体に斧がめり込んでおり、他の兵士達には矢が突き刺さっていた。呆然とするライトニングの前に大きな身体が割って入り、翻ったマントで視界がいっぱいになる。
「…フリオニール…?」
「ごめん。遅くなった。」
安堵と訳の分からない高揚感でライトニングは崩れ落ちそうになる。フリオニールは器用に弓を肩にかけ、返す手で腰の剣を抜きライトニング迫る剣兵を切り倒し、手を差し伸べた。
「立てるか?」
ライトニングは力が抜けていつの間にか座り込んでいたのに気がついた。差し伸べられた手を掴み立ち上がり、信じられない、といった表情でフリオニールを見つめる。
「お前は…眠らせれていたんじゃ…」
「ああ、これのお陰だ。」
フリオニールは肩甲を少し浮かす様にして腕を見せると、そこには赤い色のりボンが巻きつけられていた。
「皇帝はライト一人の時を狙ってくる。それが出来ない時は俺を眠らせると思ったんだ。」
「じゃあ、いつも眠そうにしていたのは…」
「ああ、お陰でロクに眠れなかった。」
ライトニングはフリオニールと背中合わせにして立ち上がった。背中合わせのまま、ライトニングの手をフリオニールはそっと握りしめた。
「遅くなって…本当にすまない。俺がすぐに出ていけば…奴が逃げると思って…」
「言い訳は後で聞く。今は…」
ライトニングはフリオニールの手を強く握り返した。
「共に戦えればそれでいい。」
ライトニングが不敵に笑うのを見て、フリオニールもニヤリ、と笑い返す。
「皇帝はきっとこの近くに居る。君は奴を見つけてくれ。」
「分かった。」
2人の指が離れる。と、同時に雄叫びをあげそれぞれの目の前の敵に突っ込んでいく。剣を振り下ろすと盾が砕け、横に払うと槍も剣も砕け散った。2人が進んだ後には倒れた兵士が累々と横たわる。
ライトニングはそんな中を鬼神の如く前へ前へと進む。さっきと違い身体の奥底から力が湧いてきて、どれだけ敵が襲いかかろうと、それらはもう足にたかる蟻くらいにしか思えない。後ろにフリオニールが居る、それだけでこんなにも力を得ることが出来るのかと我ながら驚く。
皇帝の居場所はやすやすと察することが出来た。
(兵士の層が厚くて、一番抵抗が激しい所だ…)
槍を持った兵士を倒すと、それはガラスが砕けるような音を立てて粉々に砕け散った。
(やはり…!)
「私が気づけば、もう隠す必要なない、ということか…!」
フリオニールが言った通り、やはり皇帝はこの戦いをどこかから見ているのだ。
皇帝の城のあとになんの痕跡がないという情報も今ならうなずける。
(奴め…どうやってイミテーションをこの世界に…?)
「ライト、これは…!?」
フリオニールが驚きの声を上げる。無理もない、とライトニングは思う。向かう所敵なしな勢いでいても、フリオニールとの記憶の差異は、それがたとえ些細なものでも、未だにライトニングの胸をちくりと刺す。
「イミテーションだ。カオスが創り出した偽りの兵士だ。」
詳しく説明をしている暇はない。ライトニングは簡潔に答え、フリオニールも戸惑いつつもそれらを切り倒していく。が、倒れた兵士が大剣を背負った兵士に姿を変え、崩れ落ちたのを見て、
「…あれは…」
「フリオニール、気を許すな!」
ライトニングに呼ばれ、フリオニールはハッと我に返り、体勢を立て直す。だが、不可思議な兵士達と切り結びながらさっきの兵士が脳裏から離れない。
(そうだ…あれは…)
戦う理由を探していた仲間だ。彼の問いかけに応えるために戦ったこともある。
「ライト、思い出したんだ!」
戦闘中なのに思わず叫んでしまったのは、思い出した興奮と、記憶を持たないことのライトニングへの後ろめたさのためだ。ライトニングは今の状況を忘れ、期待をこめて思わずフリオニールの方に振り返る。
「あれは…クラウドだ…!」
「…クラウド?」
ライトニングの瞳からすぅっと光が消える。
「…誰だ、それは…?」
フリオニールは共通の記憶だと思っているが、12回目の戦いの記憶を持つライトニングにとって、クラウドはカオス側の兵士で面識もない。
記憶はまるで棘のようだ。小さいが鋭く尖り、2人の心の一番もろい箇所に突き刺さる。たとえ小さくともじくじくと痛み、膿み、その毒は全身を巡る。
2人の動きが止まり、お互いを疑いと失望の目で見つめ合う。緊張と力を失い、武器を持ったライトニングの腕がだらり、と垂れ下がる。そこに無数の兵士が襲いかかった。
「ライト…!」
反撃が間に合わない、とフリオニールはライトニングを庇おうと咄嗟に覆いかぶさった。もうだめだ、とフリオニールは目を閉じライトニングを抱く手に力をこめた。
「危ない!」
誰かが叫んだと同時に辺りから音が消えた。戦場の熱気が一瞬にして消え失せ頬に冷気を感じた。何が起こったのだと恐る恐る眼を開くと、フリオニールとライトニングを中心点とし、残りの全てが凍てついていた。
「これは…」
驚くフリオニールの声にライトニングも顔を上げる。
「大丈夫?」
ライトニングの目に最初に飛び込んで来たのは透き通る様な蒼とまるで宝石のような深い碧色の左右異なる色の瞳だった。
「ライト!会えてうれしいよ。」
色んなことが一度に起こりすぎて呆然としていたライトニングだが、呼ばれた声に思わず顔を上げる。
「…ユウナ、お前…」
異国情緒豊かな可憐、清廉だった装束がよく似あっていたのが、太ももをむき出しにしたホットパンツに胸元が左右が大きく開いたキャミソール姿だ。髪も少し短くなっている。
フリオニールとライトニングは漸く立ち上がり、ユウナを見る。長身な2人に見下され、自然とユウナが2人を見上げる姿勢になる。
「わたし、来たんだよ。ライトが危ないって、わかったから。」

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32