その後の二人。【前編】(DDFF/R18)

この記事を読むのに必要な時間は約 18 分です。

樹の枝に積もった雪がばさばさと音を立てて落ちた。
その音に振り返り、二人は同時に武器を抜き、敵の気配を探る。
「大丈夫…か…?」
「そのようだな。」
ホッと息を吐き、二人はまた同時に武器を納めた。
敵の気配に神経を尖らせながら、微かな物音に足を止め…そんなことの繰り返しで思うように進めない。
「疲れてないか…?」
「私は大丈夫だ。だが…思うに進めないな。」
「ああ…野営をするにもこの辺りはまだ雪も多い。出来れば次の村まで辿り着きたかったんだが…」
冬の日暮れは早く、辺りは既に薄暗い。
「夜通し歩くくらい、どうということはない。」
「うん。」
気丈にそう言うライトニングを頼もしく思いつつも、やはりどこかで身体を休めさせてやりたい。ただでさえ気を張り詰めているところにこの寒さだ。体力がどんどん奪われていくのが分かる。それに、たとえライトニングの言う通り、夜通し歩いたところで翌日に村にたどり着くのは厳しい。
(それでも、今はとにかく進むしかないな…)
この場で留まっていても敵に狙われるだけだ。フリオニールは自分をじっと見上げているライトニングを促し、歩を進めた。
「お前の装備を買い戻さなくてはな。」
「ああ。まさかこんな事になっているとは思わなかった。油断したな…」
「仕方がないだろう。次の村で手に入るのか?」
「…どうだろうな。」
フリオニールは言葉を濁した。装備を揃えるよりやはり、
(…君をゆっくり休ませてあげたいんだ…)
さすがのフリオニールもそれを言ったらライトニングが怒るくらいは分かるので、言葉にはしないでおく。ライトニングはフリオニールが飲み込んだ言葉に気付かず、黙ってフリオニールの横に並んで歩いている。薄暗い中、ライトニングの吐く白い息が後ろに流れ去っていくのが見えた。思わずライトニングの手を取る。
「…なんだ?」
「…いや…その…」
ライトニングが寒いのではないかと発作的に手を握ってしまったフリオニール、どう答えて良いか分からず顔だけが赤くなる。そしてフリオニールが思った通りその指先はとても冷たかった。
フリオニールは一旦ライトニングの手を離すと、自分が羽織っているマントを脱ごうと胸元のの留め金に手をかけた。
「やめておけ。」
即座にライトニングがそれを止める。
「でも…」
「私なら大丈夫だと言っただろう?逆に、今お前に倒れられたら困る。」
「それを言うならライトだって…」
「お前に何かあったら私が困るだろう?右も左も分からないのに。それに…」
ライトニングは今度は自分からフリオニールの手を握る。
「私ではお前をかついではいけないぞ。」
「ライト…」
(俺を笑わせようとしてくれてるのか…)
(俺が力不足で落ち込んでると思って慰めようと…)
ライトニングの一言に、フリオニールはいちどきにものすごくたくさんの意味を解釈してしまい、
「…お前はまた何か勘違いをして一人で感動しているだろう。」
「え…いや、そんなことは…」
ごまかそうとするフリオニールにライトニングは大きくため息を吐き、
「顔が笑っている。」
「え?」
言われて、フリオニールは慌てて頬に手を当てる。その仕草にライトニングが柔らかい笑みを浮かべた。それだけでフリオニールはとてもうれしくなって、もう一度ライトニングの手を握った。お互いの手の温もりを感じて、二人の間をヒュゥと音を立てて冷たい風が通り抜けても気にせず歩みを進めた。
雪原の果てに小高い山が見えて来た。
「あの山のふもとに猟師が夏の間に使う狩猟小屋があったはずだ。」
フリオニールが山の方を指さす。
「少し迂回するが、まずは狩猟小屋を目指そう。多分、もうすぐ着くと思う。そこで休んでから、山をぐるっと回りこんだ所にある街に向かう。」
(本当は街まで行きたかったんだが…)
休んでいる所を敵に襲われてはたまったものではないのだが、
(俺が…見張っていれば…)
ライトニングを休ませ、自分は外で敵が来ないか見張れば良い。
「狩猟小屋と言っても、こんな所にあるのは掘っ建て小屋だろう?大丈夫なのか?」
「俺に考えがある。それに…多分貯蔵食もあるだろう。燃料も。炭だから煙は立たない。」
「…そうか…。」
ライトニングに勘づかれたのかと一瞬ひやりとしたが、何も言わずにいる。フリオニールはホッとして歩みを進める。二人が雪を踏みしめる音だけが聞こえてくる。フリオニールはそっとライトニングの表情を盗み見る。隣に女性が居るのがなんだか落ち着かなくて、ついそうしてしまうのだ。もうすっかり日が暮れているが、雪あかりで白い肌の輪郭がいつもより柔らかい印象を作る。それでもすっと通った鼻筋と澄んだ泉のような瞳が凛と浮かび上がって、
(…本当にきれいだな…)
やはり、どう考えても分からない。
(どうしてこんなきれいな人が俺と一緒に居るんだろう…)
自分はパルチザンではあるが、故郷と家族同然に育った仲間のためと、何よりも自分が生きていくために戦ってきただけなのだ。そんな自分がライトニングが言ったように、「世界を救うための神々の戦い」のその場に自分が居たことが未だに信じられないのに。
一方、ライトニングはすっかり感覚がなくなってしまった足の爪先の痛みを堪えていた。ここで痛みをうったえると、フリオニールが自分を担ぐと言い出すのはわかり切っているので言い出せないでいるのだ。
(狩猟小屋まであと少し、と言ったな…)
おそらく掘っ立て小屋だろうが、雪がしみこんで凍りかけているブーツを乾かすことくらいは出来るだろう。出来るだけ早く辿り着きたいものだ、そう思ったところで自分の顔を凝視しているフリオニールと目が合った。
「なんだ…?」
「…ああ、その…」
フリオニールははにかみながら、
「ごめん。また見とれてたんだ。いつもきれいだけど、今は雪あかりでまたきれいだなって…」
そんな風に言われると、ライトニングも照れてしまう。
「おまえはまた…」
と言いながらも次の言葉が続かない。そんな時にふと意地悪な考えた浮かんだ。
「そうやって外見ばかり褒めて…もし私が醜かったらどうするのだ?」
「ライトが…?」
フリオニールはじっとライトニングの顔をまじまじと見つめる。
「モンスターみたいに?」
「そうだ。」
「う~ん…」
眉間にしわを寄せライトニングの顔を凝視すると、
「だめだな、想像もつかない。」
言うと同時に、はあ、と大きく息を吐いた。
「うん、やっぱりダメだ。とても考えられない。」
「じゃあ、おまえは…」
言いかけてライトニングはすぐに口ごもってしまった。まさか、「私の見た目だけが好きなのか」なんて子供じみたことなど聞けるわけがないけ。自分が美しいのか醜いのか自分では判断できない。だが、もしも自分がきれいではかったらフリオニールは自分に好意を寄せず、ただのばらの花の記憶を分かち合う単なる仲間だったのだろうか?
「ああ、見えてきた。」
フリオニールが指さした先に小さな掘っ立て小屋があった。覚悟はしていたが小さな小屋でひどくおんぼろだ。
「ごめん、狭い所だけど…」
「休めれば充分だ。」
「ドアがあって、壁があるだけマシな方なんだ。」
「床があればもっとありがたいな。」
本当に小さな小さな棘なのだが、芽生えた不安に気が付かれなくてライトニングはホッとしてフリオニールに話を合わせる。
フリオニールが先に立って小屋の扉を開けると、中からは乾いた薪の匂いがした。ライトニングが懸念した床は半分は板張り、半分は土がむき出しになっていた。板間は大人一人が横になれるくらいだ。
土間の方は板間より少し広い程度の、フリオニールが言った通り、本当に小さな小屋だ。土間の真ん中には石で囲っただけの簡素なかまどがあり、小さな鍋が転がっている。
小屋の隅にはいくつかの炭が積み上げられ、その隣には藁が山積みされていた。フリオニールはその炭を持ってくると、かまどの周りに落ちていた石で器用に火を起こし、同じように傍に落ちていた藁に火を移し、炭の上に置いた。藁の火は徐々に炭に燃え移り、黒く炭素化した木がだんだんとじんわりとした熱を発し、ほんのりと赤い光を放ち始めた。
ライトニングは何を話して良いのか分からず、黙って火を眺めていたが、炭の温かさに自分のつま先が感覚がなくなるほど凍えていたのを思い出し、ブーツを脱いだ。フリオニールは「見てはいけない」と気を使って目を反らせたのだが、視界の端に真っ赤になっているライトニングの足先が目に入り、
「赤くなってる…ライト、大丈夫か?」
「大したことはない。すこし凍えただけだ。」
ライトニングは心持ち足先を床から浮かし、つま先を炭火にかざす。冷たいつま先に少しずつ血が回りだし、じんじんとしびれたような感覚が戻ってきた。フリオニールはその仕草に目を奪われる。つま先と膝をそろえてひょい、と生脚を持ち上げる仕草が可愛く思えたのだ。きっと、またニヤニヤとしているのだろうと思い、すぐにまた顔を赤くして視線を泳がせる。
「ら、ライト…腹は減ってないか?」
そう行って立ち上がって小屋の中を見渡す。
「…いつもなら貯蔵食が置いてあるんだが…」
「それらしい物は見当たらないな。」
「大丈夫だ。宿でもらった干し肉が少し残ってる。」
フリオニールは転がっていた鍋を拾い、そのまま小屋の外に出て鍋に雪を入れて戻って来た。鍋を炭の上にバランス良く置くと、雪はみるみる内に溶けて水になった。フリオニールはそこに干した肉と小さな袋にひとまとめにされたハーブと調味料を一緒に放り込んだ。藁の山の中から太めの藁を一束持ってきて、それで鍋をかき混ぜる。良い香りが小屋の中を漂う。
ライトニングはすっかりリラックスして裸足のまま膝を抱えてフリオニールを眺めている。見つめられると緊張してしまうフリオニールはひたすら鍋をかき混ぜる。時々ちらりとライトニングの足の甲やつま先を横目で見る。そしてきれいな人は足まできれいなんだな、とぼんやりと考える。
(足の甲が高くて…足の指先がかわいくって…)
「フリオニール。」
出来れば次にベッドを共にする時は真っ先にあのきれいな足先にキスをしよう!などと不埒なことを考えていたフリオニールは飛び上がらんばかりに驚き、危うく鍋をひっくり返しそうになる。
「どうした?」
「ななな、なんでも…ない。」
ライトニングはフリオニールが何やら妄想しているのはすぐに分かったのだが、さすがに疲れているのでそれを尋ねる気力もなく、
「ここには皿もスプーンもないぞ。どうやって食べるのだ?」
言われて再び小屋の中を見渡すフリオニールだが、
「本当だ…何もないな。」
簡易スープの中で干し肉はほど良く煮えている。
「仕方ないな。鍋から直接だ。」
フリオニールはライトニングに鍋と、スープを撹拌するのに使っていた藁の束を渡すと、
「それに肉を引っ掛けて食べてくれ。それからスープが冷めた頃に鍋に口をつけ飲むしかないな。」
ライトニングは言われた通り、肉を藁にからませて口元に運ぶ。肉にはスープと、干した時に酒に漬け込んだのだろう、アルコールの風味が口の中に広がり、空っぽだったライトニングの腹の中を温める。
「うまいな。」
「少ししかないけど。」
ライトニングはもう一切れ肉を口の中に入れると、フリオニールに鍋を手渡した。フリオニールはそれを受け取ると、ライトニングと同じようにして食べる。
ライトニングは疲れているせいか口数が少ない。その分、目が合うと優しく微笑んでくれて、しかもいつものキツい物言いは鳴りを潜めている。炭の温かさとスープのお陰で頬に紅味がさしているのも可愛らしい。
二人で仲良く一つの鍋のスープを分けあって食べたあと、フリオニールは立ち上がって藁の山を抱え、板間に運び、その上に自分のマントをかけて簡単なベッドを作った。
「ライトはここで休んでてくれ。」
そう言うと、空になった鍋に火のついた炭の塊をいくつか放り込む。
「お前はどうするんだ?」
「外で見張ってる。」
「…交替制にしろ。」
フリオニールは一瞬面食らったが、
(食べて、休んで元気になったんだな。)
「わかってる。」
キツい物言いが復活したが、それはそれで元のライトニングなのでフリオニール的にはなんの問題もない。
「でも、ライトが先だ。」
ライトニングの眉がキリキリと上がる。が、それに臆するフリオニールではない。それなりにライトニングの操縦術も心得てきて、
「大丈夫だ。時間は気をつける。ちゃんと半分ずつだ。」
「半分…?」
「同じ時間で交代って意味だ。」
それなら…とライトニングが渋々ながらも納得した様子を見せたので、フリオニールはライトニングがこれ以上文句が言えないようにと扉を開けて、
「じゃあ、ゆっくり休んでてくれ。」
「ちゃんと起こせよ。」
「分かってる。」
ギィと木の板が擦れる音がして扉が閉まり、ライトニングは一人小屋の中に取り残された。しばらくぼんやりしていたが、火が途絶えてはと新しい炭を足す。火力が増して小屋の中が明るく温かくなったのに、フリオニールが居なくなっただけで狭い小屋がガランと広くなった気がする。
それでも身体を休ませなくては、とフリオニールが作った簡易ベッドの上に横たわる。が、落ち着かなくってすぐに跳ね起きた。何か一言言わないと気がすまなくって扉を開ける。
「…ライト?」
フリオニールは炭の入った鍋を足元に置き、扉の横で小屋の壁にもたれかかっていた。突然扉が開いたのに驚いてライニングを見つめている。
「どうした?寒いのか?」
心配されればされるほど、何故かイライラしてしまい、自分が何を言おうとして扉を開けたのかすら思い出せない。
「おまえ…ちゃんと時間を守れよ。私のためとか言って起こさなかったらただじゃ済まないからな。」
言うだけ言うと、気恥ずかしくなって乱暴に扉を閉じた。
言ってしまってから、訳の分からない達成感で意味もなく小屋の中をグルグルと歩きまわり、乱暴にベッドの上に横たわった。フリオニールに優しくされるとひどく安心する時と、意味も分からずイライラしてしまうかのどちらかなのだ。
元の世界で恋人と呼べる存在が、多分居たと思う。彼らの時はどうだっただろう?
(でも、ここまで心を許せたのはフリオニールだけだ…)
そこに考えが至ったところで、ライトニングは急に落ち着かない気分になった。フリオニールは自分のことを心配してくれているのに、どうしてあんな言い方をしてしまったのか。
(どうして…私はいつもこうなんだ…)
謝りに行くべきか、いやでもそれはそれで気恥ずかしい。どうしたものかと悶々としていると、控えめに扉が開いた。
ライトニングは跳ね起き、扉から入って来たフリオニールを見つめる。ひょっとして怒っているのだろうか?不安であっという間に息が詰まる。
「ライト…」
フリオニールはおずおずとベッド歩み寄ると、おそるおそるライトニングを抱きしめた。フリオニールの意図がつかめず、ライトニングはフリオニールの腕の中で硬直してしまう。
「フリオニール…?」
「ごめん、ライト。ちょっと感動して。」
「感動…?」
「うん。ライトが俺のこと心配してくれてうれしくて。」
フリオニールの言っている意味が分からず、ライトニングの頭の中はますますごんがらがる。
(確か…ただじゃ済まさないと言った…ような…)
どう曲解すれば労りの言葉に聞こえるのか。ライトニングの混乱に気付きもせず、フリオニールはライトニングの額にそっと唇を落とすと、
「それだけ言っておきたかったんだ。」
じゃあゆっくり休んでくれ、という言葉を残してフリオニールはいそいそと小屋を出て行った。驚きのあまり呆然とするライトニングだが、我にかえると慌ててフリオニールの後を追って外に飛び出した。驚くフリオニールに気後れして俯いてしまう。
「…ライト…どうしたんだ?」
俯いたライトニングの顔を覗きこもうと、フリオニールは長身をかがめる。顔を上げられないライトニングの目の前に、フリオニールの後ろでまとめてある銀色の長い髪がさらりと落ちてきた。ライトニングのはその髪を掴んでフリオニールの顔を引き寄せ、強引に唇を合わせた。そして何が起こったか分からないフリオニールを置いて扉を閉めると、その場にへなへなとへたり込んでしまった。
「…何をやっているんだ、私は…」
ライトニングは再びベッドに戻ると、フリオニールがシーツ代わりに敷いていったマントに顔を埋め、
「…何をやっているんだ、私は…」
ライトニングはもう一度そう言うと、フリオニールのマントを頭から被ってしまった。だけど、フリオニールのマントに包まれて漸く、
(眠る時に傍にいてくれないのに腹を立ててたなんて…)
ライトニング的にはとんだ醜態なのだが、でも、外でおそらくうれしそうにニヤニヤ笑っているフリオニールの顔が浮かぶと、
(ま、いいか…)
と、ゆるやかに気持ちが落ち着いてきた。思い出すと、今度はなんだかくすぐったくて温かい気持ちになってきて。ライトニングはフリオニールにマントをキュッ握りしめ、ほのぼのとした気持ちのまま目を閉じた。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32