その後の二人。【前編】(DDFF/R18)

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結局ライトニングの目が覚めたのは太陽が高く上ってからだった。
何日ぶりかの太陽が部屋をまざまざと照らし出し、一糸纏わず一人ベッドに居たライトニングはひどく居心地の悪い思いをする。
フリオニールはとっくに起き出して、どこかへ出かけているらしい。
ライトニングはいつでも出かけられるようにとりあえず自分の服を着て装備を整えた。が、その後でベッドに座り込んでしまう。
ここ数日の不謹慎な過ごし方なせいか身体がひどく鈍っているのが分かる。おまけに眠りに落ちたのは明け方なので頭がぼんやりとしている。おまけに、
(…太陽が眩しい…)
眩し過ぎて痛いほどだ。眼の奥がチリチリと傷んでライトニングは眉を顰めた。ライトニングは身体がまるで自分のものではないような苛立ちと、フリオニールがなかなか戻って来ないことに次第にジリジリとした気分になる。
しばらく経って、控えめなノックの音がしたが、とても返事をする気持ちにはなれなくて黙ったままでいた。
ほんの少しの間を置いてもう一度ノックの音がした。
ライトニングはそれでも応えずに居ると、静かに扉が開いた。
「ライト、起きていたのか?」
フリオニールが生き生きとした笑顔を見せるのがライトニングを余計に不愉快にさせる。
(…まったく、お前はどれだけ元気なんだ…)
「ライト…?」
心配気なフリオニールの声にライトニングは驚きの声を上げる。
「フリオニール、お前…その格好はどうした?」
フリオニールは鎧を外したシャツと黒の皮のズボンだけになっているのだ。
「ああ、宿代の代わりに置いてきた。」
見ると、装備も半分くらいに減っている。
「今は戦争もなくて平和だ。だから旅の途中で狩りをするだけの武器があれば充分なんだ。」
ライトニングが何か言いたげなのを察したのか、先回りして説明する。が、ライトニングはやはり浮かない顔をしている。
残ったのは弓、剣、短剣、斧だけだ。
「思い入れのあるものだったんじゃないのか?」
「俺たちの世界では旅をするのに武器や防具を売ったり買ったりするのは当たり前のことなんだ。そんなに感傷的になるような事じゃないさ。」
フリオニールはベッドに座るライトニングの隣に座ると、事も無げに言う。
「それに、思い入れのあるものはちゃんと残してある。」
フリオニールはライトニングに剣を見せる。そうして、「な?」とライトニングの目を覗きこむ。
「…そうか…」
「ライトに必要な物も手に入れて来た。火薬だが、君の武器に合うか…」
フリオニールは持っていた革袋の中をさぐり、不意に手を止めた。
「そうだ、ライト。」
「なんだ?」
フリオニールは右手の小指の赤い石のついた指を外し、ライトニングの左手を取った。
「大きさは大丈夫か?」
などと言いつつ、ライトニングの指に嵌めようとする。
「なっ…なんだ、お前はいきなり!?」
フリオニールは驚いてライトニングを見つめ返す。
「いや…俺達、手持ちのギルがあまりないから。もしもの時があった時のためだ。」
指輪はすんなりとライトニングの左手の薬指におさまった。
「もしはぐれてしまったり、俺に何かあったらこれを道具屋に持って行くんだ。……ライト?」
ライトニングはぼんやりと指輪を眺めている。相変わらず頭はどんよりとしていて何が起こったのか把握出来ない。
(指輪……左手の…何か、…何かあった時…)
「………るな…」
「え?」
「はぐれるとか、お前に何かあったらとか…」
ライトニングは途中まで言って慌てて口を噤み、
「なんでもない!行くぞ!」
乱暴に言い放って立ち上がると、ライトニングは先に立って部屋を出て行ってしまった。
残されたフリオニールは驚いて閉じられたドアを見つめていたが、マントをケープのように身体に巻き付け、装備を手に持って慌てて後を追った。
世話になった女将に礼を言い、慌てて外に出た所にライトニングが立っていた。
フリオニールはやれやれ、と嘆息し、
「俺が居ないと、どっちに行っていいのかも分からないだろ?」
ライトニングはぷい、とそっぽを向いてしまう。
「こっちだ。」
フリオニールが指さした方向に先に行こうとするライトニングの手をフリオニールが掴んだ。そのまま肩を引き寄せて抱き、歩調を合わせて歩く。
「…不安にさせるような事を言ってすまない。」
「別に不安になんて思っていない。」
ただ、異世界の隔たりを経てやっと再会出来たフリオニールとまた離れるなんて考えたくもないだけで。
「そうか…」
しばらく黙って歩き続ける。不意にライトニングが立ち止まってフリオニールの手を払ってしまう。
「…歩きにくいだろ。」
「…そうだな。」
ライトニングは自己嫌悪に陥りつつ、先に立って歩く。いくら気の良いフリオニールでも、今の態度には呆れていることだろう。いや、ひょっとして怒っているかもしれない。
フリオニールがサクサクと雪を踏みしめる音だけが背後から聞こえてくる。不意に後ろからの足音が早くなり、フリオニールが追いついて来た。ライトニングが振り返ろうとするその前にまたもや肩を抱いてくる。
「フリオニール…」
「寒いから、やっぱりこうしていても良いか?」
ライトニングは泣き出したい気持ちになる。昨日の夜甘やかし過ぎたなどと言ったのは自分の方なのに、実際に甘やかされているのはライトニングの方なのだ。
「それと、それでも、その指輪は持っていて欲しい。構わないか?」
フリオニールの真剣な眼差しからライトニングは逃げる様に視線を避ける。
「………私が、悪かった……」
やっとの思い出絞り出した言葉を、フリオニールは何も言わないで聞き入れてくれる。
「俺たちの世界では左手の薬指に指輪を送るのは求婚の意味なんだ。」
フリオニールは照れて赤くなる。
「君さえ良ければ、だけど。」
ライトニングは肩に回されたフリオニールの手に自分の手を重なる。
「私の世界でもそうだ。」
フリオニールの顔もほころぶ。
「受け取ったら、求婚を受け入れたことになる。」
笑顔が戻ったライトニングに、フリオニールは少し顔を傾げ、ゆっくりと顔を近づける。ライトニングも足を止め、つま先だってフリオニールの唇に自分の唇を合わせようとしたその時、
「ライトニング!」
フリオニールが叫び、ライトニングを突き飛ばした。
尻餅をついたライトニングが顔を上げ、何をする、と叫ぼうとした途端、つま先のほんの1センチ先に何本もの矢が音を立てて突き刺さった。
ライトニングは立ち上がりざまに後ろにジャンプしてデュアルウエポンを抜き、構える。と、既にライトニングを背にフリオニールが既に剣を抜き、ライトニングを守るように立ちはだかる。
見ると、フリオニールの右肩には矢が刺さっている。
「フリオニール!」
「大したことはない。」
いつもと変わらない声で振り向きもせずに言ってのける。
ライトニングはぎゅっと唇を噛み周囲を見回すと、10数人の兵士が二人を取り囲んでいた。胸部だけを覆った鎧を装備しているので歩兵だろう、その最後列に一人だけ馬に乗り全身が覆われた鎧を着けている。
(あれが隊長か…)
ライトニングはフリオニールに背中を合わせた。
「任せろ。」
言うが早いか、ライトニングは隊長に向かって大きく踏み出し、そのまま軽々と歩兵達を飛び越え、馬上の隊長に組み付いた。その勢いで隊長を下に二人はどう、と地上に落ちた。
歩兵達の注意がそちらに逸れた瞬間にフリオニールが剣でその中に切り込み、次々と兵士たちをなぎ倒す。
ライトニングはフリオニールの無事を確認しながら鎧のマスクを上げる。中から怯えた中年の男が顔を出した。
「動くな!」
ライトニングの声に兵士たちの動きが止まった。
フリオニールが兵士たちに背を向けないようにしてライトニングの傍に歩み寄る。
「なぜパラメキア帝国の兵がここに居る。」
ライトニングは驚いてフリオニールを見上げた。
(声が……違う……)
激しい怒りと、まるで幽霊でも見ているような驚きと、
(違う…もっと何か…)
今まで見たことのないフリオニールにライトニングはただ、フリオニールの言動を見守るしかできない。
フリオニールは剣の先を隊長の鼻先に突きつける。隊長があからさまに怯え、顔中から汗が流れ、あまりガタガタと震えている。
ライトニングはまるで別人のようなフリオニールの気迫に口を挟む事が出来ない。
隊長は恐怖のあまり声が出ないのだろう。これでは情報を得ることすら出来ない。一旦剣を引くようにと口を開きかけたところで、フリオニールは持っていた剣を頭上に高々と掲げ、一気に振り下ろした。
「フリオニール!」
咄嗟にライトニングはフリオニールの胴に飛びついた。その勢いで二人して後ろ向きに倒れてしまう。
「お前はバカか!?殺して…どうする!」
フリオニールに馬乗りになり、叫ぶライトニングの気迫にフリオニールは放心したようにライトニングを見つめている。
背後で隊長と兵士達がじりじりと後退し、脱兎のごとくその場を逃げ出していったが、二人は後を追う事すらせずそのままの姿勢で対峙していた。
辺りに静寂が戻ったところで、フリオニールは目を閉じ、小さく息を吐いた。
「…背中が冷たいよ、ライト。」
一瞬、ふざけるな、と言いかけたところでライトニングは言葉を飲み込み、フリオニールを組み伏せていた腕の力を緩めた。そうして思い出した。冷たい表情で剣を振り下ろそうとしたフリオニールはこの世界での初めての夜に一瞬獣の様に自分の身体を貪ったフリオニールと同じだと。
「…止めてくれて良かった…」
「…お前らしくなかった…一体どうしたのだ?」
フリオニールは気怠げに身体を起こした。腕に刺さったままの矢の事を漸く思い出したのか、痛みに顔をしかめた。
「待ってろ、抜いてやる。」
だが、フリオニールはライトニングが手を差し伸べる前に自分で矢に手をかけ、一気に引きぬいた。驚いた事に声すら上げない。呆然とするライトニングを尻目に、自分で傷口に手をかざし、回復魔法を唱えた。みるみる塞がっていく傷と裏腹にライトニングの心は重くなっていった。
フリオニールは傷が治ったのを確認すると、ライトニングにぎこちなく微笑みかけ、その身体を抱える様にして一緒に立ち上がる。
「ライトニングがいると助かるよ。状況を冷静に判断してくれ……」
言いかけて、また呆然として黙る。
ライトニングはフリオニールの背中をぽん、と叩き、
「ここに居続けては危ない。とにかく、先に進もう。」
ライトニングに促され、フリオニールはのろのろと歩き始めた。
「今……記憶が…」
「うん。」
「倒したと思っていたんだ…たくさんの…友を失った。」
「…そうか。」
混乱しているのだろう、フリオニールは頭に浮かんだ事を脈絡なく呟き、時折震える唇を嚙みしめる。
「フリオニール。」
ライトニングはフリオニールの前に立つと、するりとフリオニールの首に腕を回し、つん、と背伸びをしてその唇にキスをした。驚くフリオニールに、ピン、と眉を跳ねさせていたずらっぽく微笑んで見せると、
「さっきの続きだ。」
そうして、また唇を合わせる。驚いていたフリオニールも背の高い身体を折る様にして深く唇を合わせる。
唇が離れ、フリオニールはライトニングの後頭部に手を回して強く抱きしめた。
「…誰を思い出したんだ?」
「…セシルと、クラウドと、ティーダだ…俺達は一緒だった…」
「そうか……。」
「…さっきの兵士達は…パラメキア帝国の兵士だ…この世界を支配しようとする皇帝の配下で…俺たちはフィン帝国の反乱軍に居たんだ…」
「お前達はその戦いに勝ったのだな。」
「帝国は滅びたはずだ…なのに…」
徐々に頭の中が整理されていったのか、フリオニールは呼吸も整い、落ち着きを取り戻して来たようだ。
「すまなかった…狼狽えて…」
「もう良い。」
ライトニングが手を差し出し、フリオニールがその手を取る。二人は手を繋いだまま再び歩き始める。
「だが、これからはそんな調子では困るな。」
「全くだ。」
ライトニングの言葉に悪びれない、いつものフリオニールだ。ライトニングはそれを見極めると、
「冗談ではない。このタイミングで襲われたんだ。」
「…どういうことだ?」
「それまでは平和だったのが、私達が旅に出た途端…という意味だ。」
「…だが、皇帝はもう居ない…完全に消滅したはずだ…」
フリオニールが呻くように言う。
「フリオニール、私はコスモスとカオスのあの戦いの中で皇帝に会った。」
フリオニールは愕然として足を止める。
「金ピカで上から目線のエラそうな、悪巧みばかりしている嫌な奴だった。」
ライトニングは吐き捨てるように言うと、フリオニールの手を引っ張り、二人はまた歩き始める。
「お前がこの世界に戻った…ということは奴も戻ったということだ。そしてまた悪巧みを始めたんだろう。」
ライトニングはフリオニールの手をぎゅっと握ってやる。
「そしてお前は戦いの中でも記憶を取り戻すようだ。その度にいちいち動揺していたらあっという間にお陀仏だぞ。」
ライトニングの言葉にフリオニールは我に返る。
「…分かった。」
ライトニングを守ると言った言葉を思い出し、フリオニールは決意を新たにする。
一方ライトニングはフリオニールが不安定さを抱えていること、記憶の有無がお互いにこんなに影響を及ぼしていることに愕然とする。
「…厳しい旅になりそうだな。」
フリオニールの言葉にライトニングは深く頷いた。

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