その後の二人。【前編】(DDFF/R18)

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朝も薄暗い内からフリオニールは旅支度を始めた。昨夜の夜はなかなかライトニングを寝かせないでいて、そのくせ陽が昇らない内から起き出して、
(…どれだけ元気なんだ…)
そう言えばあの雪原の宿でも同じようなことがあったな、とライトニングは思い出し、今度の長期逗留の時は気をつけようと思いながら、気だるい身体を起こし、床に落ちていたローブを拾ってバスルームに向かう。さっぱりして着替えも済ませて部屋に戻り、フリオニールの作業を横で眺める。
自分の装備をもう一度点検し、磨き上げ、野外食らしい干し肉、スパイスやパンを小分けにして革袋につめたり。それが終わったかと思うと、今度は油の入った小瓶を取り出した。何に使うのかと思っていると、ライトニングのブーツの靴底を除いた上の部分に少しずつその中のオイルを塗りこんでいく。
「…それはなんだ?」
横で眺めていたライトニングが尋ねる。
「こうやってオイルを何度も塗りこむと、雪や水を弾くんだ。もう雪はないけど、ぬかるんだ所もあるし、雨も降る。」
ライトニングは感心してそれを眺めていたが、同じように床に座り込んでもう片方の自分のブーツを手に取り、フリオニールを真似てオイルをブーツに塗りこむ。
フリオニールはそれを終えると、今度は動物の毛皮を取り出し、ライトニングの靴底の形に合わせてナイフで器用にカットし、ブーツの中に敷く。
「それは…防寒のためか?」
フリオニールがずっと自分の足の爪先の心配をしていたのを思い出し、ライトニングが呆れ気味に尋ねる。
「ああ。まだまだ寒い所を歩くし。それに、靴の中に毛皮を敷いていると、歩いていて疲れにくいんだ。」
フリオニールが構い過ぎと言うか、過保護ではないかと思っていたライトニングだが、反面この世界での長旅の知恵に感心してしまう。そうして、そういった準備を淡々とこなすフリオニールも尊敬してしまう。ライトニングの世界なら、それはボタン一つで手に入り、手元に届くだろうが、フリオニールの世界では一つ一つが手作りなのだ。
ライトニングは試しに手入れの終わったブーツを履いてみる。確かに靴の中が暖かい。試しに部屋の中を一周してみると、歩く時の足裏への衝撃がだいぶ和らいて以前よりずっと歩きやすい。まるで絨毯の上を歩いているようだ。
「すごいな。」
「ライトの世界のほうが、良い物がありそうだが?」
目を丸くするライトニングにフリオニールは笑う。
「そうかもしれないが…いや、同じようなものをこうやって手作りしてしまうお前に驚いている。」
「俺達の間では当たり前のことだ。」
「いや…惚れなおした。」
照れていたフリオニールがかちん、と音を立てて固まる。ライトニングがクスクスと笑うのに不満げに、
「…からかわないでくれ。」
「からかったつもりはないが?」
そう言ってライトニングは床に座っているフリオニールの背中に抱きつき、体重をかけてのしかかる。一瞬戸惑ってしまったが、ライトニングが隠し事を打ち明けてくれた夜から彼女の仮面とでも言うのだろうか、それが外れてライトニングが伸び伸びと自分に接してくれている。それがうれしくて、肩越しにキスをした。ライトニングも、当たり前の様にそれを受ける。
お互いがあるがままに居られて、本当に恋人同士なんだと心の底から思えて幸せな気持ちが溢れてくる。
(だから…物事を悪い方に考えるのは止そう…)
実を言うと、フリオニールは異世界で共に戦った記憶を失った自分という存在が未だに心の中のしこりになっている。彼女を抱いている時も、記憶のない自分はどうライトニングを愛したのだろう、そして、ライトニングはどんな表情を見せたのだろう、と考えてしまうのだ。だが、ライトニングが心安らいで自分を信じてくれることを思い、そんな後ろ向きなことは考えないように心を強くもとうと思う。
「そうだ、ライト。」
フリオニールは立ち上がると、部屋の隅に置いてあった白く化粧張りされた箱を持ってくる。
「ああ、それはなんだと聞こうと思っていた。」
サイズ的にはジャケットが一着入るくらいの箱だ。フリオニールが蓋を取ると、そこには淡いベージュのマントが入っていた。
「…これは?」
ライトニングは手に取って広げてみる。フードが付いていて、丈はおそらくライトニングの腰の上あたりだろう。生地はしなやかで落ち感のある糸で織られている。
「山岳地帯の毛足の長い動物の毛で織ってるんだ。丈夫で暖かいし、雨も雪も弾く。」
フリオニールはそう言うが、よくよくそのケープを見てみると、デザインこそシンプルだが、生地は細い糸を上品なベージュで染め、細い横畝のある織りのためとてもエレガントだ。とても野外用とは思えない。
「フリオニール。」
「なんだ?」
「…このケープはいくらした?」
「えっと……いくら…だったかな…」
「とぼけるな。」
ライトニングはフリオニールの頬をむにゅ、と引っ張る。別に痛くはないけども、今までのライトニングなら腕を組んでお説教体勢だったのが、こんなふうにフランクな振る舞いが増えて、フリオニールにはそれがうれしい。
「正直に言え。怒らないから。」
「ひゅうと、ファイトはひっとほぉこる。(言うと、ライトはきっと怒る。)」
ライトニングは頬を引っ張ったままなの指を慌てて離す。
「怒らないと言ってるだろ?…どうしてこんな高価なものを買ってきた。」
「言ってもいいけど…」
「なんだ。」
「言ったらまたライトは照れると思うんだ。」
「……そういう言い方だと、余計に気になる。」
「大したことじゃないさ、ライトに似合うんじゃないかって思ったんだ。」
フリオニールはライトニングの手からケープを取ると、ボタンを外し、ライトニングの肩にかけてやる。ケープの裏には光沢のある肌触りの良い生地が使われていた。フリオニールは丁寧にボタンを一つ一つ留めてやる。着てみると、予想以上に軽くて暖かい。
「うん、やっぱりよく似合う。」
ライトニングは不機嫌そうに口唇を少し尖らせているが、フリオニールの予想通り顔を真赤にしている。
「…今度から…こんな無駄遣いは…」
目を合わせないようにしながらもごもごと口の中でお説教をするライトニングの頬に、フリオニールはキスをする。
「気をつける。でも、丈夫で野外に強いっていうのは本当だ。それに、もっと高価な物を俺も買ったし。」
後半の言葉はライトニングには届いていないようだ。ひたすら自分が着ているケープを見下ろし、首を傾げている。その表情は疑わしげだ。フリオニールの言葉を疑うというよりも、本当に似合っているだろうかが疑問なようだ。そんなライトニングをいつまででも眺めたが、それではキリがない。
「ライト。」
呼ばれてライトニングが慌てて顔を上げる。
「そろそろ出かけよう。」
「…そうだな。」
フリオニールがドアを開き、ライトニングが後に続く。なんだかんだで一週間以上この部屋で過ごしたので、出て行くのが少し寂しい。ドアを締める前にライトニングはもう一度部屋をぐるりと見回した。気が付くと、フリオニールも同じように思っているらしく、ライトニングの後ろからじっと部屋を眺めている。
「…行こう。」
ライトニングが扉を閉め、二人は新たな目的地を目指して旅を始める。
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長逗留の間二人でモンスターを倒しまくったのと、ヴァンが置いていった武器のお陰でギルに余裕ができ、フリオニールの装備は全て買い戻すことが出来た。装備は万全なのだ、最初の雪原の中の小さな村からここに向かっていた時よりは旅は楽になるだろう、とライトニングは思っていたのだが、フリオニールが言うにはここから皇帝のいるパラメキア城とやらは相当な日数がかかるらしい。
「だいたい何日くらいとか何週間くらいとか、分からないのか?」
「う〜ん…歩いて行ったことがないからな…」
地図を見せてもらったら北の大陸の北端から南の大陸の南端まである。主な交通機関と言えばチョコボ、船、飛空船だが、
「飛空船は…一般人には手が出ないな…」
「船はどうだ?」
「今から向かう所は大きな港もないし、大陸を回りこまないといけないから船もあるかどうか…」
「…そうか。」
「回り道になるけど…もう一つ街がある。以前は定期便が出ていたが、俺達の目的地まで出ている船があるかどうかは行ってみないと…」
「分からないのか?」
「皇帝のせいで街はかなりの損害を受けた…どこまで復旧しているかはまだ分からないそうだ。」
この街は被害がほとんどないが、フリオニール達反乱軍と皇帝の戦いはこの世界のあちこちに未だ傷跡を残しているようだ。
「…チョコボは?」
「砂漠に入る前にチョコボを捕まえられるが…」
チョコボが居るという森は全行程の6~7割まで来た所にある。詰まるところ、ほとんどの距離を徒歩で踏破するいかないようだ。しかも、パラメキア城にたどり着くまで主だった街は一つしかないようだ。
「だが、以前皇帝の支配下で、大戦艦を作っていた街だから…」
「運が良ければ、飛空船が手に入るかもしれない…ということか?」
「運が良ければ…だな。言葉は悪いけど、それこそ盗みだすくらいしないと難しい。」
帝国軍と反乱軍の戦いのあとで、人々が生活を立て直している所だそうで、飛空船の数自体がとても少なく、製造も遅れている。飛空船を開発し、旅客や運送に運営していた人物が亡くなったためだそうだ。
この世界の地図の尺度も距離の単位も分からないライトニングでも、目的地が1週間やそこいらでとても辿り着ける距離でないことが分かる。早く皇帝を追い詰めたいライトニングには気が急いてしまうが、
「手に入らなければ仕方がない。それでも、どんなに時間がかかっても、ヤツの所まで行かなくては…」
ライトニングの言葉にフリオニールは頷いた。
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街を出発し、敵を警戒しながらまずはここから西南にある大きな街を目指してひたすら歩く。飛空船のあるかもしれない街に向かうか、それとももう一つの街で船を探すか二人で相談し続けていたのだが、なかなか結論が出ない。因みにフリオニールは船を推し、ライトニングは飛空船だ。フリオニールは口に出さないが、どうも飛空船を避けているようにも思える。
「ゆっくり考えればいい。どうせ、この森を抜けて分岐点に辿り着くまであと2日はかかる。」
「…話のネタには困らないな。それよりも気がかりなのは…」
ライトニングは後ろを振り返る。薄暗い森の中は日が暮れかけただけでもうすっかり暗くなっているのに、敵は襲ってくるどころか気配すら感じさせない。
「静か過ぎる。」
フリオニールも同じようにして振り返る。
「襲う必要がなくなったんじゃないかな。」
「どういう意味だ?」
「俺達は皇帝の所に向かっていて…奴も俺たちを待っている。だから手出しする必要がない。奴は城で俺たちが着くのを、ただ待っていればいい。」
そうだろうか、とライトニングは考える。フリオニールの言う通りだとしたら、自分達が進んでいる方向は正しいのだろう。
「だが、辿り着くのに何日かかるか分からないのに、奴はのんびりとそれを待っているのか?」
「う〜ん…皇帝もすぐに俺たちに来られたら困る……とか…」
言ってみて自分でもそれはあり得ないと思ったのか、最後の方は声が小さくなっている。
「私は…次の敵襲で敵兵をわざと逃して後をつけようと思っていたんだが…」
「ああ…じゃあ、皇帝はそれを警戒しているのかもな。」
「…どのみち、スッキリとしないな。」
フリオニールの言う通りだが、相手の出方を待つというのはライトニングの性分には合わない。
「まだ一日目だ。すぐにはわからないさ。」
「…それもそうだな。」
フリオニールは口には出さないでおいたが、皇帝が行動を起こすとしたらそれは、
(ライトが一人でなった時だ…)
フリオニールは辺りをぐるりと見渡し、大きな倒木があるのを見つけ、
「ライト、あそこで野営しよう。」
「まだ歩ける。」
「森の中は暗くなるのが早い。暗闇は危険だ。方向も見失うし、モンスターも増える。」
何か言いたげなライトニングに、
「ライト、先は長い。」
しぶしぶ頷いたライトニングの肩をぽん、と叩き、フリオニールは倒木の傍らに担いでいた革袋を置いた。旅に必要な最低限の物しか入れていないとフリオニールは言っていたが、二人分の食料やアイテムで結構な重さだ。
(なのに…絶対私には持たせようとしない…)
ライトニングとて軍人だった。もっと重いものを持って何日も森の中を歩く、という訓練など何度もこなしてきたし、そのことをフリオニールにずっとうったえて来たのだが、フリオニールは頑としてライトニングに荷物をもたせようとしない。
手早く周りから薪に使えそうな木の枝を拾う。ライトニングがフリオニールが担いでいた袋からサンドイッチと水の入った革袋を取り出した時にはもうフリオニールは薪を組み上げ、火を点けていた。
森の中は雪原のように風が吹きさらしというわけではないが、その代わりに湿気が肌にまとわりついてじわじわと体温を奪う。火がだんだんと大きくなり身体が暖まってくると、ライトニングはやはりほっとして寛いだ気持ちになった。隣に座ったフリオニールにサンドイッチを手渡し、二人してかぶりつく。次の街に着くまで、これが最初で最後のまともな食事になるだろう。食べ終えたところでフリオニールが大きなあくびをした。
「疲れたのか?」
「ああ…昨日は遅かったし、今朝は早かったし…」
目をこすりながら答えるフリオニールに、それはお前が、とライトニングは言いかけて口を噤む。そんなことを言ったら最後、フリオニールは”ライトがキレイだったから”とか”ライトが可愛かったから”を連発し、ライトニングに責任転嫁をしてくるからだ。
(それで私が照れて、困るのを見て喜ぶんだ…)
その手には乗るものか、とライトニングはその事には触れず、
「交代で休もう。フリオニール、お前が先に休んでくれ。」
フリオニールは屈託なくありがとう、と言うと寝床を作り始めた。自分のマントを広げ、適当に拾って来た太めの枝を枕代わりして横になる。
「寒くないか?」
「火の傍だから平気だ。ライトは?」
「私は大丈夫だ。」
フリオニールはそうか、と目を細める。
「ライト、分かってると思うけど…」
「約束する。何かあったら必ずお前を起こす。」
「あと、時間が来たら…」
「ちゃんと交代の時間に起こす。」
それを聞いて安心したのか、フリオニールは目を閉じた。フリオニールが寝息を立てたのを見て、ライトニングは自分のケープを脱いでフリオニールにかけてやる。と、フリオニールの手がつと動いてライトニングの手を握る。
「…寝たんじゃなかったのか?」
「……誰かが傍に来たから。」
フリオニールは半分眠っていて囁くような小さな声で答える。そうしてライトニングの手に口づけて、そのまま眠りに落ちてしまった。ライトニングはフリオニールを起こさないようにそっと自分の手を引き抜いて、少し離れた所に座り直した。
(こうやって別々に眠るのは久しぶりだな…)
ライトニングは二人で毎晩抱き合って眠ったあの宿が、もう恋しく思えた。

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