その後の二人。【前編】(DDFF/R18)

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にっこりと微笑んだユウナは不意に踵を返し、手に持っていた杖を手首をくるり、と返しながら大きく横に振った。と、どっしりと恰幅の良い体躯を炎で包まれた魔神が現れ、新たに押し寄せた兵士たちをまたたく間に焼きつくした。
「ライト!皇帝はこの兵団が来た方に!」
ユウナの声にライトニングは漸く我に返り、ユウナに頷いてみせる。
「…わかった。」
駈け出したライトニングの後を追おうとするユウナにフリオニールは思わず声をかける。
「待ってくれ!」
振り返るユウナに顔を見上げられ、フリオニールは顔を赤らめ、言葉に詰まる。その様子にユウナは目を細め、フリオニールに笑いかけた。
「ライトだけじゃなくて、あなたにも会えてうれしいよ、フリオニール。」
名前を呼ばれ、フリオニールはうろたえる。
「君は…俺を知っているのか…?」
「そっか…フリオニールは私達のこと、覚えてないんだね。」
フリオニールはこの不思議な少女を前にして言葉が続かない。魔術師のような杖を持っているが、魔法ではなく魔物のようなものを操り、攻撃をするようだ。
(そして、今確かに俺の名前を呼んだ…)
見たこともないような技、服装の少女が自分の名前を呼んだことで、今までライトニングの口でしか語られなかった神々の戦いと、その戦いの中に自分が本当にいたということを改めて確信する。そして今までも様々な仲間が現れてライトニングを助けていたということも。
「私、ユウナ。召喚士のユウナだよ。」
「…コスモスの…戦士の…?」
「フリオニール達が終わらせてくれたあの戦い。フリオニールはクリスタルを形にすることは出来たけど、私達にはその時間がなかった…でもね、こうやって一度だけだけど、仲間を助けにくることが出来たんだよ。」
「じゃあ今まで俺たちのいる世界にライトを助けるためにやって来られたのはコスモスの力…」
ユウナは頷き、そしてにっこりと笑うと、
「話したいことはたくさんあるけど、今はライトのあとを追って。」
頷き、駈け出したフリオニールの前にまたもやイミテーション達が立ちはだかる。フリオニールは立ち向かってくるイミテーション達を片っ端から切り伏せるが、どこから現れるのかイミテーション達は次々を湧いて出る。焦ってもライトニングとどんどん離されていく。
(このままでは…)
不意にイミテーション達が一点に吸い寄せられた。まるでガラス細工のような彼らが宙に舞い上がったかと思うと地面に叩きつけられ、粉々に砕け散った。振り返ると、ユウナは一角獣の様な生き物を召喚し、それの攻撃の結果らしい。
(すごいな…)
だが感心している暇はない。今は一刻もはやくライトニングに追いつかねば。だが、ユウナの召喚獣の力をもってしてもイミテーションは次々を湧いて出てフリオニールの行く手を阻む。
「ユウナ!」
フリオニールは叫んだ。
「先に行ってくれ!頼む、ライトを!」
ユウナはフリオニールの意図を察すると頷き、フリオニールが切り開いて出来た道を駆けていく。
「フリオニール、気をつけて!」
「すぐに追いつく!」
フリオニールがライトニングに無茶をしないでくれとどれほど懇願しても、皇帝を前にすると冷静でいるのは難しいようだ。
(ライト…)
ただひたすら愛おしい恋人の無事を願い、彼女が駆けていった後を追おうとするが、ユウナの前にすんなりと道が開いたのにフリオニールは何故かイミテーションの壁を突破することが出来ないのだ。自分が皇帝の術中に居ると気付いた時、もうライトニングもユウナの姿も無機質な輝きの兵士たちに遮られ、完全に見えなくなっていた。
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ライトニングにも分かっていた。皇帝が隠すことなくイミテーションを大量に用いてフリオニールと引き離したのは、
(フリオニールを眠らせるのに失敗したから…)
罠だと分かったが、歩みを止めるつもりはない。フリオニールがあれほど懇願した無茶はしない、という約束を忘れたわけではないが、渦中に飛び込まなくては分からない真実がある。それに、またもや現れたユウナという心強い味方もいる。
イミテーションが途切れ、少し開けた場所に出たとき、ライトニングはここで皇帝が待ち伏せしているのだと直観的に悟り脚を止めた。
「どこだ、皇帝!どこに居る!」
絶対にここに居るはずだと、強い確信を持って辺りを見渡す。
「そう大声を出さずともちゃんと聞こえている。」
大木の影から皇帝がゆったりと姿をあらわした。そうしてライトニングを一瞥すると、見下すような冷笑を浮かべた。
「貴様…!」
ライトニングが思わず脚を一歩前に踏みしめると、そこから小さな光球が生じ、それは次々と分裂して数を増やし、気が付くとライトニングは複数の光球に取り囲まれていた。光球はあっという間にその大きさを増し、ライトニングを逃さない。
「ライト、危ない!」
ユウナの叫び声と共に、さっきと同じように強烈な冷気が背後から突き進んできて、冷たい空気は一切の熱を一瞬にして奪った。ユウナは冷気の後に書けてきて、ライトニングを庇うように背にし、2人の間に立ちはだかる。
「ほう…いつぞやの召喚士の小娘か…」
「あなただけは許しません!」
怒りをふくんだ強い声にライトニングは驚いてユウナの背を見る。
「あなたがティーダと、ジェクトさんにしたこと、私、絶対に忘れません!」
いつもの可憐さからは想像もできないほど瞳を怒りで燃えさせ、きっと皇帝を睨みつける。
「ティーダ……?」
その名前はフリオニールの口から何度か聞いた名前だ。
「ティーダは、ジェクトさんの息子です…皇帝はティーダを使ってジェクトさんを…!」
ライトニングは次元の狭間に向かうとき、姿を見せなかったジェクトが皇帝に連れ去られたとユウナが言っていたことを思い出した。
「あの時のようにはいきません!あなたは、私が必ず倒します!ここで!!」
皇帝はふん、と鼻で笑い、ユウナの強い怒りも軽く受け流す。
「そんなことよりも、この女に本当のことを教えてやらないのか?」
途端にユウナは口ごもった。
「ユウナ…?」
訝しげなライトニングに皇帝はたたみ掛ける。
「まだ分からないのか…お前は私によってこの世界に呼び出されたのだ。」
「…それがどうした?」
「召喚した者が死んでしまったら、召喚された者がどうなるかお前の横に居るその召喚士に聞いてみてはどうだ?」
「なんだと…?」
ライトニングは思わずユウナを見る。が、ユウナは皇帝の言葉に顔を伏せてしまい、ライトニングの方に決して振り返ろうとしない。ユウナの無言は皇帝の言葉が嘘偽りではないことをライトニングに残酷なまでにはっきりと示していた。
「嘘を…吐くな…」
「信じる信じないはお前次第だ。試してみるがいい。私の心臓はここだ。」
皇帝が胸骨の辺りを指し示す。言われるままにライトニングは銃口を皇帝に向ける。
「…どうした?」
ライトニングは奥歯をぎゅっと噛み締め、引き金を引く指に力を入れようとする。
「ライト…!だめ!」
振り返ったユウナが今度は皇帝を庇うようにして両手を広げた。ライトニングは慌てて銃口を反らせたが、引き金を引く指は止まらず、発射された弾丸は皇帝の頭上をかすめていった。
ユウナの捨て身の制止が何を意味するかを理解し、ライトニングは呆然とユウナを見る。その悲壮な表情を見、ユウナは唇を噛み締めた。皇帝はそんなライトニングに一瞥をくれると、そのまま姿を消してしまった。
ライトニングは放心し、立ち尽くした。ありとあらゆる光が消失し、足元にぽっかりと空いた虚脱という名の穴にどこまでも落ちていくような絶望感。
(消える……私が……)
重苦しいどろどろとしたものが身体の中を満たし、圧迫してくる。頭の中で”消える”という言葉がぐるぐると回る。
(もし…消えたら…)
この世界に来てからのことが一瞬にして思い出された。そうだ、消えるということは、
(フリオニール…!)
もう会えなくなるのだ、そう思った途端、心臓が刃で貫かれたように傷んだ。
「…教えてくれ、ユウナ。あいつが…言ったことは本当なのか?」
「ライト…」
「私は…消えるのか…」
ユウナはかつて自分のガードであり、想いを通わせたあの少年を思い出した。まるで南の海のように明るい蒼い瞳がときおりその光を失い、遠くを見つめていることがあった。その表情はユウナに彼との別れを予感させた。そのときのことを思い出しただけで今でも胸が苦しくなる。
「消滅とは…なんだ…死とは違うのか?私は……」
「ライト…」
「この世界から…消えるのか…?消えて…どうなる…?」
ユウナは手のひらにのる程の大きさの紅い石を取り出し、ライトニングに手渡した。
「これは…召喚石か?」
「これを持って、ドラゴンに縁のある所に行って。」
「…行って、どうなる…」
「ライト…聞いて…」
「皇帝を助ける手助けを得るのだろう?そこに居るやつが、誰だか私には分かる…そうして…私は…」
「ライト…!」
ユウナは思わずライトニングにしがみついた。
「お願い…自棄にならないで…」
ライトニングは自分の胸の中にいるか細い少女が震えているのに気付いて漸く我に返る。
「フリオニールを信じて。」
ユウナが何を言っているのか分からず、ライトニングはただ黙っていた。
「ライト…彼もそうだった…自分が消滅することを知って…私、何も知らなかった…何か、大きな流れの中にいて、前に進むしかなかった…そんな感じだったんだよ。でも、ティーダは最後まで私を守ってくれた…」
「…この世界のために皇帝を倒し、消滅し、あいつの良い思い出になれと?」
「違う、違うよ。」
押し殺したライトニングの声とうつろな表情に、ユウナは激しく首を横に振る。
「私、彼を忘れなかった。忘れなかったんだよ。」
ユウナは涙をいっぱいにためて真摯な瞳でライトニングを見つめる。
「私、ずっとずっと彼を探してた…それでね、見つけたの。私達、また会えたんだよ!」
ユウナの身体がゆっくりと透け始めた。
「だから、信じて…」
「ユウナ!」
「ライト…皇帝はジェクトさんと同じことをあなたにしようとしてるんだよ。ライトの中にまだ残っているコスモスの力、それを使って…」
「ユウナ!」
ユウナの唇がまだ何かを語ろうとしているのに、その姿はやがて消えてしまった。ライトニングは1人取り残された。手を広げてみる。開いた手のひらに視線を落とした。そのままゆっくりと握りしめている。何度もその動作を繰り返した。この身体は確かにここに存在し、自分の意志の通りに動くのに、
(なのに…この身体は仮ものなのか…)
いや、と激しく頭を振る。そうだ、この世界に来て何度も何度もフリオニールと愛しあった。抱きしめてくれた強い腕、耳にかかる優しい声と吐息、自分をすっぽりと覆う大きな身体、体温、それらは確かにライトニングがこの世界に存在し、生きているという証のはずだ。だが、反対の手に握りしめていた不思議な紅い光を放つ石がライトニングに現実を思い出させる。ライトニングは視線をゆっくりとユウナがくれた石に移した。
いつかフリオニールとは離ればなれになるだろう、そう思ってきた。だが、それはもっと先の話で、しかも自分が消滅してと、そんな引き裂かれるような別れになるなどとは思ってもみなかった。フリオニールの世界でライトニングが存在し続けるためには皇帝の生存が不可欠なのだ。だが、それだけは出来ない。
(出来るわけ…ない…)
だが、自分を絡めとった運命の糸に悔しさと無念さを感じずにはいられない。皇帝を倒すのが使命で、消滅するのが運命ならそれは受け入れよう。だが、どうせ消えてしまうのなら、
(なぜ…もう一度フリオニールに会わせた…)
フリオニールは無限の兵士達が突然消えたのに胸騒ぎを覚え、ライトニングの後を追った。すぐに彼女の姿を見つけることができた。無事なことに安堵し、すぐに駆け寄り、声をかけようとしたのだが、ライトニングが頭を垂れ、あまりにも思い詰めた表情をしているのに思わず脚を止めてしまい、声がかけられないでいた。ライトニングがこの世界に現れた理由、それに関する何かが分かったのだろう。それは容易に察することができた。
(だが…確かめるのが怖い…)
ライトニングの様子を見るに、それは2人にとって良い結末を予想させるものではないようだ。こんな時こそ恋人を慰め、励ましたいのに身体が動かないどころか声さえも出ない。いつものフリオニールなら問題なくそれが出来るはずなのに。フリオニール自身は自分の中に生まれた小さな違和感に気がついておらず、またライトニングもユウナの残した言葉の意味を考える余裕もなく、苦悩の中でひたすら自問を繰り返すだけだった。

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