その後の二人。【前編】(DDFF/R18)

この記事を読むのに必要な時間は約 13 分です。

夢うつつのままでいると、自分をしっかりと抱きしめているフリオニールが身動いで意識がふっと戻る。
ここに来た初めて目覚めた時と同じだ、とライトニングはぼんやりと考えた。
眠りに落ちるまで一晩中睦み合っていたためか、身体が気だるく起き上がるのが億劫だ。フリオニールが起きてベッドから下りる気配だけを追いかける。
しゅるしゅると衣擦れの音がして、足音がベッドから遠ざかる。
フリオニールがもと居た空間がぽっかりと空いて、そこに残った体温がライトニングを切なくさせた。
扉が開く音がして、フリオニールが誰かと話している。
(昨日言っていた宿屋の女将か…)
ライトニングは目を閉じたまま耳をすませる。
女将がライトニングの様子を尋ねたり、フリオニールがライトニングを知らないと言っていたのに、
「なんだい、やっぱりあんた達知り合いだったんじゃないか。」
「知り合い」という遠まわしな言い回しと、女将の「全てを知ってますよ」という風情ににフリオニールがうろたえているのが手に取る様にわかり、ライトニングはくすりと笑う。
よく聞き取れなかったが、何かのせいで混乱していた、彼女は自分の連れであるとフリオニールが答えると女将があっさり納得していたので、それはこちらの世界ではよくあることなんだろうな、とライトニングは推察した。
女将は二人の服や装備と一緒に朝食を持って来てくれたようだ。ライトニングの知らないハーブの良い香りが部屋の中に漂う。
フリオニールが礼を言って、扉が閉まった。
ドアから入り込んでいた冷気が途切れ、部屋の中は再び静寂に包まれる。
フリオニールは朝食や装備をテーブルや椅子に置くと、今度は暖炉に向かいいくつか薪をくべた。
部屋がほのかに明るくなった。
ライトニングは目を開けてフリオニールの背中と、暖炉の横にある窓を見た。
窓の外は暗い灰色の世界で、窓枠に雪が積もっている。
(外は雪か…)
どうりで朝なのに暗いわけだ。
フリオニールが薪をくべたお陰でひんやりと冷たかった部屋全体が徐々に温まってきた。
「…ライトニング?」
フリオニールがベッドに腰掛ける。
さて、このフリオニールはどっちのフリオニールだろう、とライトニングは考える。
考えるまでもなく、このフリオニールはあの世界での戦いを覚えていないフリオニールだ。
昨夜あんなに愛し合ったというのに、ライトニングは何故フリオニールが二人の思い出を共有していないことにこだわるのか自分でも理解出来ない。
「…ライト?」
フリオニールの手が肩にそっと触れる。
ライトニングはシーツに包まったまま寝返りを打ち、フリオニールを見つめ返す。
「すまない、起こしたか?」
フリオニールの大きな手がライトニングの髪を優しく梳く。
「…朝飯か?」
「うん。」
身体を起こすライトニングにフリオニールが昨日のローブをかけてやる。
「近くの河で採れた魚のスープだそうだ。」
フリオニールはベッドの端にそっとトレイを起き、スープボウルをライトニングに手渡す。
木をくりぬいただけの素朴な器にミルクの白スープに赤や緑の色とりどりの野菜、そして赤い身の魚の切り身が浮かんでいる。
「秋に漁をして、冬の間貯蔵してあるんだ。ここいらではご馳走だ。」
スプーンもスープボウルと同じように木をくりぬいた物だ。それをフリオニールから受け取り、ライトニングはおそるおそるスープにつける。
似たようなスープはライトニングの世界にもあったように思える。
ライトニングはスプーンをそっと口元に運んだ。
スープの表面には細かな緑色の葉が浮いていてそれがさっきから部屋の中に漂うよい香りのハーブのようだ。
「うまいな。」
一口食べて思わず口に出た。
おそらくチーズだろう、それが入っているせいかコクがあり、何よりも身体が温まる。
「だろ?身体に染み渡る感じがするな。俺、すごく腹が減ってたから。」
それはライトニングも同じで、フリオニールと目があって思わず微笑む。
フリオニールは何故か赤くなると忙しくスプーンを口元に運ぶ。
ライトニングの顔を見て昨夜の事をまざまざと思い出して、急に恥ずかしくなったのだ。
ライトニングはそんな様子を微笑ましく見つめ、何事もなかったかのように涼しい顔でスープを飲む。
慌てて食べているせいか、フリオニールの頬にスープが跳ねている。
ライトニングはやれやれ、とスプーンを手元に置き、つと手を伸ばしてそれを拭ってやる。
「ほら、ついてるぞ。」
フリオニールの赤い顔がますます赤くなる。
「ああ、すまん…」
「それと、もう少し落ち着いて食え。」
「そ、そうだな。」
「食器をがちゃがちゃ言わせるな。」
「ああ…気をつける…」
ライトニングがとうとう吹き出し、フリオニールは困り果ててしまったが、すぐにライトニングに釣られて笑顔が戻る。
「すまん…ちょっと意識しすぎたかな。」
「そうかもな。」
ライトニングはフリオニールの気を紛らわせようと、あれこれと話しかけた。料理の名前、魚の名前、この土地のこと。フリオニールは知っている限りを答えてくれ、朝食は穏やかな雰囲気になった。
が、食事を終え、フリオニールが食べ終えた食器を返したあとで、また沈黙が訪れた。
ライトニングはベッドの中で、フリオニールはその傍らの椅子に所在なげに座っている。
時折何か言いたげに口を開くがすぐに口を閉じてしまうフリオニールにライトニングは少し苛立ったが、それも仕方がないかと考えなおす。
フリオニールにとって、ライトニングはまだ出会って二日目の女性なのだ。
「そんな所に座っていないで、こっちに来たらどうだ?」
フリオニールが驚いて顔を上げる。
まずは緊張をといてやること、と思ってそう声をかけたのだが、
(そんなにうれしそうな顔をするな…)
「いいのか?」
「だから、どうしてお前はいちいちなんでも大げさにするんだ?」
いそいそとライトニングの隣に座るフリオニールの鼻がひくひくとしており、
(無理してが平然を装ってるのがまるわかりだ…)
バカな奴と一発殴るか、カワイイやつと頭を撫でてやれば良いのか。
「すまん、やっぱりバレたか…」
屈託なく笑うフリオニールが本当はかわいいのだけど。ライトニングはそれを悟られまいとわざと仏頂面を作ってみせて、
「それより、これからどうするのだ?」
ライトニングの言葉にフリオニールは真顔に戻る。
「…そうだな…。」
暖炉のオレンジ色の光がフリオニールの柔らかい銀色の髪を照らし、不思議な色の影を作る。
「もし、ライトが良ければなんだが…」
フリオニールはじっとライトニングを見つめる。フリオニールの薄茶色の瞳に見つめられ、ライトニングの胸が高鳴る。
「ずっと君を守っていたいんだ…構わないか?ずっとそばで。」
ずっと一緒なんてまるで永遠の約束のようだ。ライトニングは吸い込まれそうなフリオニールの瞳をただ見つめ返す。
「まずは、俺の故郷に戻ろう。君を俺の仲間に会わせたい。俺には両親が居ないから…」
古い友人に会わせるなんて、まるで結婚の挨拶ではないか。いくらこちらの世界に来て寄る辺ない身とはいえ、それは性急な気がする。が、まんざらでもない自分にライトニングは戸惑う。
「俺の故郷には優秀な魔導師がたくさん居る。きっと君が元に居た世界に帰る手助けをしてくれるはずだ。」
ライトニングの思考がぴたり、と停止した。目の前に薄衣がかかったようで、急に焦点がぼやけて、フリオニールの姿がはっきり見えないし、声も遠くから聞こえてくるようだ。ライトニングの動揺に気付かず、フリオニールは熱心に言葉を続ける。
「大丈夫だ。それまで俺が必ず君を守る。」
ライトニングはフリオニールの言っている言葉の意味を噛み締め、驚きのため停止していた思考が一瞬で怒りの感情に変わる。
「一日でも早く君を元居た世界に…」
「お前は…!!」
ライトニングの剣幕に驚いてフリオニールが口をつぐむ。ライトニングも憤ったものの、次の言葉が出て来ない。
フリオニールが自分の身を案じで考えてくれているのはもちろん理解している。だが、
(私を元の世界に返したいのか?私と一日も早く別れたいのか…?)
その一言が言えない。
冷静に考えられない。感情が嵐の様に胸で吹き荒れて息すらも苦しい。
「ライト…?」
ライトニングは頭を振り、フリオニールから視線を逸らしてしまう。驚いたフリオニールが肩を抱き、俯いているライトニングに視線を覗き込もうとするが、ライトニングはその手を振りほどこうと身体をねじろうとする。とにかく、それを逃すまいとフリオニールはライトニングを抱きすくめた。
「ライト…!」
「お前は、私が邪魔なのか?早く元の世界に戻れば良いと本当に思っているのか!?」
「ライト、落ち着いてくれ!」
フリオニールが声を荒げ、ライトニングは漸く口を噤んだ。
「…俺がそんな事を考えてなんかいないのは、君が一番良く知っているだろ?」
認めたくなくて、ライトニングは唇を噛み締めた。まるで自分がわがままな子供みたいだ。本意ではないにせよ、フリオニールが自分と離れようとしている事にこんなに動揺するなんて。
「すまん。俺の言い方が悪かった…」
唇が優しくこめかみに落ちて来た。そのままフリオニールはライトニングのまぶた、頬に優しく口づける。
「俺だって、ライトと離れたくない…」
フリオニールは両手でそっとライトニングの頬を包み、顔を上げさせる。
「一日でも早く君の事を思い出したい…君と…」
言いかけて首を傾げ、
「うまく言えないな…」
「何をだ?」
「言ったら君に笑われそうだ。」
「笑ったりしない。」
ライトニングはぎゅっと嚙みしめていた唇を漸く解いた。
「…私が、悪かった。」
「ライト…」
「天候が回復したら、お前の故郷に向かおう。」
ライトニングが漸く笑顔を見せたので、フリオニールも一緒に笑う。
「そうだな。」
そうして、ライトニングを抱き寄せた。
「なあ、ライト…」
「うん?」
「君も…まだ決めかねているんじゃないかな。君もきっと俺と一緒にいたいと思ってくれている。でも、君の居た世界を捨てる事は簡単じゃあない。」
フリオニールの言う通りだった。ライトニングはフリオニールの言葉に素直に頷く。
「それに君の話だと俺達には仲間がたくさん居て、ずっと一緒だったわけではないんだろう?だとしたらいくらライトが記憶を残していても、俺の知らない所もまだたくさんあると思う。」
確かにいつも敵味方の目を盗んで密会をしていたので、こんなに長い時間を二人だけで過ごすこと自体が初めてだった。
「だから…急がなくて良いと思う。俺が…とにかく早く君の世界へ行く方法を見つけなくてはと思ったんだ。誤解させてすまない。」
少年の様に単純かと思えばこうやって思慮深いところもある。
住む世界も違い、記憶すらあやふやな二人。二度と会えなくなるはずだったのが思いがけず再会し、共に行動することになったのだ。
「二人で…考えていけばいい。ライトはこの世界の事を良く知らないけど、俺が守るから。二人で一緒にいる時間を大切にしたい。」
フリオニールの言葉は暖かい。ライトニングはあつかいにくい自分を温かく包んでくれるフリオニールののびやかな心を信じようと心に決めた。
「さっき言いかけたのは何なんだ?」
「さっき…?」
「うまく言えないと自分で言っていただろう?」
フリオニールはああそれか、と小さく呟くと、
「…今は…まだ言えないな。君に話せる時が来たら、その時に必ず話すよ。」
「…まあ、いいだろう。」
フリオニールが何を言うつもりなのかは分からないが、それが何かの約束の様にライトニングには思えた。
フリオニールもライトニングの表情が和らいだのにホッとして視線を落としたところで、ライトニングの太ももが目に飛び込んで来た。
つややかな白い太ももの上に反対側の太ももが交差している様がなんとも言えず艶っぽい。太もものその上がもっと見てみたいのだけど、邪魔なシーツに隠されていて見えない。
「…なんだ?」
フリオニールが不意に黙り込んで、なんとなく空気が変わったような気がしてライトニングが尋た。と、フリオニールはそのままライトニングを押し倒し、唇を塞いてしまう。
「…フリオニール!」
「ごめん。ダメか?」
「お前のことを見なおした所なのに…」
じたばたと身体の下で暴れるライトニングを上から真っ直ぐ見下ろして、
「仕方ないだろ?ライトの足がキレイだから。」
「お前はどこを見ているんだ?」
「どうしてだろうな、ライトが嫌がってないように見えるんだ。」
天真爛漫な笑顔で苦し紛れの照れ隠しを封じ込められ、
「どのみち、この吹雪はしばらく止まないさ。」
ライトニングはそれでも「何を考えているんだ」とかこんな朝っぱらから」などと抵抗を試みたが、それもやがて甘い吐息へと変わっていったのだった。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32