その後の二人。【前編】(DDFF/R18)

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小さな物音、衣擦れの音、誰かが部屋を歩き回る気配でフリオニールは目を覚ました。
いつの間にか一緒に眠っていたライトニングはベッドの中に居らず、フリオニールが昨夜バスルームで脱ぎ捨てた服を持って、部屋の中を歩きまわっている。そうして、窓際にあるオイルヒーターの前で立ち止まると、持っていたフリオニールの服を畳み、それらを手のひらでポンポンと叩いている。
「…何をしているんだ、ライト?」
声に驚いてライトニングが振り返る。
「…起きていたなら声をかけろ。」
「今、起きたところだ。俺の服を干してくれているのか?」
ライトニングは一度たたんだ服を広げ、椅子の背やオイルヒーターに引っ掛ける。
「ああ。…狩りに行くのに、素っ裸で行くわけにはいかないだろう?」
ライトニングはバスルームから自分の服も持って来る。これらも洗ったようで、同じように一度畳んで丁寧に叩く。
「どうして干す前にそんなことをするんだ?」
「こうすると…シワが伸びるんだ。」
「へぇ…」
意外な細やかさにフリオニールは感心してしまう。
ベッドサイドテーブルに置きっぱなしになっていたバンダナまでいつの間にか一緒に洗われていたようで、鮮やかな色の布地がライトニングの手で広げられる。自分がいつも身に着けているものを恋人が手入れしてくれて、フリオニールはそれだけで天にも昇る気持ちだ。
フリオニールはベッドから起き上がり、着崩れしてしまったローブを着直す。そのままライトニングの傍までやってきて、彼女が持っている服を覗きこんだ。
「本当だ。」
ライトニングは何故か頬を赤くしている。本当はこんなことをしている所を見られるのはなんとなく恥ずかしいのだ。
一方フリオニールはうれしくてたまらない。ライトニングが自分のために女性らしい気遣いを見せてくれることはめったにないからだ。だが、それを言うと雷が落ちるので胸に閉まっておく。
「じゃあ、俺は服が乾くまで武具の手入れでもするかな。」
本当は赤くなって、それでも「何も言うな」オーラを必死で発しているライトニングを抱きしめたいのだけど、それは我慢することにする。
フリオニールは壁に立てかけてあった槍を手に取り、床に座り込んだ。穂先の鞘を取り、刃の部分に欠けたところはないか目の前にかざす。刃先がほんの少しだが欠けているのを見つけ、いつも持ち歩いている小さな砥石でそこを削る。それが済むと槍の口金と柄が緩んでいないか確かめたり。
ライトニングはからからかわれないで済んだことにホッとして、武器の手入れをするフリオニールを横目に残りの洗濯物を干してしまう。
(男が武器の手入れをして、女が家事をする…か。)
この世界の夫婦はこんな感じなのだろうか、とライトニングはそんなことを考え、また一人で赤くなる。
(だいたい、あいつが脱ぎっぱなしにするから…)
ではその服を脱がせたのは誰かを思い出し、更に昨夜の痴態もついでに脳裏に蘇る。ライトニングはますます赤くなり、フリオニールに背を向けていて良かったと心底思う。そうでなければ一人で怒ったり赤くなってと、百面相をしているところを見られていただろう。ライトニングはわざわざフリオニールの服を干してやった自分の行為を悔やんだ。
(服が脱ぎっぱなしだから、洗って干しただけで…決して女房風を吹かせたわけでは…)
そして、たかだか洗濯物を干したくらいで、こんなにも動揺しているのをフリオニールに気取られていないかとおそるおそる振り返る。
(…なんだ…)
フリオニールは武器の手入れに没頭していて、今度は皮のクロスで短剣を磨いている。ライトニングはちょっと拍子抜けしてせっせと短剣を磨くフリオニールを眺めた。
一旦冷静になると、何をあんなに慌てていたのだろうと自分で自分がおかしくなる。
フリオニールは洗濯物のせいででライトニングが一人で怒ったり照れたりしている間もこうやって黙々と武器の手入れをしていたのだろう。手慣れた仕事っぷりを眺めていると、なんだか温かな気持ちになってくる。二人で過ごす何気ない時間がとても愛おしく思えてくる。
ライトニングはフリオニールに傍に同じ様に座り込んだ。フリオニールはちらりとライトニングを見て、うれしそうに笑みを浮かべ、そのまま黙って手入れを続ける。
きっとフリオニールも同じ様に感じているのだろう、とライトニングには分かった。そうして、洗濯物を干したのは右も左も分からないこの世界でライトニングを守ろうとしてくれるのがうれしいから、それを好意で返したいと思っただけだと気付き、ほのぼのとした気持ちになる。
一心に武器を磨くフリオニールの動きには少しの無駄もなく、鋭い目はちょっとした傷みをも見逃さない。その様子はなかなか絵になる。
(…おかしなものだな。)
武器の手入れをしているフリオニールを見るだけで胸が高鳴るのだ。ライトニングは膝を抱え、フリオニールの手入れをじっと見守る。短剣を鞘に収めたので、ライトニングは弓を取って渡してやる。
「ありがとう。」
フリオニールはそれを受け取ると弦がたわんでいないか、指をかけて弾いてみる。窓の外では馬車や人の往来があって賑やかだ。だが、この部屋の中はフリオニールが弦を弾く音だけだ。
「…母に教わったんだ。」
「え?」
「干す前に、畳んで叩く。」
「…ああ。」
「子供の頃だ。妹がまだ小さくて。」
フリオニールはライトニングの他愛もない言葉にじっと耳をすます。二人は顔を見合わせ同時に笑う。冷たい木枯らしが窓を叩くが、温かい部屋の中で穏やかな空気が流れる。お互いの息遣いと体温、どこからか聞こえてくる街の喧騒、それらが重なって二人が長らく忘れていた日常に迷い込んだように錯覚させる。
(そばに居るだけで幸せ…か…)
どこかで聴いた唄の一節をふと思い出す。ライトニングはフリオニールの肩に頭をもたれかけさせ、指先にフリオニールの長い髪を絡める。
「そう言えば…」
おもむろにフリオニールが口を開いた。
「ライトに聞きたいことがあったんだ。」
「なんだ?」
「うん…実は、昨日何かを思い出しかけたんだ。」
何か思い出したのか?とライトニングは思わず見を乗りだす。
「その…おかしなことを聞くと思うかもしれないけど…」
「なんだ?」
フリオニールは眉間にしわを寄せ、口ごもる。なかなか言い出せないフリオニールの手に、ライトニングは優しく指を絡める。
「俺達が…戦っていたという世界…」
「…ああ、それが?」
「俺達は…その、どうやって……えっと……」
フリオニールが何を言おうとしているのか分からず、ライトニングもいぶかしげに眉をひそめる。
「いや、俺達…じゃない。俺は…どうしてライトニングの恋人になれたんだ?」
二人が恋人になった経緯を尋ねてくる、ということはその時のことを思い出しそうになったのだろうか?だが、改めて聞かれ、それを口頭で説明するのはさすがに照れくさい。だが、
(フリオニールが、何かを思い出すなら…)
と、ライトニングは健気にも心を決める。
「私は…その、あの世界での戦いに思う所があって…仲間と離れた所で、よく一人で考え事をしていた。」
「うん。」
「それで…お前がそんな私を心配して、しょっちゅうやって来ていて…」
「…そうか…」
ここでライトニングは大事なエピソードを飛ばしていたことに気付いた。
「その前に…お前が花を落として…」
「花?」
「いつも大事に持っていたのを落として…それを私が拾って…」
「花…?俺が…?」
「そうだ。お前はそれを見ていると何かを思い出しそうになると言って大事にしていた。」
「そんな大事な物を、俺は落としたのか?」
「そうだ。」
フリオニールは頭を傾げ、考えこんでしまう。
「俺が…花…?」
「その花の名前を聞くと、何かが心に響く…と言っていた。」
「花の名前……?」
「…覚えてないのか?」
「ライトは…その花の名前を知っているか?」
「言われてみると、花の名前は言わなかったな。きれいな…薔薇の花で…」
「ばら…”のばら”か?」
そう言われても、あの時言葉を交わした時に花の名前は出てこなかったのでライトニングは答えようがない。
「その話をしたのが……その、キッカケ…なのか…?」
「その時、私達は約束をしたのだ。私も、お前が持っていた花を見て何かを感じたんだ。だから、戦いが終わってお前が何かを思い出したら、その花を私に譲って欲しいと。」
「”のばら”…か…」
フリオニールは納得がいかないようで、何度も口の中で”のばら”と呟いている。
「それが直接のきっかけではない。でも、お互いに関心を持ち始めたのは多分それからだ。」
説明していく内にライトニングはフリオニールが何かを思い出したのでは、という期待がどんどんしぼんでいくのを感じた。最も印象深いと思っていた出来事を、フリオニールはやはり覚えていないのだ。
「お前が”昨日何かを思い出しかけた”と言っていたのはそのことではないのか?」
「ごめん。正確に言うと”思い出しかけた様な気がする”なんだが…」
「なんでもいいから言ってみろ。」
「いや…でも、やっぱり…」
「言っただろう、お前が思い出すなら私はどんなことでも受け入れると。」
真摯なライトニングの言葉にフリオニールはますます言い出せなくなる。
「フリオニール!」
ほのぼのとした時間につい気が緩んでしまった自分を悔やむ。
(こんなこと聞いたら…俺、絶対に軽蔑される…)
いや、軽蔑どころでは済まないだろう。だが、愛おしい恋人に真剣な眼差しでうったえられ、フリオニールもどう説明して良いのか分からない。そして、ライトニングは縋る様に自分を見つめていて。
「ライト…!俺達は…」
ライトニングはじっと続きの言葉を、息を止めていじらしく待っている。そのプレッシャーに追い詰められ、フリオニールも、もう正常な判断が出来なくなり、
「俺達はいつも、立って、その、…していたのか?」
ライトニングはフリオニールが何を言っているのか分からず、放心してフリオニールを見つめ返す。が、言わんとしていることを理解するにつれ、だんだんと顔がかーっと赤くなり、眉がキリキリと釣り上がる。フリオニールがしまった!と思った時はもう遅かった。
「ら、ライト…?」
ライトニングは乱暴に立ち上がると、あちこちに干してあるフリオニールの服を乱暴に剥ぎ取り、それをくしゃくしゃに丸め、フリオニールの顔めがけて思い切り投げつけた。
「うわっ!ライト…!」
投げつけられて床に落ちた服を慌てて拾い、顔を上げると、そこには般若のごとき強面のライトニングが立っていた。
「…出かけるぞ。」
低い声ですごまれ、フリオニールはタジタジになる。
「いや…まだ服が…」
乾いていないと言おうとしたらギロリと睨まれ、口をつぐんだ。
「ごめん…すぐ…着替える…」
ライトニングは自分の着替えを持ってバスルームに篭る。もちろん、ドアは思い切り閉めた。
「あの…バカっ!」
何を聞こうとしていたのかはなんとなく理解した。フリオニールの既視感はライトニングを抱いている時か、戦闘中に起こるのだ。昨夜の行為がきっかけでそれが起こったのだろう。
(だからあんなこと聞いてきた…)
それは理解している。だが、
「もう少し言い様があるだろう!」
フリオニールが何かを思い出しのでは、という期待も大きかっただけに腹立ちもひとしおで。ライトニングはイライラと髪をかきあげ、乱暴にジャケットに袖を通した。
************
装備を整え、部屋を出たライトニングの後ろを、大きな背を丸めるようにしてフリオニールが続く。
「ライト、あの…」
ライトニング、返事をしない。
怒っているライトニングはとても怖いのだが、フリオニールはこれだけは伝えなくては、と頑張って言葉を続ける。
「その…この辺りのモンスターは雑魚ばかりだが……少し離れると、手強いのがたくさん居る。良い武器を持って、大勢で行っても苦戦するんだ…最悪、全滅もあり得るんだ。だから…」
「深追いはしない。」
「いや、だから…二人一緒の方が…」
ライトニングは足を止め、肩越しに振り返る。その視線にフリオニールはひたすら動転し、
「そ…そうだな…別々のほうが…」
フリオニールは語尾をゴニョゴニョとあやふやにし、うなだれてライトニングの後に続く。宿を出ると、ライトニングはくるり、と振り返ると、
「お前は村の北側、私は南だ。」
「分かったけど……」
気をつけて、と言おうとする前にライトニングは先にスタスタと歩いて行ってしまった。その後姿を見て、一抹の不安がよぎるが、
(なんだかんだ言って、ライトは戦いの時は冷静だ…大丈夫だろう…)
そう自分に言い聞かせて、フリオニールはライトニングに言われた通り、村の北のはずれを目指して歩き出した。

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