その後の二人。【前編】(DDFF/R18)

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部屋に戻ると、フリオニールはすぐにシャワーを浴びるためにバスルームに消えてしまい、ライトニングは冷えた身体を温めようと、窓のすぐ傍にあるオイルヒーターの前に立った。
そのままぼんやりと外を眺めていて、すぐに違和感を覚えた。
(…誰も歩いていない…)
ついさっき、宿に戻って来た時にはたくさんの人の往来があったのに。
おかしい、と通りを見ていると、拳ほどの大きさの光が通りをすぅっと通り抜けていった。
(あれは…)
ライトニングはすぐにデュアルウエポンが入ったホルスターを手に取り、宿の階段を駆け下り、外に飛び出した。
あからさまに罠だ。それはすぐに分かった。だが、ライトニングはすぐ近くに皇帝が居るのに色めき立った。もうこれ以上皇帝の思惑に振り回されるのはごめんだった。
(とっ捕まえて、洗いざらい白状させてやる…!)
通りに出て、ライトニングは光の玉を探す。それはライトニングのすぐ後ろをスーッと通りぬけ、村外れに誘う。危険だと分かっていても、ライトニングは足を止められなかった。危険を犯さないと真実は分からないと言い聞かせ、息せき切って、光の玉を追う。
光の玉は村を抜け、ライトニングが狩りに出た林へと向かう。
頭の中で冷静になれ、止まれという、もう一人の自分の声がする。でも、どうしても立ち止まる事が出来なかった。
「ライト、危ない!」
誰かが叫んだ。と、思うと声がした方から誰かが飛び出してきて、思い切りタックルされた。そのまま勢い余って二人して木に思い切りぶつかった。背中をしたたかに打ち付けたが、さっき自分が踏み込んだ場所に光の玉のトラップが発動して、轟音と共に爆発しているのをライトニングは呆然と見つめた。
「…らしくないよ、ライト。頭に血、上っちゃった?」
懐かしい声に漸く我に返り、自分に飛びかかってきた相手を改めて見下ろすと、
「ティファ……か?」
初対面で、ティファの服装がミニ・スカートに短いタンクトップにサスペンダーと、胸がくっきりと浮き出るあまりにも大胆なものだったので面食らったのだが、今はレザーのスーツの様な服を着ている。ミニ・スカートがパンツになっているので、ライトニングはこんな時なのに何故かホッとした。
ティファはにっこりと笑うと、
「ちょっと髪、切ったの。」
言われた通り、腰まであった長い髪の毛先をしっぽの様に結わえていたのが、今では肩甲骨くらいの長さになっている。
そうして振り返りざまに右腕を大きく振る。すると、ティファのグローブにはめ込まれた石からブルーの光の膜が発生し、飛んできた光弾を弾いた。
「立てる?」
「…もちろんだ。」
ライトニングも武器を抜いて構える。
「隠れてばっかりいないて、姿を見せたらどうっ!?」
ティファが強い口調で言うと、二人の目の前に皇帝が姿を現した。
「ここに繋がる道は閉じたはずだ…虫ケラが、どうやってここに来た。」
皇帝は眉を顰め、ティファに冷たい視線を向ける。
「閉じてたら、こじ開ければいいだけのことよ。」
ティファも立ち上がると、ファイティングポーズを取る。その時にちらり、とライトニングに振り返り、目で合図を送る。ライトニングはそれに頷く。
「こんな所まで追いかけてくるなんて随分ご執心ね。ライトになんの用?」
「私の野望に必要なまで。」
「分かんないな。しつこいのって嫌われるわよ?」
「愚かな執政者よりも一人の優秀な支配者のほうが良いのは至極当然とは思わぬか?」
「あなたの支配する世界なんてごめんよ!」
皇帝は右手を優雅に振り、金色の杖を呼び出した。
「自分勝手も、いい加減にしてよね!」
ティファは叫ぶと同時に皇帝の胸元に飛び込んだ。拳底拳を浴びせるが、ことごとくかわされる。皇帝はすかさず瞬間移動でティファから離れると、元いた場所に巨大なフレアの玉をばらまく。ティファはそれを身体を屈め、時には横にジャンプして避けた。
なかなか命中しないのに、皇帝はいくつものフレアを放つ。その隙をつき、ライトニングが背後から斬りかかるが、杖でなんなく受け止められた。
「目障りだ。」
そう尊大に言うと、皇帝はライトニングを杖を振るい、ライトニングを弾き飛ばした。ライトニングは受け身を取り、着地するとそのまま正面に真空波を放つが巨大なシールドに阻まれてしまう。
その隙にティファのローキックが入るがこれもシールドで弾かれてしまう。
「チョロチョロ逃げるなぁ!」
移動先に先回りしていたライトニングが大きくジャンプして斬りつける。左肩めがけてデュアルウエポンを大きく振り下ろし、皇帝の左腕を切り落とした。
「くっ……!」
その場に崩れ落ちた皇帝に、ライトニングは剣先を突きつけた。
「…お前の企み、全て話してもらうぞ。」
「そうやって意気がっていられるのも今のうちだ。」
「…なんだと?」
「忘れるな。お前をこの世界に召喚したのは私だと。」
「黙れ!」
ライトニングは思わず剣を払ったが、その時、既に皇帝の姿は透け始めていて、刃先は虚しく宙を舞っただけだった。
「忘れるな。この世界だけではない。全ての次元、全ての世界を私の支配下に…」
その言葉を残し、皇帝は完全にその場から消えてしまった。
「あいつ、多分どこからか影を飛だけをばしてたんだと思うわ。」
ティファが呆然としているライトニングに声を掛ける。
「確かにパンチがヒットしたはずなのに、手応えがなかったの。」
「…やはり、ヤツの本拠地まで追い詰めなくてはダメか…」
ライトニングはデュアルウエポンをホルスターに直し、大きなため息を吐いた。
「ライト、ひどい顔だよ。」
「ティファ…」
ライトニングは思わずティファにしがみついた。次元の狭間に向かう仲間の中で、同性で年も近く、なんでも言い合え、お互いの気心が知れていたのがティファだったからだ。いつも仲間を気配り、勇気づけてくれてくれていたのに、ライトニングもどれほど救われていたか分からない。
「…行かないでくれ。」
冷静さを欠いて罠に飛び込んだり、フリオニールにどう向き合って良いのか分からなくなったライトニングの心からの願いだった。そんなライトニングがいじらしくて、ティファはその背中をぽんぽん、と優しく叩いてやる。
「二人でラブラブな所に、お邪魔なんで嫌よ。」
「…あいつは…私のことを覚えていない…」
ライトニングは誰にも言えなかった気持ちを吐露し始めた。
「そして、二度と思い出すことはない…同じ姿で、同じ声で私を呼ぶのに…」
「ライト…」
「大事な思い出だった…それが消されてしまっていた…神々の……勝手な事情で…」
ティファはライトニングを労る様に、頭をゆっくりと撫でてやる。
「お互いにどんなに考えまいとしても、心は惑わされる。お互いに信じようとしているのに、すぐに疑心暗鬼になる。どんなに…求め合って、どんなに身体を重ねても、私は…私が愛したフリオニールを探してしまって、すれ違うばかりだ。」
苦しげに気持ちを漏らすライトニングに、ティファは、ああ、あの時の自分と同じだ、と天を仰いだ。
「どうして良いのか分からないんだ。あいつに全てを話してしまうのが怖い…全てを…失ってしまいそうで。」
「…ライト。」
ティファは一旦ライトニングから身体を離すと、その顔を覗きこむ。
「分かるよ。本当のことを言ったら…足元が一瞬で崩れて、真っ暗な場所にどこまでも落ちていきそうな、そんな感じ。」
「ティファ…」
「私も、同じ様なことがあったの。大切な人が…私しか知らないことを知っていて…その場に彼は居なかったのに。なのに、そこに居たみたいに話してた…それが…怖かったの。それで…ずっと逃げていた…」
ライトニングは驚いてティファを見つめ返した。
「…それで、どうなった?」
ティファは悲しげに目を伏せ、黙って首を横に振った。
「もう、最悪だった。」
「ティファ…」
「あの時どうすれば良かったかは未だに分からないの…でも、私が黙っていたことで彼をあんなに苦しめたのだったら、さっさと話してあげれば良かったって思う。そうすれば…」
ティファの姿がゆっくりと透け始めた。
「一緒に、乗り越えられたかもしれないって思うの。結果はどうあれ…ね。」
ティファはポーションを取り出すと、ライトニングの手にそれを握らせた。
「一生懸命だったら想いは伝わると思ってた。でも、今のライトに必要なのは逆だね。」
「ティファ…!」
「ちゃんと言葉にして話して、彼を信じて。大丈夫!放っておいたら最悪の事態になるけど、二人で一緒に立ち向かったら、ちょっとはマシな結果になるかも。」
ティファはライトニングに優しく言い聞かせる。
「そうやって、一人で抱え込むのってライトの悪い癖だよ。」
ライトニングは漸く顔を上げ、ティファに笑顔を返した。
「…あいつも、そう言ってた。」
ティファの顔が綻んだ。
「ふふっ。ごちそうさま。」
その言葉とチャーミングな笑顔を見せた後で、ティファの身体は完全に消え、見えなくなった。
ライトニングはティファに貰ったポーションをポーチにしまうと、村の方に向かって歩き出した。振り返って、ティファが居なくなった空間を見るのがつらかったので決して振り返らなかった。
ティファの言うとおりだ、とライトニングは思った。
(もし仮に…破滅に向かっているとしても、真実を告げ、共に分かち合う方が…良い…)
空を見上げると、さっきフリオニールと空を見た時よりも星の位置が動いていたが、女槍士の星座はすぐ見つけることが出来た。
何も言わずに飛び出してきて、フリオニールはさぞかし心配していることだろう。それを、なんと言い訳したものかと考えて、
(いや…違う…)
今、起こったこと、そしてこの世界でライトニングを助けてくれた仲間のことを、
(全て…話すんだったな…)
宿の近くまで戻って来ると、人の往来は元に戻っていた。そのせいで、ライトニングは自分は一瞬夢でも見ていたのではないかと思ったが、ポーチに入れたポーションの重さがそれは違うと教えてくれる。
ふと宿の方を見ると、ちょうどフリオニールが飛び出して来たところだった。
「フリオニール!」
ライトニングと反対の方向に走り出そうとしていたので、慌てて声を掛けて止める。
「ライト!」
フリオニールはすぐにライトニングに駆け寄る。
「どこに行っていたんだ…?急に…居なくなるから心配した…」
「すまない…」
フリオニールの髪はびしょびしょのままだった。バスルームから出て、ライトニングが居ないので身体も髪もろくすっぽ拭かずに飛び出して来たのだろう。
「フリオニール、私は…皇帝と戦ってきた…。」
「…なんだって?」
「…全て…ちゃんと話す。だが、まずは部屋に戻ろう。」
フリオニールは何か言いたげだったが、先に立って宿の入り口に向かう。
(…背中が…怒ってる…)
当然だろうな、とライトニングは思う。食事の時から気まずいままで、気が付けば居なくなっていたなんて。
フリオニールが宿の扉を開けてくれて、ライトニングは中に入る。フリオニールは部屋の鍵をライトニングに渡すと、
「先に部屋に戻っていてくれ。すぐに行くから。」
「分かった。」
ライトニングは部屋に戻ると、ベッドに腰掛けてフリオニールを待った。ライトニングは大きく息を吐いた。これからフリオニールに全てを話すのに少し緊張していたのだ。ふと部屋を見渡すと、よほど慌てて部屋を飛び出したのだろう、床には脱ぎ散らかしたフリオニールのローブやタオルが散らばっていた。それを拾い、椅子の背にかけた。
ちょうどその時、フリオニールが部屋をノックした。ライトニングは駆け寄って扉を開けると、フリオニールが湯気の立ったカップを持って立っていた。
「すまん。手を離すと、こぼしてしまいそうで。」
フリオニールは大事そうにカップを持ち、部屋に入る。
「なんだ?それは?」
「果実酒を温めて、薬草とハチミツで煮込んだ飲み物だ。身体が暖まって、疲れがとれる。」
「…私にか?」
フリオニールはカップをライトニングに手渡す。アルコールと、甘い香りが漂う。ライトニングはカップを覗きこむ。赤い果実酒にハーブの葉が浮かんでいる。一口飲んでみると、果実酒にハーブとハチミツの甘さよく溶け込み、
「…うまいな…」
ライトニングはベッドに腰掛け、カップを手に包み込んでゆっくりと飲む。
「君は今日ずっと外に居たろ?これじゃ風邪をひく。それを飲むと…すごく温まるんだ。」
言われた通り、身体の奥でぽっと火が灯った様にじんわりと体温が上がってくるようだ。そうして、突然居なくなったライトニングを心配してくれているのが痛いほど伝わってくる。
心優しい恋人に、もうこれ以上嘘は吐けない、とライトニングは心を決めた。
「フリオニール…」
フリオニールは装備を解いて、ライトニングの隣に腰掛ける。
「私は…」
言いかけて、カップに目を落とす。何から話して良いのか分からない。フリオニールは言葉を挟まず、黙ってライトニングの言葉を待つ。
「お前に…謝らなくてはいけない…私は…嘘を吐いた。」

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