初めてのキス。(DDFF)

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※2014年2月13日フリライの日書き下ろし作品です。


あの約束を交わして以来、ライトニングがフリオニールの所にやって来る機会が増えた。
(…そう思っても、いいよな?)
戦いの合間、交代で休みをとっている間。ライトニングはやって来て、話したり、何くれとなく世話を焼いていくようになった。
今だって、大量のイミテーションを退けたあとに、
「怪我はないか?」
すぐ傍にやって来て、フリオニールを見上げ、心配して声をかけてくれているのだ。
「ああ、俺は大丈夫だ。君は?」
仲間同士いたわり合いながら苦しい戦いを続けている。お互いに言葉を掛け合うのが当たり前になっている。でも、ライトニングの心配はフリオニールにとって”特別”になりつつあった。
「私なら問題ない。」
それだけ言うと、何やら話しているティファとユウナの所に行ってしまった。
(今、真っ先に俺に声をかけてくれたよな…)
彼女にとっても自分は”特別”なのだろうか?
(いや、自惚れ過ぎだ…)
フリオニールもライトニングと同じように仲間の様子を見て回る。皆、怪我もなく無事のようだ。だが、歴戦の戦士である彼らにも疲労の色が濃い。
フリオニールは記憶を失ってしばらくして気がついた事があった。
記憶とは単なる思い出ではなく、自分が自分であると認識するために不可欠なものであるということだ。
今、フリオニールがフリオニール自身である、という認識はコスモスや仲間が自分の事を「フリオニール」と呼んでくれるからだ。だがもし、ある時から仲間達が自分を別の名前で呼び始めたとして、フリオニールはそれをきっぱりと否定できるかどうか自信がない。
(記憶というのは…人が人たらしめているものなんだな…)
誰もがそんな心の不安定さを抱えたまま、この奇妙な世界で先のない戦いを繰り広げている。しかも、敵はなかなか姿を表さず、味方の、時には自分の姿を模した心のない人形と戦わなくてはならないのだ。
(…そんな中でも、記憶に繋がる何かを持っている俺は幸せな方なんだろうな…)
フリオニールは大切に持っている”のばら”を取り出して、じっと眺める。
(これは、ライトニングにっとっても大事な物だから…だから、ライトは…)
もちろん、ライトニングが”のばら”が心配なだけで自分に声をかけてくるのではないと分かっている。彼女と自分だけの約束が、この世界で新しく作られた自分を自分たらしめている物の一つになっている。それはきっとライトニングにとってもそうなのだろう。
だからこそ余計にこの花は俺が大切にしないと、とフリオニールは思うのだ。
それでも、ライトニングに構ってもらえると、どうしようもなく心が浮き立ってしまう。
今でも彼女とガーランドの立ち回りを思い出すと驚きと憧れの気持ちが同時に湧き出てくる。ガーランドが砕いた岩を掻い潜り、高々とジャンプし、それらを軽々と飛び越えていく姿をフリオニールはいつだって思い出すことが出来た。あの混戦の最中で、あまりもの美しさに心を奪われた。
気が付くと、いつも彼女を目で追っていた。近づいたり、話しかけたりするのはいつもためらわれたが、そうやって彼女を見ている内に分かったことがいくつかあった。例えば、一見仲間にかける言葉は厳しいのに、それは彼女がいつも仲間を心配しているからだとか。この前もヴァンとバッツが叱られていたのを聞くともなしに聞いていたのだが、仲間からはぐれるな、何かあったらどうすると、お小言はまるで弟を心配する姉か母親の様で。
(態度や言葉遣いは男まさりだけど、優しくて面倒見が良くて…)
一旦秩序の聖域まで後退することになり、皆が移動し始める。そんな時はなんとなく固まる仲間が大体決まってきていて、例えばジタン、バッツとスコール、どうやら同じ世界から来たカインとセシルといった具合だ。女性陣はいつも固まっていて、今もライトニングはティファやユウナと一緒にフリオニールの少し前を歩いている。
話しかけたいけど、どうしても気後れしてしまう。ジェクトやジタンが気軽に彼女たちと話してるのを見ると羨ましくなる。
(もっと話したいんだけどな…)
こんな時、記憶がないというのはますます厄介だ。故郷や家族など会話のきっかけになるはずの要素が全て思い出せないのだ。結果、あまり女性と話すことに慣れていないフリオニールとって、ライトニングと話をするというハードルはますます高くなってしまう。
(何を話したらいいんだろう…?)
こんなことを誰かに聞くわけにもいかないし、そもそも今は世界の存亡をかけた戦いの真っ最中だというのに。そんな事にかまかけているわけにはいかないのに、こんな風に戦いと戦いの間の時間、フリオニールは彼女のことばかりを考えていた。
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夜はここは安全だろう、という場所で野営をする。それは日によって場所は違っていて、だいたいリーダーであるウォーリア・オブ・ライトが決める。何人かが見張りで、何人かがテントやコテージで休む。
横になってしばらく何やら話していた他の仲間達もさっきの戦いで疲れたのか、皆穏やかな寝息を立てていた。
フリオニールは一人、寝付けなくて何度か寝返りをうち、ライトニングの事を考えていた。こうやって、眠りに落ちる前にライトニングを想う時間がフリオニールにとってこの世界で過ごす一番幸せな時間になっていた。
だが、今夜は隣に寝た相手が悪かった。ヴァンとティーダに挟まれ、寝ぼけた二人に蹴られるわ肘で突かれるわで落ち着かない。
(まったく…寝ている時も元気がいいんだな。)
気の良いフリオニールは二人に腹を立てるでもなく、どうせ眠れないのだし、とテントから出て少し外の空気を吸うことにした。誰かに見つかると面倒なので、こっそりと。そうして、どこかで見張りをしているであろうライトニングを探す。
(…居た…)
ライトニングは丁度フリオニールの背丈ほどの大きな岩に立って、周りを哨戒していた。フリオニールが声をかける前に、ライトニングはフリオニールがやって来るのに気付いた。
「眠れないのか?」
「一緒のやつらが、寝相が良すぎて。」
ライトニングが少し笑った。休んでいないことを咎められるかと思ったがフリオニールの杞憂に終わったようだ。
「そっちに行っても構わないか?」
ライトニングが手招いたので、フリオニールは岩によじ登る。
ライトニングは敵襲を警戒して視線を風景から外さない。真面目に見張りをこなすライトニングに、フリオニールは邪魔だったかな、と隣に来た事を心苦しく思ってしまう。
「ごめん。邪魔だったかな?」
「いや。敵も姿を見せない。退屈していたところだ。」
「そうか…なら良かった。」
「この風景は…どうも好きになれないな。」
言われてフリオニールも周りを見回すが、夕暮れ時の様な空の色とそれに染められた平原がどこまでも続いているだけだ。
「ああ。眺めていると…なんだか切なくなる。ほら、あそこに崩れた建物が見える。ずっと長いこと見捨てられていたような感じがして、寂しいな。」
「そうだな。」
答えたまま、ライトニングは視線を動かさない。フリオニールはそんなライトニングを横目でそっと眺める。形の良い眉、長いまつ毛はライトニングのぱっちりとした瞳に優しい陰りを作る。すっと通った鼻筋、一陣の風が吹いて、柔らかそうな髪がふわふわと踊る。
「フリオニール。」
「な、なんだ?」
横顔に見とれていたフリオニールは慌てて返事をする。
「お前の…あの花を見せてくれないか?お前が言う通り、ここの風景は…なんだか心が削られるようだ。」
フリオニールはその言葉にうれしくなって”のばら”の花を手渡す。
「少し休んでてくれ。その間俺が見張ってる。」
「悪いな。」
ライトニングは岩から足を投げ出して、しなやかな足を組んで腰掛けた。手に持った”のばら”の花をくるくると回したり、ときおり手を止めてそれをじっと眺めたり。
「…なあ、ライト。」
「なんだ?」
「眠れなくて外に出て、そして君を見つけた。君と話がしたいと思って声をかけたけど…何を話していいのか分からないんだ。君と…もっと話したいのに。」
ライトニングは顔を上げ、視線を”のばら”の花からフリオニールに移す。
「君のことを知りたいと思っても、君は自分のことを…あまり覚えていない。俺も…他の皆もそうだが。」
フリオニールの言葉に、ライトニングは視線を花に戻し、それをじっと見ながら答える。
「記憶がない、というのは…なんとも心許ないものだな。家族や…親しい友人というのは私が私だと知ってくれている人たちだ。そういった人たちが周りに居て、私は初めて私だと分かる…記憶をなくす前の私は…そんな事を考えたこともないのだろうが…な。」
「ライトも、そんな風に思ったりするのか?」
フリオニールは驚いて思わずライトニングの顔を見る。
「お前も失礼な奴だな。私だって…感傷的になることくらいある。」
「ごめん…違うんだ…その、俺も…そんな…同じような事を考えていたんだ。俺を俺たらしめているのは…俺自身ではなくて…俺を取り巻いていた人たちじゃないかって。」
ライトニングが咎めるように目の前の風景を指差し、フリオニールは見張りの最中であることを思い出して、慌てて正面を向く。
ライトニングは立ち上がって、”のばら”の花をフリオニールに返すと、
「それにしても、お前もおかしな奴だな。私の何が知りたいんだ?」
そう言われるとフリオニールは言葉に詰まる。
「何…って……」
フリオニールは思わず手に持った”のばら”の花を見やる。その様にライトニングはふっと笑うと、
「お前は、その花のせいで私に関心を持ったのか?」
「いや、確かにきっかけはそうだけど、それよりももっと……」
言いかけてフリオニールは気が付いた。
(俺は……)
心臓が立てた大きな音がフリオニールの耳に響いた。それはあまりにも大きな音のようにフリオニールは思えて、ライトニングに聞かれたのではないかと心配になったほどだ。
(ライトのことが……)
胸がいっぱいになって言葉が続かない。顔を上げることすら出来ない。気が付かれてはいけない、早くこの場から立ち去らなくては、とギクシャクと踵を返す。
「ご、ごめん…もう戻るよ。」
「そうか。」
フリオニールの動揺にライトニングは気付いているのかいないのか、それ以上は何も言わず相変わらず正面に警戒の視線を巡らせている。フリオニールはそんなライトニングの後ろ姿をちらりと見て、岩から降りた。
「じゃあ、おやすみ、ライト。」
「フリオニール。」
呼び止められてフリオニールは振り返る。ライトニングがこちらを見て、少しだけ首を傾げて笑顔を見せる。膝を折って屈んでフリオニールの顔を岩の上から覗き込む。
「私の本当の名前はエクレール、というのだ。」
フリオニールの目が驚きで見開かれる。
「記憶がなくても、名前は覚えているのだな。もっとも、どうして自分が”ライトニング”と名乗るようになったかは覚えてないがな。」
「エクレール…」
「言っておくが、その名前で呼ぶなよ。」
「うん。」
「他の連中にも言うな。」
「約束する。」
フリオニールの瞳が輝く。口角をきゅっと上げ、宝物を見つけた少年の様な笑顔を見せた。
「ありがとう、ライト。」
ライトニングは柔らかい笑顔をフリオニールに見せる。
「もう休め。明日も早い。」
「うん…おやすみ、ライト!」
眠るどころではない。フリオニールはうれしくなってライトニングに大きく手を取るとテントに向かって駈け出した。身体からエネルギーがどんどん湧き出ているような感じで、身体が勝手に前へ前へと進む。
「エクレール。」
その名前を呟いてみる。なんて可愛らしい響きだろう、とフリオニールは思う。誰にも教えていない本当の名前を教えてくれたこと、その時に彼女が見せてくれた表情。
(俺…ライトが好きだ…)
フリオニールはふと足を止めて後ろを振り返った。遠くにライトニングが居る岩が見えた。
不思議なことに、さっきまで悲しみに沈んでいるような陰鬱だった風景が、そこにライトニングが居るというだけで胸に染み入る様な美しい風景に見えてくる。
フリオニールは今度はゆっくりと歩き出した。この世界の大地を一歩一歩踏みしめる。
(誰かを…好きになるというのは途方もない力を得るのだな…)
今この瞬間、この世界はフリオニールにとって彩り豊かな世界になった。だが、テントに戻って身体を横たえたところで、フリオニールは考えこんでしまった。
誰も知らない秘密を教えてくれ、新しい生命を吹き込んでくれた彼女に自分は何をしてあげられるのだろう。
(ずっと傍に居て守る…いや、それは現実的じゃないな…)
フリオニールは考えに考えたが良い考えが思いつかない。そんな事を考えている間に知らぬ間に眠りに落ちていった。

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