フリオニールの風邪。(DDFF/R18)

この記事を読むのに必要な時間は約 12 分です。

「だいだい、気が緩んでいるからそういうことになるんだ。」
言葉よりもいいぶりがひどくキツく、怒られているのはフリオニールだというのにオニオン・ナイトやユウナは居心地が悪そうに俯いてしまう。
「戦況は日々過酷になってる。今は一人でも惜しいときだ。」
リーダーである光の戦士がライトニングの言葉を受け、そう続ける。
「そんな時に風邪だと?いったい、何を考えているんだ。」
「これは君一人の問題ではない。」
「…すまない……」
フリオニールが弱々しく答えた。フリオニールは小さな岩棚に背を預けていた。さっきまで気丈に仲間と一緒に行軍していたが、突然膝をついたので慌てて仲間がそこに運び、休ませたのだが。
「お前の頑丈そうな身体は見かけだけか?」
光の戦士は除くその場に居る誰もが、ライトニングの厳しい言葉が、心配して、心配して、心配して、心配しすぎて心配が一周してしまったが故のものだとわかっていた。だから、ライトニングの声が少し震えているのも、皆がちゃんと気付いていた。しかしそれを指摘すると、余計にライトニングがうるさいので誰も言わないだけだ。
「ねぇ、ライト…気持ちはわかるけど、熱を出して苦しんでる人に、その言い方はないと思うけど?」
ティファの言葉に全員がすがるように彼女を見た。歳も近く、お互いがお互いを頼りにし、認め合っている二人だ。ライトニングに一目を置かれ、心を開いているティファの言葉にならライトニングは耳を傾ける。ティファの方も操縦法を心得ている。むしろ、止めに入ってくれたのに、ライトニングがホッとしたのが見てとれた。
「てゆーかさ、ライト、心配なんだろ?だったらそんな言い方しなくてもいいのに。」
「なんだと?」
言ってはいけないことをサラッと言ってしまったヴァンに皆の顔色が変わり、緊張が走った。が、ティファのピースメーカーとしての手腕はそれくらいでは揺るがない。
「そうよ、ライト。思ってもいないことを言って、みんなを困らせないの。」
「なぜ皆が困る!」
そう言われてライトニングは全員が困惑した表情で自分を見ているのに気づいた。
「ね?わかった?」
「私は…そんなつもりは……」
そう言って口ごもってしまったライトニングの肩を、ティファはぽん、と叩いてやる。
「わかった?じゃあ、私たちは戦場に出るけど、ライトは残ってフリオニールの看護ね!」
「何故そうなる!?」
「みんなを困らせた罰よ。ね、リーダー、いいでしょう?」
「私は別段困っていないが。」
「どのみち、誰かがついていないと。こんな所を敵に襲われたら大変でしょう?」
光の戦士はふむ、と納得すると、
「そうだな、君に頼もう。」
「なんだと!?」
ライトニングは怒ったが、リーダーである光の戦士の決定に、皆が口々に同意し、フリオニールに言葉をかけて、出立していく。
「フリオニール。」
光の戦士は座り込んでいるフリオニールの傍に跪いた。
「皆の手前、厳しいことを言った。」
「……わかってる。あなたも先を急いでくれ。」
「すぐに合流してくれ。待っている。」
フリオニールが頷いたのを見て、光の戦士は立ち上がると、
「では、ライトニング、頼むぞ。」
「だから私は…!」
「ライト!」
最後まで残っていたティファはライトニングの腕に手を回し、
「彼はあなたを信じてるから頼んでるの。」
先を行く仲間たちの姿がどんどん小さくなっていくのを見て、ライトニングは唇を噛んだ。
「……わかった。」
ティファは満足気に頷くと、テントやポーションなどのアイテムをライトニングに渡した。
「薬はこれ!バッツが作ってくれたの。水薬って、時代がかかってるわね。錠剤はないの?って聞いたら、なんだそれは?だって。」
ライトニングは心細げに受け取ったアイテムに目を落とす。
「ティファ。」
「なに?」
「私は…応急処置は習ったが……そんな、看病なんて……」
ティファはクスッと笑うと、
「薬を飲ませて、寝かせておけばいいわ。」
「…それだけでいいのか?」
「手を握ってあげると、安心するかも。」
「……子供か。」
案外、近いものがあるかもしれない、とティファはぐったりとしているフリオニールの顔を覗き込んだ。
「じゃあ、フリオニール。早くよくなって合流してね。」
「……すまない。」
「早く元気になって、ライトを安心させてあげて。」
熱と、苦しい息の下ではあるが、フリオニールが頷いたのを見てとると、
「じゃあね、ライト。気をつけて。」
そう言って、仲間のあとを追って駆けて行ってしまった。
さんざんキツい言葉を投げかけたあとだ。ライトニングは気まずくなり、フリオニールの顔が見られなかった。だが、早く休ませなければと恐る恐る振り返ると、皆が去ったあとで緊張がゆるんだのか、ぐったりとして、身体が傾いでしまっており、その場に崩れ落ちてしまいそうだ。
「フリオニール!」
思わず駆け寄り、手袋を取って額に手を当ててみると、
(熱い……)
グズグズしている暇はない。早く休ませてやらなければと、ライトニングは慌ててテントを設営した。いつもならその上に薄布を一枚敷いた上に横たわるのだが、ぐったりとしているフリオニールにそれは忍びなくて。ライトニングは自分の寝袋を取り出すと、それを広げてマットの代わりに敷き、外に居るフリオニールの所に駆け寄った。
「……フリオニール、テントの中まで動けるか?」
「……手を、貸してくれるか…?」
立つのも辛いのかと、ライトニングは心配で泣きたくなる。だが、そんな感傷に振り回されている場合ではないと、フリオニールの腕を取って、自分の肩に回すと、
「立つぞ。」
フリオニールが頷いたので、そのままゆっくりと立ち上がる。ずっしりと重い身体を下から押し上げるようにして一生に立ち上がると、
「フリオニール、持っている武器を外せるか。」
フリオニールはフラフラになりながら、背の弓と槍、腰の剣、杖、斧を外し、地面の上に、落とすようにして置いた。
「心配するな、あとで私が拾ってやる。」
そう言うと、半ば背負うようにしてフリオニールをテントの中に入れ、鎧のままマットの上に横たえた。その場で踵をかえし、外に置いてきたフリオニールの武器を拾ってテントの隅にまとめて置いた。次は身に着けている甲冑だ、とライトニングは重い身体を苦労して持ち上げながら、腕の盾や胸当て、すね当てを全て外してやった。
「ありが……とう……」
身体を屈め、ターバンを外してやろうとしたところで、フリオニールが途切れ途切れに呟いた。
「……おかげ…で、楽に……なった……」
(あんなにたくさんの武器や甲冑を、いつも重さなど感じさせずに過ごしているのに……)
それが辛く感じるほど容態が良くないのだとライトニングは思い、心臓がギュッと縮むような不安な気持ちになった。ただの風邪だろう、などと言っていたが、もっとひどい病気だったら?そう思うと、ますます心細さが募る。
(そ、そうだ……薬だ……!)
ライトニングは慌ててティファにもらった薬を取り出した。
「フリオニール……」
ライトニングは横たわるフリオニールの頭の下に腕を入れ、起こしてやる。
「薬だ……飲めるか?」
だが、人間の頭というのは存外重いし、支えにくい。ライトニングは面倒だ、と水薬を口に含み、フリオニールの唇に自らのを合わせ、その隙間から薬を流し込んだ。貴重な薬がフリオニールの口の中に流れていき、喉がコクンと動いたのを見て、ライトニングは次々と薬をふくんではフリオニールに与える。フリオニールとのキスも、厚ぼったい唇も大好きだが、今はそれを味わう余裕などあるはずもない。ただ、どうか、どうかと、祈るような気持ちだ。
もらった薬を全て飲ませたところで、あらためてフリオニールの顔を見ると、顔どころか、首筋から胸元まで赤い。とりわけ、目の周りがひどい。発熱のせいで汗をかき、呼吸も短く、荒い。その様はますますライトニングの不安を煽った。よほど辛いのか、フリオニールは何度も寝返りをうつ。そして、寒そうに身体を縮ませたので、ライトニングは慌ててフリオニールのマントを身体にかけてやった。大きな身体を、まるで胎児のように縮こませているのは本当に痛々しい。そうして、何も出来ず、見守ることしかできない自分がもどかしかった。
「……フリオニール……」
返事はない。
「……眠ったのか……」
身体を丸くした姿勢で落ち着いてはいるので、薬が効いてきたのだろうか?ティファが手でも握ってあげれば、と言っていたが、それどころではない。フリオニールは自分で自分を抱きしめるようにしていて、手は自分の腕をしっかりとつかんでいる。ライトニングは自分の装備も外し、ジャケットとスカートを脱いで、ニットとスパッツだけになる。熱のせいで悪寒がするのか、フリオニールは身体を震わせ、カチカチと小さく歯が鳴っている。寒さに震え、手も握れないのならばと、ライトニングはフリオニールの横に身体を滑り込ませ、その大きな背中に身体をすり寄せた。
抱きしめた身体はやはりとても熱くて、ライトニングは泣きたくなる。病人のフリオニールの傍に看病のために残ったのに、しっかりしなければならないと思うのに、
(何故…私はこんなに怯えているのだ……)
手を握ってもらわなければならないのは私の方だ、とライトニングは自嘲した。せめて元気な自分の体力を分け与えられればと、ライトニングはフリオニールの大きな背中に両手の平と、額を押し当てた。背中越しに、心拍がとても早いのがわかる。
「……死なないで…くれ……」
言葉にして、ライトニングは混乱した。どうしてこんなことを言ったのか自分でもわからない。いくら熱が高いとはいえ、ちゃんと薬も飲ませ、休ませているのに、どうしてここまで不安になるのだろう?
(不安なのは…病気のせいではない……)
自分が居た世界とは違う、抗生物質も医療設備がなにもない世界。わけも分からず呼び出され、記憶を奪われ、帰りたければカオスを倒せという理不尽この上ない世界。恋人が病気になっても何もできない自分。先が見えない戦い、勝とうが負けようが、いずれやってくる別れ。ずっと考えないようにしていたこと、ずっと心の奥底に封じ込め、蓋をしていた想いと自分の不甲斐なさがないまぜになり、一気にライトニングの心を覆ってしまったのだ。
「お前が……居なければ……私は……」
フリオニールのシャツをぎゅっと握りしめた。このまま、ここだけ時間が止まってしまえばいい、ライトニングはそう思った。
(…おまえの、せいだ…おまえが…風邪なんかひくから…どうして私が……)
病人に八つ当たりなんて、とライトニングは悲劇のヒロインを演じ始めた自分を笑う。
「早く、良くなれ……」
そうしたら、たくさん優しくしてやるのだ。そうだ、まずはさっき投げかけたキツい言葉を謝ろう、そんなことを考えながら、ライトニングはいつの間にか眠ってしまった。

1 2