オペラ座の空賊(FF12)

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一方、パンネロを連れてその場を離れたラーサー。
舞台裏の階段を駆け下り、貴賓席横のロビーまで来て思わず足を止めた。
兵士や観客が皆、折り重なって倒れているのだ。
「ラーサー様、これは…」
怯えた様に周りを見渡すパンネロに、心配しないようにと微笑みかけ、 ラーサーは倒れた兵士に歩み寄った。
膝を屈め、倒れた兵士を調べてみると、外傷はない。
(これは……)
その時、ひどい睡魔がラーサーを襲った。
(しまった…!)
ラーサーは眠るまいと必死に頭を振るが、頭が異様に重く感じ、目を開けていられない。
堪えきれずにぐらりと身体を傾け、その場に倒れてしまう。
「ラーサー様!?」
異変を察したパンネロが駆け寄る。
「誰か…が…劇場…全体に……魔…法………」
目の前に大切な人がいて守らなければならないのに。
ラーサーは悔しさに唇を噛み締めるが、睡魔は圧倒的な力でラーサーの意識を奪おうとする。
「パンネロ…さん…逃げ………」
それだけを絞り出す様に言うと、ラーサーは意識を失った。
パンネロはラーサーの言葉のおかげで、辛うじて状況は理解出来たが、 なんとかしようにも、魔法を解除するアイテムすら持っていない。
「ラーサー様!どうしよう……!」
一体、何が起こったというのだろう。
パンネロは途方に暮れて、周りを見渡した。
賑やかだった劇場が、水を打ったようにしん…と静まり返って不気味だ。
そう言えば、劇場の方も静かだ。
(ヴァンは……みんなは!?)
きっと舞台に戻れば、ヴァンもアーシェも、バッシュも居る。
パンネロは藁にも縋る思いで立ち上がる。
と、信じられない人物がそこに居るのを見つけた。
「バルフレア…さん…?」
パンネロはホッとして、その場にへたり込んでしまった。
バルフレアも屈んで、パンネロの顔を覗き込む。
「大丈夫か?」
とにかく心細かった。
そこにバルフレアが現れ、気が緩んだのだ。
「バルフレアさん…ラーサー様が…ヴァンが……」
が、バルフレアは信じられない言葉を口にした。
「どうしてお嬢ちゃんは眠らないんだ?」
瞬間、パンネロの心臓が凍り付いた。
改めて周囲を見渡し、倒れてる人々やラーサーを見、最後にバルフレアを見た。
「まさか……」
バルフレアは否定しない。
がくがくと足が震えた。
立ち上がる事が出来ず、パンネロはへたり込んだまま必死で後ずさる。
バルフレアは眉を顰めた。
「そんなに怯えなくていい。手荒なマネはしない。」
差し伸べられた手を、パンネロは思わず払いのけた。
「…手厳しいな。」
バルフレアは大仰に肩を竦めてみせる。
「どっ…どうしてこんな事を?」
「どうして…ってもな…」
バルフレアはどこか不機嫌そうだ。
自分は嫌々やってきた、そう言いたげだ。
「せっかく予告状も出した事だしな。」
「嘘!だって、昨日は知らないって!あれはバッガモナンが……」
バルフレアは舌打ちをすると、面倒だとばかりにパンネロを肩に担ぎ上げた。
「やだ!私、ここに居る!」
「こっちはそうも言ってられないんでね。」
手足をバタバタさせるパンネロの腕に見慣れたアイテムが着けられている。
(リボンか…)
もしもの事を考え、ヴァンが着けさせたのだろう。
「お陰でこっちは一苦労だ。」
パンネロの耳に入らないように小声で愚痴る。
「ばかばか!こんな事するバルフレアさんなんて嫌い!」
「嫌われちゃあ困るな。」
子供の様に駄々をこねるパンネロを軽く流しながら、バルフレアは階段を下りる。
「嫌!ヴァンの所に連れてって!」
「今頃みんなおねんねさ。あんまり暴れると落ちるぞ…っと。」
バルフレアは歩みを止めた。
「みんな…ってワケじゃなさそうだな。」
階下に一人の男が立っていた。
「婚約者を探していたら、とんだ所でとんだ場面に遭遇してしまったな。」
それを聞いて、バルフレアが真っ先に思った事は、
(随分と気取った野郎だな……)
「バルフレアさん…」
パンネロが耳打ちをする。
「その方、砂漠の王様よ!」
バルフレアは改めて階下の人物を見下ろした。
長い金色の髪を青いリボンでまとめ、青いマントを羽織っている。
マントの縁には金色の房、腰には鮮やかな柄に
砂漠の花をモチーフにした刺繍を重ねた豪奢なスカーフが巻いてある。
そして、これも婚約者と色を揃えたのだろう、金色の靴を履いていた。
(へぇ…これが噂の…フィガロ王エドガー…)
王族でありながら、機工師としての腕もなかなかのものと聞く。
「君が抱えてるのは、さっきラバナスタ中を魅了した麗しの歌姫ではないかい?」
エドガーは腰に差した剣に手をかける。
「見た所、そちらのレディは同行を嫌がっているように見受けられるが?」
歯の浮く様なエドガーの言い方に、バルフレアはなにやら既視感を覚え、著しく気分を害した。
「これはこれは、フィガロの国王陛下。」
負けじとバルフレアは芝居のかかった返答をする。
「17も年下の婚約者殿を放っておかれ、こんな所で何をしておいでで?」
「おかしな噂を聞いてね。」
エドガーはバルフレアの嫌みをさらりと流し、ゆっくりと階段を上り、二人の前に立った。
「昔、古い友人が、君と同じ様な騒ぎを起こしてね… 当時と同じ様な手紙が届いたと。
それで気になってここに居た…というワケさ。」
言いながらスラリ、と剣を抜き、バルフレアの喉元に剣先を突きつける。
「嫌がる女性を無理矢理かどわかすとは、見過ごせないね。」
バルフレアは不機嫌そうに天井を仰ぎ見、パンネロは思いがけない助けのはずが、 バルフレアが剣を向けられた途端、オロオロと慌ててしまう。
「ち…違うんです、王様!」
「レディ、心配しなくてもいい。私がここを通さない。」
そう言われても…と、パンネロはますます慌てる。
ここから連れ出されるのは嫌だけど、バルフレアが捕まるのも嫌だ。
不意にバルフレアは抱えていたパンネロを下ろすと、肩を抱いて引き寄せた。
「彼女も言ってるように、こっちにも事情があってね。」
「事情?」
剣先を1ミリたりとも動かさず、エドガーが尋ねる。
「俺と彼女は実は将来を誓い合った仲でね。」
さすがのエドガーも、目を丸くして交互に二人を見つめる。
「鳥かごに捕われた小鳥を、空に返してやろうと参上したってワケさ。」
当のパンネロはと言うと、突然バルフレアと恋仲宣言をされ、
(もう…なにがなんだか分からない…)
と、軽い目眩を覚え、よろめいてバルフレアにもたれかかった。
エドガーにはそれが、パンネロがバルフレアにしがみついた様に見えた。
「レディ?この男の言う事は本当かい?」
本当かどうかはさて置き、ここで違うと言えばバルフレアが切られてしまう。
パンネロはこくこくと、何度も頷く。
「フィガロ王エドガーは粋なお方と聞いてるがねぇ…人の恋路を邪魔するような野暮をするのかい?」
エドガーはまだ半信半疑のようだが、
「王様…お願いです、どうかここを通して下さい。」
というパンネロの一言が効いたのか、剣を収めた。
「レディ…本当にいいのかい?」
立ち去る二人の背中に、エドガーは声を掛けた。
パンネロは思わず足を止めた。
「その男は…私にはどうも、君を泣かせる様な男に見えて仕方ないのだがね。」
バルフレアは「余計なお世話だ」と呟き、パンネロが返事をする前に手を引いて走り出した。
エドガーは走り去る二人の後ろ姿を見て、やれやれと大きなため息を吐いた。
結果的に自らの誘拐に手を貸してしまったパンネロだが、 走っている内にやはり何かおかしい、と気付き、 同時に色々な感情が一度にこみ上げてきた。
中でも、一番にこみ上げて来たのは怒りで、 最も腹が立つのは自分の手を引いて走る、この男だ。
パンネロはと足を止めた。
不意に立ち止まったパンネロに、バルフレアが驚いて振り返る。
「どうした?お嬢ちゃん?」
「バルフレアさんのばかっ!私を連れて行く為にあんな嘘を吐いて…」
「どうした?何が気に入らない?」
「私の事、なんとも思ってないくせに、砂漠の王様にあんな言い方して…!」
「落ち着け、お嬢ちゃん。」
バルフレアはパンネロの両肩に手を置く。
涙を浮かべ口を噤んだパンネロを、バルフレアはさすがに無下には出来ず、
「悪かった。その場凌ぎとは言え…な。」
パンネロはまだ怒っている。唇を尖らせて尋ねる。
「…どうして私を連れて行くの?」
「フランが連れて来いと言ったからさ。」
パンネロの眉がキリキリと上がる。
「分かった!悪かった!」
つん、と横を向いてしまったパンネロの頬を両手で包み、正面を向かせると、 バルフレアは腰を屈め、パンネロの顔を覗き込む。
「いいか…?お嬢ちゃん。お嬢ちゃんは出会った相手の胸の中に花を咲かせる。小さいが、黄色くて温かい花だ。
俺はそれを摘み取る様な無粋なマネはしたくない。」
パンネロはじっとバルフレアを見つめる。
「うん?」
「ずるいわ、バルフレアさん…私が子供だと思って、どうとでも取れる様な言い方ばかり。」
「その割には”まんざらでもない”って顔をしてるが?」
バルフレアは手を離すと、右手を胸に当て恭しくパンネロにお辞儀をする。
「ラバナスタ中を瞬く間に虜にした愛らしい歌姫を盗みに参上つかまつりました。どうぞこの哀れな空賊に盗まれてやって下さいませんか?」
芝居のかかった仕草と言い回しに、パンネロはとうとう吹き出した。
「いいわ…。」
バルフレアは満足げに頷くとパンネロに手を差し伸べる。
パンネロはその手を取って、バルフレアに続いて走り出した。
走りながら、どこかはしゃいだ口調で、
「ねぇ、あの王様、バルフレアさんにちょっと似てる。」
「どこがだ!?」
「バルフレアさん、嫌いだもんね。ああいうタイプ。」
バルフレア、答えない。
「自分に似てるから、嫌なんでしょ?」
「お喋りが過ぎると、その口を洗濯バサミで留めちまうぞ。」
二人の足音は徐々に遠のき、やがて、聞こえなくなった。
**************
バッシュを追って、舞台裏にやって来たアーシェが見たものは、 壁にもたれかかるようにして眠るバッシュの姿だった。
リルムの姿が見えない…という事は、バッシュを運ぶこともままならず、 この場を立ち去り、エドガーの元に向かったのだろう。
「誰が…こんな事を…」
すると、遠くで足音が聞こえた。
アーシェは足音の方へと駆け出した。
通路に飛び出すと、走り去るパンネロと、
「バルフレア!?あなたなの!?」
バルフレアはほんの少しだけ顔を上げたが、アーシェには振り返ろうとしなかった。
アーシェは後を追う事も出来ず、何か言いたげに振り返るパンネロと バルフレアの背中をただ見送る事しか出来なかった。

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