オペラ座の空賊(FF12)

この記事を読むのに必要な時間は約 10 分です。

アーシェに引っ叩かれた後でヴァンが再び閉じ込められたのは、 窓すら無い地下の独房だった。
本来なら重い罪を犯した者…もっとも、ラバナスタでは そういった犯罪者は極めて少ないのだが、 そこにヴァンを入れると聞いて、バッシュは猛反対した。
しかし、アーシェはそっけくそれを跳ね除けた。
「甘やかすと、あの子の為になりません。」
ラーサーはその横で思わず吹き出す。
「お二人を見ていると、姉弟のようですね。」
「彼が弟でしたら、あの様な暴言、許しませんわ。」
「許すも何も、すぐに手が出ていたようですが。」
アーシェは深いため息を吐き、
「本当に、あの子ったら。」
アーシェとラーサーの二人が顔を見合わせ、くすくすと笑い出すのに、 バッシュはどう声を掛けて良いのやら分からない。
「ジャッジガブラス…心配しなくとも、陛下はちゃんと分かっておいでです。」
そんなバッシュを見かねてラーサーが声をかける。
アーシェも浮かない顔のバッシュに微笑む。
「あなたも気付いていたでしょう?ヴァンは今、何かにふり回されています。自分でも気付かない内にね。頭を冷やし、それが何かを見極めなければ。それに、責任も取らねばなりません。時間と、反省が必要なのです。」
「は。」
バッシュは恭しく頭を下げる。
「しかし、ヴァンをいつまで留めておかれるおつもりですか?」
「その内、誘拐犯が何か言ってくるでしょう。それまでです。」
アーシェは軽やかに言ってのけると、ラーサーに頭を下げる。
「ラーサー様、ご心配でしょうが、ご報告は密に致します。」
ラーサーは思わず苦笑いを浮かべる。
「それは…国でただ知らせを待てという意味でしょうか。」
「お気持ちは分かります。」
「すいません、愚痴でしたね。陛下、顔をお上げ下さい。」
アーシェは言われた通りに顔を上げるが、 無理に笑顔を作る幼い皇帝の顔を真っすぐに見る事が出来ない。
「あなた方と旅が出来て良かった…陛下の言葉を信じる事が出来ます。」
「ラーサー様……」
「一つ、教えて下さい。陛下は…どんな結末をお望みなのですか?」
「あの二人の心のままに。」
ラーサーは目を丸くする。
「良いお姉さん、でしょう?」
ラーサーはアーシェの手を強く握った。
「国に戻ります。今回の騒ぎで元老院が手ぐすねを引いて待っているのでね。」
「お察ししますわ。」
ヴァンとパンネロの処遇を聞いて胸を撫で下ろすバッシュだが、
(だが…)
若い君主二人が痛々しい。
(すぐにでも、飛んで行かれたいだろうに。)
しかし、アーシェもラーサーも、君主故に負う責がある。
(こんな時に…君はどこに居るのだ…)
バッシュは二人に気付かれない様、小さくため息を吐いた。
**************
重罪人用の独房に押し込められて、怒って、喚いて、暴れて…を一通り終えて、 ふて寝していたヴァンの所にアーシェがやって来たのは真夜中だった。
尤も、暗い独居房に居るため、ヴァンにはどれだけの 時間が経ったのか分からなくなっていたが。
独居房の鉄製の扉には、中の様子が見られる様に覗き窓が付いている。
アーシェはその窓を開けて、暗闇の中にヴァンを探した。
「ヴァン。」
小声で呼ぶと、暗闇で、何かがごそごそと動いた。
動いた方からヴァンとは思えないか細い声がした。
だが、その声はあまりにも小さく、 何を言っているのかアーシェには聞き取る事が出来ない。
「なあに?聞こえないわ。」
「…………呼んでも……来なかったくせに……今頃……」
「まだ拗ねてるのね。」
ヴァン、押し黙る。
アーシェは持って来た手紙を取り出し、 牢の中のヴァンからでも見える様に窓の所で振って見せる。
「バルフレアから手紙よ。」
言うが早いか、暗がりから獣の様な素早さでヴァンが姿を現し、 アーシェの手から手紙をもぎ取った。
「バルフレアから…?」
中身を取り出すのももどかし気なヴァンを見ると、ひどく憔悴している。
頬は痩け、目も落窪んでいる。
「ひどい顔してるわよ。」
ヴァンには聞こえていない。乱暴に手紙を開き、目で文字を追う。
「……パンネロ嬢を返して貰いたくばアルケイディア博物館の
『女王の凍てつく涙』を持ってくる事…なんだよ!これ!」
「どうする気なの?」
アーシェは淡々と尋ねる。
「持って行くさ!盗んででも!」
「そんな事が許されると思って?いくら相手がバルフレアとは言え、 パンネロが大人しく捕まっていると思う?戻って来ない理由があるとは思わないの?」
「……っ!」
返す言葉もなく、ヴァンはその場にへたり込んだ。
拳で何度も石の床を殴る。
「お止めなさい。」
ヴァン、止めない。拳には血が滲んでいる。
「ヴァン!!」
凛としたアーシェの声が響き、ヴァンは漸く手を止めた。
ぎこちない動きで、振り上げた拳をのろのろと下ろす。
そんなヴァンを、アーシェは黙って見つめた。
長い沈黙の後、ぽつぽつとヴァンが話し始めた。
「アーシェの言った通りだよ…俺…パンネロの歌が聴きたかったんだ… ヤバそうだけど……俺さえしっかりしてれば大丈夫って思った…なんでそんな風に思ったのかな…誰の手も借りたくなかった…
でも、パンネロがバルフレアの名前を言ったら、 なんか…頭の線が切れたみたいだった…俺…おかしいよな。」
「やっと話してくれた。」
ヴァンはハッとなって顔を上げる。小さな窓からアーシェの穏やかな顔が見えた。
「やっと、こっち…見た……ね。」
「アーシェ……」
ヴァンはヨロヨロと立ち上がると、 覗き窓の鉄格子の向こうに居るアーシェの前に立った。
「ごめん……俺……」
どれだけ心配をかけたのだろう。
言葉もなく、唇を噛むヴァンの額を、アーシェは窓越しに人差し指で軽く突く。
おずおずと顔を上げると、アーシェはやはり、にこにこと笑っていた。
「本当、ばかなんだから。」
ヴァンは泣き出したくなった。
ずっと何かに追い立てられていた。見えない何かはずっとヴァンを縛っていた。
分かっていたけど、自分ではどうしようもなかった。
「アーシェ……」
アーシェはもういいの、とでも言う様に小さく首を振る。
「うん……ありがとう……な。」
ヴァンは照れくさそうに頭を掻くと、いつの間にか強く握りしめて くしゃくしゃになってしまったバルフレアからの手紙をアーシェに返した。
「それで…ヴァンはどうするの?どうしたいの?」
「パンネロに謝る。バルフレアは分かっていて、パンネロを連れて行ったんだ。パンネロに会う為に………………え~………………」
「……『女王の凍てつく涙』。」
「そう!それ!それが必要なら、必ず盗み出して持って行く!」
「どうやってここから出るの?私を倒して?」
「連れて行く!」
間髪入れずに答えたヴァンに、アーシェは言葉を失う。
「盗んで!誘拐して!連れて行く!」
畳み掛ける様に叫ぶヴァンに、アーシェはとうとう笑い出した。
「ヴァン、あなたって本当に…」
「どうせまた”ばか”って言うんだろ?」
「どうして素直に出して下さいって言えないの?」
「………言えば出してくれるのかよ。」
アーシェは牢の鍵を開けてやる。
半信半疑だったヴァン、牢から一歩踏み出して、周りを見渡す。
警備兵どころか他の囚人も居ない。
「アーシェ……本当に、いいのかよ?」
「ただし、私も付いて行きます。」
「えーっ!」
叫ぶヴァンの声が牢に反響して、アーシェは思わず顔をしかめた。
「さっき連れて行くって言ったのはヴァンでしょ?あなた一人じゃ心配ですもの。パンネロが居ないと何も出来ないでしょう?」
「ふざけんなよ!おまえ、女王だろ?女王が城を抜け出して盗みって…」
「おまえはやめて。連れて行かないなら私を倒してからね。」
陸に上げられた魚の様に口をぱくぱくさせているヴァンに、アーシェは婉然と微笑む。
「私に剣が向けられるの?」
「そんな事、出来るわけないだろ!?」
「時間が惜しいわ。さっさと決めなさい。」
アーシェはどこか楽しそうだ。もうヴァンの答えが分かっているのだ。
やっぱりアーシェが…と言いかけて、いい加減学習したヴァンは言葉を飲み込み、
「……分かったよ。」
アーシェは満足げに頷いた。
そして、手早く旅支度や武器をヴァンに持たせると、
「さ、行きましょう!」
「なんでそんなにウキウキしてるんだよ。ピクニックじゃねぇんだぞ。ソーヘン地下宮殿なんか、モンスターがうじゃうじゃ居るのに…」
「なによ、怖いの?」
「誰もそんな事言ってねぇだろ!俺はぁ!おまえを!心配して!」
「”おまえはやめて”。」
「聞き飽きたよ。」
「お互いにね。」
二人は夜陰に乗じて地下道から城外に抜け出すと、 ダウンタウンを抜け、東門に向かった。
「チョコボが用意してあるの。この時間だとツイッタ大草原に向かうキャラバン隊が居るはずよ。彼らに紛れて移動するわ。」
「……手際、良すぎるぞ。」

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22