オペラ座の空賊(FF12)

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深夜を過ぎると、帝都の灯りも徐々に減っていき、人通りも途絶えて来た。
窓から博物館が見える宿から街の様子を伺っていたヴァンは腰に下げていた剣を外し、アーシェに渡した。
「捕まった後で取り上げられたら、女王が可哀想だからさ。」
「丸腰で行くの?」
「アーシェのボウガン、借りてく。使う事はないと思うけど。」
アーシェは昼間の武装していた兵士達を思い出して暗い表情になる。
アルケィディアは法律の整った国家だ。泥棒をいきなり射殺するような事はないと思う。
それでも心配する気持ちを抑える事は出来ない。でも、行くなと言ってもヴァンは行くだろう。
「アーシェ、心配しなくていいって。何かあったら女王が守ってくれる。」
ヴァンがまた見当違いな事を言う。
「一人が不安じゃないの。あなたが心配なのよ。」
ヴァンはきょとん、とアーシェの顔を見つめる。
「なによ?」
「うん…ごめん。気を付ける。無茶はしない。」
「今からする事が、もう無茶でしょう?」
「そうだな…でもさ、頼むから俺と、ラーサーが治めるこの国の人を信じてくれよ。」
ヴァンはボウガンを方に担ぐと、
「心配すんなって!俺、捕まるの結構慣れてるから。」
ヴァンは自慢にもならない自慢を一つして、部屋を出て行った。
ヴァンが置いて行った剣が鍔をカタカタと鳴らすのを、アーシェはため息を吐いて見つめた。
「置いてかれて、泣きたいのはこっちよ…」
アーシェはやりきれない想いで窓の外の博物館を眺めた。
警報が鳴り響き、博物館の窓が一斉に灯りを点した。
アーシェは思わず窓際に駆け寄った。
ヴァンが出て行ってから1時間も経っていなかった。
(計画通りなのに、ちっともうれしくない…)
剣は相変わらずその身を奮わせ、カタカタと音を立てている。
「…少しは黙ってよね。」
アーシェは剣をベッドの中に突っ込み、更にその上から部屋にあるだけの枕を乗せた。
が、静まった部屋は余計に寂しくて、アーシェは慌てて枕をどけて、ベッドの中から剣を取り出した。再び鳴り出した剣に、
「出してあげたんだから怒らないでよ。文句があるならヴァンに言って。」
尚もやかましく鳴り続ける剣。
「…そんな事ないわよ。…心配だから怒ってるの。分からない?それに、あなたの首飾りのためでもあるんだから。」
ここでアーシェは我に返り、まじまじと見つめた。
「やだ…いつの間に私まであなたと話せるようになってるのよ!」
しかも、剣を相手に真剣に口喧嘩して。
アーシェはげんなりしてしまい、ベッドに潜り込んだ。
そして、鳴り響く警報の音と、鳴り止まない剣の音を聞きたくなくて、頭から枕を被ってしまった。
**************
そんなアーシェの心配を他所に、ヴァンは予定通り博物館に忍び込み、予定通り捕らえられ、予定通り牢に放り込まれていた。
ヴァン自身が言った通り、捕獲された時は床に引き倒されたが、概ね紳士的に扱われていた。
もっとも、ヴァン自身が暴れたり、挑発的な態度を取ったりしなかった事もあるのだが。
「牢も広いし、明るいし。」
アーシェにお仕置きで放り込まれた所と比べて、暢気にそんな感想を漏らし、牢の端にあるベッドに横になった。
そして、パンネロの事を考えようと思った。
ソーヘンで見たのは走り去る後ろ姿だけだった。
ヴァンの好きな踊り子の服ではなく、見た事のない白いドレスを着ていた。
パンネロの事を考えないようにしていたのは、パンネロがバルフレアの名前を口にした時の、あのわけの分からない感情に支配されるのが怖かったからだ。
あの感情は、自分を自分ではないものにして、ヴァンを操っていた。
自分でも理解出来ない心の動きはヴァンにとっては未知の物で、とても恐ろしいものだった。
でも、今は考えなくてはいけない。深呼吸をして思い出してみる。
(そう言えば…)
似た様な苛立を感じた事があったような。
魔石鉱でパンネロの手を取ったラーサー、ビュエルバでバルフレアにハンカチを返した時とか。
もっと遡れば、子供の頃、友人達にだし抜かれてパンネロと遊べなかった時とか。
(待てよ、これじゃあ俺がパンネロにヤキモチ妬いてるみたいじゃないか…)
ヴァンは赤くなり、頭を抱えた。
(待てよ…)
確かにパンネロがヴァン以外の男と仲良くしているのを見るのはおもしろくなかった。
でも、あの時の感情の昂りは我ながら常軌を逸していた。
(アーシェは平和になったから…って言ってたっけ…)
考える事が苦手なヴァンだが、必死で考える。
(ガキの頃に戦争が始まる前…と、旅をしていた時とその後…)
自分の中で何が変わったのだろう?
(さっぱり分かんねーや………でも。)
ヴァンは天井を眺め、ふぅ、と大きく息を吐いた。
「パンネロに、会いたいな。」
いつも一緒に居たのが、離れると身体の半分を持っていかれたかのようだ。
ヴァンは起き上がると膝を抱えた。そうでもしないと、寂しくて心細くて。
今のヴァンに分かった事はそれだけだ。
(でも、それじゃあ答えになんねーし…)
これではアーシェとの約束を果たせそうにも無い。
もやもやした気持ちを持て余し、ヴァンはゴロリと寝返りを打った。
と、通路の方からガチャガチャと鎧兵が走って来る音が聞こえてきた。
「のんびり考える時間もないな。」
ヴァンは立ち上がると、牢の扉のすぐ横にぴったりと身体を寄せた。
鎧兵が扉の前で立ち止まり、乱暴に鍵を差し入れられる。
すぐに乱暴に扉を開き、「おい、小僧!」と鎧兵が叫んで足を踏み入れた所で、ヴァンは素早くその前に回り込み、
「探し物は、コレだろ?」
と、牢に放り込まれる前に鎧兵からくすねた鍵を目の前でちらつかせる。
「貴様!」
鎧兵が殴り掛かるのを素早く屈んで身を躱すと、ヴァンは伸び上がる反動で鎧兵のマスクをひょい、と左手で持ち上げ、現れた顔ににやりと笑いかけると同時に、眉間に強烈なパンチを食らわせた。
鎧兵がぎゃっ!と叫んで仰向けに倒れると、その両足を抱えて牢の中に引きずり込んだ。
「気付くのが遅過ぎんだよ。」
と嘯くと、鎧兵から鎧を脱がせ、自分の身に着ける。
「どうせ遅いなら、俺がもう少し考えてからにしろよな。」
最後に手甲を着け、通路に出て鍵を閉める。
「ま、俺の事だから考えても分かるかどうかは怪しいけどな。」
そう言い捨てると、意気揚々と通路に足を踏み出した。
さて、どうやって9局の”ジャッジ・ガブラス”の所に行くか。
(バッシュのことだ。もうこの中に来ているに決まってる。)
ヴァンはそうアタリを付けると、自分がここに閉じ込められるまでに辿った通路を思い出す。
確か入り口のホールの左右に緩やかなアーチを描きながら2階へと続く階段があり、その階段を上った所に豪華なステンドガラスがはめ込まれた扉があった。
「あそこだな。」
ヴァンはずらりと並んだ牢の扉の前を通り抜けて入り口へ向かう廊下に出た。
と、反対側から別の鎧兵がやって来た。
「おい、鍵は見つかったのか?」
ヴァンは無言で鍵を取り出して見せる。
「罪人はどうした?」
ヴァンは焦った。どう答えたものかと考えていると、
「急げよ。ジャッジ・ガブラスがお待ちだ。くれぐれも他の奴に見られるなよ。」
それだけ言い残すと、鎧兵は元来た方に戻って行った。
ヴァンは元来た道を戻る振りをし、鎧兵の姿が見えなくなったのを確認し、
「…驚かせるなよな。」
と、大きく息を吐いた。が、お陰で情報を得る事が出来た。
(やっぱバッシュのやつ、俺に会いに来たな…)
だったら大人しく待っていてもバッシュに会えたのだろうが、
「ま、せっかく出て来たし、こっちから会いに行くか。」
と、バッシュの待つであろう部屋に向かって歩き出した。
バッシュは局長室の奥にある来客用の部屋でヴァンを待っていた。
留置所の所長は何故ここに9局のジャッジ・マスターがと驚いた。
確かに国立博物館の国宝を盗みに入った泥棒だが、警報に引っかかってあっさり捕まったし、何より若造だったし。
そんなコソ泥にどうしてと疑問は尽きないのだが、それを聞くのは何故か憚られた。
バッシュの前に座った所長は落ち着かない様子で扉を見たりと視線が定まらない。
こんな時にジャッジ・マスターの鎧は大いに役立つ。相手を思う様に威圧出来るからだ。
本来ならそういった事は好まないのだが、今のバッシュは手段を選んでいられなかった。
「遅いですな…」
局長は緊張すればするほど饒舌になった。
が、バッシュが何も答えないので首を竦めて黙る。
僅かな沈黙の時間も所長にはとてつもなく長く、重く感じられ、どうしてさっさとあの若造を連れて来ないのかと部下達を心の中で罵り。
いたたまれず「様子を見て参ります。」と立ち上がって、局長室への扉を開くと、そこには鎧兵が立っていた。
「おい、何をしている?連れて来たのか?」
と言った途端、鳩尾に一撃を喰らい、その場に崩れ落ちた。
バッシュは鎧兵をじっと見つめ、
「サイズが合っていないようだな。窮屈だろう。」
言われて鎧兵は頭の甲冑を取った。現れたヴァンの顔を見て、バッシュも甲冑を取った。
劇場で会った時の険のある表情ではない。
「…誰かに聞かれては困る。扉を閉めてくれないか。」
ヴァンは後ろ手で扉を閉めて鍵をかけた。
「…本物はどこにある?」
バッシュはおや?という表情で、おもしろそうにヴァンを見つめた。
「やけにあっさり捕まったと思ったら、そういう事か。」
バッシュはヴァンが落とした手紙を取り出すと、ヴァンに差し出した。
「返しておこう。君の物だな。」
ヴァンは黙って受け取った。
首飾りの行方を聞きたいのだが、ヴァンにそれを言い出させない雰囲気がバッシュにはあった。
「首飾りはここにはない。」
「…どこにある。」
「その前に、説明してもらおうか。」
バッシュはヴァンに座る様に促したが、ヴァンが黙って首を横に振ったので、そのまま話し出した。
「オペラ座での騒ぎの後、私はラーサー様とアルケイディアスに戻った。しばらくしてパンネロから手紙が来た。ラーサー様の命でパンネロを保護に向かったらバルフレアとフランが一緒だった。そして、ソーヘンでのあの騒ぎだ。」
バッシュは淡々と話す。
「…交換条件かよ。」
「聞いてから決める。」
ヴァンは視線を床に落とした。
「きっかけは、バッガモナンの脅迫状だな?オペラ座のダンチョ―に頼まれて、パンネロを身替わりに立てた。」
バッシュの優しい問いかけに、何故だかヴァンは苛立った。
それは、依頼を受けた直後にパンネロの口からバルフレアの名前が出た時の感情と良く似ていた。
「何を苛立っている?」
見透かされて、ヴァンの苛立は更に募る。
「答えたくないなら答えなくても良い。だが、首飾りが必要ではないのか?」
鉛を飲み込んだかの様に息苦しくなる。
ヴァンは大きく息を吸い込み、顔を上げた。
「…そうだ。」
「パンネロを身替わりに立てた理由はなんだ?」
ヴァン、答えられない。
長い長い沈黙の末「…分からない……。」と、ポツリと漏らした。
バッシュはアーシェの言葉を思い出す。
(陛下は何かに操られてると仰っていたが…)
その時、バッシュはヴァンが魔法か何かによって誰かに操られていたのだと思っていたのだが、
(どうも違う様だな。)
一方ヴァンは、バッシュから首飾りを取り返すつもりで意気揚々とやって来たのに、
(なんで何も話せなくなるんだ…)
目の前のバッシュからとてつもないプレッシャーを感じて立っているのがやっとだ。
バッシュはゆっくりと立ち上がった。
歩み寄るバッシュに、ヴァンは思わず後退さるが、バッシュはその肩に優しく手を置いた。
「座りなさい。」
そして、ヴァンをソファの傍まで連れて来ると、そこに座らせた。
ヴァンは居心地が悪そうに大人しくしている。
「ヴァン。」
バッシュはヴァンの傍らに跪き、その顔をじっと見つめる。
「陛下が仰った。我々は同じ道を進む事は出来ないが、同じ物を見て、感じて来たと。」
ヴァンは小さく頷いた。
「私も同じ様に思っている。なのにどうして私に辛く当たるのか聞かせてくれないか?」
「そんな……つもりじゃ……」
口ごもるヴァンがバッシュには微笑ましく思えてその肩を叩いてやる。
「安心した。」
そう言って立ち上がると、向かい側のソファに座った。
「単刀直入に言おう。ヴァン、アーシェ陛下は明後日、施政方針演説のためラバナスタに戻らなければならない。」
ヴァンは驚いて顔を上げ、バッシュを見た。
「陛下があの様に城を空ける時は影武者が代役を勤める。だが、明後日は王宮のバルコニーから全国民に対しての演説だ。影武者に勤まるとは思えん。何より、陛下が自身がその様な大事を影武者に任せる様な事はされない。」
「…なのに、俺に付いて来たのか……?」
「陛下がご自身の意思でされた事だ。」
ヴァンは立ち上がって何かを言おうとし、バッシュの鋭い眼差しに何も言えなくなる。
「座りなさい。」
ヴァンはノロノロとソファに座り直した。
「陛下がどうしてここまでされるのか、分かるか?」
ヴァンは首を横に振る。
「アーシェにも聞かれた。それで、考えろって。それで…仲間だからだろって…答えた。」
バッシュが苦笑いを浮かべた。ヴァンはそれに敏感に反応する。
「…違うのかよ。」
「いや、間違っていない。ヴァン、よく聞いて欲しい。」
ヴァンは不思議そうにバッシュを見つめる。
「陛下のお心は常に君達と共にある。共に旅をし、空を駆け巡る。だからこそ陛下は陛下らしく、自由で居られるのだ。城の中で臣下に取り囲まれている時も、騎士団を率いている時もな。」
ヴァンは呆然とバッシュを見、そして俯いて奥歯を噛み締めた。
「バッシュ……」
ヴァンは今までの事を全て話した。俯いたまま、訥々と。バッシュは口を挟まず、黙って耳を傾けた。
「俺…ガキだったんだ。パンネロがあんたやバルフレアの名前を口にすると…頭の中が真っ白になった。パンネロに、誰にも頼って欲しくなかったんだ…。俺以外の誰にも。追いつきたく……て……」
そう口にして、ヴァンは自分で自分の言葉に驚いて顔を上げた。
自分でも意外だったのだろう、言葉が続けられず、ただただ正面のバッシュを見つめる。
「よく言えたな、ヴァン。」
バッシュは穏やかに答える。
「言えなければ、また牢に放り込む所だった。」
「…バッシュ、俺……」
「ヴァン、コンプレックスは成長したい気持ちの裏返しだ。あの旅で君自身が学んだ事だ。」
バッシュは立ち上がると、扉を開けた。
「行きなさい。首飾りはラーサー様がお持ちだ。明日、17時に帝都とダウンタウンを繋ぐ橋に来るように、との事だ。」
**************
アーシェが待つ部屋に戻るヴァンの足取りは重かった。
パンネロへの仕打ちやアーシェの話とバッシュの話を何度も思い返し、自分がひどく幼く思えて。
誰にも頼らず自由に生きていけると思っていたが、気が付けば、それらはパンネロや仲間が支えてくれていたから 成り立っていたのだと思い知らされた。
宿屋に着いて階上を見上げると、窓からアーシェが外を眺めているのが見えた。
戻ってきたヴァンに気付くと顔を輝かせて手を振り、すぐに部屋の中に見えなくなった。
宿屋の階段を上がり、部屋のドアノブに手を掛けた途端、扉が開いてアーシェが飛びついてきた。
「…アーシェ?」
「ばか…心配したのよ。」
アーシェはヴァンの首にきゅとしがみ付いて離れようとしない。
ヴァンはぼんやりと、目の下にあるアーシェの小さな頭を見下ろした。
今までのヴァンなら心配し過ぎだと笑い飛ばしていただろう。
だが、今はアーシェがどれほど自分の身を心配をしてくれていたのかが痛いほど分かった。
ヴァンはそんな自分の変化に驚きつつ、心配を掛けたことをどう詫びたものかと頭を巡らせた。
抱きしめて、ごめんと言えば良いのだろうか?
そもそも、そんな資格が自分にはあるのだろうか?
首飾りを手に入れても、パンネロに会いに行くなんて許されるのだろうか?
「…ヴァン?」
アーシェの声に、ヴァンは我に返った。
怪訝そうに自分を見上げるアーシェの目のふちが赤い。
(泣いてたのか…)
そう思うと、胸が締め付けられた。
ヴァンは思わずアーシェの目元に唇を寄せた。
「ごめん。」
それだけやっと言うと、アーシェをそっと抱きしめた。
思いがけないヴァンの行動に反射的に身体を離そうとしたアーシェだが、頭の上で、すん、と鼻の鳴る音がして、ヴァンの身体が小さく震えているのに気付いた。
「ヴァン…」
アーシェは優しく腕を回し、逞しい背中を撫でてやる。
アーシェは末っ子だが、
(…弟がいたら、こんな感じ…?)
厚い胸板と裏腹に、子供のように声を殺してしゃくりを上げるヴァンが愛おしい。
そして、アーシェも改めて気付く。
不安な旅の間、ヴァンの明るさと、パンネロの優しさにどれだけ救われただろう。
だからこそ、手助けになりたいと思ったのだ。
(私、間違ってなかったんだ…)
その時、短剣の鍔がカタカタと鳴り出し、二人は慌てて身体を離した。
ベソをかいていたヴァンだが、気まずそうに笑い、アーシェも笑う。
「まずはシャワーを浴びて。話はそれから聞くわ。」
「うん、ありがとうな。アーシェ。」
そうしてシャワーを浴び、髪がびしょ濡れのまま出てきたヴァンに
アーシェはさんざんお小言を言い、いつもの調子が戻った所で
ヴァンはバッシュに会った事を話し始めた。
「首飾りはラーサー殿が?」
「うん。バッシュの事だからラーサーには言わないで、こっそりカタを付けようとするだろうと思っていたから、俺も驚いた。」
「でも、バッシュらしいわ。隠密にすませようとして失敗すると、却って面倒が起きたりするもの。」
「うん。」
ベッドに腰掛けたヴァンはそう言ったきり、黙って足下を見ている。
「…ラーサー殿は首飾りを渡してくれるかな…?」
「タダでは渡してくれないさ。」
アーシェはやっぱりと、ため息を吐いた。
「俺がラーサーなら絶対に渡さない。」
「じゃあ、どうするの…?」
考えに沈み、組んだ手をじっと見つめるヴァンはいつもより大人びて見えた。
それが何故だかアーシェを不安にさせた。
「…橋の上で待ってるなんて、まるで決闘じゃない。」
ヴァンは黙ったままだ。
「そんなの、バカげてるわ。だって、パンネロの気持ちはどうなるの?」
「アーシェ、落ち着けよ。」
アーシェはヴァンの隣に腰掛ける。
「さっきから考えてた。俺、パンネロにひどい事したって。」
「……うん。」
「皆にも迷惑掛けて…さ。だから…受け止めなきゃ、次に行けない。」
アーシェは呆然とヴァンを見つめる。
さっきまで子供みたいに泣いてたのに。
失敗して落ち込んでも、前に進もうとするそのエネルギーはどこから来るのだろう?
「…ヴァン。」
ヴァンは顔を上げてアーシェを見る。
「あなたと、ラーサー殿を信じるわ。」
アーシェはヴァンに右手を差し出す。
ヴァンはいつものように、アーシェの手の甲に自分のを合わせ、うれしそうに頷いた。

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