オペラ座の空賊(FF12)

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一昼夜かけての移動で、二人はソーヘン地下宮殿の入り口まで辿り着いた。
同行したキャラバン隊に別れを告げ、
「ここで野宿だけど…大丈夫か?」
「平気よ。」
そうは言っても、アーシェは随分と疲れているようだ。
ヴァンは荷物を解き、寝床を作ってやる。
「横になってろよ。後は俺がやる。」
久しぶりの旅に正直身体は悲鳴を上げていた。
アーシェはヴァンの勧めに素直に従い、荷物を枕に横になった。
傍でヴァンが火をおこし、小さな鍋を火にかける。
干し肉や乾燥させた野菜に香辛料を混ぜて鍋に入れ、手早く野外食を作る。
薪がはぜる音、たき火の炎のゆらめき、漂うスープの香り。
(外で食べるなんて、久しぶり…)
「アーシェ。」
不意にヴァンが口を開いた。
「何?」
「付いて来てくれて…ありがとうな。」
「どうしたの?いきなり?」
「俺…一人じゃこんなに早くここまで来られなかった。アーシェ、女王様なのに、国の事放り出してまで…さ…」
「確かに、君主としては失格ね。」
「ごめん…俺のせいだ…」
「そうね…だから、考えてみて。どうして私がここまでするのか…」
「うん。考える。」
ヴァンの答えにアーシェは微笑む。自分のよく知っているヴァンだ。
「そう言えば……」
「うん?」
ヴァンは鍋を見つめながら話し出した。
「小さい頃にパンネロん家が引っ越して来たんだ。あいつさ、女なのに走るの早いし、男がやる遊びでも、なんでも上手かった。」
「うん。分かるような気がするな。」
「それで……近所のガキどもは、みんなパンネロと遊びたがってた。」
「ヴァンも?」
ヴァンは照れくさそうに、頭を掻く。
「うん…まぁ…。俺ん家、隣だったから。”俺がパンネロと一番仲が良いんだ”ってこっそり思ってた。」
アーシェは黙って話を聞く。
(前の旅ではこんな話をするゆとりなんかなかった…)
でも、またこうして旅に出て、仲間の子供の頃の話を聞けるのがなんだかうれしい。
気怠い身体に、ヴァンの声が心地よい。
「パンネロは習い事をたくさんしてて、毎日一緒に遊べなかった。パンネロが居ないと、みんなつまらなくて。盛り上がらないんだ。ある日パンネロが、すごく興奮して帰って来た。”オペラ座で、オペラを観た”って。女優さんがきれいだったとか、その時聴いた歌を歌ってくれたりして。」
ヴァンは出来上がったスープをカップに注ぎ、アーシェに差し出した。
アーシェは身体を起こし、それを受け取る。
「その時のパンネロが…なんて言うのかな、可愛かったんだ。すごく。男ん中混じって走り回ってるのに、女の子なんだなーって。で、俺は舞台に立って歌うパンネロが観たいって思ったんだ。今まで忘れてた。なんで今頃思い出したんだろうな。」
ヴァンは自分の分をカップに注ぎ、口をつけた。
「それはね、あなたが今、幸せだからよ。」
「え?」
ヴァンは驚いて、炎の向こうに座るアーシェを見る。
アーシェはスプーンでスープをかき混ぜてると、カップの縁に口を付け、一口飲む。
「うん、おいしい。」
しかし、ヴァンは味の評価どころではない。
アーシェが今、とっても大事な事を言ったような気がするからだ。
「なんでそうなるんだ?幸せだと、昔の事を思い出すのか?」
「そうじゃなくて…」
アーシェはスープに息を吹きかける。まだ少し熱いようだ。
「戦争があって、大切な人を亡くして、国を救う為の長い長い旅をして… そんな時に思い出す余裕なんて、ないでしょ?」
そりゃそうだ、とヴァンは納得する。
「じゃあさ!思い出したって事は、平和になった証拠だろ?アーシェのお陰だな!」
確かにそうかもしれない。
だが、戦争を起こしたのも一部の執政者だ。
戦争さえなければ、とアーシェは思う。
ヴァンがパンネロの歌を聴きたいという想いは、 もっとスムーズに伝わっていたのではないか。
少なくともこんなにも自分を追い込むような形ではなかったはずだ。
(戦争が残した傷が今頃出て来たんだ……)
ヴァンですら、こうなのだ。
今、イヴァリース中にヴァンの様に心にも傷を負った人々がどれだけ居るのだろう。
そう考えると、飲んでいたスープが急に塩辛くなった様な気がした。
「…ごちそうさま。」
「うん、アーシェ、もう寝ろよ。」
「ヴァンは?」
「俺は…少し考えてみる。さっきアーシェが言ったこと。」
「そう……」
空腹が満たされると、今度は眠気が襲って来た。
アーシェは再び身体を横にする。
「…おやすみなさい。」
「うん。あ、アーシェ!」
アーシェは閉じかけた目を開く。
「…なに?」
もう一秒たりとも目を開けていられない程眠い。
「あのさ、戦争とか…色々あったけど、アーシェのせいじゃない。
だから、あんまり自分を責めたりするなよな。」
アーシェは面食らってヴァンを見る。
「…ありがとう。」
(もう大丈夫。)
いつものヴァンだ。アーシェは安心して眠りに落ちた。
(きれいだな…)
ヴァンはたき火に照らされ、穏やかに眠るアーシェの寝顔にしばらく見とれ、 それから”宿題”を思い出し、自分と、パンネロの事を考えた。
**************
物館の後は買い物、食事とお上りさんコースを満喫したバルフレアとパンネロ。
パンネロが、「これはヴァンに。」「これはミゲロさん。」「これは…」
と、大量に買った土産物を両手に抱えて隠れ家に戻るとフランが居ない。
「どうしたのかしら?」
バルフレアはフランが座っていたテーブルに買って来た物を置き、
窓から外の様子を伺う。
窓の下でこちらを見上げている男が居た。男は慌てて目を反らし、その場を離れた。
と、その男の動きに合わせて周りに居た男たちが一人去り、二人去り…
バルフレアは、舌打ちをする。
「見つかったの?」
同じ様に小窓から外を覗いていたパンネロが心配そうに尋ねる。
「どうしよう、私のせいだわ…フラン…連れて行かれたのかしら?」
「部屋は荒れていない、大丈夫だ。」
「でも…」
「パンネロのせいじゃない。ここだって上に行きたい連中がリーフ集めに必死だ。人目につくのは分かっていたし、元々そんなに長く居るつもりはなかった。」
「違うの。」
自分を追い詰め過ぎだと宥めようとするバルフレアだが、
「本当に私のせいなの…でも、まさか…」
バルフレアは眉をひそめた。
「お嬢ちゃん、まさか…」
「ごめんなさい………私、ラーサー様にお手紙を。」
バルフレア、顔を手で覆ってしまう。
「だって、オペラ座ではあんなお別れのしかただったから…それに場所は書いてないの。”探さないで下さい”って書いたし…」
必死で謝るパンネロに、怒る気力もそがれ、
バルフレアはいつもの様に頭の上に手を乗せ、
そして出来るだけ感情を抑えてぽんぽん、と優しく叩いてやる。
「いい事を教えてやろう、お嬢ちゃん。そういう手紙を”思わせぶり”って言うんだ。」
「どうして?」
パンネロはお嬢ちゃんと呼ばれたのを訂正するのも忘れて、
きょとんとして問い返す。
「ああ。よ~く覚えておくんだな。男に後を追わせたけりゃ、”探さないで”って書き置きして出て行くんだ。大抵の男は必死になってお嬢ちゃんの尻を追いかけるさ。」
「バルフレアもマリアのお尻を追いかけたの?」
「………俺の話はいい。どうする、お嬢…パンネロ?ラーサーのやつ、必死で追ってくるぞ。」
「まさか。」
「手配の早さがその証拠だ。すぐに一個師団が飛んで来て、ここを包囲だ。」
パンネロはまだ今の事態と、バルフレアの言う事が飲み込めない様だ。
しきりに首を傾げている。
「すぐにここを出るぞ。」
「でも、フランが…」
「心配ない。」
バルフレアが窓の外を指差すと、丁度フランが戻って来た所だった。
「すぐに支度するんだ。」
「あの…おみやげ…」
無言で睨むバルフレアに、パンネロは首を竦め、
慌てて自分の部屋に戻って行った。
入れ替わりにフランが部屋に入って来た。
「……お早いお帰りで。」
「ここを出るの?」
パンネロの部屋からどたばたと荷造りする音が聞こえる。
「ああ。お嬢ちゃんの悪女っぷりのお陰でな。」
「おかしなミストを感じたから気になったの。」
噛み合ない会話にバルフレアはまたもや顔を手で覆ってしまう。
フランは自分が戻って来た方向を見て、目を細めている。
自慢の相棒は”おかしなミスト”を感じると、
どうしても気持ちがそちらに流れてしまうのだ。
「悪いが、今はそれに構っている暇はない。」
「シュトラールはいつでも飛べる様にしているわ。でも…領空は封鎖されているでしょうね。」
「ああ。なるべく穏便に出て行きたいんだがな。」
「バルフレア、地下が嫌なんでしょ?」
いつの間にか二人の会話に割り込んだパンネロがからかう様に言う。
見ると、パンネロは荷物を小さな革の鞄にまとめ、肩から斜めにかけている。
おみやげで怒られたのが効いたのか、だいぶ身軽にしたようだ。
丈夫そうな帆布で作られた鞄はバルフレアの選んだドレスには不釣り合いだった。
それよりも優雅な帝国風のドレスに不似合いなのは、
鞄と反対側の肩に掛けられていた弓矢だ。
「空がだめなら地下しかないでしょ?大丈夫!私、ちゃんと道、覚えてるもの。」
「地下ではバッシュが待ち伏せしている。どうせ大立ち回りをやるなら、空の方がいい。」
「地下がいいわ。」
天からの声に、にらみ合っていたバルフレアとパンネロ、同時にフランを見上げる。
「おかしなミストはソーヘンからだった。」
「だから、それは…」
「誰かの振動と良く似ているミストだったわ。」
パンネロははっと息を飲む。
「…ヴァンなの?」
フランは静かに頭を横に振る。
「いいえ、女性よ。前に一度感じた事があるけど…誰だったか分からないの。」
パンネロは小さく”そう…”と呟いて俯いてしまう。
(ヴァンのバカ野郎が近くまで来てるかもってだけで、あっという間に元通りか。)
しょんぼりと肩を落とし、勇んで掛けてあった弓は肩から滑り落ちそうだ。
さっきまであんなに元気だったのに。
バルフレア、今度は少々乱暴にパンネロの頭に手を置く。
驚いてバルフレアを見上げるパンネロ。
「落ち込んでる暇はないぜ。なにしろ、お客さま扱いってワケにはいかなくなったからな。」
パンネロはバルフレアの言っている意味が分からず、ぱちぱちとまつ毛を瞬かせた。
「地下から行くの。後方はよろしくね。」
フランの言葉で、漸くバルフレアが言わんとしている事を察し、ずり落ちていた弓を肩にかけ直した。
そして、とびきりの笑顔で、
「うん、任せて!」

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