オペラ座の空賊(FF12)

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玄関のホールに足を踏み入れると、ヴァンはあんぐりと大きな口を開け、高い天井を見上げている。
「何やってるの、お上りさん。」
アーシェの声にヴァンは照れくさそうに笑う。
「学校の先生はこんな所で大きな口を開けっ放しにしないわよ。」
「ごめん。なんか、すげぇ建物だなって。」
「そうね。ここの博物館の規模はイヴァリース1だから。」
「へぇ~。すげぇな!今度、パンネロも連れて来てやろう!」
「そうね、きっと喜ぶわ。」
ヴァンと同じように、建物の規模に驚いている子供達を連れて宝石の展示室に向かう。
「狙うならやっぱり夜だな。」
周りに聴こえない様に小声で話す。
「そうね。どうやって盗むか、考えてる?」
ヴァンは頭を横に振る。
「本当に、行き当たりばったりなんだから。」
「しょうがねぇだろ、急だったし。見取り図も何も手に入れる暇、なかったし。だからこうやって見に来てるんだろ。」
ヴァンの愚痴にアーシェは耳を貸さない。
「まず鍵を手に入れましょう。」
「え?」
「こう見えて、結構警備が厳重よ。そう簡単に入らせてはくれないわ。」
「警備兵から?でも、鍵がなくなってたらすぐにバレちまうだろ?」
「そこを上手くやるのよ。うまくかすめ取って、その場で型を取って戻せばバレないでしょ?」
「難しそうだな。」
「息の合った相棒がいればどうってことはないわ。」
アーシェはバッグの口を小さく開いて、型取りをする為の粘土が入ったケースをヴァンに渡した。
「…いつの間に用意したんだよ。」
「今から泥棒に入ろうとしているよの。持っていて当然でしょ。ほら、あれがそうよ。」
アーシェが指差した先にガラスケースがあった。
この博物館の目玉らしく、周りには幾重にも人だかりが出来ていた。
ヴァンが肩越しに覗き込むと、ライトの光を受けて目映く光る首飾りがあった。
ハート型にカットされた青い石の表面は複雑なカッティングがされており、その周りを透明の石が何重にも縁取られている。
チェーンの部分までが青い石のビーズで出来ており、レースのように華やかに編み上げられている。
不意にヴァンの鞄の中でカタカタという音がした。ヴァンは慌てて鞄を押さえる。
「何の音?」
アーシェが小声で尋ねる。
「分かんねぇ!多分…」
アーシェは慌てて大きな柱の影にヴァンを引っ張って行く。その間もカタカタという音は止まらない。
鞄を開けて、中を覗き込むと、女王を宿した剣の鍔が鳴っている。
「どうして…?」
ヴァンはじっと剣を見つめる。
「……偽物だって言ってる。」
「なんですって!?」
二人は驚いてケースの方を見る。
「…どうして偽物なんか…だって、ここは…」
「バッシュだ。」
「え?」
「ごめん。ソーヘンから逃げる時、手紙落とした。」
「あ…。」
伝えたい事がヴァンに通じたと分かったのか、剣の鍔はいつの間にか鳴り止んでいた。
(せっかくここまで来たのに…)
沈黙が重苦しい。
「心配すんなって!」
ヴァンはアーシェを励ます。
「簡単な話さ。持ってるのはバッシュだ。バッシュの所へ行けばいい。」
「どうやって?」
ヴァンはアーシェに耳打ちをする。
「でも!それは…」
「時間がないんだ。バッシュの居場所を探すより連れて行ってもらうんだ。」
「でも、バッシュの所に連れて行かれるかどうかは分からないわ。」
「大丈夫だって。バッシュは俺達がここに居る理由を知っている。騒ぎを大きくしないために俺を呼び寄せる。」
アーシェは納得がいかないのか、返事もせず俯いてしまう。
「アーシェ、怖がらなくてもいい。俺達は首飾りを手に入れて、ラバナスタに帰る。二人一緒だ。」
「……本当に?」
漸く顔を上げたアーシェの目を真っ直ぐに見て、ヴァンは頷いた。
アーシェはまだ躊躇っていたが、
「約束だよ?」
と言って、手の甲を差し出す。
ヴァンはアーシェの手の甲に、自分の手の甲をコツンと合わせる。
二人の間で、これは約束の印になっていた。
「約束、な?」
ヴァンは落ち着きを取り戻したアーシェに笑いかけると、
「よし。じゃあ、鍵を盗むか。」
「え?」
「アーシェが準備してくれただろ?それで夜、ここに忍び込む。」
さっき耳打ちされたヴァンの計画だと、もう鍵は必要ないはずだが。
ヴァンはアーシェの考えている事を察したのか、
「いくら自分から捕まるって言ったって、入り口で捕まったらチンピラ扱いで下手したらその場で釈放だろ?」
“捕まる”という言葉にアーシェは眉を顰める。
「そんな顔すんなよ。アーシェだって、俺を牢に放り込んだろ?」
「今と状況が違うでしょ?」
「大丈夫。抜け出す方法なら、ちゃんと考えてるさ。」
アーシェは半信半疑だが、他に首飾りを手に入れる方法を思い付かない。時間がないのだ。
「…私が鍵を持った警備兵の気を惹くから、その隙に。」
「分かった。」
アーシェは手順を説明すると、
「うまくやるのよ。うっかり名前を呼んだりしたら承知しないから。」
「そっちこそ。」
アーシェが先に立って展示室に入る。
あちこちに散らばっていた子供達を纏めながら注意深く周りを見回した。
さすがに博物館だけあって、厳めしい鎧姿の帝国兵は居らず、軽装の兵士がちらほらと見えるだけだ。
しかし目を凝らすと、軽装のようでいて兵士達は物陰にさりげなく剣を隠しているようだし、胸元には短銃も忍ばせているようだ。
自ら捕まると宣言したヴァンが撃たれたりしないか心配だったが、そう決めたのはヴァン自身だ。
アーシェも覚悟を決め、改めて兵士達の様子を伺う。
見ると、丁度交代の時間なのか、一人の兵士が敬礼をし、もう一人の兵士に何かを渡している。
(…あれね。)
アーシェは少し離れた所に居るヴァンに目配せをし、子供達を誘導しながらその兵士に近付く。
一方ヴァンは、固唾を呑んで見守る。
不意にアーシェが膝をつき、そのまま床に倒れ伏した。
子供達が口々に”アマリア”の名を呼び、倒れた周りに集まる。
傍に立っていた兵士も驚き、アーシェを助け起こそうとするが子供達が邪魔で近付けない。
「アー…マリア!」
ヴァンが叫んで駆け寄ると子供達が一斉に道を開き、その輪の中にヴァンを招き入れる。
ヴァンはアーシェを助け起こし、
「悪い!手を貸してくれないか?」
傍で呆然としている兵士は慌てて屈んでアーシェの顔を覗きこんだ。
その隙にヴァンは素早く兵士の腰の小さなポーチの釦を外し、鍵を抜き取った。
「いつもの貧血なんだ…薬を…悪い、支えてやってくれないか?」
「分かった。」
兵士は気さくに頷くと、アーシェの背に手を回して支えてやる。
まだ若く、人の良い兵士のようで、心配そうにアーシェの顔を見つめている。
その隙にヴァンは薬を探すフリをしてアーシェに渡された型に鍵を押し付けて型取りをした。そして、水の入った瓶を取り出し、
「アー…~~~マリア、薬だ。」
と、アーシェの口元に運ぶ。
アーシェは大人しくそれを一口飲み、気怠そうに目を開き、そして目の合った兵士ににっこりと微笑んだ。
兵士がその笑顔に惚けている間にヴァンは鍵を元に戻す。
「ありがとうございました、人が多くて気分が少し…」
「医務室に行かれますか?」
兵士はアーシェの手を取って立たせてくれた。
騙した事に罪悪感を覚えつつもアーシェはは大丈夫です、と微笑みを返す。
「ご親切にありがとうございました。」
兵士はアーシェに軽く敬礼をすると、持ち場に戻って行った。
アーシェも会釈をし、ヴァンも一緒に頭を下げた。が、背を向けた途端、
「おい、ちょっと待ってくれないか?」
二人はぎくり、と足と止める。兵士が二人に歩み寄る。
「な…何か?」
アーシェはぎこちない笑顔で尋ねる。
「いや…あんた、ダルマスカの女王によく似てると思ってね。」
驚いて何かを口走ろうとするヴァンをアーシェは慌てて制して、
「光栄ですわ!陛下は救国の名君であらせられますもの。」
「女王もきれいな方だが、あんたも美人だ。そこを出た階段を降りた所にベンチがある。そこで少し休んで行くと良い。」
二人は礼を言うと、子供達を連れてそそくさと展示室を後にした。
展示室を出た途端、ヴァンが吹き出した。
「…うるさいわね。」
「だって…アーシェ…自分のこと…」
ヴァンは笑いを堪えるのに必死なようだ。
「なによ、ヴァンだって。」
「なんだよ。」
「何度も名前、呼び間違えそうになってたでしょ。それで怪しまれたかと思ったのよ。」
「あれくらいで分かりっこないって。とにかく…」
ヴァンは満足げに鞄をぽん、と叩く。
「後は夜を待つだけだな。」

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