オペラ座の空賊(FF12)

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(ったく、とんだ所で鉢合わせだ。)
ともすれば立ち止まってしまいそうなパンネロの手を引き、 走りながらバルフレアは愚痴る。
「バルフレア……ヴァンが…アーシェが…」
「心配しなくていい。もう勝負はついてた。」
「でも…」
バルフレアはパンネロが泣き声なのに気付いて、足を止めた。
目をまっ赤にしているパンネロに途方に暮れてしまう。
「おい、フラン、なんとか言ってやってくれ。」
そもそもフランが気になるミストを感じたと言い出した事が原因なわけで。
気配を辿って来て、後からついて来てみれば、 ヴァンとアーシェが戦っている最中だったのだ。
「アーシェが危ないから、放っておけなかったのはあなたでしょう?」
確かに黙って立ち去れば気付かれなかった。
だが、身体が勝手に動いたのだから仕方がない。
「バルフレアも、アーシェが心配だったんでしょ?」
ベソをかきながらも女の子は逞しい。
すん、と鼻を鳴らしながらも、パンネロはこういう所は見逃さない。
「女性陣はマイペースで羨ましいぜ。」
バルフレアはものスゴい疲労感を感じて、精一杯の皮肉を言ってみる。
もちろん、通じはしないが。
「誰か来るわ。」
「どぉせ将軍様だろ。」
ガチャガチャの鎧の音を響かせてバッシュが走って来た。
「やっと追いついたな。」
「小父さま…」
バッシュは泣きはらした目のパンネロを見て、驚いて歩み寄る。
「どうした?何があった?」
バッシュは身体を屈め、パンネロに優しく尋ねる。
「言っておくが、俺がいじめたんじゃないぜ。」
横でまたバルフレアが愚痴る。
「この奥で、ヴァンとアーシェが…」
「陛下が?何故このような所へ?」
「お願い…二人を助けて。」
「分かった。だが、その前に一つ聞きたい。」
バッシュは立ち上がって、バルフレアとフランを睨んだ。
「君たちはヴァンと陛下を置いて来たのか?」
「小父さま、違うの。」
パンネロは慌ててバッシュとバルフレアの間に割って入った。
「違うの!私…今、ヴァンと会いたくないの!バルフレアとフランはそれで…」
バッシュは困った様にパンネロを見る。
「今回の事は、ちゃんと後でご説明します。罰も受けます!
だから、お願い…二人を助けて。」
バッシュは大きなため息を吐いた。
「聞きたい事は山ほどあるが、今は君の言う通りにしよう。」
「小父さま…」
パンネロはほっと胸をなで下ろす。
「君の願いはラーサー様の願いでもある。」
「私…落ち着いたら、すぐにお手紙します!」
「それがいいな。」
バッシュはパンネロに笑いかけると、
「どこに行っても、すぐに見つかる事を覚えておくんだな。」
と、バルフレアに釘を刺しておいてから、奥の広間に向かって走り出した。
「仕事熱心なことで。」
「パンネロ、行きましょう。」
頼もし気にバッシュの後ろ姿を見送るパンネロに、フランが声を掛ける。
「うん。」
バッシュが向かった事で安心したのか、 パンネロはすっかり明るさを取り戻したようだ。
(ふさぎ込んでたかと思うとはしゃぎ出して、女の子は忙しいな。)
フランにラーサーに書くお手紙の事をお喋りしている。
二人を連れて、今度はどこへ姿を隠すかバルフレアは頭を巡らせる。
が、すぐにどこへ行っても同じな事に気付き、
(だったら、旨いもんでも喰いに行くか。)
そして、一度だけ後ろを振り返ったが、
(柄でもないか…)
そして、己の想いを断ち切る様に、また前を向いて歩き出した。
**************
話を少し戻して。
3人が立ち去った後を呆然と見送るアーシェの傍らで、
“お……の……れぇ……”
うずくまった女の傍に、ヴァンが歩み寄る。
とどめを刺そうと、ゆっくりと剣を振り上げた。
「陛下!」
声のした方を見ると、バッシュが広間の入り口に立っていた。
“陛……下……?”
女は絞り出す様な声で言うと、
“貴様がアルケイディアスの皇帝か!”
帝国の鎧を身に纏った騎士がアーシェを陛下と呼んだ事に、何故か激昂したようだ。
女は腰の短剣を抜くと、アーシェに飛びかかり、 その胸に深々と短剣を突き刺した。
「アーシェ!!」
「陛下!」
飛びかかって来た女の蒼い瞳に、アーシェの視線は吸い込まれるように釘付けになった。
その瞬間、女の記憶が一度に流れ込んで来た。
(あれは……)
短剣が突き刺さった所は焼きごてを押し付けられたかの様に熱く、 その熱のせいで身体中の細胞という細胞が混乱し、 立っていることも、呼吸することすらも出来ない。
だが、意識はどこか醒めていて、アーシェは呆然と女を見つめ返した。
ヴァンはすぐに女をアーシェから引き剥がして抱え、 転がる様にして広間を飛び出した。
「バッシュ!剣を抜く!血を止めてくれ!」
「分かった。」
ヴァンは短剣の柄を掴むと、
「アーシェ、剣を抜く。」
アーシェが微かに頷いたのを見て、ヴァンは剣を一気に引き抜いた。
アーシェの顔が痛みに歪み、大きくのけぞる。
血が噴き出す前に、バッシュが血止めをし、すぐに回復魔法をかけた。
傷口は見る見る内に回復し、呼吸も落ち着いて来たのを見て、 ヴァンは胸を撫で下ろす。
ヴァンはアーシェに持たせていた鞄から水を入れた革袋を取り出すと、 栓を取り、口に含ませてやった。
アーシェは差し出された水を一口のみ、咳き込んだ。
「アーシェ…」
「大丈夫……これくらいのケガ、今まで何度もしてきたじゃない…私が油断したからよ。それより…」
言いかけて、刺された時の出血が喉に詰まったのか、また激しく咳き込んだ。
落ち着くと、大きく息を吐き、オロオロするヴァンに微笑む。
「ヴァン……あの女と戦ってはいけません…」
「はぁ?何言ってんだよ!アーシェにケガさせたんだぞ!」
「あれは…私と同じ…帝国に国を滅ぼされた…」
ヴァンとバッシュは思わず顔を見合わせた。
「陛下、何故そうのような…」
「刺された時、彼女の記憶と感情を垣間みました。」
ヴァンは思わず後ろを振り返った。
女は部屋を出られないのか、広間の入り口に倒れふしながらもこちらを睨み、 凄まじい怨嗟の念を送って来ている。
恐ろしい形相にゾッとする。
あれがアーシェと同じとはどうしても思えない。
思いたくもない。
もう一度アーシェに視線を戻す。
アーシェもヴァンの気持ちを察したのか、
「私と同じ…ということは、あなたと同じでもあるのよ。大切な物を奪われた…可哀想な…」
「でも…!戦うなって、どうすりゃいいんだよ!このまま放っておくのか!?」
アーシェは身体を起こし、静かに首を横に振る。
「救って……あげて。あなたなら、出来るから。言ったでしょ?私と同じ物を見て、感じたって。だから分かるはず。」
いくら魔法や回復薬があっても、深手を負った後のダメージはなかなか抜けない。
そんな状態なのに、自分を傷付けた魔物を助けるどころか、救ってやれとは。
「バッシュ、アーシェを頼む。」
そう言いつつも気が乗らないのか、ヴァンはのろのろと立ち上がる。
「どうすればいいんだよ……」
「どうしたいのか、聞いてあげるの。それで…その通りにしてあげるの。」
「話を聞くったって……」
ヴァンはおそるおそる、広間の入り口に近付く。
女は恐ろしい形相でヴァンを威嚇する。
思わず剣に手をかけるが、
「ヴァン、相手を攻撃しないという意思を伝えるなら、剣を抜いてはいけない。」
「そんなこと言ったって、あいつ、おっかねーし。」
「君が一番怖いのは、モンスターではないはずだが。」
バッシュの言葉の意味が分からず、きょとんとしていたヴァンだが、
「…………それもそうだな。」
と、抜きかけた剣を鞘に収めた。
アーシェがコホン、と咳払いをし、バッシュは慌てて頭を下げた。
「失言でした。」
「よろしい。」
ヴァンは思い切って広間に足を踏み入れた。
女は最後の気力をふり絞り氷弾を放つ。
「うわっ!」
ヴァンはそれを避け、広間を逃げ惑う。
「これでどーやって話を聞くんだよ!」
叫んでみても、逃げる合間に広間の奥に追い込まれてしまい、 ヴァンの声はバッシュやアーシェには届かない。
目の前に壁が迫っているのに、四方から氷弾が迫る。
もう逃げ場がない。
ヴァンは思わず短剣を抜き、目の前に迫った氷塊を砕いた。
至近距離で砕いたため、砕かれた氷の破片ばヴァンに降り注ぎ、 その欠片の一つがヴァンの左目に飛び込んで来た。
「いてっ!」
ヴァンが思わず目を閉じると、兄が居たあの白い部屋が目蓋に浮かんだ。
だが、その部屋に居たのは、
(あの女だ……)
残りの氷弾が次々とヴァンを直撃し、ヴァンは吹っ飛ばされ、 壁に叩き付けられて床に崩れ落ちた。
痛みで意識が遠くなりかけた所で、アーシェの言わんとした事を漸く理解した。
(そっか……)
豪奢な部屋に土足で踏み込んで来た兵士達に幽閉された姿が見えた。
おそらく、女の記憶だろう。
そして、その姿が亡き兄と重なったのだ。
ヴァンはゆっくりと立ち上がった。痛みで頭がクラクラしたが、歯を食いしばる。
女に歩み寄りながら剣を抜き、それを床に置いた。
女はもう虫の息だった。
ヴァンは女の傍らに屈み、青い血を流しているその目に手をかざし、回復魔法を唱えた。
「あんたもさ…復讐するつもりでここに来たのか?」
女はじっとヴァンを見据える。ヴァンの行動が理解出来ないようだ。
「俺もアーシェもそうだったから…さ。だからあんたの気持ち、分かるよ。俺は空賊だけど、大事な物に王様とか、そんなの関係ないだろ。」
“ 復讐…? ”
「違うのか?」
“ 分からない…もうずっとこの場に捕われていた…どうしてここに居たのかも忘れてしまうほど… ”
ヴァンは女を抱き起こし、自らが切り落とした左肩に手をかざし、 回復魔法を唱える。
「さっきはごめんな。さすがに腕は……ごめん。」
女は静かに頭を振った。
怨嗟の念はいつの間にか消え去っていた。
“ どのみち、もう長くはない…私はここで朽ちる。 ”
(そんな……)
抱いている身体は氷そのもので、硬く冷たかった肌だが、 それがどんどんと緩んで溶けて行く。
たとえ悪霊だとしても、ヴァンは自分やアーシェと同じ悲しみを抱いた者の命が
目の前で消えて行こうとするのを黙って見ていられなかった。
「俺と一緒に来いよ!俺が思い出させてやるから!憎しみだけじゃ前に進むことが出来ない!あんたは死んでるんじゃない、形を変えただけだ。このまま消えちゃだめだ!」
女が静かに笑ったように見えた。
“ ここからは出られない… ”
「どうすれば出られる。俺が出してやるから。」
諦めるかと思っていたヴァンが食い下がるのに、女は面食らったようだが、
“ お前と同化すれば、出られるかもしれぬ… ”
「俺ぇ?」
ヴァンは素っ頓狂な声を上げる。
「お…俺はいいけど、俺、男だぞ?お前、困らないか?」
うろたえるヴァンを横目に、女はヴァンが置いて来た剣を指差し、
“ あの剣で良い…… ”
「そっか!…って、お前、俺をからかっただろ?」
女は静かに目を閉じた。
そして、もう一度ゆっくりと目を開く。
アーシェが恐れた、あの恐ろしい瞳ではなくなっていた。
白目にくっきりとしたコントラストの蒼い瞳、 その中心には更に深い藍色の瞳孔が優しくヴァンを見上げた。
吸い込まれそうな美しいその瞳に、ヴァンは釘付けになる。
が、その目はすぐに閉じられ、身体はヴァンの腕の中で溶けてなくなってしまった。
ヴァンが驚いて剣を見ると、アーシェの胸を差したあの短剣と
よく似た意匠の2本の短剣が暗闇の中で青白く光っていた。
ヴァンは立ち上がり、剣を手に取った。
軽く振ると、剣の軌道にキラキラとした氷の膜がふわりと広がった。
「すげぇ…!」
ヴァンは剣に向かって、”ありがとな”と小さく呟くと、それを鞘に収めた。
広間を出ると、何故か不機嫌そうなアーシェが出立の支度をしている。
「……何怒ってんだよ。」
さすがのヴァンでも機嫌の悪さが分かる程、その動作は乱暴だ。
「なんだよ、お前が話を聞けって言うから聞いてきたんだろ!」
「聞いてあげても、一緒に連れて行きましょうなんて言ってないでしょ?」
アーシェの剣幕に、ヴァンは目を丸くする。
しかし、ここまで言われて原因が分からないのがヴァンなわけで。
横で見ているバッシュは、
(ヴァンはバルフレアとは別な意味で女泣かせになるかもしれんな。)
「いい?彼女は昔帝国に滅ばされた国の女王で、その証を帝国に奪われたの!私たちが今から盗みに行く首飾りはその女王の物なのよ。後でバルフレアに渡さなきゃいけないのに…一体、どうするつもり!?」
“盗みに行く”などと物騒な言葉に、さすがに聞き捨てならないと アーシェの言葉に口を挟もうとするバッシュだが、 すっかり冠を曲げているアーシェにそれが出来るはずもなく。
「そうなのか?」
「そうよ!」
「だって、アーシェ、そこまで言わなかっただろ?」
「モブハントのチラシをちゃんと見たでしょ?当然分かってると思うけど?」
ヴァン、”へぇ~”と感心したように剣をまじまじと見つめ、語りかけた。
「盗んだら、後で返すからちょっと貸してくれよな。」
「貸し借りで済む問題なの?」
「バルフレアは女に甘いから大丈夫さ。女王、キレイだったし。な?」
「まぁ。」
さすがのアーシェも呆気にとられ、二の句が継げないようだ。
バルフレアの名を口にし、ヴァンはふとある事に気が付いた。
「アーシェ、バルフレアからの手紙、持ってるか?」
「持ってるけど…今頃、何?」
「見せてくれ。」
渡された手紙はヴァンがくしゃくしゃにしたけど、 きれいに伸ばし、折り畳まれていた。
それを広げ、もう一度読む。
「これ、バルフレアの字じゃない。」
「…え?」
「フランだ。」
さすがにこれ以上黙ってはいられない、とバッシュが問いかける。
「陛下、これは一体……」
ここでヴァンとアーシェは、やっとバッシュの存在と自分たちの状況を思い出した。
「やべっ!アーシェ、逃げるぞ!」
「待つんだ、ヴァン!」
「女王、頼む!」
ヴァンは剣を抜き、それを横に払うと氷の膜が瞬く間に壁となってバッシュを阻んだ。
「陛下!」
叫んだ声は氷壁の向こうを駈けて行くアーシェには届かない。
バッシュはため息を吐き、その姿を見送った。
見ると、逃げる時にヴァンが落としたのだろう手紙が落ちている。
バッシュはそれを拾い上げて目を通し、
「…そういう事か。」
何一つ思うままにならない幼い主君のためとは言え、
「損な役回りだな。」
と、板挟みな自分の立場をぼやき、もう一度大きなため息を吐いた。

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