オペラ座の空賊(FF12)

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あの騒ぎから1週間。
バルフレアとフランはパンネロを連れて帝都アルケイディアスを訪れていた。
隠れ家にして潜んでいるのは旧市街の酒場の屋根裏だ。
屋根裏だが、丸い小窓があり、そこからは大樹の様な建設物が並ぶ帝都が一望出来る。
最初はパンネロの気晴らしになるのではと、フォーン海岸に連れて行ったたのだが、 人と情報の交流が盛んな土地のため、
「ヒュムが多い所の方が見つかりにくいわ。」
というフランの意見に従い、隠れ家を移ったのだ。
「フラン。」
窓から外を眺めていたフランにバルフレアが声を掛ける。
「お嬢ちゃんと出かけて来る。」
バルフレアとしてはあまり帝都をうろつきたくはないのだが、 ふさぎ込んでいるパンネロを放ってはおけない。
「いいの?」
「狭い部屋に閉じ込めてちゃかわいそうだろ。」
なるべく目を合わせない様にして答えたのだが、 問いかける様なフランの視線を背中に感じて、
「”いい子”ってのは結構大変なんだ。自分でも気付かない間に、周りの期待に応えようとする。」
「そうして、自分を忘れそうになるのね。」
バルフレアは思わず顔を上げてフランを見つめ返す。
フランはいつもの様に表情を変えず、窓の傍にある小さな椅子に腰掛け、 じっとバルフレアを見つめている。
「……らしいな。」
バルフレアは踵を返すと、奥の部屋に居るパンネロに
出かける支度をする様に声を掛けた。
「”上”に出かけるぞ、お嬢ちゃん。」
パンネロがドアから顔を出す。
「何処へ行くの?」
「何処でもいいさ。閉じこもってると身体が錆び付く。」
「フランは?」
「私はいいの。」
パンネロは少し考え、
「うん、すぐ支度する。」
**************
旧市街から帝都への長い長い橋を渡る間、 パンネロは黙ってバルフレアの後をついて来るだけだった。
バルフレアが贈った白いドレスを着て、 髪も帝国風に緩く結い上げたパンネロはいつもより大人びて見えた。
憂いをおびて、伏せられた瞳も悪くはない。
(悪くはない、が……)
ぼんやりとして、心ここにあらずなパンネロは、萎れてしまった花のようだ。
(さて、どこに連れて行けば元気になるかねぇ。)
その時、家族連れが二人を追い越して行った。その先には、
(博物館か…)
幼い頃、父や兄達に連れられてよく行ったものだ。
(…子供が喜びそうだな…)
気晴らしには良いだろう、とバルフレアが先に立って中に入ると、パンネロも続く。
明るい屋外から石造りの建物の中に入り、一瞬目が眩む。
だが、薄暗がりに慣れ、視界がはっきりしてくると、
「わぁ…!すごい…」
パンネロが小さく声を上げる。
正面には大理石の階段があり、それは踊り場で左右に分かれていて、 その踊り場には歴代皇帝の肖像画が飾られていた。
その中にはもちろん、現皇帝の物があり、
「見て!ラーサー様!」
はしゃぎだしたパンネロに、バルフレアは自分の選択が 間違っていなかった事にホッとする。
辺りを見回すと、天井は遥か高い所にあり、 帝国の歴史を表した天井画がはめ込まれている。
「アルケイディア帝国博物館だ。あちこちの国から分捕って来た物や 物好きな金持ちが寄贈した収蔵品が展示してある。」
「とても広いのね!」
「イヴァリース最大だろうな。全部観て回るとなると、一日じゃとても無理だな。」
「素敵!何が展示されてるの?」
「イヴァリース中の美術品、遺跡、標本、なんでもござれさ。つまり…」
バルフレア、ここで片目を瞑って見せる。
「お宝の山って事だ。」
パンネロも肩を竦めて一緒に笑う。
「もう!こんな所でそんな冗談…」
「そうだな。だが、こういう場所を狙うのは俺らしくない。」
確かに、とパンネロが頷く。
「西館から行くか。宝石の展示室がある。女の子なら好きだろ?」
先に立って歩くバルフレアの背中にパンネロが元気一杯に答える。
「私、武器の方がいいな。」
「勘弁してくれ。お嬢ちゃんらしく、耳飾りでも眺めててくれ。」
「私、お嬢ちゃんじゃないわ。」
バルフレアは思わず足を止めて振り返る。
パンネロがぎゅっと唇を噛んで、不満そうにバルフレアを見上げている。
バルフレアは小さく頭を振ると、
「分かった。じゃあ、俺の事も”バルフレア”だ。いいな?”パンネロ”。」
「いいわ、”バルフレア”。」
そして、二人同時に吹き出す。
「まだ少し固いな。」
「お互いにね。」
「すぐ慣れるさ。」
そんな軽口を叩き合いながら、回廊を抜けて展示室に入る。
宝石の展示室は照明を落とされ、壁も黒くて薄暗い。
分厚いガラスの向こう側に展示されている宝石や、 宝石の原石にだけ煌煌としたライトが当てられている。
(まるで洞窟の中で色んなクリスタルが光っているみたい…)
パンネロの拳ほどある大きな原石から、 色とりどりの宝石が散りばめられた金細工などを見て回る。
さすがイヴァリース最大を謳うだけあって、豪華な展示だ。
「わ、きれい…」
パンネロが足を止めたのは古代の女王の首飾りだ。
背後からバルフレアが覗き込む。
「あぁ、『女王の凍てつく涙』だな。この博物館の中で一番デカいヤツだ。細工が変わってるだろ?この時代独特の物だ。」
「詳しいのね。」
幼い頃に同じ様な会話を父としたから、とは言わず。
「お宝の事ならな。気に入ったのか?」
「うん…とてもきれい…ねぇ、空賊なら欲しいって思ったら盗んじゃうの?」
「まぁ…そうだな。」
「どうやって?」
「後学の為か?」
バルフレアは俺の場合なら…と前置きをして手順を話す。
「まず鍵を手に入れる。こう見えて警備が厳重だからな。そう簡単に入らせてはくれないさ。」
「警備兵から?でも、鍵がなくなってたら、すぐにバレちゃわない?」
「そこを上手くやるのさ。うまくかすめ取って、その場で型を取って戻せばバレない。」
「難しそう。」
「息の合った相棒がいれば、どうってことはないさ。」
バルフレアは侵入と逃走路の確保、必要な道具、資材の手配を説明してくれる。
そんな話から、展示品のエピソードや歴史の話をしてくれた。
話題が豊富で、聞いていて飽きない。
(…ヴァンと違うんだな。)
「どうした?」
「ううん…バルフレアって色んな事知ってるのね。空賊には必要なの?」
「どうだろうな…例えばさっきの首飾りだ。あれは帝国に滅ぼされた、 北の小さな国の女王の持ち物だったんだ。あの首飾りが王家の証だから、 女王は必死で渡すまいとしたんだ。それで、高い塔に幽閉されて一生を終えた。」
「ひどい。」
パンネロが眉を寄せる。
女王と聞いて、寒々しい牢屋の様な部屋に閉じ込められたアーシェが思い浮かんだのだ。
「心配しなくてもいい。俺達の女王様は大人しく幽閉なんかされないさ。」
パンネロは驚いて顔を上げる。
「どうして私が考えている事が分かったの?」
「その顔を見ればな。大丈夫さ、何かあっても お人好しのヒヨッコ空賊がすぐに駆けつけるだろ?」
バルフレアはパンネロの頭に手を載せ、ぽん、と叩いてやる。
「うん…そうだね、そうだよね。」
自分に言い聞かせる様にして、パンネロは何度も頷く。
「ま、それ以来、この首飾りの持ち主は必ず不幸に見舞われるようになったってわけさ。女王の恨みとか、怨念とか…そういう話を聞くと、手に入れたくなるだろ?」
「”俺はそんな物に負けない”って証明するため?」
「そんな所だ。」
なるほど…とパンネロは納得する。
と、なるとヴァンの欲しい物とはなんだろう?
暁の断片を盗んだ時も、それが何か分からず盗んだ節がある。
「違うわ。」
パンネロは思わず声に出してしまった。
「ヴァンだけじゃないわ…私…私が欲しい物って…」
ヴァンが放っておけないから、ヴァンと一緒に居たいから空賊になった。
「私…私が欲しい物が分からないの。おかしいよね、自分のことなのに。」
バルフレアは黙ってパンネロを見つめる。
漸くフランの言わんとする事が分かった気がした。
(確かに…危なっかしいな。)
泣き出しそうな顔で俯いてしまったパンネロの肩を叩いた。
「その内、見つかるさ。」
「……ありがとう。」
「お嬢ちゃんに礼を言われるとは、空賊風情にはもったいないな。」
健気にも笑おうとするパンネロが痛々しくて、なんとか気持ちを反らせようと、 バルフレアはわざと軽口を叩く。
「”パンネロ”。」
「失礼。パンネロに、だな。」
パンネロが笑う。さっきの様に無理して作った笑顔ではない。
どうやら、企みは成功したようだ。
「イイ顔だ、パンネロ。こんな所で泣かれちゃ、俺がいじめたと思われる。」
「ありがとう。」
いつもの調子で、食って掛かって来ると思っていたバルフレアが
面食らった様な顔をするのを、パンネロはおもしろそうに見つめる。
「これはね、おまじないなの。」
「からかわれた時に”ありがとう”って言うのがか?」
ううん、とパンネロが小さく首を横に振る。
「幸せになれるおまじないなの。」
パンネロの少女じみた発言に、バルフレアがうんざりした表情を見せる。
「本当だよ。」
「効果はあったのか?」
「とても。」
「どんな風に?」
パンネロはケースの中の女王の首飾りを見る。
「あのね、ラバナスタが戦争に負けた時、 私、両親もお兄ちゃんも、みんな死んじゃって、 一人ぼっちになったと思ったの。その時、ミゲロさんに教わったんだ。
“どんな事があっても、誰であっても、何を言われても 「ありがとう」って言いなさい”って。
“そうしたら、幸せになれるって。寂しくなんかなくなるよ。”って。
私、最初は信じなかったの。ミゲロさんのお店には 帝国の兵隊さんもたくさん来てたけど、 その人たちに”ありがとう”なんて言えない。言えるわけないって。」
複雑にカットされた宝石の表面にいびつにゆがんだ自分の顔が映っている。
あの時の自分も、きっとこんな顔をしていたんだろうな…とパンネロは思い出す。
「でもね、一度だけ試してみたの。だって、誰かを憎んだり寂しかったりはイヤだもの。だからお店のお客さんに。帝国の兵隊さんだった。”ありがとう”って。お客さんだから仕方がないって自分に言い聞かせながら言ったの。そしたらね、その人、次に日も来てくれたんだよ。」
バルフレアは黙って話を聞いている。
なんでこんな話になっちまったんだ、と自分をのろいながら。
「毎日来てくれたんだ、そのお客さん。私くらいの娘が居るって言ってた。それでね、分かったの。私が今悲しいのはこの人たちのせいじゃないんだって。ほんの一部の人たちなんだって…… それから色んな人に言うようにしたの。そうしたらね……あれ?」
パンネロが話を止めたのは、バルフレアがあらぬ方向を向いて、しかめ面をしているからだ。
「バルフレアさん?」
バルフレア、慌ててパンネロを見る。
「”バルフレア”、だろ?」
「ごめんなさい。つまらない話だった?」
パンネロは首をすくめ、申し訳なさそうに謝る。
「いや…そうじゃない。」
パンネロの話に打ちのめされて、自分がちっぽけな人物に思えただけだ。
「お嬢ちゃんには敵わない、そう思っただけさ。」
「もう、バルフレアも間違ってる。」
パンネロの笑顔に救われた気持ちになる。
(やれやれ、どっちが面倒を見ているのやら…)
「ねぇ、バルフレア?」
隣の展示室に行こうとするバルフレアの後に続き、 パンネロはその背中に話しかける。
「バルフレアはアーシェが閉じ込められても助けに行かないの?」
「展示室でお喋りは感心しないな。」
「さっきはヴァンが助けに行く、みたいな事言ってたけど、バルフレアは行かないの?」
「ふさぎ込んでたかと思うとはしゃぎ出して、女の子は忙しいな。」
「オペラ座の抜け出すとき、アーシェにみつかっちゃったけど、いいの?」
「……勘弁してくれ。」
これだから子供は嫌なんだ…とぼやきながら、何故か今、この時間が心地よい。
そして、この健気でやっかいな少女を悩ませるヴァンにおもしろくない気分になる。
ふと、ある考えが浮かび、足を止めた。
振り向き、じっとパンネロを見つめる。
「どうしたの?」
「なんでもない。ほら、パンネロのご要望通り、中世の武器の展示室だ。」
歓声を上げて駆け出すパンネロの後ろ姿を見ながら、
「ただじゃあ、返せないな。」
と、バルフレアは小さく呟いた。

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