オペラ座の空賊(FF12)

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港町バーフォンハイムの朝は早い。
まだ暗いうちから船の汽笛が聞こえ、窓の下を行き交う人々の気配がする。
浅い眠りを漂っていたパンネロはすぐに目を覚ました。
もう一度眠ろうをしたが目がさえて出来ず、諦めてベッドから出た。
窓から港の様子を眺め、どうせ眠れないのなら散歩にでも出ようと服を着替え、横で眠っているフランを起こさないようにそっとドアを開けた。
「どこに行くの?」
ドアを開けた所で背後からフランに声を掛けられ、パンネロは驚いて振り返った。
「フラン…?」
「一人で出かけちゃだめよ。」
「うん…でも…」
口ごもるパンネロを、フランはベッドの上で手招く。
パンネロは渋々とベッドの傍らの椅子に腰掛けた。
「見張られてるから一人はだめって言われたでしょ?」
「うん…」
「ヴァンに会いに行こうとしたの?」
思いがけない事を言われて、パンネロは驚いて顔を上げた。
「フラン、ヴァンがどこに居るのか知っているの?」
フランは静かに顔を横に振る。
「でも、昨日の夜、バルフレアが言ってたわ。”誰かが手引きをしないとあそこに二人が居るのはおかしい”って。
手引きしたのはフランなの?」
「違うわ。あそこに二人が居たのは偶然ね。でも…」
フランはパンネロの目をまっすぐに見つめると、
「ヴァンに明日の夕暮れまでに砂段の丘に来るように手紙を書いたわ。」
フランの告白にパンネロは激しく混乱する。
「…どうして?東ダルマスカ砂漠で待ち合わせるのに、ヴァンがソーヘンに居たの?どうしてアーシェが一緒だったの?私を…」
パンネロはこくん、と息を飲み込んだ。
「私を、探しに来たんじゃないの…?」
パンネロの目にみるみる涙が溢れる。
「パンネロ。」
フランは泣き出しそうなパンネロをベッドの上から手招くと、優しく引き寄せた。
そして、自分の腕の中で小さくしゃくりを上げるパンネロに、ヴァンに”凍てつく女王の涙”を盗みに行かせ、それと引き換えにパンネロを渡すと、バルフレアの名を騙って手紙をアーシェに送った事を明かした。
偶然の再会の理由は分かったが、自分のためにヴァンや何故かアーシェまでが 危険を犯していると知り、パンネロはますます混乱する。
フランの意図が分からない。
「どうして…?」
「必要だと思ったからよ。」
短く答えるフランを、パンネロは目を丸くして見上げる。
フランはベッドサイドからタオルを取り、パンネロの涙と、ついでに鼻も拭ってやる。
「…ヴァンに?」
「パンネロ、あなたにもね。」
「私…?」
「あなた達二人、お互いがお互いを守り得るかどうか知りたかったの。」
「でも…でも!じゃあ、どうしてヴァンは危ないことで、私は…」
「ヴァンには試練、あなたには優しい時間が必要だったからよ。”寂しい”を知って、人は大人になるわ。ヴァンはあなたが居なくて “寂しい”という事を知らなければならない。あなたは”寂しい”を知って早く大人になりすぎたの。だから、子供の時のような優しい時間が必要だったのよ。」
パンネロは呆然とフランを見つめる。
フランも黙って見つめ返す。
長い沈黙の間に太陽が昇り、部屋に朝日が差し込む。
フランは立ち上がると、身支度を始めた。
それを眺めながらパンネロはぽつりと呟く。
「フランってすごいね。私達のこと、すごくよく分かってる。」
「あなた達二人が好きだからよ。」
「うん。」
頷いたパンネロだが、まだ表情は晴れない。
「もう一つ、聞いても良い?」
「なにかしら?」
「フラン、私、自分が欲しい物が分からないの。」
「そう?」
「ヴァンと一緒に居たくて空賊になったけど、私、空賊になりたかったのかな。」
「その答えならもう見つけたでしょ?」
フランはサラリと答える。
「何?私、いつ見つけたの?」
着替えを終え、鏡に向かって髪を梳かすフランの傍にパンネロは思わず走り寄る。
「バッシュの元から逃げるとき、”守られるのは嫌”って言ってたじゃない。」
鏡越しに優しく諭され、パンネロは思わずその場にへたり込んでしまった。
(…なぁんだ。)
ずっと悩んでいた答えは、とっくに自分の中にあったのだ。
驚くやら、おかしいやら。
フランは茫然自失のパンネロを立たせると、鏡台の前に座らせ、髪を梳かしてやる。
「…私がヴァンを守るの?守ってもらうんじゃなくて?」
「守る、という事は何も敵からばかりではないでしょ?」
パンネロは意味が分からず首を傾げる。
「歌と踊り。私達の中でそれが出来るのはあなただけよ。」
パンネロは思わず振り返ってフランを見る。
フランは優しくパンネロの顔を鏡の方に向き直させると、
「自信を持ちなさい。あなたはそれでヴァンの心を守るの。」
フランはパンネロの髪を結い上げてしまうと、
「バルフレアを起こして来てちょうだい。朝食にしましょう。」
何やら考えながら鏡に映った自分の顔をぼんやり見ていたパンネロは、フランの言葉に我に返り、弾かれた様に立ち上がった。
「フランってやっぱりすごい。」
「そう?」
「ありがとう。元気になった!」
パンネロはうれしそうに頷くと、バルフレアを起こす為に部屋を飛び出して行った。

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