オペラ座の空賊(FF12)

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東ダルマスカ砂漠の砂段の丘。
ヴァンが初めてモブを倒した場所にバルフレアとフラン、パンネロは来ていた。
朝食の席でここに連れて行って欲しいと二人に言われた時、バルフレアは文句も言わず、大人しくそれに従った。
居候が加わった3人所帯もいよいよ終わりなのだろうと漠然と感じていた。
パンネロは砂漠の熱で陽炎の様に揺らめく王宮を眺めると、隣のバルフレアに声を掛けた。
「ねぇ、バルフレア?」
「なんだ?」
「私…バルフレアといると、自分がお姫様になった気がするの。」
「そりゃ…光栄の至り、だな。」
なんとなく続きの言葉が読めてしまい、それがバルフレアを少しだけ憂鬱にした。
「でもね、ヴァンと一緒だと…本当の自分で居られるの。」
「なるほど。」
「ねぇ…どっちが幸せなのかな?」
「さぁな。そして俺は本当のお嬢ちゃんとやらと一緒に居られるヴァンに嫉妬するだけさ。」
パンネロは驚いてバルフレアを見上げる。
「置いていかれるのは俺の方なのに、どうしてお嬢ちゃんがそんな顔をするんだ?」
バルフレアはいつもの様にパンネロの頭にぽん、と手を置く。
「バルフレアはきっと、私がお婆ちゃんになっても”お嬢ちゃん”って呼ぶのね。」
「多分…な。」
それはそれで良いかもしれない。
パンネロもバルフレアには”お嬢ちゃん”と呼ばれる方がしっくりするのだ。
「ねぇ、バルフレアさん?」
パンネロもいつもの呼び方に戻す。
「なんだ?お姫様。」
「もし…私がマリアみたいに困っていたら、助けに来てくれる?」
「イヴァリースの端っこに居たとしても、すぐに駆けつけるさ。」
パンネロはホッとする。
「ありがとう。」
ヴァンの元に戻っても、バルフレアはバルフレアのままだ。
「来たわ。」
フランの声に、パンネロは思わず駆け出そうとして、砂塵を巻き上げて走って来るチョコボに乗っているのがヴァンでない事にすぐ気付きその場に立ち竦む。
バルフレアもフランとパンネロの様子を見て、おそらくヴァンが迎えに来るのだろうと予想していたが、やって来たのはチョコボに乗ったアーシェだった。
アーシェは3人の姿を見つけると、チョコボを降りた。
フランが気を利かせて、興味津々で目をキラキラさせているパンネロを誘って少し離れた所に移動する。
「どうして女王様がここに来たんだ?」
アーシェは黙って”凍てつく女王の涙”を差し出した。
バルフレアはケースを受け取り、中身を確認する。
「こいつはどうも。…で、ヴァンはどうした?」
大して興味もないのか、すぐにケースを閉じてしまう。
「私ね…ヴァンと一緒にこれを盗んで来たの。」
「…だろうな。」
パンネロと博物館で見た首飾りが何故ここにあるのか、なんとなく察したバルフレアが適当に相槌を打つ。
「楽しかったわ。私、空賊に向いてるらしいの。」
話したい事は別にあるのに、二人はそれを上手く言えなくて。
「前に旅をしている間、時々不思議に思ったの…
どうしてパンネロはヴァンの世話を焼きたがるのかしらって…。」
アーシェはヴァンの話ばかりをして、バルフレアはおもしろくない気持ちでそれを黙って聞いている。
「ヴァンは魅力的よ。構いたくなるの。」
「…それはそれは。」
「でも、何が起ころうと私の道が、あなたやヴァンと交わる事はないわ。
だからあの二人に幸せになってもらいたいって思ったの。」
「…弟達のために、お姉さんは大変だな。」
「お母さんって言ったら、怒るところだったわ。」
アーシェは可笑しそうに言う。
「俺はヴァンじゃないさ。」
「そうね。」
アーシェの軽やかな面持ちに、バルフレアはアーシェと一緒に旅をしたヴァンを羨ましく思う。
アーシェは様子を伺うフランとパンネロに歩み寄り、
「合格よ、フラン。」
バルフレアはぎょっとして相棒を見た。
「ヴァンはもう大丈夫。」
フランはアーシェの腰の女王の宿った剣を見る。
「女王の魂を鎮めたの?」
「私じゃないわ。ヴァンよ。」
フランは満足げに頷いた。
「あなたには酷な頼みだったわね。」
「ううん、楽しかった。」
バルフレアはバツが悪そうに肩をすくめる。
「女同士のネットワークってのは怖いねぇ。」
フランとアーシェは艶然とバルフレアに微笑む。
「参考までに教えてくれないか?一体どうやって連絡を取ってたんだ?」
「モグネットよ、知らない?」
「なんだって?ありゃ女子供のおもちゃじゃないか?」
「そこが狙いよ。」
アーシェは得意そうに笑う。
「モグネットで行き交う女の子同士のお喋りに、まさか女王と空賊が混じっているなんて誰も思わないでしょ?」
バルフレアは降参だ、とばかりにふざけて両手を上げてみせる。
「もう戻らないと。」
「送って行こうか?」
「影武者が居るのよ。だからこっそり戻らないと。」
「それは残念だな。」
アーシェは背伸びをしてフランにきゅっと抱きつく。
「元気でね、フラン。」
「また会えるわ。」
「そうね。」
アーシェはパンネロに手を差し出す。
「帰りましょう、パンネロ。」
パンネロは頷くと、アーシェの手を取った。
二人はアーシェが乗って来たチョコボに跨ると、一路ラバナスタを目指して走り出した。
それを見送りながら、フランがバルフレアに尋ねる。
「引き止めないの?」
「お嬢ちゃんが帰りたがってた。」
「フラれた?」
「まさか。」
「ガリフの里でみんなパンネロに恋してたって、前にあなた、言ったわね。」
「そうだったか?」
「その”みんな”の中に、あなたは居たの?」
バルフレは相棒の問いには答えず、唇を歪めて笑うだけだった。
ヴァンに早く会いたいパンネロの気持ちと一緒に二人を乗せたチョコボはラバナスタを目指してひた走る。
「ねぇ、アーシェ、!」
肩越しにパンネロが叫ぶ。
そうしないとチョコボが砂を蹴る音のせいで声が届かないのだ。
「私ね、オペラの主人公みたいだったの。ドレスを着て大きな舞台で歌って、最速の空賊にさらわれて、とても優しくしてもらって。」
「素敵ね。」
「でもね、明日から空賊に戻るの。アーシェは…?」
アーシェは肩越しに妹分を見やる。
「私…?出来の悪い弟みたいな相棒と二人帝国で一番大きな宝石を盗んだわ。」
「ステキ!かっこいいな。」
「でもね、明日からはまた女王様に戻るの。」
二人は顔を見合わせてうふふ、と笑い、やがて弾けた様に大声で笑う。
アーシェがチョコボに鞭をくれ、加速する。
背後からグロセアエンジンの音がして、上空をシュトラールが霞めて飛ぶ。
パンネロが手を振るとそれに応える様に大きく旋回して、そのままどこかへと飛び去って行った。

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