オペラ座の空賊(FF12)

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陽が暮れる前に橋までやって来たヴァンとアーシェは 河の対岸にあるアルケィディアス市街の高層群をぼんやりと眺めていた。
ヴァンはいつもの様にくだらない話をしてアーシェを笑わせたりしていたのだが、時折ふと黙り込んで遠くを見て大人びた表情を見せた。
(何を考えてるのかしら…?)
アーシェの視線に気付いて、ヴァンはアーシェを見やる。
アーシェは”なんでもない”という風に小さく首を横に振る。
王宮の戻るのは嫌ではない。
だが、気の許せる仲間との旅はやはり楽しかった。
(でも、それももうお終い…)
「なんかさ、色々話したよな。」
不意にヴァンが言い、アーシェも頷いた。
「アーシェのお陰で色々分かった。一緒に来てくれて、ありがとうな。」
ヴァンの言葉に、不安と寂しさが過ぎる。
「やだ…そんな言い方しないで。」
「聞くんだ、アーシェ。」
ヴァンはアーシェの肩に手を置く。
「心配しなくて良い。帰るのは一緒だ。約束する。」
「…本当に?」
「アーシェ一人で帰したりしない。ちゃんと送ってく。でも…」
「ヴァン、待って。」
アーシェはヴァンの言葉を遮り、肩越しを指差す。
振り返ると、ラーサーが歩いて来るのが見えた。
アーシェが周りを見回すと橋の上には誰も居なくなっていた。
(いつの間に…)
ラーサーの手際の良さがアーシェの不安を煽る。
ラーサーは手にふた振りの片手剣を持っていた。
「盾は、必要ないですよね。」
小首を傾げてヴァンに剣を差し出すその表情は固い。
ヴァンは黙って受け取ると、腰に差していた短剣をアーシェに渡した。
ラーサーは懐から光沢のある生地を貼ったケースを取り出し、ヴァンの目の前で開き、中身を見せた。
途端にアーシェが手に持った短剣の鍔がカタカタと激しく鳴り出した。
「本物、だな。」
ラーサーはケースを閉じると、それを再び懐に仕舞った。
ヴァンとラーサーの間に流れる嫌な空気がアーシェを落ち着かせない。
「どうか冷静になって下さい…こんな事…あり得ません。」
「陛下。」
ラーサーはアーシェと目を合わせようとはしない。
目の前のヴァンを鋭い目で睨みながら、
「僕は、蚊帳の外、ですか。」
アーシェは”そんな訳では…”と小さく呟き、目を伏せた。
「心配しないで下さい。こんな事であの人の気持ちをどうにかしようなんて思っていませんから。」
ラーサーは鞘を抜くとそれを足下に置き、柄に両手を添えて構えた。
「僕の名誉の問題です。彼女に誓いましたからね。」
ヴァンは何も言わず、腰をぐっと落とし、低い位置で剣を両手で持つ。
最近はダガーの二刀流ばかり使っていたので、バランスがとり辛い。
低く構えるヴァンにはラーサーの様に突いてくるタイプは戦いにくい相手だ。
(いや…)
いい加減な立会いで茶を濁すつもりは毛頭ないが、
(全力で戦って勝てるかどうか…ってとこか。)
それに、時間もない。6時になると門は閉じられる。簡単には出られない。
(そうなると、アーシェが間に合わない…)
ヴァンは大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。5時の時報の鐘が鳴った。
0分にはその時間の数だけ、30分には一度だけ鳴るのだ。
(次の鐘までに終わらせる…)
鐘が鳴り終わると同時に、ヴァンは飛び出した。
下方から打ち込まれた剣を、ラーサーも腰を屈めて受け止める。
その状態で押し合うが、力が拮抗しているのか動けない。
(いつの間に…)
ヴァンは、ぎり、と奥歯を噛み締め、剣を引き抜き後退する。
ラーサーの腕は良く知っているつもりだったが、
(でかくなったもんな…)
まだヴァンの身長を追い越す程ではないが、ラーサーは随分と背が伸びていた。
当然、腕力もついているはずだ。
一方、ラーサーも手が痺れたのを悟られまいと平静を装う。ヴァンの剣は重い。
(長引くと、こちらが不利…ですね。)
お互い、動けなくなった。
最初のつばぜり合いから微動だにしなくなった二人を、アーシェは見守るしか出来ない。
ヴァンから預かった2本の短剣をぎゅっと握り締めた。
どれだけ時間が経っただろう。
ヴァンは内心焦っていた。さっき、鐘が一つ鳴ったのだ。
だが、ここで隙を見せれば、ラーサーは確実にそこを突いてくるだろう。
(待てよ…)
焦った結果の思考が閃きとなり、ヴァンは一つの戦略を思い付いた。
その戦略で得るもの、失うものの事を思い、心を決める。
(パンネロ、ごめん…)
心の中でそう詫びると、ヴァンはラーサーめがけて突っ込んでいく。
ラーサーはそれを受け止めるべくヴァンの剣筋を読んだところで、ヴァンの身体が小さく左に傾いだ。
「そこ!」
ラーサーはすかさずそこを攻める。
と、傾いだヴァンの身体から何かが伸びて来て、ラーサーは思わず後ずさる。
「あ!」
立ち上がったヴァンの手にはラーサーの胸元にあるはずのケースが握られていた。
「アーシェ!」
ヴァンは持ったケースをアーシェに向かって投げた。
アーシェは落とさないようになんとかそれを受け止める。
「それを持って先に行け!」
アーシェは目を見開いてヴァンを見る。
ラーサーも同様だが、すぐにさせまいとして攻撃に転じる。
ヴァンのはラーサーが喉を狙って突いて来るのを紙一重で交わす。
「早く!間に合わないだろ!」
アーシェには最初ヴァンが何を言っているのか分からなかった。
(明日の施政方針演説の事…?どうしてそれをヴァンがそれを…?)
話した覚えはないのに。
「門が閉まっちまうだろ!いいから行けって!」
いやだ、と反射的にアーシェは思った。
「いやよ!一人でなんて!約束したじゃない!」
防戦一方のヴァンは敷石の割れた所に躓き、転んでしまう。
頭の上から振り下ろされた剣を辛うじて受け止め、またアーシェに叫ぶ。
「それを持って行けって!俺の代わりに、渡してくれ!」
頭上で受け止めた剣を力任せに押し返し、ラーサーがひるんだ隙に素早く立ち上がって次の攻撃に備える。
「女王が、俺の代わりにアーシェを守るから!」
6時の鐘の一つ目が鳴った。
「行けーっ!」
ヴァンの声に押されて、アーシェは旧市街の方へと駆け出した。
遠ざかる足音を背後に聞いてから、ヴァンは大きく息を吐き、そして、正面のラーサーを睨みすえた。
6時の鐘が鳴り終わり、橋の上に静寂が戻った。
「…どうして、陛下だけ行かせたのですか?」
「仕方ないだろ、明日、大事な何かがあるらしいし。」
「じゃあパンネロさんは?」
その問いには答えず、ヴァンは雄叫びを上げてラーサーに切りかかった。
しかし、ラーサーが剣を下ろしたので、慌てて踏みとどまり、よろける。
「…なんだよ、急に?」
ラーサーはため息を一つ吐くと、
「気が削がれました。」
ラーサーは転がっていた鞘を拾って剣を収めると、敷石にぺたん、と座り込んだ。
「ラーサー…?」
「ずるいですよ。」
「何がだよ。」
「どうして、あの場であんな事を言うんですか?パンネロさんは待っているのではないのですか?」
ラーサーはさっきと同じ問いかけをする。
ヴァンはラーサーの隣に同じように座ると、
「アーシェが守りたい物はたくさんの人のための物だろ。俺もそれは守りたいし、おまえも同じじゃないかと思ったからさ。パンネロは…」
ヴァンは一旦言葉を切って、傍らで膝を抱え、そこに顔を埋める様にしているラーサーの横顔を見る。
「なぁ、ラーサー、もしお前が俺なら、”首飾り盗んだぞ!パンネロを返せ!”って、バルフレアとフランの前にノコノコ顔を出せるか?それに…さ、あれはフランが書いた手紙だ。パンネロじゃない。」
「最初から、こうするつもりだったんですか?」
ラーサーが呆れて尋ねる。
「それで、どうするんですか?」
「まだ、分からない。パンネロが怒っているのか、俺に会いたいと思ってくれているのか、それも。」
ラーサーは、また深いため息を吐いた。
「もう…どうしてパンネロさんは…」
「怖じ気づいてるんじゃないんだ…分かってるのは俺がバカだって事。パンネロに甘えて…さ…。最低だよ。このまま一緒に居るのは良くない。だから、アーシェに託した。」
ラーサーは顔を上げ、じっとヴァンを見つめる。
「でも…分かる気もしますね。」
「さっきからなんだよ?」
「分からなくてもいいんですよ。」
ラーサーはゆっくりと立ち上がると、
「パンネロさんは空賊よりも、歌姫の方がお似合いだと思いませんか?」
「どうだろう。でも、ゴテゴテ着飾るのはパンネロらしくないって思った。」
キレイだったけどさ、とヴァンは小さな声で付け足す。
ラーサーがくすりと笑う。
ラーサーの笑顔が、何故だかヴァンを切なくさせた。
思わず”ごめん”と言いそうになったが、なんとなく言ってはいけないような気がして黙っていた。
「僕も、彼女は広い広い青空の下が似合うと思います。」
そう言って、背を向けて帝都に向かって歩き出したラーサーの背を見て、ヴァンは昨夜のバッシュの言葉を思い出した。
『陛下のお心は常に君達と共にある。共に旅をし、空を駆け巡る。だからこそ陛下は陛下らしく、自由で居られるのだ。』
「ラーサー!」
ラーサーがゆっくり振り返る。
「ちょっとずつ、良くなってるから!」
ヴァンが何を言い出したのかとラーサーはどこか疲れた表情でヴァンを見る。
「お前とアーシェのお陰だ!もうすぐ女王も皇帝も要らなくなる。そしたら…」
「連れて行って、くれますか?」
「当たり前だろ!」
ラーサーに漸く笑顔が戻った。
「首飾り。」
「え?」
「僕から奪って、それを持って行こうとしたら、問答無用でパンネロさんを奪いに行ってましたよ。」
ヴァンはぽかん、とラーサーを見る。
「だからずるいって言ったんですよ。」
さっき見せていた疲れた表情が一転して、ラーサーは清々しい笑顔を見せた。
ヴァンは返す言葉を失う。
「今日は門は閉鎖していませんよ。陛下が大事な式典に遅れては困りますからね。」
「え?」
さっきから驚きっぱなしのヴァンを尻目に、ラーサーはまたゆっくりと歩き出す。
が、ふと足を止め、
「そうそう!パンネロさんに、またお手紙書きますって伝えて下さいね。」
「手紙ぃ!?」
ラーサーとパンネロの文通は、ヴァンには初耳だったらしい。
取り乱したヴァンにラーサーは軽く手を振ると、ゆっくりまた歩き出した。
(これくらいは、許されますよね…)
自分はまだ幼いけど、すぐに大人になる。
その頃のイヴァリースは、そして自分達はどうなっているのだろう。
なんとなく自分達を待つ未来が楽しいものに思えてきて、ラーサーは足取りも軽く、バッシュが待つ橋の向こう側に向かって駆け出した。
**************
暗い地下宮殿を抜けて広々とした大草原に出た所で、アーシェは思わず空を見上げて歓声を上げた。
陰鬱とした地下から出た途端に広がる星空。
(きれい…!)
が、その表情はすぐ曇る。
(…ヴァンの嘘吐き…)
大事な式典に遅れない配慮をしたヴァンの成長ぶりはうれしいが、このやり切れなさは理屈ではどうしても割り切れない。
それに、この時間だともうチョコボ屋だって閉まっているだろうし、どうやってラバナスタに戻れって言うのよ、と思いを巡らせる。
不意に、短剣の鍔がカタカタと鳴り出した。
ヴァンの願い通り女王の剣はアーシェを守り、アーシェは次々と襲い掛かるモンスター達を片っ端から氷柱にして来たのだ。
「なぁに?」
女王の剣との会話にすっかり慣れたアーシェが応じる。
てっきり首飾りに移るのだろうと思い、ケースを取り出し、蓋を開ける。
短剣から、女王が姿を現した。
しかし、女王は首飾りを一瞥いただけで一向に移る気配を見せない。
それどころか、今通過して来たソーヘンの方を名残惜しげに振り返る。
「なぁに?あなた、まさかあそこに戻る気?」
女王は静かに頭を振る。
「だって、この首飾り…これの為にここまで来たんでしょ?だったら…」
言いかけて、アーシェは気付いた。
「まさか…ヴァンを待つ気!?」
女王の瞳はアーシェが恐れた不気味な瞳ではなくなっていた。
が、アーシェをライバル視しているのか、つんとすましている。
ヴァンの頼みでアーシェを守ってここまで来たが、もう用はないだろう、と言わんばかりだ。
(もう、ヴァンったら…誰彼構わず優しくするの、なんとかして欲しいわ。)
でも、気持ちは分かる。
「…大事なのは、象徴なんかじゃないもの…ね。」
しかし、ヴァンにはパンネロがいるのだ。女王に付きまとわれては困る。
「ねぇ、剣に戻って私と一緒に行かない?」
女王はムッとした表情でアーシェを見下ろす。
「だって、しょうがないでしょ?ヴァンにはパンネロがいるんですもの。」
アーシェの言葉に、女王の表情に動揺が走る。
「ヴァンがこの世で一番大切にしている女の子よ。優しくて良い子。だから、邪魔しちゃ悪いでしょ?」
しかし、女王は頑固で決して首を縦に振らない。
「あなたがこの剣と一緒に私と来てくれたなら、あなたを宝物殿に仕舞い込んだりしないわ。約束する。式典の時も、騎士団を率いる時は必ずあなたと一緒よ。」
まだ女王の心を動かす事は出来ない。
「…私の所に来たら、時々ヴァンが会いに来るわよ。」
もちろんパンネロも一緒だけど、という言葉は飲み込んで。
女王はその言葉に初めて躊躇いをみせ、それから再び剣に戻って行った。
「…現金なんだから。」
そう言いつつ、アーシェは女王が憎めなくなっていた。
女同士、うまくやれそうだ。
女王の剣は片が付いた所で、問題は最初に戻る。
(さて、どうやって戻ろうかしら…)
そこに草を踏みしめる足音が聞こえた。
アーシェは思わず剣を抜いて構えて足音の方を見据えると、見知らぬ老人と一頭のチョコボがそこに居た。
こんあ時間にどうしてと、アーシェがいぶかしげにその男を眺めていると、
「驚いたな、本当に居た。」
男はチョコボの手綱をアーシェに手渡した。
「この時間にここに居たらソーヘンから出て来る女がいるから そいつに渡してくれって頼まれたんだよ。」
「…誰に?」
「さぁね。わしは金を貰って引き受けただけだ。」
きっとラーサーの手引きだろう。
アーシェはありがたく受け取る事にして手綱を引き、チョコボにひらりと跨った。
このまま夜通し走れば、約束の場所に時間通りに着く。
「ありがとう!」
アーシェはチョコボに鞭をやり、ラバナスタ目指して走り出した。

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