オペラ座の空賊(FF12)

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ドラクゥの独唱が終わり、マリアのパートになった。
パンネロはドラクゥとの幸福な日々、突然の出征… 喜びから悲しみのどん底へと突き落とされたマリアの悲哀を朗々と歌い上げた。
客席のざわめきは次第に治まって来た。
確かにマリアとは違うが、いつものマリアより幼い感じがして、そこが初々しくて良い。
ドラクゥを見つめる仕草、立ち居振る舞いの端々から ドラクゥの事が好きで好きで溜まらない… それがひしひしと伝わってくる。
それは幼い日の初恋とか、思春期の片想いとか、誰もが必ず持っていて、 心の奥底にしまっておいた切ない感情を呼び起こし…
パンネロが歌い終わる頃には、バルフレアの言う通り 客席は皆パンネロに恋をしていた。
もちろん、貴賓席の若い皇帝も例外ではない。
柵に手を付き、身を乗り出さんばかりにして舞台に見入っている。
アーシェやバッシュの声も耳に入らないようだ。
アーシェとバッシュも突然の仲間の登場に驚きを隠せない。
「バッシュ…」
「は。何が起こったか探って参ります。ですが…」
「心配せずとも、自分の身は自分で守ります。」
そして、夢見る様な瞳で舞台を見入るラーサーを横目でちらりと見て、
「ラーサー殿もね。」
ラーサーを信頼しての言葉だと思うのだが、 事がパンネロとなると暴走しがちな所があるのだが…
「陛下にお任せ致します。」
そうして一礼すると静かに貴賓席を後にした。
**************
舞台からは音楽が聴こえて来る。
どうやら舞台は無事に進行しているようだ。
ヴァンは劇場の地下に向かう。
ダンチョーから聞いていた地下にある大空洞への入り口を塞いだ場所だ。
それは劇場の地下にある鉄の扉を開けて、 そこから更に長い長い石の階段を降りた所にあった。
10メートル四方ほどの真四角の部屋があり、 壁の一面に何かを塗り込めた跡がある。
ヴァンはそこに手を当て、そして、壁に耳を押し当てる。
「…やっぱりな。」
壁の向こうからカツン、カツンという壁を崩す鎚の音がするのだ。
「悪いけど、ゆっくり待ってらんねーんだ。」
ヴァンは背中に背負っていた大剣を抜くと、 気合いと共に壁を斬りつけた。バラバラと壁が崩れ、 その向こうに居たのはヴァンの予想外の者達だった。
「…なんだ、おまえら!」
崩れた壁の向こうに居たのは武装した男達だった。
突然壁が崩れ、その向こうに居た少年に怒鳴られ、 何が起こったのか分からず、呆然とヴァンを見つめている。
「予告状を送ったのはお前等かよ!」
「予告状…?」
一人が呟き、リーダーらしき男が漸く我に返る。
「小僧、貴様の方こそ何者だ。」
「…ここを守る様に頼まれた。」
「では、我らの敵だな。」
「なんだと!?」
「我らは侵略者と売国奴二人に鉄槌を下すべくやって来た。」
言いながら男達は次々と剣を抜いた。
ヴァンは歯痒さに奥歯をぎり、と噛み締めた。
あの二人がどれ程の想いを乗り越えて 平和への道を歩もうとしているのか… 誰よりも知っているからこそ、目の前の男達が許せなかった。
「お前ら…!」
頭に血が上った。怒りで身体が震えた。
「…分かるのかよ…お前らに…アーシェの、ラーサーの気持ち… 忘れるわけないだろ…自分の事より…自分の大事な物より… 前に進む事を選んだんだ…なのにどうして…」
絞り出す様に、それだけ言うのがやっとだった。
気持ちが昂っているため、上手く言葉が綴れない。
唇を噛み締め、頭を軽く振ると、キッと侵入者達を睨む。
賊がフンと鼻で笑ったのが癪に触る。
(クソッ…!子供だと思ってんな…)
バルフレアやバッシュだと余裕で煙に巻く事が出来るのかなとふと思った。
男達の中で一番身体の大きい者が斧を振りかざして襲いかかる。
ヴァンは上半身だけ左に逸れてそれを避けると、 男達の固まりの中に大きく踏み込み、大剣を横に払う。
と、リーダー格の男が吹っ飛び、壁に叩き付けられた。
男達はぎょっとして飛ばされたリーダーを見、そして改めてヴァンを見る。
「どうした…?来いよ!お前ら!この部屋から一歩も出さないからな!」
ヴァンを袈裟懸けに切ろうとした男は剣ごとへし折られた。
得物が大きい割にヴァンの構えは小さく、 動きも素早いため隙がない。
子供だと舐めてかかった男達はパワー戦でも押し切られ、リーダーと同じ様に次々と壁に叩き付けられた。
ヴァンは床に転がり、うめき声を上げている
男の胸ぐらを掴んで引き起こした。
「おい、予告状を送ったの、本当にお前らじゃないんだな。」
「予告状など知らん。」
男は吐き捨てる様に言った。
「事が成就した後で発表する声明はあるが、予告など出してはおらん。」
賊の狙いはアーシェとラーサーだ。 マリアではない。
(パンネロが…危ない!)
しかし、アーシェとラーサーを狙う賊をここに置いてはいけない。
途方に暮れていると、入り口で声がした。
「見事だな、ヴァン。」
見ると、黒いアルケイディアの礼服に身を包んだバッシュが立っている。
「バッ…」
バッシュはヴァンがまた自分の本名を叫びそうになったのを、笑顔で制した。
ヴァンも目を白黒させながら言葉ごと息を飲み込み、辛うじて堪えた。
「…なんでここに?」
「舞台で突然パンネロが歌い出したんだ。何かがあったと思うのは当然だろう。」
バッシュは倒れている男達を一瞥する。
「こいつら…アーシェとラーサーを狙ってたんだ。」
「君もこいつらを追っていたのか…?」
するとヴァンは、この少年にしては 珍しい不機嫌そうな表情で黙り込んでしまった。
不意に舞台の方から歓声が上がり、ヴァンははっと顔を上げる。
「なぁっ!舞台…まだ終わってないよな!」
「あぁ…今、幕が降りたが15分の幕間を挟んで二幕が始まる。」
「バッシュ!コイツらを頼む!俺、行かなきゃ…」
言うが早いか、ヴァンは駆け出し、 あっという間にその姿が見えなくなった。
呆気にとられていたバッシュだが、ふと人の気配がしたので、 素早く剣の柄に手をかけた。
「おぉっと…俺だよ。」
現れたのは、バルフレアだった。
「よお…久しぶりだな。」
「君か。」
「相変わらず、ご活躍のようで。」
バルフレアはひっくり返っている男達を見て言う。
からかう様な口調は相変わらずだ。
「これはヴァンだ。ずっと見ていたのではないのか?」
バルフレアは答えない。
「ヴァンの目的はこの賊ではないようだが…君は何か知っているのか?」
「……いいや。」
「パンネロが舞台に立っている理由も?」
あらぬ方向を向いていたバルフレアだが、 正面からバッシュの顔を見据え、きっぱりと答える。
「知らないね。」
「…そうか…では、後でパンネロを連行せねばならない。」
バルフレアはぎょっとして顔を上げる。
「アルケィディア、ダルマスカの両陛下の御前舞台で主演女優の名を騙ったんだ。悪意はなくとも、お二人を守るのがつとめの私としては 話を聞かない訳にはいくまい。」
「おい、ちょっと待てよ!」
「君が何か知っているのに嘘を吐くからだ。」
「どうして俺が嘘を吐いてると分かる。」
「君がここに居る事が何よりの証拠さ。」
バルフレアは小さく舌打ちをして、顔を歪めた。
「知ってるが…言えないんだ。お嬢ちゃんとの約束でな。」
「あの子はこんな大それた事はしない。」
「ご名答。話ならヴァンに聞いてくれ。お嬢ちゃんはどっちかってぇと、被害者なんでね。」
「ふむ…」
バッシュは何か考え込むと、顔を上げ、
「ヴァンの後を追う。すまんがしばらく賊を見張っていてくれ。」
「おい、俺はどうなる…!おいっ!」
バルフレアは立ち去るバッシュの背中に慌てて叫ぶ。
バッシュは一度振り返り、
「すまんな。」
と、言ったきり、階段を上って行ってしまった。
「…ったく、相変わらずだぜ。」
バルフレアは忌々しげに床に転がる男達を見て、 億劫そうに男達の防具のベルトを取ると、
「お子様達のお陰で、とんだ貧乏くじだ…」
どうせ縛るなら男よりも女の方がいいな、
「それも、とびきりの美人だ…」
などと嘯きながら、一人一人を縛り上げていった。
**************
幕間の通路は次の舞台に向けての準備のスタッフで溢れていた。
ヴァンはその間を縫う様にして走る。
「おい、何をしている。」
不意に呼び止められて肩を掴まれた。
「なんだ、ヴァンじゃないか。」
呼び止めたのはダルマスカ兵だ。劇場の警備に回っていたのだろう。
兵隊がなんで自分の顔を…と思っていると、顔馴染みの男だ。
レックスが亡くなってから、帝国兵にスリを働くヴァンを
街中が心配してよく声を掛けてくれていていた。その中の一人だ。
急いでいたが、知り合いなので無下には出来ない。
「随分物騒な物を背負ってるが、なんだ、芝居に出るのか?」
兵士はヴァンを疑いもせず、仰々しい武器も舞台の小道具だと思った様だ。
「そ、そうなんだ!」
ヴァンは咄嗟に嘘を吐いた。
「エキストラだけど…ここのダンチョーがミゲロさんに人が足りないって頼んで…っ!」
「へぇ…。」
「じゃ…俺、急ぐから!」
兵士は掴んでいた肩を離すと、
「おぉ!頑張れよ!見られなくて残念だよ。」
相手の顔が見られず、小さくごめんと呟いてヴァンは再び走り出した。
いつも自分を気遣ってくれる相手に嘘を吐くのは辛いが、 今はパンネロが危ないのだと言い聞かせ、ヴァンは走った。
音楽が鳴り、拍手が聞こえてきた。
(しまった…!)
ヴァンは賊が居ないかと探しながらロビー、楽屋、舞台裏を駆け回る。
ホールからは途切れ途切れに音楽が聴こえて来る。
今の所舞台は何事もなく進んでいるようだ。
(残りは…)
あと、探していない所はどこだとヴァンはキョロキョロと辺りを見回す。
(落ち着け…)
ダンチョーに見せられた館内の見取り図を必死で思い出す。
「…上だ!」
ヴァンは誰も居なくなった階段を上がり、 ボックス席の後ろのロビーのをすり抜けようとした。
「……ヴァン?」
呼び止められて、今度は誰だと振り返ると、
「アーシェ?」
そこには白いドレスを纏ったアーシェが立っていた。
幕間の間にロビーに出てバッシュの戻って来るのを待っていたが、 一向にその気配がなく、気になって席に戻れずに居たのだ。
ヴァンは足を止めてアーシェに歩み寄る。
「なんでこんな所に居るんだよ!」
自分とラーサーの為の上演会なのに随分な言い草である。
アーシェは久しぶりに頭に血が上るのを感じた。
「久しぶりに会えたというのに…なんて言い方なの!?」
だが、今はそんな事を言っている場合ではない。
パンネロが舞台で歌い、ヴァンが武器を持って 走り回っているという事はやはり何かあるのだ。
「いえ…そんな事よりどうして…」
言いかけたアーシェの言葉をヴァンは乱暴に遮る。
「芝居、始まってんだろ!ちゃんと観てやれよ!」
「え…?」
「パンネロ、一生懸命練習したんだぞ!おまえとラーサーの為に!だからちゃんと観てやれよ!」
ヴァンらしからぬ剣幕にアーシェは一瞬怯んだが、
「問題はそこじゃないでしょう?」
「ラーサーは!?」
アーシェは違和感を覚えて黙り込む。
(おかしいわ…)
普段のヴァンは言葉こそ乱暴だが、こんなに攻撃的ではないはずだ。
「…中で舞台を観てるわ。」
ヴァンは”よし”と頷くと、立ち竦むアーシェを残し、 舞台の上方に向かって再び駆け出し…と、足を止めてくるりと振り返り、
「アーシェ!早く!中でちゃんと観てやれよ!」
そう怒鳴ると、瞬く間に駈けて行ってしまった。
呆然と後ろ姿を見送っていると、 ヴァンがやって来た方からガチャガチャと剣の音させてバッシュが駆けて来る。
「陛下…」
「バッシュ…今、ヴァンが…」
「存じております。彼を追って来ました。」
「ヴァンならあの階段を上って行ったわ…早く追って!」
「御意。」
「様子が…変だったわ…あんな言い方する子じゃないのに…おかしな事に巻き込まれてないといいけど…」
アーシェは心配そうにヴァンが走って行った方に目をやる。
「ご心配ですか。」
「当然です。」
きっぱりと言い切ったアーシェにバッシュは恭しく一礼すると、 ヴァンの後を追って駆け出した。

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