オペラ座の空賊(FF12)

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「驚いたな。」
バルフレアはフードを取り、顔を見せた。
「どうして俺だと分かった?」
「分かるよ。」
パンネロが部屋の灯を点けると、そこには懐かしい人物が立っていた。
「来ないって思ってたわ。だから会えてとてもうれしい。」
「そりゃ光栄の至り。ところで、お邪魔だったかな?」
「ううん。全然。」
「じゃあ聞きたい事がある。」
バルフレアは恭しく椅子を引き、 パンネロは手に持っていたダガーを元の引き出しに片付け、 ドレスがシワにならない様に広げてちょこんと座る。
「何かしら?」
「分からない事だらけだ。どうしてお嬢ちゃんがここに居る?」
パンネロはここに居る経緯をバルフレアに説明した。
「なるほどねぇ…」
「あ!でも、手は出しちゃだめよ。」
「…お嬢ちゃんにか?」
「違うわ。これはヴァンと私が受けた仕事だってこと。」
「ご立派なことで。」
バルフレアは手近な椅子を引き寄せると、パンネロの正面に座った。
「で、どうして俺だと分かった?」
「バルフレアさんの香りがしたもの。いつものコロン。偽者にはなかったけど。」
「会ったのか?」
「ううん、予告状だけ。ヴァンは犯人が誰か分かってるみたい。予告状も偽物って見抜いたし。」
「ほめてやりたい所だが、お嬢ちゃんに 危ないマネさせるようじゃまだまだだな。」
「もうお嬢ちゃんじゃないわ。」
バルフレアは大げさに驚いた表情を作る。
「おかしな勘違いしないで。私だって自分の飛空艇を持つ立派な空賊って事よ。」
立派どころか、一生懸命背伸びしているひよっ子としか思えないが。
「分かった、邪魔はしない。ヴァンとお嬢ちゃんに任せるさ。」
「約束する?」
「なんなら剣にでも誓おうか?」
「素敵。でも、持って来てないのにどうやって誓うの?」
バルフレアは側に立てかけてある自分の銃に目をやり、肩をすくめる。
「バルフレアさんはどうしてここに?」
「…俺の偽物が出たって聞いてね。」
「嘘。」
手厳しいパンネロの言葉に、バルフレアは眉を顰めた。
「ヴァンが言ってたわ。”バルフレアは偽物なんか相手にしない”って。それに、だとしたらどうしてマリアの楽屋に来たりするの?」
バルフレアは答えず、少し気まずそうにそっぽを向いてしまう。
その様子にパンネロは吹き出してしまう。
「付き合ってるの?マリアと?でないと、 隠し通路なんか知ってるわけないもね。」
「昔の話よ。」
不意にクロゼットの方から声がした。パンネロが振り返ると、 そこにはもう一人の仲間が立っている。
「フラン!」
パンネロは立ち上がる、と、ついいつもの調子で勢い良く立ち上がった所でバランスを崩してフラついてしまう。
それをバルフレアが慌てて支える。
「お行儀よくしてないと、ひっくり返るぞ。」
「ありがとう。」
パンネロはバルフレアに微笑むと、注意深く裾を手に持ち、フランに歩み寄る。
「久しぶりね、パンネロ。よく似合ってるわ。」
「ありがとう、フラン。」
パンネロはスカートの裾を広げ、膝を軽く折り、かわいらしく礼をする。
言われた通り、お行儀よくしているつもりなのだ。
「フランまで来てくれてうれしいわ。ねぇフラン、それっていつ頃のお話なの?」
取り残された様な気持ちで心細かったパンネロだったが、 思いがけない懐かしい仲間との再会で本来の調子を取り戻したようだ。
「あなた達と出会うずっと前の事よ。それが彼女から久しぶりに手紙が来たの。”おかしな予告状を送って来てどういうつもり?”って。」
「俺は関係ないって返事をしたが、それっきり音沙汰なしだ。なのに舞台は開催される。それで気になって様子を見に来たってわけさ。」
「昔の恋人にも優しいのね。困ってるみたいだから助けに来たのね?」
「…まぁな。」
「たとえフラれた相手でも?」
「…さっきから俺を困らせて楽しいか?」
バルフレアは立ち上がると、銃を担ぐ。
「フラン、これ以上余計な話をさせられ前に引き上げるぞ。」
「…帰っちゃうの…?」
「ああ。お嬢ちゃんも早くお家に帰るんだ。睡眠不足は肌に悪いぞ。」
「…帰れないの。」
急に沈み込んだ声になり、バルフレアは驚いて顔を上げる。
さっきまではしゃいでいたパンネロが目を伏せ、 今にも泣き出しそうな顔をしている。
「まだ…歌詞を覚えないといけないの。それに…今はヴァンと顔を合わせたくないの。」
また取り残されてしまうような寂しさを覚え、パンネロは思わずヴァンとのすれ違いを話してしまう。
「…私が…悪いのかなぁ?ついお姉さんぶっちゃうの。」
クロゼットの扉から帰りかけたバルフレアとフランは 思わず顔を見合わせ、同時に小さくため息を吐いた。
「…コルセットが少しきつそうね。」
フランは優しくパンネロの肩に手を置く。
「いらっしゃい、少し緩めてあげる。」
フランは着替え用の衝立ての陰でドレスを脱がせてやり、きつく結わえられたコルセットの紐を少し緩めてやる。
「ありがとう、フラン。」
パンネロはホッと息を吐く。
優しくされると、それはそれで涙が出そうになってしまう。
バルフレアは鏡台の上の楽譜の束を手に取る。
ページを捲ると、ペンで何か書き込んであったり、印が付けられている。
「まだ覚えてないのはこの印が付けてある場所か?」
衝立ての中のパンネロに声を掛ける。
「そうよ。半分まで覚えたんだけど。」
衝立ての中から顔だけ出してパンネロが答える。
「手伝ってやるさ。これくらいの手出しなら構わないだろ?」
「本当?」
パンネロの表情が一瞬にして輝く。
背中のボタンを留めてやると、 フランはパンネロの手を取って椅子に座らせてやる。
「お茶を入れるわ。」
「うん、ありがとう…」
バルフレアもパンネロの正面に座り直す。
「あのね、ここまで覚えたの。」
パンネロは少し腰を浮かせ、バルフレアが持っている楽譜のページを捲る。
「短い時間でよくここまで覚えたな。」
うれしそうに笑っていたパンネロだが、 緊張が緩んだのだろう、瞳から涙が溢れて頬をつたう。
「ど…どうした?」
「ごめんなさい…なんだかほっとして… 本当は怖かったの。だって、あんな大きな舞台…」
バルフレアはパンネロの頭に手を置くと、身体を屈めて瞳を覗き込む。
「お嬢ちゃんなら大丈夫だ。前にガリフの里で踊ったろ。あの時、あそこに居た男どもはみんなお嬢ちゃんに恋してた。」
「…嘘…」
パンネロは少し寂しそうに笑った。
バルフレアはその表情に何か引っかかりを覚えたが、
「嘘じゃないさ。明日はラバナスタ中がそうなる。」
「…ありがとう…ねぇ…バルフレアさん?」
「うん?」
「どうしてマリアさんと別れちゃったの?」
「…舞台に立って歌う事の方が大事だとさ。」
バルフレアの答えにパンネロは何やら考え込んでいるようだ。
「お喋りはここまでだ。さっさと始めないと夜が明けちまう。」
これ以上余計な事を聞かれては…とバルフレアはパンネロを促した。
そうして空が白々と明るくなる頃には漸く最後のページが終わり…
「これで終わりだ。よく頑張ったな、お嬢ちゃん。」
見ると、パンネロは鏡台に突っ伏して、すうすうと寝息をたてている。
「…疲れていたのね。」
フランは痛々しげにパンネロの髪を撫でる。
「ガリフの里で踊った後で、この子が真っ先になんて言ったか覚えてる?」
「さあな。」
「”ヴァンはどこ?”…って。」
バルフレアは思わず天井を仰ぎ見た。
そして、うたた寝をしているパンネロに目をやる。
フランに言われて思い出した。
さっきの寂しげな笑顔… あの時、ヴァンはアーシェと話し込んでいて パンネロが踊った歓迎の宴に居なかった。
星が降って来そうな空の下で踊るパンネロは幻想的で可憐だった。
ラーサーはもちろん、バッシュやガリフ族の戦士長や長老達まで大絶賛だった。
(…だけど、お嬢ちゃんが一番見てもらいたかったのはヴァンだった…って事か…)
バルフレアはパンネロにマントを掛けてやると、 眠っているパンネロを起こさない様に静かに楽屋を後にした。

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