オペラ座の空賊(FF12)

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舞台の天井には、バトンと呼ばれる棒が何本も渡されており、 大道具や照明器具が吊られている。
時には大道具係が紙吹雪を降らせたりする為 人一人がなんとか通れる幅と強度しかない。
天井まで駆け上って来たヴァンがそこで見つけたのは、倒れている照明係と大道具係。
「おい、お前ら!!」
そこに居たのは、やはり例の一味だった。
「また懲りずにやって来て…どういうつもりだ!」
照明の為の大きなライトを運んでいた一味が振り返る。
「あぁ?おまえ…バルフレアの腰巾着じゃねぇか。」
一味の首領、バッガモナンが答える。
腰巾着じゃねぇよ!と、怒鳴りそうになってヴァンは慌てて口を噤む。
舞台の真上だ。客席に聴こえでもしたら大変だ。
「バルフレアの野郎は何処に居る?あの野郎… おまえが来たって事は尻尾巻いて逃げ出しやがったのか?」
「予告状を出したのは、やっぱりお前らなんだな?」
「あぁ、そうさぁ!あの野郎がなかなか出て来ないんで、あぶり出してやる所だ。」
ヴァンが剣を構え、じり、と一歩踏み出すと、
「おぉっと、動くなよ。一歩でも動けば、こいつを舞台に落とす。」
バッガモナンは傍らにある大きなライトに手をやる。
あんな物を舞台に落とされたら大騒ぎだ。
いや、それよりも、もし誰かの上に落ちでもしたら…
(ちっくしょぉ~…)
何かいい手だてはないものか… ある考えが閃き、ヴァンは構えていた剣を下ろし、 わざとらしくため息を吐いてみせる。
「そんなんだから、お前らは三流だって言われるんだよ。」
「なんだとぉ!?」
ヴァンの挑発にバッガモナンはあっさりと引っかかる。
「あんな偽物、バルフレアじゃないってすぐに分かったさ。もう少し頭使えよ、あ・た・ま!」
ヴァンに背を向けて肩越しに話していたバッガモナンがゆっくり振り返り、ヴァンに歩み寄る。
バッガソウを掲げると背後の部下達に、
「お前ら、そこに居ろよ。」
言うが早いか、上段から一気に得物をヴァン目がけて振り下ろした。
その一撃をヴァンは受け止めると、足場がゆらゆらと揺れ、 ヴァンは思わず尻餅をついた。
バッガモナンは容赦なくヴァンめがけてバッガソウを振り下ろした。
その頃舞台では。
“今回のマリア”は一本の線でなんとか演じ切っている事に 観客は気付き始めていた。
さっきから天井で物音がし、そうすると、 ふと集中力が途切れる瞬間があるのだ。
折しも舞台は敵国の王子、ラルスに求婚されるシーンだ。
パンネロの危うさがドラクゥの不在に揺れるマリアの心と うまくマッチして観客の庇護心を一層かき立てる。
舞台はいよいよマリアの見せ場のシーンだ。
城の塔に上り、星空を見上げて歌う。
観客はこのシーンを観るために来ていると言っても過言ではない。
パンネロは、自分が歌い終わる度にどよめきが起こり、 拍手がされるのが不思議でならなかった。
まさかそれが、”がんばれ”とか”よくやった”の励まし故の物だとは思いもせず、 偽者な上に、未熟な自分の歌になぜ観客が 惜しげもなく拍手をするのか理解出来ない。
最もそれはBOX席からのラーサーの影響が大きいのだが。
ラーサーは食い入らんばかりに舞台を観ていて、 パンネロが歌い終わる毎に拍手をすると、観客も今日の主賓に習う。
とにかく、目の前にある台詞と歌で精一杯のパンネロだったが、 漸く舞台も終盤に差し掛かった所で、天井の方から物音がし始めたのだ。
微かに怒声と、ヴァンの声が聞こえてきた。
(ヴァンなの…?)
一方、ラーサーと一緒に居るアーシェは ラーサーの熱中ぶりに驚くやら呆れるやらだ。
だが、この健気な代役が無事に演じ切る事を願う気持ちは同じだ。
さっきから舞台裏が騒々しいようだ。
走って行ったヴァンと後を追ったバッシュも気になる。
油断してはいけない…と、アーシェは注意深く舞台を見下ろした。
**************
ヴァンは右手に大剣を持ったまま、左手を肩越しに床に付き、 狭いバトンの上で器用にくるりと後方に一回転する。
ムキになって斬りつけて来るバッガモナンを 紙一重で避けながらじりじりと舞台の裾へとおびき出す。
「このガキャあ!」
バッガモナンが大きく足を踏み込む度にバトンが大きくと揺れる。
それに合わせて照明やセットも揺れるのでヴァンは気が気ではない。
(パンネロは…)
「小僧!どこを見てやがる!」
ふと意識が舞台に飛んだ隙に目の前までバッガモナンが迫って来ていた。
ヴァンは慌てて後ろ向きに後ずさりをすると、足場の感覚が変わった。
(しめた!)
やっと不安定な足場を抜けると、ぐっと足を踏み込んで 今までのお返しとばかりに大剣を大きく払う。
バッガモナンは辛うじてそれを受け止めるが、腕がビリビリと痺れる。
(くそっ!ガキのくせになんて力だ!)
ヴァンはにやりと不敵な笑みを浮かべ、さらに剣を振るう。
バッガモナンは防戦一方だ。
ヴァンの剣に弾き飛ばされて、ヨロヨロと後退する。
バルフレアは現れない、見下していたヴァンにあしらわれ、怒りと屈辱で凄まじい顔だ。
「小僧!ブッ殺してやる!」
バッガモナンは得物を構え直すと、ヴァン目がけて突っ込んで来る。
「お前なんかに、邪魔されてたまるかよぉっ!」
ヴァンは叫ぶと、バッガモナンの頭上に高々とジャンプし、 渾身の力をこめ、大剣を振り下ろした。
ヴァンの剣を頭上で受け止めたバッガモナンだったが、 バッガソウをへし折られ、そのまま床にどう、と倒れた。
城の塔への階段を上りながら、漸く天井を見る事が出来たパンネロが目にしたのは、バッガモナンの手下達に囲まれたヴァンだった。
(ヴァン!)
舞台も何もかも放り出して傍に行きたい、一緒に戦いたい…
(こんなに近くに居るのに何も出来ないなんて…)
だが、ショーは続けなければならないのだ。
パンネロは歌い出した。
“いとしいあなたは遠い所へ…”
泣き出しそうな、震える声だった。
だが、歌い続ける事がヴァンとの約束なのだ。
パンネロは大きく息を吸い込み、歌い続ける。
「パンネロさん…泣いています…」
客席のラーサーが誰に言うとなしに呟いた。
アーシェもパンネロを見ると、確かにぽろぽろと涙を零しながら歌っているのだ。
思わず抱きしめてやりたくなるような儚さだった。
気付いた観客がまたざわめき始めたが、パンネロにはどうでもいい事だった。
ただ、ヴァンの為だけに歌う。
今のパンネロを動かしているのはその気持ちだけだった。
**************
頭目を倒された子分どもがわらわらとヴァンを取り囲む。
(こいつらさえ倒せば…!)
ヴァンは剣を握る手に力を込めた。
力任せにつかみかかって来たブワジを避け、 勢い余ってつんのめったプワジの頸部を剣の柄で軽く小突く。
と、プワジは糸が切れたかの様に倒れてしまう。
ヴァンを後ろから羽交い締めにしようとしたリノは 同じく剣の柄で腹を突かれ、ずるずるとその場に崩れ落ちた。
残すは一人、と振り返った所で「ぎゃっ!」と悲鳴がした。
見ると、既に剣を鞘に収めたバッシュがそこに立っていた。
足下にはギジュが転がっている。
「バッシュ……」
「”遠距離攻撃”と魔法で攻撃してくる敵を先に倒せ、と教えたはずだが?」
ヴァンは気まずそうにそっぽを向いてしまう。
「危ない所だったな、ヴァン。」
「別に…バッシュが来なくても…俺一人で…」
「あぁ、見事だった。」
ふて腐れた態度は、少年らしい負けん気から来ているのだと バッシュは微笑ましく思ったが、
「子供扱いすんなよ。」
きつい瞳で見据えて来るヴァンにバッシュも違和感を覚える。
「そうだ…!パンネロ!」
ヴァンは天井から舞台を覗き込む。
丁度、パンネロが塔への階段を上って来ている所だった。
心配して天井を見上げていたパンネロと目が合ったので、 小さく手を振り、右手の親指を立ててみせる。
パンネロに笑顔が戻る。
そこに幻のドラクゥが現れる。
パンネロはドラクゥとダンスを踊る。
さすがに踊りが本分なだけあり、パンネロの踊りは見事だった。
軽やかなステップはいつ足が舞台に着いたのかすら分からない。
ボリュームのあるドレスのスカートを大きく翻し、細い腕を緩やかに折り、 くるくると回る姿は舞台に花が咲いたかのようだ。
ドラクゥに見せる表情も、泣き顔とは打って変わって晴れやかな物になり、 会いに来てくれた事がうれしくて仕方が無いと、うっとりと見つめて来るのだ。
その愛くるしさに観客はまた、釘付けになる。
幻のドラクゥが消えた後に残された花束を手に取ると、 パンネロは再び歌い出す。
“ありがとう、わたしのあいするひとよ…”
声の伸びやかさも取り戻した。
ヴァンが手を振ってくれた…それだけで、 今までくすぶっていたわだかまりが溶けていった様で、 パンネロは舞台に立って初めて晴れやかな気持ちで歌う事が出来た。
「ヴァン…。」
ずっと舞台を覗き込んでいるヴァンにバッシュが声を掛ける。
「君の目的はなんだったんだ?パンネロを守って、無事に舞台を終わらせる事なのか?」
ヴァンは答えない。
よほど舞台に熱中しているのか、それとも、
(聞こえないふりをしているのか…?)
バッシュは根気よくヴァンの背中に問いかける。
「ヴァン…バルフレアまで来ていたが…一体何が起こっているんだ?」
バルフレア、と聞いてヴァンが振り返った。
「…バルフレアが来ているのか?」
眼下では歌が終わり、パンネロが投げた花束が舞台に落ちて行く。
その時、ずん、と地響きがした。
舞台に落ちが花束が振動で不気味に跳ねる。
ヴァンとバッシュは思わず顔を見合わせる。
地響きは間を置いてもう一度起こり、やがて、地震の様に断続的に続いた。
客席からは悲鳴が上がり、観客は出口に殺到する。
音楽も鳴り止み、舞台の俳優達は皆舞台から飛び降りて逃げ出してしまう。
「いかん!」
バッガモナン達が落とそうとしていたライトが振動で、 今、まさに舞台に落ちようとしている。
パンネロはと言うと、何事が起こったのかとキョロキョロと周りを見回している。
「パンネロ!逃げろ!早く!」
地響きは一層強くなり、ライトがぐらり、と傾き、 パンネロの頭上へと真っ逆さまに落ちる。
咄嗟の事で、パンネロは動けないようだ。
「パンネロ!」
ヴァンが飛び出そうとするより早く、何かの衝撃を受けて、ライトが粉々に砕けた。
ヴァンは砕けた破片の中に飛び降り、パンネロに覆い被さる。
(今の…誰だ…?)
ライトを砕いた衝撃波は魔法ではなかった。
(ハンディボムだ…)
バッシュではなかった。だとすれば誰が…?
「…アーシェ?」
ボックス席の手すりに雄々しくも片足を掛け、 右手にブルカノ式を手に持ったアーシェがこちらを睨んでいる。
(おっかねぇの…)
ヴァンは肩をすくめ、身体の下のパンネロに声を掛ける。
「パンネロ、大丈夫か?」
「…うん、平気…」
健気に答えるが、身体が震えている。
パンネロをこんな目に遭わせてしまった自分を腹立たしく思いつつも、 それが素直に言い出せない。
「…アーシェにバレた。逃げるぞ。」
その時、舞台の床を突き破り何かが飛び出して来た。

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