オペラ座の空賊(FF12)

この記事を読むのに必要な時間は約 13 分です。

食事のあと、マリアとパンネロの身代わり作戦が練られた。
意外にもヴァンはダンチョーにオペラ座の見取り図を要求した。
賊の出入りしそうな場所の見当をつけるとダンチョーにそこに人を必ず置く様に指示を出し、それから自分の待機場所を決めた。
漸くダンチョーもヴァンを信頼するようになり、 積極的にオペラ座内の様子を詳しく話してくれるようになった。
「このオペラ座の地下には大きな空洞があると言われていてな。 長い間にそこに水が溜まって大きな池みたいになっとるんだ。」
「へぇ…」
と、感心した様にヴァンが呟く。
真っ暗な地下にある巨大な溜め池を想像しているのだろう。
「そこから忍び込まれたり出来ないんだろうな?」
「危ないからな。全部蓋をして塞いでおるよ。
レンガを積んで塞いだからそこから入り込もうとすると… まぁ、レンガが崩れて大騒ぎになる。」
「そっか…でも、明日見てみるよ。そういう所って却って危ないしさ。」
「なんでそう思うんだね?」
「もし俺が忍び込むなら、そういう所から入る。それだけさ。」
ダンチョーは面食らったようだが、 明日、ヴァンをそこに案内する事を約束してくれた。
「あのぉ…」
控えめにパンネロが尋ねる。
「何かね?」
「舞台の本番…っていつなんですか?
アーシェとラーサー様のご観覧の日。」
「まだ言ってなかったかね?」
「はい。」
ダンチョーは申し訳なさそうに頭を掻いた。
「すまんすまん。ラバナスタに居るもんなら皆知ってるもんだからつい…」
そして、不安げなパンネロに向かってニコニコしながら、
「明日の夜だよ。明日は朝一番で衣装合わせとリハーサルだな。」
パンネロはその瞬間、身代わりを引き受けてしまった事をひどく後悔した。
そのオペラは戦争前に両親に何度か連れて行ってもらった事もあるし、曲だってほとんど覚えている。
とは言え、一語一句、音符の一つ一つまで正確に覚えているわけではないし、オペラとなると芝居の部分だってある。
そして、賊はいつ出て来るか分からないのだ。
ひょっとして舞台の最後、クライマックスで漸くお出ましかもしれない。
賊を警戒しながら、まだまだ未熟な自分があの大舞台を演じきらなければならないのかと思うと、胃の辺りがずっしりと重くなった。
(だめ…暗い顔しちゃ…)
パンネロは気丈にもそう言い聞かせると、
「分かりました、よろしくお願いします。」
笑顔でダンチョーに答えたのだった。
作戦会議終了後。
その夜はミゲロが屋敷内に部屋を用意してくれたので、飛空艇には戻らずそこで休ませてもらう事になった。
部屋に引き上げるヴァンの背中にパンネロはいつもの調子で声を掛ける。
「ねぇ、ヴァン。」
「ん?」
「犯人…誰かなぁ?」
「バルフレアを恨んでる奴だろ。だったらアイツに決まってるさ。」
「うん。私もそう思う。」
「汚いマネしやがって…絶対取っ捕まえてやる。」
ひょっとしてヴァンは兄貴分の汚名を自分で晴らそうと意気込んでいるのだろうか?
だとすると、それはパンネロにとってもうれしい事だし、頼もしい。
「…バルフレアさん、来るかな?」
ヴァンが振り返る。と、その表情は苛立っている様に見えた。
なんとなくそれが自分に向けられた様に思え、パンネロは言葉に詰まる。
「自分が騙られてるのを知らないのに、来るわけないだろ。
もし知ってたとしても、バルフレアは偽物なんかいちいち相手にしないだろ。」
「そっか…そうだよね。」
突き放した様な言い方はいつものヴァンらしくない。
一体どうしたというのだろう?
「で…でもさ、ヴァン、見直したよ。」
「何がだよ。」
「手紙もちゃんと偽物だって見破ったしさ。それに…」
「それくらい俺だって分かるさ!子供扱いもいい加減にしろよな。」
冷たく言い放つと、ヴァンは乱暴に扉を閉めてしまった。
残されたパンネロは呆然と立ち尽くす。
最初はワケが分からず、頭の中が真っ白になったが、 ヴァンが怒っているのはやはり自分に対してだったと漸く気付いた。
だが、怒るその理由が分からない。
「な…なによ、ヴァンのばかっ!」
小さく叫ぶと、パンネロは用意された自分の部屋に駆け込んだ。
あんな無理難題を自分に押し付けて、 更に不機嫌になるヴァンが理解出来ない。
が、怒りが少し落ち着くと、今度は不思議に思えてくる。
あんな風にヴァンがイライラしていたのは、
(レックスが亡くなった、あの戦争の後くらいだわ…)
あの旅以来、元の朗らかなヴァンに戻ったのに。
(きっと、犯人に対して怒ってて…ちょっとイライラしただけ…だよね…)
ヴァンはバルフレアを尊敬し、慕っている。
だから心底怒っていたのだとパンネロは自分に言い聞かせた。
(そうよ、いつもの様にふざけたつもりが、あんな言い方になっちゃっただけ…)
無理矢理自分を納得させるとパンネロはベッドに潜り込んだ。
が、その夜はなかなか眠る事が出来なかった。
**************
翌朝。
パンネロは朝から大変だった。
夜が明ける前から起こされ、寝不足のまま劇場に連れて行かれた。
楽屋に通されると、待っていたのは6人の衣装係。
6人はパンネロを楽屋の真ん中に立たせ、 あっという間に下着姿にすると、 絹の靴下を履かせ、白いサテン地に 色とりどりの花が刺繍された靴を履かせた。
きれいな靴だが、サンダル履きに慣れたパンネロの足を締め付ける。
次に白いコットンのシュミーズを着せ、ドロワーズを履かせた。
「そ…それを着けるんですか…?」
パンネロは衣装係が持って来たコルセットとボーンの入ったパニエを見て思わず後ずさった。
「もちろんですよ。」
衣装係はパンネロにコルセットを着けると、 左右から思い切り紐をひっぱり、ウエストを締め上げた。
息苦しくて窮屈な下着と靴で舞台に立たなければならないのかと思うと パンネロは目眩がしたが、 次に運ばれて来たドレスを見て歓声を上げた。
「きれい…!ブルーのドレスの上にもう一枚ドレスが重ねてあるのね…」
ブルーのシルクタフタのドレスの上に白いオーガンジーのオーバースカートが付いており、そこにはドレス本体と同素材の生地で作られた小さな花が一面に散りばめてある。
「そうですよ、陛下の御前ですから特注したんですよ。」
パンネロの腕に袖を通しながら衣装係が得意げに答える。
オーバースカートの後ろ裾は長く引き、 パニエので膨らんだウエストの上に大きなリボンが飾られた。
着付けが終わると、今度は大きな鏡の前に座らされた。
ドレスの上からケープを着けられると、 大きな刷毛で顔全体に白粉をはたかれ、 目尻に色をさし、眉を整え、口紅を塗られ…
それが終わると髪を熱したコテでくるくるにカールされ、 高く結い上げられた。
髪を留めるのにピンをいくつ使うのか数えていたパンネロだが、 あまりにもの数に頭がずきずきと痛み出し、 鏡の中で目まぐるしく変わっていく 自分の姿をただただ見つめるだけだった。
最後に耳飾りや首飾りを着けられ…
これらも重くてパンネロの頭痛をますますひどくしたが、
「さぁ、出来ましたよ。」
衣装係の声で我に返ったパンネロは改めて鏡の中の自分を見た。
「これ…本当に私?」
衣装係達は皆満足げに頷いた。
「良くお似合いですよ。」
「帝国の皇帝も、きとパンネロさんに夢中ですよ。」
「…ラーサー様が?」
窮屈な靴で小指が痛いし、高いヒールで足下も覚束ない、 ウエストを締め付けられて呼吸もままならないし、 ピンで針山にされた頭も痛いけど、
(けど…なんだか…私…お姫様みたい…)
あの小さな皇子様も、きれいだと言ってくれるだろうか。
(それに、ヴァン…ヴァンは何て言うかな?)
夢心地のパンネロだったが、衣装係の一言で一気に現実に引き戻された。
「それでは、明日の本番までそのままで居て下さいね。」
「え…?」
「本番前は楽屋裏は大わらわでして。」
「肝心要のヒロインの着付けに不手際があっては困るので いつも前日から衣装で過ごして貰ってるんですよ。」
「どうか破ったり汚されたりなさらないで下さいね。」
「ご心配なさらなくても本番前にお化粧と御髪は直しますので。」
「あ、これ、ダンチョーに頼まれていた楽譜と台本です。」
衣装係達は事も無げにそう言うと、言葉も無いパンネロに 飛空艇のマニュアルよりも分厚い楽譜と台本を手渡し、 忙しげに楽屋を出て行ってしまった。
「あ…あの…!」
パンネロが何か言いかけた時、ドアは無情に閉じられた後だった。
パンネロはため息を吐くと、ずっしりと重い楽譜と台本に目を落とした。
「…どうせこれを覚えるのに…寝てる暇なんかないよね。」
それに、明日はラーサーが観に来るのだ。
おそらくはジャッジとして彼の側に侍るバッシュ、そしてアーシェも。
「みんな…来るんだもん。頑張らなくちゃ。」
その時、扉がノックされた。
「…どうぞ。」
ひと呼吸置いて扉が開いた。
気まずそうに目を伏せたヴァンが入って来た。
「…パンネロ…その、昨日は…ごめん…」
「ヴァン…」
パンネロは手に持った楽譜と台本を鏡台に置くと、ヴァンに駆け寄った。
そこで初めてヴァンは顔を上げ、パンネロを見た。
「ううん、私もつい、いつもの調子で……ヴァン?」
ヴァンの様子がおかしい。
じりじりと後ずさり、一刻も早くこの部屋を出たいと言わんばかりだ。
「お…俺っ、ダンチョーさんに呼ばれてんだっ、後でまた来る!」
そう言い残すと、逃げる様に楽屋を出て行ってしまった。
ヴァンにしたって、いつもと違う自分に照れているだけだなのだろう。
それは分かるが、今日はなんだか、 誰からも置き去りにされている様な気がする。
「…ヴァンのばか…」
呟いた声は昨日の夜と比べると、随分と小さな物だった。
パンネロが重装備の鎧や兜より辛い出で立ちで 舞台のリハーサルを終えたのはもう深夜の事だった。
心配げにリハーサルを見ていたダンチョーも、 これならば大丈夫だろう と言ってくれ、パンネロは胸を撫で下ろした。
ダンチョーと一緒に見ていたミゲロが帰って休む様にすすめてくれたが、
「歌詞もまだ完璧に覚えてないの。明日、失礼があっちゃいけないでしょ?」
そう言って先に帰らせた。
深夜とはいえ本番に向けて劇場は煌々と明るく、団員がたくさん残って作業をしており、パンネロもこれなら危険はないだろうと、残る事にしたのだ。
パンネロは楽屋に戻ると、楽譜を開いた。
「愛しい貴方は遠い所へ…かぁ…」
豪奢な鏡台に肘を付き、パンネロはぼやいた。
(…いいじゃない、遠くに居ても愛し合ってるんだもの。)
後でまた来ると言っていたヴァンは一度も顔を出さず終いだった。
乱暴に楽譜を閉じると、鏡台の隅に置いてあった何かが小さな風に煽られてふわふわと床に落ちた。
(何…?)
拾ってみると、それはあの旅で得た貴重なアクセサリーの一つだった。
「…ヴァン…」
どうやらヴァンはパンネロの居ない間にここに来たようだ。
パンネロはそれを手に途方に暮れてしまった。ヴァンの気持ちはうれしいが、
(今は…側に居て欲しいのに…)
涙が溢れそうになるのを堪え、 パンネロはそれを目立たない位置に身に着けた。
その時、不意に灯りが消えた。
パンネロはすぐに息を殺し、身構えた。
音を立てない様に静かに鏡台の引き出しを開け、 中から隠し持っていたダガーを取り出す。
それを後ろ手に隠し、気配を消して暗闇に目を凝らす。
何度か視線を往復させている内に、漸く目が慣れて来た。
(…誰か…居る…)
パンネロは深呼吸をすると、部屋の左側からゆっくりと視線を巡らせる。
と、部屋の右側の衣装が収められているチェストの前に 黒いマントに黒いフードを目深に被った人物が立っていた。
パンネロと同じ様に息を殺してこちらを伺っていたが、 やがてゆっくりとパンネロに向かって足を踏み出した。
パンネロは隠し持っていたダガーを持つ手に力を込めた。
(だめ…まだ遠い…)
いつもなら相手より速く踏み込み、 相手ののど笛に得物を突きつける事なぞ簡単なのだが、 今はドレスや靴が邪魔で大きな動きが出来ない。
(もっと…近くまで…あと…一歩…)
パンネロはもう一度深呼吸をする。
と、持っていたタガーを振り上げた。
暗闇でダガーの刃が鈍く光った。
その瞬間、フードから見える口元が少し笑った様に見えた。
パンネロははっと動きを止め、手を下ろした。
そしてまじまじと黒衣の人物を見つめ、にっこり微笑むとこう言った。
「驚いた…どうしてここに来たの?バルフレアさん。」

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22