オペラ座の空賊(FF12)

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一方、ヴァンとアーシェ。
アーシェが自分が寝ていた毛布を畳み、荷物の中に仕舞おうとすると、
モブハントのチラシが突っ込まれているのが目に入った。
「ヴァン、これは何?」
焚き火の残り火に土をかけて念入りに火を消しているヴァンに尋ねる。
「来る時に、キャラバン隊の隊長に貰ったんだ。俺の事覚えてくれててさ、”ワケ有りみたいだね、金が要るんだろ?”って。女の悪霊だってさ。」
アーシェがチラシを開いてみると、
「ソーヘン地下殿にて、帝都に向かう旅人を襲う女の悪霊…変ね。逆に帝都から出ていく者は襲わないって。」
「ついでだから、そいつをやっつけて、帝都での資金にしようと思って。」
「ヴァン、今は時間が惜しいわ。約束の時間がいつか分かっているの?お金なら…」
「それは貰えない。分かるだろ?」
ヴァンは必要な物だけを厳選して、器用に鞄に収めて行く。
「どのみち、そいつを倒さないと帝都には行けない。」
「でも……」
鞄の釦を留め、肩に掛けて立ち上がると、ヴァンはアーシェに笑いかける。
「大丈夫。だって、アーシェも一緒だろ?」
呆気にとられているアーシェの鞄をヴァンは手に取り、自分の鞄と一緒に肩に掛ける。
「置いてくぞ~!」
アーシェは慌ててヴァンの後を追う。
(殺し文句ね。)
昨日の夜だってそうだ。自分を責めるアーシェをさり気なく気遣う。
(無神経なのか、優しいのか、どちらかしらね?)
**************
まさかヴァンとアーシェが反対側からこちらに向かっているとは思いもよらない、バルフレア、フラン、パンネロの三人は旧市街地側からソーヘン入りしたところだった。
フランは古い管制台を操作しようとして、 操作盤のホコリが払われているのに気付いた。
「どうした?」
「先客が居るわ。」
「降りた早々、か。」
フランが躊躇わずに下に降りるスイッチを押したので、 引き返すのかと思っていたパンネロは目を丸くする。
「大丈夫?」
「どこから行っても同じよ。それに、下に居るのは一人だけ。」
下で待つのが誰なのか、パンネロにも分かったようだ。
「…どうしよう。」
パンネロがオロオロしている間に管制台は地下に着いてしまう。
そこで待っていたのはやはり、黒い鎧に身を包んだジャッジマスターだった。
「お役目、ご苦労さまってとこだな。」
「君もヤキが回ったな。」
言われて、バルフレアは眉をしかめる。
「下でうろついてた連中は、俺達をあぶり出すためか。」
バッシュはその厳めしい鎧に不似合いな微笑みを浮かべた。
そして、バルフレアの背に隠れる様にして立っているパンネロを見る。
「随分と勇ましい格好だな、パンネロ。」
オペラ座で騒ぎを起こした自分を捕らえに来たのだと、パンネロは身を竦めた。
「小父さま、ごめんなさい、私……」
「そんなに恐縮しなくてもいい。君を迎えに来た。」
(迎えに???)
最近、自分の予想外の展開が多くて、パンネロの思考は固まりがちだ。
「あの…あの…私を?」
「ラーサー様が君を保護したいとのことだ。私と一緒に来てくれないか?」
「ラーサー様が……?」
「悪くないんじゃないか?」
肩越しにバルフレアが口を挟む。
「ラーサーなら何があってもパンネロを守る。前にフランもそう言ってた。ヴァンみたいに無茶はしない。」
「守る……」
パンネロはおうむ返しに呟き、俯く。表情が固い。
「違う……。」
小さな声が震えていた。
「私…守られているだけなんて、嫌…」
前に立つバルフレアのシャツの袖を掴む。
「アーシェだってそうだった…アルシドさんが亡命を勧めても、自分で…って。」
「それでこそお嬢ちゃんだ。」
バルフレアはパンネロの手を握ると、フランと目で合図する。
バッシュが何かを叫ぼうとする前にフランが管制台の上昇のスイッチを拳で叩いた。
上りかけた管制台からフランが飛び降り、 続いてパンネロの手を引いたバルフレアが飛び降りた。
振り向き様に管制台の制御台を担いでいた銃で撃ち抜く。
制御台が黒い煙を吹き出し、管制台は一瞬動きを止め、すぐに下に落ちて来た。
バッシュは轟音を上げ落ちて来た塊を避け、3人が駆け出した方を目で追ったが、 その姿はもうとっくに見えなくなっていた。
地下宮殿の広間を駆け抜け、迷路の様な洞窟まで逃げて来ると、 フランはふと足を止めた。
後から追いついてきたバルフレアとパンネロも釣られて立ち止まる。
フランは首を巡らし、何かを感じたのか、その方向をじっと見据えた。
「こっちよ。」
そう言うと、先に立って歩き出す。
バルフレアはパンネロに大げさに肩を竦めてみせ、渋々後に続く。
パンネロも、そんな二人の後に首を傾げながら続く。
「ねぇ、道、そっちじゃないわ。」
「あぁ。よ~く分かってるさ。」
そこでパンネロは、ここに来る前にフランが”気になるミストを感じた”
と話していたのを思い出した。
「寄り道してく余裕はないんだがな。」
文句を言う割に、バルフレアはフランを止めようとしない。
パンネロにはそんな二人が不思議であり、ちょっぴり羨ましかったりするのだが。
「私もバルフレアとフランみたいになりたいな。なれるかな?」
「ヴァンとか?100年かけても無理だな。」
パンネロはそうかしら、と考える。
「ねぇ、バルフレア、私、小父さまとラーサー様に失礼なこと、しちゃった。」
「後でまたお手紙でも書けばいいさ。」
バルフレアは女の子特有の脈絡のない会話にだいぶ慣れたようだ。
「いいの?」
さっきからパンネロの口からヴァンやラーサーの名前が出てくる度に
何故だかおもしろくない気分になる。
それならいっそ、
「あぁ。せいぜい、手玉に取ってやるといいさ。」
バルフレアの精一杯の皮肉が通じるわけもなく、パンネロは、
「うん、分かった!」
と、うれしそうに頷くのだった。
**************
入り口付近から地下宮殿最奥までを一気に駆け抜けて来たヴァンとアーシェ。
緩い下り坂を降りた所にある”修験の扉”にやっと辿り着いた時は、 さすがに二人とも肩で息をして、汗だくだった。
「少し休んでから入ろうぜ。」
ヴァンは鞄の中から回復薬を取り出して、アーシェに手渡した。
アーシェはそれを受け取り、少しずつ飲む。
一口飲む毎に汗が引き、疲労感が薄れていく。
その傍らで、ヴァンは要らない物を鞄から出し、隅に固めて置いた。
それを終えると、今度は身に着けた装備を確認している。
「あなたはいいの?」
「俺、そんなに疲れてないし。これからポーションは貴重だろ?」
「ダメよ、そんなの。」
「アーシェ。」
いつになく強い口調のヴァンに、アーシェは何も言い返せなくなる。
ヴァンは最低限のアイテムだけを入れた鞄を、アーシェの肩に掛ける。
「昨日の夜、考えたんだ。
アーシェが俺やパンネロのためにどうしてここまでしてくれるかって。
俺達、仲間だもんな。立場とかそんなの関係ないし。
仲間のためって、理屈じゃないだろ?」
ヴァンは床に置いてあったボウガンを手に取り、アーシェの手に持たせる。
「射程内ギリギリで、出来るだけ離れてるんだ。俺に何かあったらすぐに逃げろ。」
「ヴァン、私は…」
「約束してくれないと、扉は開けない。」
アーシェは沈痛な面持ちで、ヴァンを見上げる。
「そんな顔すんなって!もちろんやっつけるさ!」
ヴァンは照れくさそうに頭を掻く。
やはりこういう雰囲気は苦手らしい。
「でも、アーシェは女王様だ。」
アーシェは唇を噛む。
「じゃあ、約束して。」
アーシェはヴァンの目の前にそっと手をさし出す。
「必ず倒すって。」
ヴァンはアーシェの手の甲に、自分の手の甲をコツン、と合わせて、
「任せろって!」
騎士ならば、そこは手に口づけるところだろうが、
(ヴァンって、本当に…)
「開けるぞ。」
ヴァンの声に、アーシェはボウガンを構え、頷いた。
重い石の扉をヴァンが開くと、途端に凄まじい冷気が溢れ出て来た。
二人は思わず両腕で顔を覆った。
扉が開き、溢れ出た冷気が外に流れ切ったところで漸く顔を上げると、 広間の中央で女が一人、すすり泣いていた。
その様はとても哀れで、その女が冷気の源でなければ、思わず駆け寄っていたところだ。
ヴァンは2本のダガーを抜いた。短剣と鞘が擦れる音で、女がゆっくりと顔を上げた。
“お前たち……”
羽織ったケープが身じろぎする度にキラキラと光る。
目を凝らすと氷の粒子が形を成した物だ。
豊かな髪は高い位置で結い上げ、 結い上げた髪を青い宝石のビーズを編み込んで垂らしてある。
光沢のある冷たいブルーの透ける様に薄い生地を、 複雑にカッティングした波打つ様な優雅な曲線のドレスを豊かな肢体に纏っている。
腰には金色の糸で刺繍が施された黒いバックスキンのベルトが巻かれ、 青い宝石が散りばめられた短剣が差してある。
肌すらも青く、その瞳は深い海の様な藍色で、 美しいが、氷属性のモンスターに有りがちな容姿だ。
だが、女の顔を見て、アーシェは思わず身震いをした。
(瞳孔が……ないんだわ……)
青い絵の具でべったりと塗りつぶした様な目だ。
“帝都に……行くんだね……”
アーシェは気力を振り絞る。気圧されたら負けだ。
ヴァンが肩越しにこちらを見たので、頷いた。
女がゆっくりと立ち上がり、右手を前にかざした。
と、同時に姿勢を限界まで低くしたヴァンが飛び出した。
酒樽程もある氷塊が砲弾の様に飛んでくるのを、 アーシェも素早く左側にジャンプして避ける。
ヴァンが吠え、両手の短剣で右、左と斬りつける。
女は瞬間移動で、広間の端へ移動する。
「アーシェ!足を止めてくれ!」
ヴァンは再び氷の砲弾をかい潜り、女にの胸元に飛び込む。
その一瞬にアーシェが炎の魔法で気を反らせる。
隙を見て、ヴァンが再び斬りつける。女は素早く身体を屈め、反らせて避ける。
(こいつ、早い…!)
次の手で斬りつけると、また広間の端へ移動する。
アーシェがすかさずヴァンに時空魔法をかけ、動きを素早くしてくれた。
(これで!)
ヴァンは女目がけてダッシュする。
大きく踏み込んでジャンプし、氷の砲弾を飛び越えると、 短剣2本を同時に振りかぶって、左肩目指して振り下ろした。
肉と骨を断ち切る手応えがあり、女の左腕が、ごとり、と音を立てて床に転がった。
休まず斬りつけてくるヴァンの攻撃を必死にかわす内に、 女の視界の端にアーシェが映った。
その瞬間、女は姿を消し、アーシェの目の前に立っていた。
「アーシェ、逃げろ!」
ヴァンが叫ぶと同時に、広間に銃声が響き渡った。
弾丸は女の左目を撃ち抜いた。
女は悲鳴を上げてうずくまった。
恐ろしいうめき声が広間に響くが、ヴァンとアーシェの耳には届いていない。
(嘘………)
広間の入り口を見て、呆然と立ちすくんでいるヴァンを見て、 そこに誰が居るのか分かった。
俄に信じられず、後ろを振り返る事が出来ない。
何か言いたいのに、唇が震えて言葉が出て来ない。
「長居は無用のようだな。」
その声にアーシェは慌てて顔を上げる。
(行ってしまう…!)
振り返ったアーシェが見たのは、 走り去るバルフレア、フラン、パンネロの後ろ姿だった。
一瞬、バルフレアがこちらを振り返り、 目が合った様な気がするのだが、その姿はすぐに見えなくなってしまった。

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