オペラ座の空賊(FF12)

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「それ」が突き破った舞台の破片が降り注ぐ中、パンネロをかばって伏せていたヴァンは信じられない物を見た。
それは巨大な鞭(むち)の様な物で、目にもとまらぬ速さで伸びて来て、気が付くともう、目の前に迫って来ていた。
ヴァンは咄嗟に両手剣を振るい、それをなぎ払った。
ヴァンに切られた「それ」の先端が舞台に転がった。
まだ生きているかの様に不気味にビチビチと跳ねている。
見ると、表面にはびっしりと吸盤の様な物で覆われていて、手応えはぐにゃり、と柔らかかった。
ヴァンは「それ」をよく知っている様な気がするのに、そのの巨大さから、「それ」がなんであるのかがすぐには思い付かない。
が、考えている先から第二波が頭上から襲って来る。
(なんだよ、コレ!!)
ヴァンは咄嗟に剣を頭上に掲げ、「それ」を受け止める。
と、「それ」はヴァンの剣にくるくると巻き付き、剣を取り上げようと強く引っ張る。
足は舞台の下の方から出ており、空いた穴にヴァンを引き込もうとしているのか。
腰を落とし、剣を奪われまいと踏ん張るヴァンの足がずるずると床を滑り舞台に空いた穴に少しずつ引き寄せられる。
「……くっ……!」
ヴァンの顔が歪む
一声吠えると、ヴァンは巻き付いたそれを振りほどき、間髪を入れず上段から切り付け、「それ」を一気に断ち切った。
と、そのヴァンの脇をすり抜け、第三波がパンネロに襲いかかる。
身体を翻し、ヴァンが剣を伸ばすが、「それ」はスルリとヴァンの剣をかいくぐった。
しまった!と思った瞬間、今度は頭上から黒い塊が飛び降りて来て、剣が閃き(ひらめき)、どう!という音とともに「それ」が切り落とされた。
「大丈夫か、ヴァン?」
「バッシュ!」
「その名で呼ばれるのは頂けんな。」
バッシュもパンネロを背にし、剣を構える。
「…アンタにしちゃあ、派手な登場だったから驚いただけだ。」
バッシュは思わずヴァンを見る。
(さっきから何を意地になっているのだ…?)
ヴァンは決してバッシュを見ようとはしない。
口をへの字に曲げ、正面を睨んでいる。余裕がまるで感じられない。
(いつものヴァンなら真っ先にパンネロを逃がすだろうに…)
バッシュは背後で舞台での緊張状態がとけぬまま、今度は謎の物体の襲撃に石の様に固まり、動けずに居るパンネロに声を掛けた。
「パンネロ、逃げなさい。」
「でも……!」
ヴァンが振り返り、噛み付く様に怒鳴る。
「行けって言ってんだろ!武器も無いのに…!足手まといだ!」
「ヴァン!後ろ!」
「それ」は鞭の様にしなり、ヴァンに襲いかかっるとヴァンの身体に巻き付き、高々と持ち上げる。
床に叩き付けるつもりだ。
振りほどこうと暴れると、それはヴァンよりも強い力で締め付けて来る。
「ヴァン!」
下方でパンネロの悲鳴を聞きながら、ヴァンは奥歯を噛み締めた。
「くそ…っ!」
「ヴァン!」
バッシュは絶え間なく襲い来る攻撃を防ぐのに手一杯で、なす術もない。
ヴァンを抱えたそれが大きく振りかぶる様にしなる。
叩き付けられる…!思わず目を閉じた時、何かが「それ」にぶつかり、破裂した。
つん、と鼻をつく火薬の臭いが辺りに漂った。
戒めが解かれ、床に落ちたヴァンが顔を上げると、柔らかい革に鮮やかな色とりどりの石がはめ込まれたサンダルと、きちんと切りそろえられ、朱色に染められた足の爪、白いドレスの裾、そしてエレガントなそれらに不似合いなハンディボム。
「あなたに聞きたい事はたくさんあるけど。」
頭上から冷たい声がする。
「まずは、あの蛸みたいな化け物を退治してからです。」
「タコぉ!?」
ヴァンは漸く「それ」の正体がなんなのか気付いた。
「あれ、タコかよ!」
合点がいき、思わず顔を上げると、そこにはアーシェが立っていて、キリキリと眉を吊り上げてヴァンを見下ろしている。
パンネロは、と見回すと、ドレスの裾に躓いて転んだのだろう、 そこをラーサーに助け起こされている。
無事な姿に安心しつつも、おもしろくない気持ちになる。
「どこを見ているの?」
アーシェがヴァンの目の前に、落とした両手剣を突き立てる。
ヴァンは更におもしろくない気分になり、落下して痛む身体をさすりながら立ち上げる。
「なんだよ、さっきからエラそうに。大体、おまえ、女王だろ? 女王がこんな所に居ていいのかよ!」
「伏せて!」
咄嗟にヴァンがかがむと、アーシェは手に持ったブルカノ式を肩の高さまで持ち上げると、腕を水平に払い、ハンディボムを放つ。
しなやかな腕から放たれた爆薬の塊をまともに喰らい、ヴァンの背後に迫っていた蛸の足がバラバラに砕け散った。
砕け散った破片が頭にべっとりと張り付いたのを、ヴァンは慌てて指先で摘んで捨てる。
優雅な出で立ちと裏腹な凄惨な攻撃に、ヴァンが何か言ってやろうと口を開きかけるが、 アーシェに冷たく睨まれて肩を竦めるしかない。
「”あれ”はパンネロを狙っています。」
ヴァンの表情に緊張が戻る。
すかさず、両手剣を引き抜き、縦に振り回して構えた。
次々を襲って来る巨大な蛸の足を切り払いながら、ヴァンはダンチョーの話を思い出した。
「地下にでっかい湖があるって!」
「”これ”はそこから来たの?」
「たぶん!本体はそこだ!足だけ出して攻撃してくる!」
ヴァンがもう一度パンネロを探すと、ラーサーに手を引かれ、 舞台裏へと走って行く後ろ姿が見えた。
ヴァンはホッとして…それでも、何故か胸がチリチリと痛んだが、気を取り直して次々を襲い来る足を切り捨てて行く。
「キリがないわ!」
屈んで、火薬を弾込めしながらアーシェが叫ぶ。
「陛下、お下がり下さい!」
「バッシュ…」
戦闘の最中だと言うのに、アーシェは穏やかに微笑む。
「私がそうすると思うの?」
(じっとしておられぬお方だ…)
バッシュは苦笑いを浮かべ、また、懐かしい名前で呼ばれた事に戸惑う。
「…この場でその名は仰いますな。」
やっとそれだけ言うと、手を取ってアーシェを立たせた。
「策があります。」
「おとりが要るのね?」
バッシュが頷く。
「あの足をかいくぐって、私が本体に接近します。」
「援護します。ヴァンは?」
「我らの動きで察するでしょう。」
「そんな危ない橋、渡ることないよっ。」
突然の声に驚き、よく通るその声の方を見ると、そこには小柄な少女が立っていた。
金色のふわふわとした巻き毛が額にかかり、その下には青く、大きな瞳が宝石の様に輝いている。
身体にぴったりとした大きく胸元の開いた丈の短い黒いジャケットを着て、ハイウエストの裾がすとんと落ちるロングスカートは、薄い綿モスリンを幾重にも重ねた鮮やかな赤、裾には砂漠の花の刺繍がほどこされている。
細い革ひものサンダルと、足の爪は金色にと色が揃えられている。
そして、頭の3倍はあるであろう、綿帽子の様な大きな赤い帽子を被っていた。
「さっきから見てるけど、あの兄ちゃん、危なっかしいんだもん。」
「あなた様は…」
アーシェもバッシュも、何故今日の賓客がこんな所に現れたのかと唖然としている。
不思議な事に、その少女が現れた途端、蛸の化け物の攻撃がにぶったので二人が襲われる事はなかったが。
「アイツ、よく知ってるんだ。リルムの大好きな仲間が歌った時も邪魔しに来たんだもん。」
言いながら少女は、緑色の表紙のスケッチブックと、筆を取り出した。
開いたスケッチブックの上に少女がサラサラと筆を滑らせると、化け物が悲鳴のような鳴き声を上げ、足という足がそれを阻止しようとリルム目がけて一斉に襲いかかった。
得物を持った3人がそれを阻止している間に、「砂漠の王様の婚約者」はスケッチブックに描いた絵を化け物に向かって高々と掲げた。
「さっさと地下に帰りな、オルトロス!アンタの居場所をコロシアムのオーナーに言いつけられたくなければね!」
一際大きな悲鳴を上げると、オルトロスと呼ばれた蛸の様なそのモンスターは舞台一面に這わせていた足を引っ込め、再び地下に潜っていった。
たったそれだけの事で静寂が戻り、何が起こったか分からずぽかんとする3人を見て、リルムはくすくすと笑う。
「ぷっ…あんた達の顔…」
「なんだよ、お前…いきなり現れて、生意気だぞ。」
ヴァンが喰ってかかるが、リルムも負けてはいない。
「へん!お仲間に助けてもらえないとなーんにも出来ないガキのくせに!エラそうに言うなって!」
「お前だってガキだろ!」
子供同士のケンカにアーシェは呆れ、バッシュはやれやれと二人に割って入る。
「ヴァン、こちらは今日の主賓のお一人だ。遠い砂漠の国からお越し頂いたお方だ。口を慎みなさい。」
「危ない所を助けて頂いたのに、失礼です。」
頭を下げるアーシェとバッシュに、リルムは居心地が悪そうに手をひらひらと振り、
「いいって、いいって!堅苦しいのは私も嫌いだし。それよりさ、この事はエドガーにはナイショだよ。勝手に危ない事してとか、うるさいからさ。」
「そのエドガー様はどちらへ?」
「さあね。婚約者放ったらかしにして、どこへ行ってんだか…」
リルムは描いた絵のページをスケッチブックから切り取り、アーシェに渡した。
「これがアイツの正体。壁にでも貼っておけば、当分出て来ないよ。」
「リルム様、これは…」
「そこのジャッジマスターにもう一つの名前があるのを、私は誰にも言わない。だから、そっちも詮索はなし。これは、その約束のしるし。」
アーシェは受け取った絵を受け取る。不格好で、間抜けな蛸の絵だ。
絵を描いた筆は、絵の具をつけた様子が全くなかった。
なのに、絵はちゃんと画用紙の上に描かれている。
それに、確かに自分もヴァンも、バッシュの名を呼んだ。
だが、聞こえる位置には誰も居なかったはずだ。
あのモンスターはこの絵と、目の前の少女を恐れていた。
(不思議なお方…)
だが、リルムの心遣いがアーシェには小気味好く思えた。
「感謝しますわ、リルム様。」
リルムは照れくさそうに笑う。
生意気そうだけど、チャーミングな笑顔だ。
「ジャッジ・ガブラス、リルム様をエドガー様の所へ。」
リルムは何か言いかけたが、すぐに諦めた様に小さく肩を竦め、大人しくバッシュの後について、舞台を後にした。
その姿を見届けると、抜き足差し足でこの場を去ろうとするヴァンが目に入り、アーシェはふぅ…とため息を一つ。
「どこに行くの、ヴァン!」
ヴァンが恐る恐る振り返る。
「聞きたい事があると言ったわね?」
アーシェの怒りの周波がぴりぴりと伝わって来る。
だが、ここで捕まっては…とヴァンは駆け出した。
「……!待ちなさい!」
「ごめん!アーシェ!」
ヴァンは客席に飛び降り、オーケストラピットの所にある柵を軽々と飛び越え、出口に向かって走る。と、不意に前にがくん、とつんのめり、その場に倒れた。
アーシェは驚き、ドレスの裾を掴み、舞台から飛び降りてヴァンに駆け寄る。
「ヴァン!どうしたの!?」
抱え起こしてもヴァンは答えない。戦闘でのダメージかと身体を調べるが、
(どこも…怪我していない…)
改めてヴァンの顔を見ると、穏やかな呼吸だ。
(………眠って…いる……?)
そう言えば、この騒ぎに兵士が一人も出て来ない。
逃げ惑っていた観客の声も聞こえてこない。
(みんな眠っているの……?)
アーシェはヴァンの両手剣を持って立ち上がると、バッシュとリルムが立ち去った方に駆け出した。

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