その後の二人。【後編】(DDFF/R18)

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宿を出るとき、昨夜の情事の声が筒抜けだったのだろう、早朝にもかかわらず、かなり好機の目で見られた気もするが、ライトニングはそれを気にする余裕などなかった。
まずは飛空艇だと、重い足を引きずり、人づてに話を聞きながら広い街を歩き回る。日が高く登った頃にライトニングは漸く旅客輸送業を再会したという飛空艇の詰め所にたどり着いた。その時はもう疲労困憊していた。昨夜は限界までフリオニールと愛し合い、朝も早い内から歩きまわっていたからだ。精神的にも悲壮な決意で恋人と別れたばかりでひどく気持ちが沈んでいて、どうして自分が歩きまわれるのか不思議なくらいだ。
「ディストに行きたい?」
飛空艇の技師長だという男は機械を扱う者にしては洒落者だった。髪をきちんと撫で付け、白いシャツを着ていて、傍らに口数の少ないフードを目深に被った背の高い助手を従えていた。技師長は訝しげにライトニングを一瞥すると、
「確かにディスと行きの便はある。だがな、復興用の資材や遺族を運ぶのに、あいにくもう満席なんだよ。」
「…そこをなんとか…頼む…」
技師長が自分で言った通り、用もない人間を載せる余裕はない。
「…ディストっても壊れた城と崩れかけた洞窟しかないんだが?あんた、何をしに行くんだ?」
ライトニングはどう答えようか、と少し考える。なんだか頭がぼんやりとしていて。その時、ポーチに入れたままのユウナがくれた召喚石を思い出した。
「…そこで…友が待ってるんだ。」
技術屋は美女の憂い顔に弱いのだろうか、情に厚いところもあるようで、物腰がいくぶんか優しくなる。
「コックピットの端でいいなら乗せてやる。」
「本当か!?」
「言っとくが、報酬はいただくぜ。俺たちだって遊びでやってるわけじゃない。」
「そうか…そうだな…」
「話が早くて助かるぜ。」
ライトニングは思わず自分の身に着けてるもので、金目になるものはないか探した。とりあえずネックレスを外そうとして、
「そんなチャチな銀細工じゃとても足りないぜ。」
そう言われても、他に何も持っていないし…とライトニングが困り果てたところで、
「そうだな、そいつが報酬だ。」
技師長はライトニングの左手を指さした。指の根元の辺りまでしかない手袋の間からフリオニールがくれた指輪が顔を覗かせていたのだ。
「この…指輪か…?これは…!」
「小さいが質の高い紅玉だな。それでどうだ?」
「…これ…は…」
ライトニングは躊躇った。何かあったときのためにとフリオニールが持たせてくれた物だ。緊急用ということなら、今、ここで使うのは問題ないはずだ。
(…だが…)
この世界に来てからずっと身に着けていて、それが当たり前になるほどだった。この指輪をもらった時も何故か感情的になってフリオニールを困らせた。別に怒るようなことでもないのに理性を失ってあんな言動をしたのは、あの時の自分はよっぽどフリオニールと離れるのが怖かったんだな、とライトニングは疲れのせいで動きの鈍い頭でそんなことを思った。
(…婚礼の、約束か…)
思い出がたくさん詰まっている大切な指輪だ。これを手放すのは身を切られる様につらいが、ライトニングはまたもや感傷的になる自分を叱咤した。
(フリオニールとこの世界を守る、そして私は消える…どうして指輪が必要なのだ…)
ライトニングはまず手袋を外し、それから指輪を乱暴に引き抜き、技師長に差し出した。技師長は何か言いたげにライトニングを見たが、何も言わずにその指輪を受け取り、しばらく手のひらの上に乗せて眺めていた。やがて、ま、いいかと小さくつぶやくと、2時間後に出航することをライトニングに伝え、助手を従えてライトニングのもとから去って行った。去り際に助手がじっとライトニングを見つめていたのが気になったが、すぐに技師長の後を追って行ってしまった。
2時間と言われても行く宛のないライトニングは工場の隅の壁にもたれかけ、出港準備をぼんやりと眺めていた。たくさんの技師が行き来し、あちこちで機械を溶接するときの火花が光り、大声で怒鳴り合うようにして機器のチェックをしているのが聞こえてきた。それが一段落し、荷物が積み込まれ始め、もうすぐ出航なのだな、とライトニングは思った。
そういえばさっき外した手袋を手に持ったままだったと左手を上げた所で薬指の指輪の跡が残っているのを見てぎゅっと手を握りしめた。が、すぐにそんな感情はすぐに表情から消えてしまう。
(…もう、前に進むしか…ないから…)
「もうすぐ出航だ。」
技師長が声をかけてきた。ライトニングはそうか、とだけ返事をして手袋を着けた。
「なんなら指輪は質草ってことにしといてやるぜ。ディストにはまだおたからがゴロゴロ眠ってるって話だ。もっといいもんが見つかったら返してやっても…」
「必要ない。」
ぴしゃりと言い切ったライトニングに、技師長は大仰に肩をすくめ、一番前のハッチから乗り込むように言うとその場を後にした。
乗り込んでみて驚いたのは飛空艇が木造だったことだ。
(…しかもプロペラとは…)
ライトニングはこれが本当に飛ぶのかと呆気に取られていると、技師長がまた声をかけてきた。
「太陽の炎を動力にしてるんだ。こう見えて意外と頑丈だ。心配しなくていい。」
飛空艇は造船台のようなドッグから海に滑り降り、そこから徐々に上昇していく。ライトニングは窓からどんどん小さくなる街を眺めた。もう2人が最後の夜を過ごした宿がどこかすら分からなかった。
「…あ!」
ライトニングが思わず声を上げてしまったのは、2人が星を眺めたあの丘を見つけたからだ。
「どうした?何が見えた?」
ライトニングは技師長の問いかけを無視した。技師長が言った通り、飛空艇は満杯なのだろう、コックピットにもいくつか貨物が置かれていた。ライトニングは貨物と壁の隙間に程よいスペースを見つけてそこに膝を抱えて座り込んだ。
(…今の内に休むか…)
ライトニングは貨物にもたれかかり、目を閉じた。
(…最低のセックスだった…)
フリオニールと別れる前の最後の夜のことをライトニングはそんな風に思った。それでも、とライトニングは思う。フリオニールに本当にすまない気持ちでいっぱいだが、それでもあそこまで求められたことが、今でも身体が震えるほど幸福に感じる。フリオニールを苦しめ、それが幸せだったと思える自分は人として最低だが、それでも思い出すと激しく自分を、自分だけを求められたことが幸せだったと言い切ることができる。
たとえ最低の別れでも、あれが幸せと思えるのは、
(…私にも…どこか、いびつに、歪んだところがあるのか…)
フリオニールの心配どころではないな、とライトニングは自嘲する。本当に最低なセックスだったのに。だが、自分が消えてしまう、というのはある意味都合が良いかもしれない。心の中に出来たそのいびつな歪みも、もう向き合う必要はないのだ。
(もう…考えなくて…いい…)
そうだ、飛び立ってしまえば、あとはもう全て遥か彼方でのことなのだ。
(…疲れた…な…)
風を切る音と、ゴトゴトと揺れる貨物の単調な揺れが眠気を誘う。ライトニングは眠気に耐えかね、どうかフリオニールが苦しまずに幸せになってくれればそれでいい、それだけを願い、眠りに落ちた。
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飛空艇が下降を始めた気圧の変化でライトニングは目を覚ました。この飛空艇の形状でどうやって着陸をするのかと思って間近にある窓から見下ろすと着艦できるドッグが見えた。
「あそこから垂直離着陸するのか?」
近くで舵をとっていた技師長はおや?という風にライトニングを見る。
「そうだ。こんな重い船体、滑走で浮かせるには莫大な燃料がいるからな。ディストは小さな島だ。長い滑走路も作れない。」
「それで離着陸のためのタイヤが付いていないのか…」
「あんた、詳しいな。」
喋り過ぎた、とライトニングは口を噤む。技師長もそれ以上話しかけてはこなかった。
着艦し、ハッチが開くと、ライトニングは無言で艦を降りようとする。そんなライトニングの背中に技師長が声をかけた。
「おい、帰りはどうするつもりだ?」
ライトニングは振り向きもせず、
「必要ない。」
とだけ答え、そこでふと足を止め、技師長に尋ねた。
「…飛竜はどこにいる?」
「飛竜だと?」
「…飛竜なら城の北の山の中の洞窟よ。」
今まで一言も喋らなかった助手が初めて口を開いた。
(…女だったのか…)
目深にフードを被っていて分からなかったが。
「もっとも、飛竜はもう絶滅していないわ。でも、最深部に“命の泉”と呼ばれる水場がある。あなたが持っている不思議な石があれば、あるいは。」
技師長は余計なことを、とでも言いたげに舌打ちをし、ライトニングは何故自分が召喚石を持っていることを知られたのかと呆然とし、次に警戒して武器に手を掛けた。
「俺の相棒はお前さんが持ってるような“不思議なモノ”に敏感なんだ。心配すんな。どうこうする気はない。」
技師長の言葉に、ライトニングは2人を改めて見てみる。こちらに干渉してくる気配も、召喚石を狙っている様子もなさそうだ。ライトニングは武器から手を離した。
「情報には…感謝する…だが…」
「別にいいさ。これは相棒のおせっかいだ。」
「ディストの洞窟のモンスターは手強い。気をつけて。」
助手の言葉にライトニングは頷き、そのままタラップを降りた。
「次の船は2日後だ。」
技師長が声をかけたが、ライトニングはもう答えなかった。
飛空艇からは荷物や他の乗客が降り始めているのを後目に、ライトニングは北を目指して歩き始めた。
(次の船は…二日後…)
もしフリオニールが追ってくれば、それまでに2日かかるということだ。そこまで考えてライトニングは足を止めた。フリオニールが後を追って来たら…そう考えるといても立っても居られず、足を早めた。
(追ってくる…絶対に…)
それは勘などという生易しいものではない。確信だった。後を追うなと念を押しておけばよかったと今さら後悔する。
(だが…)
フリオニールはライトニングが居なくなるのを分かってリボンを渡したのだ。もう自分のことを諦めたのではないか、そう考えると進む速度が少しずつゆっくりになり、そうして遂には止まってしまう。
(あれだけ…ひどいことを言ったんだ…追って…くるはずは…)
ライトニングは頭を大きく左右に振り、また前を向いた歩き出した。
(この期に及んで…私はまだ…)
ダンジョンに潜るというのに、ライトニングが持っているのはティファにもらったポーションと、ユウナにもらった召喚石だけだった。こんな廃墟の街だ、武器やアイテムの補充は到底ムリだろうそれでも構わず目的地を目指す。
(2日の間にケリを付ける…)
ラグナやヴァンにもらった弾ならまだ充分ある。これさえあれば良い、そう思った。自暴自棄とはこういうことだろうか、とライトニングは鼻で笑う。よく思い出せないが、自分の居た世界でもそんな無茶をしたことがあるような気がする。
本当は追ってきて欲しい、そんな気持ちを心の奥深くに押し込んで、ライトニングはひたすら北を目指した。

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