その後の二人。【後編】(DDFF/R18)

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もともとこの宿しか空いていなかったからこの部屋にしたのだが、つくづくやめておけばよかった、とフリオニールは思った。いったいどれくらい眠ったのだろう、外はもう陽が沈みかけている。
夕暮れのせいだけではなく妙に翳りのある部屋だ。部屋の隅にはほこりが溜まり、オイルヒーターのパイプは錆びていた。壁紙は色あせていて、テーブルの椅子は揃いではなくありあわせだ。そういったみすぼらしいものはフリオニールの憂鬱な気持ちを余計に落ち込ませた。ただでさえ酷い部屋なのに、ここにはもうあの美しい恋人はいないのだ。窓際に生けられていたばらの花も持ち去られ、ほんのわずかに残った彼女の残り香だけが、彼女がそこにいたことを教えてくれていた。
(だが、もうそれも消えてしまうだろう…)
眠りが浅くなったその時に飛空艇が飛び立つ音を聞いたような気がした。その時はもう窓の外が明るかったがような気がする。まともな睡眠をとっていなかったフリオニールはそれが何時頃なのかは定かではない。
宿にチェックインした時に、ディストに週に何度か定期的に飛んでいることは確認済みだった。意思の強い彼女のことだ、ちゃんとそれに乗って目的地を目指して飛び立っていったのだろう。だが彼女がそれに乗って、自分の手の届かないところに行ってしまうということを認めたくなくて、目が覚めかけたのを無理矢理二度寝してしまったのだ。
悲しい、と言うよりも酷く空虚な感じだった。ただただ空っぽな感じで、この世界にも自分の存在も何もかもがどうでもよく思えていた。
時折、本当にこれで良かったのだろうか、彼女を追うべきではないかと言う考えが頭に浮かんだ。彼女はもう自分を必要ないといったが、それは何らかの理由で自分を遠ざけようとしていたためではないか。
だが彼女がそこまで言うのならば、それだけの、自分にはとても理解できないような何か大きな理由があるのだろう。だとしたら彼女の意思を尊重し、彼女の思う通りにさせてやるのが自分にできることではないかとも思う。
これからどうしたものか、とフリオニールは考えた。今の自分は一人ぼっちでどこにも行くあてがない。ライトニングと一緒に故郷に帰ろうとしていたことを思い出し、
(だとしたら、船…だな…)
フリオニールはのろのろと身体を起こし、そのままバスルームに向かった。汗を流してしまうと昨日のライトニングと愛し合った思い出すらも流れていきそうな気がする。でもそれは単なる感傷だ、と自分に言い聞かせシャワーのコックをひねった。
冷たい水の下に体を投げ出すと、流れ落ちてくる水は止めどなくまるで雨のようにフリオニールを打ち据え、叩きのめした。涙が溢れて止まらなかった。フリオニールはその場に膝をつき、拳を床に叩きつけ、獣のように慟哭した。空っぽ、というのは悲しいよりもつらいことなのだとフリオニールは知る。どんなに泣いても喚いてもその空虚は埋められない、ライトニングは戻ってこない。そんなことはフリオニール自身が一番よくわかっていた。情けない、そう思う。だがこの深い虚ろを癒やすすべをフリオニールは他に知らなかった。
(どうして出会ってしまったのだろう…)
なぜこんな、まるでだまし討ちのようなひどい再会だったのだろう。彼女は突然目の前に現れて、異世界からやってきた恋人だと言っていた。何か約束を、とても大切な約束をしていたらしい。でも自分は何も思い出せず、ただ彼女に請われるままここに連れてきただけだ。
短い間に自分はあの美しい恋人に何かしてあげられたのだろうかと自問する。自分と一緒にいて、離れなければならないことが彼女を苦しめたのではないか。だとしたらとてつもなく理不尽だ。あまりにもひどいではないか。
(もう…忘れるしかないのか…)
彼女の言動から鑑みるに、きっと彼女はそれを望んでいるのだろう。ならば自分はその通りにするしかない。フリオニールはのろのろと立ち上がると床に落ちた湿ったバスタオルで体を拭き、衣服を身に着けた。まるで自分の身体の一部のように感じていた甲冑や武器が、今日はやけに肌に冷たく、身体に重く感じた。その違和感が寂しい気持ちを加速させ、フリオニールは懐かしいこの世界での家族や仲間の下に帰ることに心を決めた。
帰りの旅費の算段をしようとして、フリオニールはライトニングが一銭もギルを持っていっていないのではないかと思い辺り、慌ててギルが入った小さな革袋を取り出した。誠実な彼女のことだ、フリオニールに黙って旅費を持ち出すなどと、とても考えられなかった。
(やっぱり…!)
予想通り、1ギルも減っていなかった。
(それじゃぁ…ライトはどうやって飛空艇に?)
フリオニールは部屋を飛び出した。宿の人間がニヤニヤするのも意に介さず、飛空艇の責任者がどこにいるか尋ね、そこに向かって駆け出した。飛空艇が飛び立った後だからすぐに責任者に会えるかどうかは分からなかったが、いてもたってもいられなかったのだ。
フリオニールが以前世話になった先代の、その後任が誰かは知らない。会ってもらえるのかも分からない。だが、ライトニングが無事に飛空艇に乗ったかどうか、なんとかそれだけでも確認したかった。
(いや、いくら飛竜があったとしても皇帝の所まで1人で、無一文で行くなんて…)
ディストは廃墟になっていた。休める場所もアイテムを補充できる道具屋もない。やはり放ってはおけない。まだ心の中で葛藤していたが、ライトニングが無事に目的地に着く位までは、せめて陰ながらでも手助けをしたいと思った。
(そうだ…悩むくらいなら…)
恋人の後を追うことに決めると、身体に力が湧いてきた。
(仕方がないじゃないか…たとえ邪魔だと言われても…俺は、やっぱりライトの手助けに…)
フリオニールはここで言葉を飾っても意味がないことに気がついた。
たとえ邪魔でも、たとえ未練がましくて情けなくても、もう少し、もう少しでいいのだ、あんなひどい別れではなくちゃんと最後まで彼女を見守りたい。何もわからないまま、何もできないままなんてあまりにもおかしい。
(そうだ…おかしい…)
おかしい、という気持ちはフリオニールに生まれた小さな叛逆の気持ちだった。今まで感じていた理不尽さを漸く認識するようになったのだ。もっともフリオニールにその自覚はなく、ただひたすらライトニングが心配で、恋しいのみだった。
フリオニールが飛空艇のドックに辿り着いた時、予想通り飛空艇は飛び立った後でドッグの扉は硬く閉ざされていた。何人か職員らしき者たちがいたが、尋ねてみても飛空艇が戻ってくるのは今日の夜おそくで、ライトニングらしき女性が飛空艇に乗ったかどうかも分からないとの事だった。決意をしたのはいいが、いきなり手詰まりでフリオニールは途方に暮れてしまった。
(それだけライトとの距離が離されていく…)
フリオニールは後悔でいっぱいになっていた。なぜあの時彼女を止めなかったのか、問いたださなかったのか。
(何故かはわからない…でも…ライトの言う通りにしてあげるほうがいいと思ったんだ…)
しかし後悔したところで後の祭りである。フリオニールはジリジリしながら飛空艇が戻ってくるのを待った。その間、なぜライトニングが自分を置いて行ったのか、どうして自分はそれを止めようとしなかったのかを考えた。
(別れを告げられて動揺して…)
それで冷静に考えられなかったのだろうか?後悔と自分を叱咤する気持ちと、ライトニングが心配で胸がばくばくと音を立てている。そんな自分にフリオニールは落ち着け、冷静になれ、と何度も言い聞かせる。
(さもないと…本当に、もう二度と会えない…)
ユウナからもらった不思議な色の石、あれから察するにライトニングの目的地はおそらくディストの洞窟の命の泉だろう。キーワードは召喚石、自分が知らない未知の力を持った召喚士のユウナ、そして、
(皇帝…!!)
なんでこんな簡単なことに気がつかなかったんだとフリオニールは頭を抱えた。
ライトニングと皇帝、もしくはユウナの間でどんな会話がなされたかフリオニールには想像もつかない。だが、皇帝が自分とライトニングを引き離すために何か策を講じてのではないか。ライトニングが自分を犠牲にし、フリオニールを巻き込まないための詭弁を弄したのではないか、だとすれば。
(これは…奴の罠だ…)
だが、とフリオニールは首を傾げた。
(俺とライトを引き離すことが奴の目的なら…何故、奴は俺とライトを同時に雪原に放り出したんだ…?)
ここに辿り着くまで何度もあった皇帝とイミテーションの襲来、あれだけの物量をもってすれば自分たちを引き離すことも容易いはずだ。
(…そうだ、このことは何度かライトと話し合った…)
結局理由がわからず、先送りにしてしまっていたが。ディストに行けば、飛竜を復活させ皇帝のもとに行けば全ては分かるのだろうか。フリオニールはひたすら水平線から飛空艇が姿を見せるその時を待った。
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一方、ライトニングはひらすら北を目指して急いでいた。地響きがし、背後でプロペラの音が聞こえたのに振り返ると、飛空艇が離陸をしているのが見えた。
(街に戻るのか…)
ライトニングは焦った。街からここまで飛空艇で2時間ほどだったと思う。飛空艇が町に戻ったら、待ち構えていてフリオニールがなんらかの手をつくし、飛空艇を折り返して後を追ってくるのではないかと思ったからだ。
(そうだ…)
いくら拒絶の言葉を投げつけたとしてもフリオニールは、あの優しい恋人はきっと自分を追ってくるだろう。
ライトニングは踵を返し再び歩きはじめた。急がなくては、と、足を前へ前へと進める。焦る気持ちのせいで終いには小走りになっていた。洞窟までの道は緩い上り坂になっていて、長い間人が通っていないせいで荒れ、大きな石がゴロゴロと転がっていた。ライトニングはその1つに足を取られ前のめりにつんのめった。思わず手をついて石を避けて道の傍の草むらに倒れ込んだ。
(何をやっている…)
大した痛みではないが、膝を思い切りぶつけた。そんなちっぽけな痛み、敵と戦って負った傷に比べると取るに足らないものだった。なのに、目尻に涙が浮かんだ。
どんなに心を封じ込めようとしてもフリオニールのことを考えずにはいられない。フリオニールの為なのだ、追ってこられては意味がない。なのに、なぜ追いかけてくると思うと、こんなにも動揺してしまうのだと自分が情けなくて仕方がなかった。
ライトニングは半ば自棄になって草むらの上に仰向けにゴロリと横になった。すると、淡いサーモンピンクとラベンダーの見事なグラデーションの夕焼け空が目に飛び込んできた。目が釘付けになった。がんじがらめになっていた心がすぅと解き放たれる感じがした。
(…なんだ?)
フリオニールと一緒に星空を見たあの時の気持ちに似たような感覚だ。ライトニングは大きく息を吸い込んだ。暫くの間呼吸をしていたことすら忘れていた気がする。飛空艇に乗って空を飛んでいたのに、空を見ずに地上ばかりを目で追っていた。
ライトニングは立ち上がり、ぐるりと周りの景色を見渡した。眼下には朽ちかけた石造りの城、まるでおとぎ話の中に出てくるような古い崩れかけた城塞が見えた。さっきその横を通り抜けたばかりだというのにろくに目もくれなかった。だが、それは夕暮れという時間も相まってか、滅びてしまった物の悲哀を言葉にできないほどの趣として醸し出していた。
その城塞から海はすぐそこで、夕陽の色を美しく照り返していた。遠くから波の音が聞こえてきて、きれいだな、と素直に心が開いていった。ライトニングは思わずその場にいない恋人語りかけた。
「お前の世界は…美しいのだな…」
もしその言葉をフリオニールが聞いたら、きっとうれしそうに笑うのだろうな、とライトニングは思った。あの時のはにかんだ笑顔を思い出し、胸が暖かくなった。そしてこの世界を守りたいと思った気持ちをもう一度思い出した。
フリオニールが後を追ってくるとしたらそれはきっと誰にも止めようがないのだろう。もし自分がフリオニールの立場だったらきっと心配で心配で、同じように後を追わずにはいられないだろう。そうして、それを誰にも邪魔させない。
(その気持ちだけで充分だ…)
それでもライトニングは自分が消えていくところをフリオニールには見せたくないと思う。これ以上悲しませたくないのだ。仮に追いついてきたとしても、その時には全てが終わっていなければならない。
(急がなくては…)
さっきまでの悲壮な決意とは違っていた。全てを受け入れる心持ちになった。歩みを進めると、緩やかな傾斜が徐々に急になっていって、そこを上り切った先にぽっかりと空いた洞窟の入り口が見えた。
ライトニングは疲れていたが、ためらうことなく洞窟に足を踏み入れた。

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