その後の二人。【後編】(DDFF/R18)

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フリオニールは洞窟への坂道をひたすら走っていた。飛空艇が着陸する寸前、突然助手が飛竜が生まれ、飛び立とうとしていると言ったからだ。
(行ってしまう…!)
のぼり坂を前に何度もつんのめりながら走る。心臓が破れそうでだ。だが、ここで立ち止まったらもうライトニングに会えないのではないかという想いがフリオニールを前へ前へとかき立てる。
死にかけの動物のようは苦しい息の音だけが耳に響く。心臓だけではなく肺も破れてしまいそうだ。ひたすら足を前に進めるが、さほど傾斜が急でもない坂道がやけに息苦しく長く感じた。身体が重くて思った様に身前に進めない。
フリオニールは肩に担いでいた弓を道端に捨てた。風をはらんで翻るマントも、
(邪魔だ…!)
と、肩から留め具を外し脱ぎ捨てた。風にあおられマントは地に落ちる前に風に飛ばされ一旦高く舞い上がり、そのまま地上に落ちた。
それでも身体は軽くならなかった。フリオニール腰に差してあった斧を、歩きながらそのまま地面に落とした。背中に背負っていた槍も歩くのにとても邪魔だった。異世界からの仲間が置いていってくれた大事なものではあるが、ライトニングよりも大切なものはないと、これも歩きながら留め具を外しそのまま地に落とした。槍は坂を転がり落ち少し平らになったところで止まった。
フリオニールはそれに振り返りもせず洞窟を目指す。汗のせいで服が身体に張り付き、喉がカラカラだっただが、そんなことよりもライトニングに追いつかなければとその一心で走り続けた。
次は杖がズシリと腰のあたりで重く、フリオニールの歩みを妨害した。フリオニールは杖も金具を外して道端に落ちるがままにさせておいた。何かあれば剣と盾すらあればなんとかなると足元に括りつけてあるナイフも道すがらに捨ててしまった。それでも身体はまだ重いままで洞窟はまだまだ先だ。
フリオニールは今度は肩甲を外し、胸当てを外し、腰の甲冑も外した。足元の物は一旦止まって外さないといけないのでそのままにしておいた。
早く行かなくては、早く、早く!と、まともな思考はほとんど働かず、ただ頭の中ではひたすらライトニングの名前を繰り返していた。やっと洞窟の入り口が見えてきた。間に合った、もうひと息だ、そう思ったところで何か大きな影がそこから飛び出してきて、羽ばたく音とともに空高く舞い上がった。
フリオニールは驚いて空を見上げ、それが飛龍で、羽ばたく羽の合間からライトニングのピンクブロンドの髪が月明かりを受けて受けてキラキラと光っているのが見えた。
「ライト!」
思わず叫んだフリオニールの声が届いたのか、ライトニングが一瞬こちらを見たような気がした。フリオニールは飛び去る飛竜の後を追って坂道を駆け降りようとした。
「待て!フリオニール!」
誰かに不意に呼び止められ、フリオニール思わず足を止めて後ろ振り返った。そこには修行者のようなみすぼらしい服をまとった男が立っていた。質素な身なりではあるが気品のある顔立ちとまばゆい金髪と、そしてその眼光の鋭さからどこか高貴さを感じる男だった。
「君は…ひょっとして…」
ロクに息ができず途切れ、途切れにフリオニールは目の前の男に尋ねる。
「…竜騎士の…カインか?」
男は少し驚いた顔をしてフリオニールを見つめた。
「俺のことを思い出したのか?」
「ライトに…聞いた…」
フリオニールはまだ息が整わない。そうして話しながらも飛竜が飛び去ったあとを目で追い続けているが、それは夜の空に吸い込まれていき、もうとっくに見えなくなっていた。
「…ライトから話を聞いて…それに、君は槍を持っているし…俺が知っている竜騎士と…雰囲気がとても似ていると思ったんだ。」
「そうか…」
カインは顔を伏せた。その仕草がフリオニールの視線から逃げているようで、フリオニールは違和感を覚えた。だが、ライトニングを追う手がかりはもう目の前のこの男しか居ないのだ。
「すまない…できるだけ引き留めようとした。だが…」
「ライトは…皇帝の所に向かったのか…」
そうだ、と答え、カインはとうとうフリオニールに背を向けてしまった。
「お前を攻めても詮ないことだが…どうして別行動をとった?」
それは…と言いかけて、フリオニールは口ごもった。2人の痴話喧嘩を人に聞かせるような気恥ずかしさと、2人だけの問題をなぜかつての仲間とはいえ、自分の記憶にない相手に話せばならないのだと思ったからだ。
「おおかた、ライトニングが一人で行くと言い張ったのだろう。」
ライトニングのことを良く知っているという風な口ぶりが不愉快に思えてしまうのだが、今はそんな小さなやきもちを焼いている場合ではないと、
「…その通りだ。もう…俺にできることはない、関係ない、そんな風に言っていた…」
カインは振り返り、フリオニールの顔をちらりと見て、
「フリオニール、俺は色恋沙汰には疎いが、それでもそれが言葉通りの意味ではないことくらいは分かるぞ。」
少々呆れた風に言われ、フリオニールは思わずカッとなってしまう。
「そうは言っても…!一人で行くという理由を教えてもくれない…一人で…悩んで、何も話してくれなくて…!」
ライトニングとその周りだけで事が進んでいくのに、何も出来ない、何もわからない、そんな憤りを思わず目の前に居るカインにぶつけてしまう。カインはじっとフリオニールの顔を見つめていたが、
「…そうだったな、お前は事情を何も知らなかったのだな。すまない、お前が悪いかのような言い方になってしまった。」
「…いや…俺こそ…」
元来、気の良いフリオニールは相手が素直に折れてくると、即座に自分からも素直に詫びる。
「一体何がどうなってライトは一人で行ってしまったのか…理由が分からなくて君にあたってしまった…」
「フリオニール。」
カインは漸く正面からフリオニールの顔を見つめた。
「お前の…この世界に召喚士と召喚獣は存在するのか?」
不意にそんなことを聞いてきたカインにフリオニールは首を傾げつつ、
「ユウナのような…か?いや、俺の世界にはそんな術師は居ない。だから彼女が戦ってるのを見た時は驚いた。」
「フリオニール、俺にはどうやって皇帝がライトニングをこの世界に呼び寄せたかはわからん。奴がライトニングを召喚したというのも、はったりではないかと思っていた。」
「ああ…それが…?」
「だが、奴はジェクトの持っていたコスモスの力を使って異世界を渡り、イミテーションを呼び寄せた。そこまでの力を持っているとなると、あながちはったりとも言えんのではないかと思ってな。」
「…そうか…」
フリオニールにはカインが何を言おうとしているのかがよく分からない。とりあえず相槌はうっているものの、その意図がわからず、曖昧な返事になる。
「フリオニール、この世界でのライトニングと皇帝の関係は謂わば召喚士と召喚獣のようなものだ。それがどういうことか分かるか?」
「いや…」
この世界に存在しないもののことを聞かれても分からないので、フリオニールは素直に首を横に振る。
「召喚獣は召喚士の召喚魔法で異世界から呼び寄せられる。召喚士がもとの世界に戻れと命ずれば戻るし、召喚士が消えれば召喚獣も消える。それがどういうことか分かるか?」
「どういう…ことかって…」
全てのピースが合わさった。ライトニングが皇帝を追う理由、そして、自分を拒絶した理由を。
フリオニールは即座に踵を返し、麓に向けて走りだした。
「どこへ行く、フリオニール!」
「飛空艇を…まだ飛び立ってないはずだ!それでライトを追う!」
「皇帝の居城は飛竜でないと入れない!お前はよく知っているはずだ!」
言われて、フリオニールは膝から崩れ落ちた。そうして、ライトニングの言葉を思い出した。
「まるで、私を生かすも殺すも奴に握られてる様な気がしておぞましさすら感じる。それをお前に話すことがどうしても出来なかった
彼女はあの時、己の運命を知っていたのだろうか、フリオニールは呆然として考えがまとまらなかった。
(どうして…話してくれなかった…)
どうして。ライトニングと出会って頭の中はいつもそれだった。最初から今まで、ずっとだ。
(召喚士が消えれば…召喚獣も消える…)
消えてしまうのがわかっていながら、どうして皇帝の元に向かったのか。自分と離れ離れになるだけではない、消滅など、会えなくなるどころの話ではないはずだ。なのに、どうして、なんの為に、何故自分に話してくれなかったのか。
「フリオニール!」
気が付くと、フリオニールの目の前にカインの顔があった。
「フリオニール、俺は…俺達はライトニングを消滅させるために助けにきたわけではない。お前はどうだ?」
「俺は…」
答えるまでもなかった。
「ライトを…消滅などさせない…!」
カインはフリオニールの言葉を聞いて、頷いてみせた。その表情からまだ何か手立てがあるのではないかとフリオニールはカインに詰め寄った。
「カイン…頼む!ライトを助けたように、俺も助けて欲しい…ライトを追うには飛竜でないと無理だ。君なら何か方法を知ってるんじゃないのか!?」
カインは懐からペンダントを取り出し、それをフリオニールに渡した。
「これが何か分かるな?」
「竜騎士が使う…ペンダントか。」
「ライトニングを送り届けたあと、飛竜はここに戻ってくる。それに乗ってあとを追え。そのペンダントがあれば飛竜と話ができる。」
「わかった…だが、間に合うのか…」
「ヤツの居る城は、ライトニングは初めてだがお前は前に訪れたことがあるのだろう。それに賭けるしかないだろう。」
フリオニールはじっとペンダントを見つめ、やがて意を決して顔を上げると、
「わかった。ありがとう、カイン!」
「礼を言われるとは、面映いな。」
カインは異世界のあの戦いでフリオニールを眠らせるために不意打ちをしたことを打ち明けようかと思った。さすがに最初は目を合わせるのも気まずかったのだが、不意打ちをし、眠らせた時のフリオニールと今のフリオニールが変わっていないことに、どうしてだか救われたような気がして、余計なことだと言わないでおいた。
「カイン、君ももうすぐユウナや、他の仲間たちのように消えてしまうのか?」
「ああ…もうすぐ…な。」
「そうか…」
「フリオニール、ライトニングが何故この世界に出現したのかは分からん。皇帝の思惑が絡んでいるのは確かだろう。だが…」
「うん。諦めない。」
フリオニールは即座に答えた。小気味良い答えに、カインは安堵の笑みを漏らした。
「フリオニール、俺はあの世界で、あの世界の成り立ちについていくばくかの知識がある。神々の戦いは何度も続き、俺達がイミテーションの現れる次元の歪みを破壊したのは12回めの戦いだ。その次の戦いで何が起こったかは分からん。だが、お前たちはクリスタルを形にし、カオスに勝利し、この世界に戻って来たのだろう。」
「それは、君たちが希望を繋いでくれたからだと聞いた。」
「戦いが終わり、敗北した側の戦士には記憶がない。だが、俺や…ユウナのように戦いの後で何度か蘇った者はわずかだが前の戦いのことを覚えていたり、戦いを繰り返すことで少しずつ元の世界の記憶を取り戻していった。」
フリオニールはその話を聞き、ライトニングを抱けば抱くほど何かを思い出しそうな感覚が沸き起こってきたことや、あの世界で記憶をわずかだが思い出したことがあったのを思い出した。
「カイン、俺は…あの世界で、ライトと何か約束をしたらしい…だが…」
「思い出せないのか?」
「こんな事を聞くのは…何と言うか、おかしい…と自分でも思うのだが、何か心当たりはないか…?その、俺達がこうやって別々に行動しているのも、俺がそれを思い出せなくてライトを何度も落胆させて…ぎくしゃくしてしまった…」
フリオニールの質問に一瞬面食らったカインだが、2人が別行動を取った要因と聞いて捨ててはおけない、と、少し考えこんで、
「そう言えば…セシルが何か言っていたな…花がどうとか…」
「そ…それだ!ライトも花だと…」
「すまんが、俺もそれ以上はわからん。」
「カイン…!!」
思わずフリオニールが声を上げたのはカインの姿が少しずつ透け始めたからだ。カインは消える前に最後に何か助言し忘れたことはないかとフリオニールの顔を見つめ、必死に思い出そうとする。
「待て、そう言えば…ラグナが…」
「ラグナ……ライトが…仲間の一人だと…」
「だが、それ以上は本当に分からん…」
「そうか…いや、充分だ…」
カインはフリオニールに手を差し出した。フリオニールは握り返そうとしたが、消えかけているカインの手を取ることは出来なかった。
「フリオニール…頼む…俺達の仲間を…」
その言葉を最後に、カインの姿はフリオニールの前から完全に消えてしまった。

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