その後の二人。【後編】(DDFF/R18)

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(あれ…?)
確かに目の前に立っていたはずのライトニングが居ない。思わず足を止めた瞬間、ザクリ、と剣が肉と骨を貫く嫌な音が聞こえた。フリオニールが嫌な予感に思わず胸元を見ると、自分の胸を刃が貫いているのが目に入った。貫いてるのは刃が緩く弧を描きながら先が細く尖っている、見覚えのあるあの剣だ。愛おしい恋人が教えてくれたのをよく覚えていた。刀身に刻まれた文字は彼女の世界の文字で彼女の名前だと。
痛みはさほど感じなかった。だが、刃が刺さったそこから血と共に自分の命がものすごい勢いで流出していく感じがする。身体中が悲鳴をあげる幻聴がした。ライトニングがどうして自分を刺すのか分からず、パニックはますます深まる。息を吸っても身体の中に入って来ず、身体の自由が効かなくなり、指一本自分の思い通りに動かせない。だが、それでも死力を振り絞って後ろを振り向く。彼女のこの仕打が何故なのか聞かずにおられない。
「ら、ラ……イト………」
ライトニングはフリオニールの背中に身体ごと押し付けるようにして剣を差し込んでいた。フリオニールに呼ばれ、ゆっくりと顔を上げた。
「うわあああああああああああ!」
フリオニールは恐怖のあまり目を見開き、叫び声を上げ、慌ててライトニングから、いや、ライトニングの形をした透き通るガラスのような人形から身体を離そうと必死でもがいた。
「違う!お前、は…ライトじゃない…っ!」
必死でその場から離れようとしても人形は逃げるフリオニールの身体に更に剣を差し込む。視界がどんどん暗くなり、やがて真っ暗になった。刺された所から身体がどんどん冷たくなる。
(あれは…イミテーション…だ…)
森の中で戦った、クリスタル鉱石で出来た意思を持たない兵士。
(ここで…ここまで…なのか…ライトに…ライトを助けることも出来ない…で…)
どうにか息を吸い込もうとして、はあはあと口をぱくぱくさせていたが、やがてそれも止まり、大量の血が気管にこみ上げてくる感覚を最後に、フリオニールはその場に崩れ落ちた。
「大丈夫か、フリオニール。」
不意に呼ばれて目を覚ますと、目の前に甲冑を纏った男の顔があった。
「頭を打ったようだが、立てるか?」
強い意思を持った瞳は湖水に映った月の様に清廉とした光を放っている。その男の顔を見て、フリオニールはすぐに自分がどこに居るかを思い出した。
そこは朽ちかけた神殿のようだった。正面に崩れかけた玉座があり、そこに向かって長いスロープがある。玉座の両側には不気味なモンスターのような物が描かれた絵が飾られている。フリオニールには見慣れた場所だった。
「済まない。手を貸してもらえるか?」
男は深い紺色の甲冑を身に着けていた。フリオニールが身に着けているものとは違って、大きな襟、天に向かって伸びる角のような立派な装飾、どれも真の騎士が身に着けるものだ。フリオニールがよく知っている、名前こそないが、コスモスの戦士を率いるリーダー格の光の戦士だ。
「またあなたに助けられた。」
光の戦士、ウォーリア・オブ・ライトは先に立ち上がるとフリオニールに手を差し出した。
「俺は…頭を打ったと言っていたな。いったい何が…?」
「我々はここで合流し、共に他の戦士を探しに行こうと話をしていたところだ。そこをイミテーションの大群に襲われた。君は私をかばい、そこでイミテーションにぶつかって反動で壁に頭を強く打ち付けた。」
(そうだっただろうか?)
だが実際に頭がズキズキと痛むし、なによりも尊敬している光の戦士がそう言っているのだ。
「勝たねば。」
強く言い切る光の戦士の声にフリオニールは頷いた。そうだ、コスモスは自分がカオスに敗れたのだと心に語りかけてきたではないか。
「他の仲間と早く合流しよう。皆の居場所に心当たりがある。」
フリオニールはそう言って先に立って歩き出したところで、背中を強く押され、突き飛ばされたかのように前につんのめった。驚いて振り返ると、そこに居たのはフリオニールが良く知る光の戦士ではなかった。
「イミテーション……!」
フリオニールは混乱した。さっきまで言葉を交わしていた仲間がなぜ急にイミテーションに突然姿を変えたのだ。いや、それよりも、
(同じようなことが…前にも、あった……?)
背中が焼けるように熱い。肩越しに自らの背中を見ると、左の肩から背中を斜めに大きな傷が横切っていた。切られた傷は深く、大きな血管からも小さな血管からも、どくどくと血が流れていく。フリオニールは立って居られず、その場にどう、と倒れた。光の戦士の姿を模したイミテーションが両手で剣を下向きに持ち、ためらうことなくフリオニールの心臓を刺し貫いたところで、フリオニールの意識は暗い闇に飲み込まれた。
「フリオニール、大丈夫?」
利発そうな額と緑色の瞳の少年と、心配そうなラベンダー色の瞳の少女が自分の顔を覗きこんでいる。
「…オニオン・ナイトに…ティナ…?」
ごく自然に名前が口から出た。そのことに違和感を感じるのだが、それが何かはっきりしない。何もかも咬み合っていないのに、ここに居るのが当たり前だとも思える。仲間に会えてホッとした気持ちと、頭の中に霧がかかったようなはっきりしない不安がない交ぜになっている。
「僕がケアル、ティナがポーションを持ってたんだ。危ないところだったよ、本当に。」
「でも良かった、目を覚ましてくれて。びっくりしたの。フリオニール、自分からイミテーションに近づいて行ったから。」
「俺が…?自分から…?」
「そうだよ。」
オニオン・ナイトとティナに呼ばれて目覚めるまで自分は何をしていたのだろう?自分からイミテーションに近づいた?フリオニールは自問自答を繰り返す。起き上がろうとすると目眩がした。
「無理しちゃダメだよ。」
「ひどく出血してたの。暫く休んでいたら?」
「いや…それより、君たちは?」
何か大事な使命があったような気がする。気を失う前に、光の戦士が何かを言っていたような。
(いや、違う…)
もっと別の、もっと大切な使命があったような気がする。胸がざわつく。不安を抑えることが出来ない。
「僕たちは聖域に戻るところなんだ。」
「コスモスがみんなを集めてるの。何か大切な話があるみたい。」
「僕が思うに、コスモスが何か重大なことを教えてくれるんじゃないかな。」
「カオスを倒すために?」
「多分ね。」
利発な弟とおっとりした姉のような会話を微笑ましく聞いていて、
(コスモスが…俺達を呼んでいるのか…)
ならば行かねば、とフリオニールはどうにか立ち上がる。ここは銅のような赤い褐色の金属のパネルを組み合わせて出来た建物の中だ。巨大なガラスのような筒が並んでいる。ここも見覚えがある。
「俺も同行しても構わないか?」
「もちろんよ。」
「大丈夫!フリオニールが目を回しても、僕が守ってあげるよ。」
「ああ、頼りにしている。」
微笑ましく思って先に歩く2人についてフリオニールも歩く。ふと見ると、胸の胸骨の辺りの鎧と服に大きな穴が開いている。
(この傷は…いつの間に?)
思い出せない。
(いや、今はとにかくコスモスの元へ…)
そう考え、フリオニールはあることに気が付き、ぎょっとなって思わず足を止めた。
「…コス…モス……?」
「どうしたの、フリオニール。」
オニオン・ナイトが訝しげに尋ねる。
「いや…なんでもない…」
突然足元が崩れてどこまでも落ちていくような心細い気持ちになった。まさか、こんなことを幼いオニオンや戦いを恐れるティナに言えるわけもない。
(コスモスの…顔を思い出せないなんて…)
おまけに胸に空いたこの大穴だ。
「フリオニール、顔色、悪いよ?」
「本当だ。やっぱりどこかで休んでなよ。」
2人に心配をかけては、とフリオニールはなにか言い繕おうとした所で、ものすごい力で首を掴まれた。
「…ティナ!?」
トランス化したティナがフリオニールの首をものすごい力で締めあげている。
(違う…これは…!)
さっきまで優しい笑顔を見せてくれていたはずのティナがいつのまにかイミテーションと入れ替わっている。
「オニオン!」
助けを求めてオニオン・ナイトが居た方に顔を向けると同時に鋭い刃が身体を貫き、鎧の穴の空いた先から突き出ていた。もう見るまでもない、オニオン・ナイトの剣もイミテーションの物に入れ替わっていた。
(…そうだ、俺は…)
さっきもこうやってウォーリア・オブ・ライトに切られた。その前にも誰かに胸を刺された。それが誰だったのか、ついさっきだったのか、それとも遠い過去だったのか。混濁する意識、ごちゃごちゃになる記憶、それらは首を締められる苦しみよりも、胸を刺される痛みよりもフリオニールを苦しめた。なによりも仲間だと思った戦士たちがいきなりイミテーションと化し、自分の命を奪おうとすることがショックだった。
フリオニールはそれを何度も繰り返すこととなった。疑心暗鬼に陥るも、仲間を信じたい気持ち、それを裏切られるというサイクルを何度も続ける内に、ここに来た目的をどんどん忘れていく。最初はピントが合わないような違和感を感じるのだが、仲間達がフリオニールを心配し声をかけ、勇気づけてくれるとぽやけた視界がいきなりはっきりするように相手が誰だか、ここがどこか分かる。だが、フリオニールが気を緩めると直ぐ様仲間がイミテーションに姿を変え襲いかかってくる。
仲の良い3人連れが居た。尻尾がある自分たちよりも小柄な体型の仲間、ジタンと、短い茶色の髪にチョコボを模した肩甲をした気の良い、どこか子供っぽさを残したバッツの2人だ。寡黙でライトニングと似た武器を持った黒衣の顔に傷がある戦士、スコールがいつの間にかそれに加わり3人のパーティを作っていた。単独行動していたスコールがいつの間にか残りの2人と行動を共にしていたのが不思議だったが、それが絶妙のチームワークを築いており、微笑ましかったものだ。彼らには剣で何度も身体を突き刺された。
とりわけ、フリオニールを絶望の底に突き落としたのは、13回めのあの戦いで、共に旅をしていた仲間達との再会だった。よく自分に絡んでいた太陽のように朗らかな、だが父親のこととなると激昂するティーダ、真っ黒な暗黒騎士の鎧に似合わず、物腰の柔らかいセシル、そして大きな剣を背負ったクラウドだ。
彼らとの再会は、フリオニールにクラウドと手合わせをしたことを思い出させた。戦う理由を探していたクラウドの胸の内を知って、戦ってくれないかと頼まれたのだ。あの時、どこか仲間と距離を取ろうとしていたクラウドとお互いに分かり合えたような気がしたのだ。フリオニールにとって、かけがえのない大切な記憶だ。だが、クラウドには頭から真っ二つに切られ、ティーダには崖から突き落とされた。
こんな絶望を味わうのなら、こんな苦しみだけが続くのなら、もう目覚めたくない、そう思った時に聞き覚えのない声が聞こえてきた。鎧越しのくぐもった声で、仲間の誰とも違った。
「ここは別のひずみだ。もう仲間は襲ってはこない。」
フリオニールは不審に思って目を開いて思わず「うわ!」っと声を上げて後ずさった。そこには厳しい鎧姿の戦士が立っていた。まるで山羊のような角のついた兜、ごつい肩甲に、黒いマントを纏っていた。光の戦士の高潔な印象のものとは違い、相手に緊張を強い、恐れさせる、そういう目的で作られた鎧だ。顔は完全に甲冑の仮面に覆われていてその表情を窺い見ることはできない。
「君は…誰だ?ここは…?いや……」
フリオニールは頭を抱えた。
「俺は…俺は……誰なのだ…?」
フリオニールは精神的なショックでかなり混乱していた。
「貴様はコスモスの戦士か?」
目の前の戦士が高圧的に尋ねる。フリオニールはどう答えたものか考える。こ
「コスモスの戦士…?コスモスの顔も思い出せないのに…?」
それでも目の前の甲冑の男の問に答えなければ。この世界は狂っている。だが、この男はフリオニールが“外”から来たことも、今まで起こったことも知っているようだ。この男の話を聞けば、自分がここに来た理由を思い出せるかもしれない。
「俺は…コスモスの戦士…だった。でも…彼女の顔を思い出すことができない…自分がどうしてここにて居るのかも思い出せない……。君は誰だ?君もコスモスの戦士なのか…?」
男がふん、と鼻で笑った。フリオニールを馬鹿にしたものではなく、どことなく自虐的なものを感じた。
「かつてカオスに召喚され、戦った者だ。」
「カオスの戦士…?」
「俺はジャッジ・ガブラス。この世界を裁こうとして果たせず、今はこのひずみから抜けられず、世界を傍観している者だ。」

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