その後の二人。【後編】(DDFF/R18)

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「今度はなんなんですの!」
「女性を迎えに行くには花が要るだろ?」
「あなたも少しは分かるようになってきたようですわね。」
フリオニールはシャントット博士を丁寧に床に下ろす。
「ラグナという戦士がそれを知っている。彼に会いたい。」
「結局は他人任せですの?」
「博士が言った。俺は、言いたいこと、やりたいことをやっていいって。好きなことをしていいんだ。誰の顔色も伺う必要なない。だから博士に頼ってもいいんだ。違うか?」
「屁理屈ですわ。」
「博士には簡単なはずだ。何故なら博士は全ての答えを知って、ここに来たからだ。」
フリオニールは博士の前に跪いた。単に目線を合わせるためではなく、胸に手を当て、恭しく頭を下げた。
「博士。ここに来てくれたことに感謝する。俺はあなたからたくさんの事を教わった。最後にもう一度だけ、手を貸して欲しい。」
博士は黙ってフリオニールを見つめていた。こういう時、博士は多くを語らない。やがてよちよちとした足取りでフリオニールの傍に立つと、背伸びをしてその肩に手を置いた。
「なにがあっても、決して倒れないように。」
「え?」
途端に脳を棒でかき混ぜたような頭痛が襲ってきた。言葉にしようがない吐き気と、真っ逆さまにして振り回されているような目眩も同時にやって来た。たまらず床に手を着いたが、博士の言葉の通り手倒れないように必死に身体を支える。声すら出せずに、ただひたすら耐えるだけだ。
突然、それらの苦しみがフッと身体から消えた。頬をひんやりと涼しい風が撫でた。フリオニールがおそるおそる顔を上げると、シャントット博士が肩に手を置いたそのままで、目の前に立っていた。
「…博士……」
フリオニールは目を見開いて、その背後を見た。その部屋は鉄で出来ていた。いいや、鉄ではない。フリオニールが見たことがない光沢のない金属だ。壁のとことどころにはガラスがはめ込まれており、とても精密に描かれた絵や、光の線で描かれた図形が浮かんでは消えていく。
「なんだ…ここは…?」
「私やあなたの世界とは、だいぶ違う文明の進み方をした世界のようね。」
でも、機械だらけで趣がありませんわ、とぼやくと、博士があごを軽く突き出すようにして上げた。振り返ってみろ、ということらしい。言われた通り背後を見ると、すぐ後ろに大きな机があって、一人の男がそこに座っていた。
「あれがラグナか…?」
博士は、さぁ?と言わんばかりに肩を竦めた。フリオニールはその男をまじまじと観察してしまう。ほとんど装飾品を着けていないが目についた。首には薄い金属で文字が刻まれたネクレスをしている。左手にはなんの飾りもついていない指輪。服装も薄いブルーのシャツにゆったりとしたベージュのパンツだけだ。長い黒髪を後ろにまとめている。少したるんだ口元と目元の皺から察するに、年の頃は4〜50歳といったところか。机の上にはたくさんの書類が散らばっており、その1枚1枚に署名をしては自分の傍らに置く、という作業を繰り返している。
てっきりラグナは自分のように何かしら武器を持った戦士だと想像していたので面食らってしまう。だが、自分の父親ほどの年齢のこの男は、ラフな出で立ちとは裏腹に整った顔立ちと優しそうな瞳をしており、フリオニールはどうしてだか惹きつけられた。
ラグナは余程作業に没頭しているのか、フリオニールの顔も見ず、ひたすら紙の上に同じ模様を書いては置きを繰り返している。と、突然ラグナの正面にある扉が音もなく左右に開いた。
「は、博士!」
「なんですの。」
「誰か来た!」
「何を今さら。」
あたふたと隠れる場所を探そうとするフリオニールを尻目に、褐色の肌に細身の男が入って来た。フリオニールよりも濃い色の肌に、ぶ厚い口唇、くるくると縮れた髪を後ろにまとめ、垂らしている。シャントット博士とはまた違う、フリオニールが初めて見る人種だ。
「まだ終わりませんか、大統領。」
男がそう声を掛けると、ラグナは手に持っていたペンを放り投げ、椅子の背もたれに思い切り体重をかけ、大きく伸びをした。
「それはこっちの台詞だぜ、キロス!一体いつになったら書類の雪崩は止まるんだ?」
フリオニールはラグナの見た目と、その言動のギャップに驚いてしまう。
(…見た目と違って、随分子供っぽい男だな……)
だが、それが微笑ましい。却ってこの男を親しみのある風に思わせる。
「そろそろ音を上げる頃だろうと思っていましたよ。食事の用意が出来ています。」
「お!本当か!?」
ラグナが喜々として立ち上がる。
(食事?)
会話からすると、2人はこの部屋を出ていくようだ。
「すまない!ちょっと待ってくれ!」
フリオニールは慌てて声をかけ、ふと違和感を覚えた。一心不乱に何かを書いていたラグナならともかく、キロスと呼ばれた男が自分やシャントット博士に気が付かないはずがない。案の定、2人はフリオニールとシャントット博士を無視したまま笑い合って、部屋の外へ出ようとしている。
「博士、まさか…」
「彼らにわたくし達は見えていませんわ。」
「なんだって!?」
「もちろん言葉も。」
「話しかけても、聞こえないのか!?」
さらりと言ってのけられたが、フリオニールは顎が外れんばかりに驚いてしまう。
「だったら!どうやって花のことを聞くんだ!?」
「知りませんわよ。へっぽこ君が連れて来いと言ったから連れて来たまでで。」
フリオニールは頭を抱えたくなった。
(相手から見えない、話しかけても言葉が届かない…それで一体どうやって…)
そうだ、せめて筆談を!と机の上に置いてあった紙を見てみるが、フリオニールが見たこともない文字だ。
「博士ぇ…」
「情けない声を出さないでいただきたいものだわ。そうそう!ここにはそう長い時間は居られませんことよ。さっさと聞いてらっしゃいな。」
博士はどこか楽しそうだ。そうなのだ。フリオニールが困ると博士はいつも楽しそうにそれを眺めている。博士が当てにならないとなると、自分でなんとかしなければとフリオニールは慌てて2人の後を追う。
「ラグナ!待ってくれ!聞きたいことがあるんだ!」
先を歩くラグナの背に必死に声をかける、肩を掴むと手がすり抜けた。今度は正面に周って必死で呼びかけるが、ラグナとキロスはごく自然な仕草でフリオニールを避けて歩いて行ってしまう。
「今のは……?」
「見えてはいないけど、気配は察しているようね。頑張ってもっと呼びかけてごらんなさいな。」
悠然と、だが実際にはちょこちょこと後を追って来た博士が面白そうにフリオニールを煽る。
「実際には有り得ないことですわ。でも、コスモスの戦士同士でなんらかのリンクが残っているかもしれませんわね。」
フリオニールはその言葉に励まされ、更に追いすがる。
「ラグナ!聞いてくれ、頼む!ライトを……俺を、助けてくれ。君の助けが必要なんだ。」
だが、フリオニールの呼びかけも虚しく、2人は別の部屋に扉の向こうに消えて行ってしまった。フリオニールは後を追おうとするが、その扉には持ち手もなく、押しても引いてもびくともしない。
「…ラグナ……」
フリオニールが絶望しかけたその時、突然扉が開いて2人が出てきた。
「なんなんですか、大統領?」
「いや…?なんか誰かが呼んでいたような気がして。」
「またですか?もう妖精の正体は……」
「そうじゃなくって…な。」
フリオニールがすぐ真横に立っているのに気付くはずもなく、ラグナはきょろきょろと辺りを見回している。
「じゃあ、あっちの方ですか?異世界の女神に呼ばれて神々の争いに加わったという…」
「あー!そっちかもしんねぇな!」
呆気に取られ、フリオニールは声をかけることを忘れてしまう。
「おかしな話だ。俺なんかが神々の戦いに召喚されるなんてな。」
「私もそう思いますよ。」
「俺もさぁ、あれは夢だったんじゃないかって思う。日に日にぼんやりしていく感じで…」
シャントット博士は興味深げに2人のやりとりを聞いている。
「覚えているなんて…彼にはコスモスに与えられた力がまだ残っているのかしらね。」
「…クリスタルの……」
「形に出来ないかったにも関わらずこの力…やはり面白い…」
博士の笑みがなんとなく黒っぽかった気がするのだが、そこはここでは気にしないことにする。
「色んなヤツが居たよなあ…鎧着ているのとか、シッポがあったりしてな。みんな良い奴ばかりだったなあ。」
「もう聞き飽きましたよ。あなたのことだ。あの世界でも適当なことばかり言って、そのお仲間を煙に巻いていたんでしょうよ。」
「そぉーなんだよなあ。悪いことしちまった。誰だったっけ…花の名前だよ。俺、適当なこと言っちまってさ…」
花、という言葉にフリオニールは俄然色めき立った。
「きれぇな花が咲いていて、外に咲いているバラだったから”のばら”って。あいつ、すっげぇ欲しがっていたから”お前のだ”ってやったんだよ。そしたらずっとその花を”のばら”って信じてさ。いつも大事そうに持ってたっけなあ…」
「あなたはジャーナリストよりも小説家の方が向いているんじゃないですか?」
得意気に話すラグナはキロスの言葉を聞き流して語り続ける。
「でもよ、俺のお陰でロマンスが生まれたんだぜ!俺のやった花がきっかけでな。あ〜…適当なこと教えなきゃ良かったな。ありゃ、普通のバラの花だよなあ、どう考えても。面倒なことになってなきゃいいが……」
「面倒なことになっていますわね。」
博士の冷ややかな皮肉は当然ラグナには聞こえない。
「まったく!とんだトリックスターですこと。こんなちゃらんぽらんな男のお陰で異世界を行ったり来たり。もう心底うんざりですわ!」
シャントット博士は眉をひそめ、腕組をし、首を振り振り嘆く。
「なんの花かこれで分かったのでしょう?そろそろ戻りますわよ。」
「思い出した……。」
「なんですって?」
「約束…ライトとの。」
花を拾ってくれたライトニングになかなか話しかけられなかったことや、セシルのお節介、そして、
「記憶を取り戻したら”のばら”の花をライトに譲るって。」
ライトニングに思い出したことを伝えたい。少しでも早くだ。やっとその約束を果たすことが出来る時が来たのだから。2人を結びつけた約束を思い出せないで、ずっとライトニングを不安にさせていたのだ。再会出来たら彼女を抱きしめ、真っ先にそれを伝えたい。
「それはそれはおめでとう。」
一日フリオニールの氷の湖へのダイビングに付き合わされた博士は早く戻ってゆっくりとベッドで休みたいのだ。返事もお座なりだ。
「ラグナに感謝を伝えたい。思い出すことが出来たのはラグナのお陰だ。博士、どうすればいい?」
「あのちゃら男君のお陰でさんざ振り回されたのに?」
「違う。」
フリオニールはシャントット博士を抱える。身体が透けてきて、これ以上この場に留まれないと分かったからだ。
「ラグナがキッカケだったんだ。ラグナがあの花を見つけて、俺にくれなかったら俺とライトは話すらしなかったかもしれない。」
「じゃあせいぜい大きな声で”ありがとう”とでも言ってごらんなさいな。」
「聞こえないのに?」
「要は気持ちですわ。」
「そうか。」
試しにダメ元で大声で呼んでみる。
「ラグナ!」
心なしか、ラグナがこちらを見たような気がした。
「ありがとう!」
そう叫んだところで、目の前の風景がかき消されたように消え、気が付くと宿の階段のホールに立っていた。

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