上目遣い。(バルフレア✕パンネロ)

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お題「バルフレア✕パンネロで上目遣い。」です。しりおさんのリクエスト。上目遣いの表現頑張ってみましたが、頭に描いたのを文章にするのは難しいですね。


オペラを見たあとのことだった。劇場を出ようとして、パンネロが突然かけ出した。ごった返すフロアを駆け抜け、外に出て行ってしまうのを、バルフレアは慌てて追いかけた。
見ると、パンネロは出口を出たところで誰かを探して周りを見回している。迷子になられちゃ困る、と、バルフレアはパンネロの背後から腕を伸ばし、その身体を抱え込んだ。
「どうした?急に駈け出して…?」
するとパンネロが振り返り、驚いたようにバルフレアを見上げた。きょとんとした顔で、何度か瞬きをし、そして嬉しそうに顔をほころばせた。
「パンネロ?」
そのまま伸び上がるようにしてバルフレアの首にしがみついた。パンネロの行動の意味がさっぱりわからないバルフレア。
「そうやって、しがみついてくれるのはうれしいが、あんまり顔を押し付けると、耳飾りが外れるぞ?」
そう言われて、パンネロは慌てて身体を離し、今日は月と太陽がモチーフの大きな耳飾りをつけていたのを思い出し、慌てて耳たぶに手をやる。
芝居が終わり、帰って行く人で劇場前はごったがえしていた。落ち着いてパンネロに問いつめられず、バルフレアは少しイライラし始めた。なのに、パンネロはクスクスとうれしそうに笑う。その笑い声が耳に心地よくて、気持ちが落ち着いていく。自分は本当に恋人にベタ惚れなのだなと、我ながらおかしくなってくる。
「それで?どうしたんだ?いきなり駈け出して。」
耳飾りが外れてないのを確認すると、パンネロは改めてバルフレアの腕にしがみつき、瞳をぱっちりと開いてバルフレアを見上げる。
この表情にバルフレアは弱い。バルフレアの二の腕に、あごをちょん、と乗せ、瞳だけ上を向いて、それはそれはうれしそうに自分を見つめるその仕草が本当に愛らしいのだ。愛くるしいのだ。
短く切りそろえられた前髪からのぞく広い額は、パンネロの賢さとつつましやかさをよく表していると思う。眉は流行りの形ではなく、落ち着いた柔らかい曲線に整えられている。パンネロの髪を同じ色のそれは、やさしくけぶるようで。
たっぷりとしたまつ毛に縁取られた瞳は街灯を反射してキラキラと輝き、言葉以上にバルフレアへの思慕をなんのためらいもなしに伝えてくる。高くはないが、バランスの良い鼻筋、頬を朱に染め、珊瑚色に塗られた唇の口角をきゅっと上げて微笑んでいる。ああ、かわいいな、と何度胸をときめかせただろう。
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前にフランがその様を見ていたことがあって、呆れたようにため息を吐いていた。
「あなた、溶けかかったアイスクリームみたいよ。」
「なんだって?」
「デレデレ。鏡を見てごらんなさい。」
慌ててパンネロに問い質してみると、
「大丈夫!バルフレア、とても優しい顔してるの。」
と言われて大いに安心したのだが。
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「知ってる人がいると思って。でも、見間違いだったみたい。」
パンネロの返事に、バルフレアは我に返る。
「だったらそう言ってくれ。無事捕まえられたからいいが、こんなところで迷子になられちゃ、俺が困る。」
「困る?どうして?」
「お前がいなくなったら困るだろう?」
「じゃあ、いなくなったら探してくれるの?」
「もちろんだ。」
するとパンネロはうれしそうに頬をすり寄せてい、うっとりとバルフレアの腕に頭をもたれかけさせた。それだけのことのはずだった。だが、それからパンネロの奇行が始まった。
人混みを二人で歩いていると、突然バルフレアの腕をするりとすり抜け、どこかへ駆けていくのだ。ワケがわからないバルフレアは慌てて追いかけ、パンネロを捕まえる。腕を掴んで、抱き寄せる。捕らえられたパンネロは歓声を上げ、うれしそうに笑い、バルフレアが理由を聞いても、逃げ出す理由を教えてはくれないのだ。
会う度にそれが続いた。いくら聞いてもパンネロは理由を教えてくれない。バルフレアはさすがに音を上げそうになった。
「俺が嫌とか、そういう理由じゃない。聞いても笑っているだけだ。なぁおい、フラン。あれはいったいなんなんだ?」
ついにバルフレアはフランに愚痴をこぼしてしまう。
「人混みをかきわけて、まるで鬼ごっこだ。まったく…女の子が考えることは、俺にはさっぱりだ。」
「当たってるわ、それ。」
「なんだって?」
「鬼ごっこよ。」
バルフレアは何か言いかけたまま言葉が続かず、口をあんぐりと開けたまま、そのまま静止してしまう。
「男の子は好きな女の子をいじめたい。女の子は好きな男の子から逃げたい。」
「逃げる?どうしてだ?」
「追いかけて欲しいからよ。」
フランの回答に、バルフレアは操縦席からずり落ちるほど脱力してしまう。
「逃げて、追いかけて、捕まえてもらって、自分は愛されてるって実感するの。」
バルフレアは言いたいことが山程あるのだが、あまりもの馬鹿馬鹿しさに言葉を失い、手で目頭を覆ってしまう。
「俺が追いかけて、捕まえて、それであんなにはしゃいでいたのか。」
「普通なら、男と女の駆け引きになるわね。」
「なぜ駆け引きが鬼ごっこになる!?」
聞かなくてもわかっている。でも、言わずにはいられなかった。
「女の子だからよ。」
当然でしょ、という体で言われ、バルフレアは操縦席に突っ伏してしまう。あまりにも長い時間そうしたままなので、フランは仕方がないわね、と声をかける。
「それで、どうするの?」
「なにがだ。」
「甘やかすの?叱るの?」
バルフレアはむくり、と顔を上げ、乱れた髪を整えた。
「俺を誰だと思ってる?」
「最速の空賊、バルフレア。」
「その俺様が、女の子一人、捕まえられないとでも思うか?」
「どうかしら。」
「パンネロは甘やかす。徹底的にな。」
そう強く言い切るバルフレアだが、これ以上甘やかしてどうするのだろう、とフランは呆れてしまう。
「俺の宝だからな。かわいがって、甘やかしてやる。とことんな。それに…」
バルフレアはフランににやり、と笑ってみせる。
「俺の大切な女の子は、そんなに簡単にスポイルされたりしないんだ。」
「呆れたわ。」
「甘やかしがいがあるってことさ。」
呆れてものが言えないフランだが、バルフレアの言うとおり、甘やかされたところでパンネロが変わってしまうこともないだろうと思い、これ以上口出しはしないことにする。
バルフレアはバルフレアで、逃げ出したパンネロが時おり不安そうにこちらを振り返っていたのは、
(俺がパンネロを見失わないか、不安だったのか…)
パンネロの鬼ごっこは捕まえてもらわないと意味がないのだ。バルフレアはようやく納得すると、幼い恋人がそう望むなら、この世の果てまででも追いかけてやろうと心に決めたのだった。
おわり。