その後の二人。【後編】(DDFF/R18)

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「そこはどこだ!?確かにライトなのか!?」
「身を隠すところを探しているというので、かつて大いなる意思が荒ぶるカオスからコスモスを匿っていた場所を教えてやった。今もそこに居るはずだ。」
「それはどこだ!?」
ガブラスは場所を説明しようとして、
「…構わん。一緒に行ってやる。」
「いいのか!?」
「あの辺りのイミテーションは強い。一人では荷が重かろう。」
「…助かる。」
突然激昂したり、自虐的になったりはするが、
(やはり頼りになる武人だ……)
フリオニールは気付いていない。ガブラスを動かした一言はシャントットと一緒に旅をして“何度か死にかけた”だ。博士のエキセントリックさを誰よりも正確に理解しているのは、彼女と相対し、剣を交わらせたガブラスなのだろう。
テレポストーンというアイテムを使い、クリスタルからクリスタルの間の空間を跳躍し、洞窟の近くにあるひずみに辿り着いた。ガブラスの言う通り、途中で恐ろしく強いイミテーション達に襲われたが、ガブラスのお陰でなんなく退けることができた。フリオニールはガブラスへの信頼をますます深めたのだった。
「ここがそうだ。」
石で出来た門を魔法陣の紋様が覆っている。そこから発する強い気に圧倒され、フリオニールは身構えた。どれほどの強敵が待ち構えているのかがひずみの門の前に立っているだけでひしひしと分かる。
「ここからは一人で行け。」
「分かった。感謝する。」
「このひずみは深い。だがあまり時間をかけるな。時空共に歪んだ世界だ、いつまでこのひずみが安定しているか、誰にも分からん。」
フリオニールは頷くと、ひずみの中に足を踏み入れた。小さな門を通った先にある場所は、そこには広大な場所が開けていた。まるで崩れかけた闘技場のようだったり、緑色の光に満ちた空間に巨大な岩がいくつも浮かんでいたり。フリオニールはどの風景も見覚えがあり、今更ながら自分はこの世界で戦いに加わっていたのだと感慨深い。だが、そんな風に感じ入ってると次々とイミテーションが襲いかかってくる。それらを倒し、どんどん深部へと進んで行く。
ついに最下層に辿り着いたそこは、宙に城が浮かんでいた。空の上からも、まるで天空を礎にしているように天守を逆さまにした城が雲の合間から見え隠れしたいる。
「これは…すごい所だな……」
空までもが頭上ではなく、壁のように空間に垂直に立っているのだ。そんな奇妙な空間からライトニングの気配を探す。
(強く願えばいいのか……)
もう記憶に混乱はない。思いはまっすぐにライトニングに向かって続いている。フリオニールは城の壁に手を当てながら歩いてみる。すると、なにもない壁のいち部分で指先がぴり、と痺れたような気がした。
「ここか…?」
フリオニールは壁に両手をつき、額を当ててみる。そこにライトニングが居るなら気配が感じられるかもしれない。と、フリオニールが触れた所に突然扉が現れた。
「うわっ!」
驚いて後ずさったフリオニールだが、扉を見て息を飲んだ。扉は青銅のような青みのかかった金属で出来ていた。扉は高く、大きかった。上部はアーチ状の重ね彫りの装飾が施され、何人たりとも侵入を許されないと言わんばかりの、頑丈で威圧感のある扉だった。だが、
「バラの……花……?」
扉一面にバラのレリーフが掘られていた。2人の大切な思い出の、あの花だ。
「ライト……!!!」
フリオニールは激しく扉を叩いた。薄暗い中で膝を抱え、顔を伏せていたライトニングは思わず顔を上げた。
「フリオニール……」
ライトニングは跳ねるようにして立ち上がると、扉に向かう。待っていたのだ、ずっとずっとこの瞬間を。いったいどれだけの時が経ったのか、暗闇でうずくまっていたライトニングは分からない。だが、
(来てくれた…フリオニール!)
扉に駆け寄ったところでライトニングは思い出した。
(私は……もう……)
「ここに居るんだろう!?ライト…!!」
強堅な扉はいくら叩いてもビクともしない。だが、そこにライトニングが居ると確信してフリオニールは何度もその名を呼び、拳が砕けんばかりに扉を叩いた。と、中から微かに声が聞こえてきた。フリオニールは扉を叩くのをやめ、扉に耳をつけ、中からの声を聞こうとする。
「帰れ……」
本当に微かな声だったが、フリオニールがそれを聞き間違えるはずはない。間違いなくライトニングだった。フリオニールは喜びのあまり、ライトニングが呟いた言葉の意味すら考えられずに再び扉を叩く。ドアの引き手を探すが、その扉にはドアノブも、引き手も付いていなかった。
(不思議な扉だな……)
まるで最初から開ける気がないみたいではないか、とフリオニールはそう思って、漸くライトニングがここから出るつもりがないのではないと気が付いた。
「ライト!俺だ!!迎えに来たんだ!」
扉を叩いては中からの声が聞こえない。建物の中に叫ぶと、フリオニールは再び扉に耳を当てる。ライトニングは扉に縋り、フリオニールの気配を少しでも感じようとする。今すぐにでも飛び出したい。こんな所まで探しに来てくれた恋人にひと目会いたい。だが、ライトニングはどうしてもそれが出来ないのだ。口唇を噛み、血を吐くような、断腸の思いで告げる。
「帰れ。」
さっきよりもはっきりと、そしてきっぱりとした声が聞こえてきた。それを聞いてフリオニールは何故か憤りを覚えた。どうしてだかライトニングが我がままを言っているように思えたのだ。
「帰るものか!!」
フリオニールは声を荒らげた。その声の激しさに、ライトニングは思わず身をすくませた程だ。
「ライト!無事でよかった。思い出したんだ…君との約束を!それを果たしたい!」
だが、ライトニングは返事をしない。
「花を!あの花を持ってきたんだ……俺は思い出した。君との約束、自分の世界のことを!だからこれはもう君の物だ!君に渡したい!」
返事はない。
「もう決して君を離さない!!ずっと一緒だ!!ライト!!」
どれだけその言葉を待っていただろう!涙が出るほどうれしい。だが、うれしいからこそ悲しい。まるで炎と氷、相反する魔法を同時にぶつけらえれたようだ。片方はフリオニールへの恋心を燃え立たせて、片方は暖かかく息づいた心を瞬くまに凍てつかせた。
いつまで経っても出てこうようとしないライトニングに、フリオニールはイライラとし、頭に血が上るように腹が立った。身体の底から苛立つ気持ちがこみ上げ、気持ちが爆発しそうだ。その怒りに自分でブレーキをかけるつもりは毛頭ない。魂が解き放たれたのだ。フリオニールは思うことを叫んでも良いし、怒りの感情を持っても構わないことを学んだのだ。
「聞いているか、ライト!世界がいくつあって!!超越者達が何をしても!!そんな者にもう君を触らせはしない!!なぜなら俺がずっと一緒だからだ!!君を幸せにも、不幸にもできるのは、この俺だけだ!!」
激しい告白に胸は喜びに震える。だが、それに応えられない悲しさに胸が締め付けられた。どう言っても出て来ないライトニングに、言葉が尽きてフリオニールは扉に拳を打ち付けた。
「…どうして……」
その時、不穏な気配を察してフリオニールは思わず剣を抜き、背後にかざした。巨大な甲冑の戦士のイミテーションが魔法で剣を操り、それがフリオニール目掛けて飛んで来たのを払い落とす。
「ばかな…この中のイミテーションなら全て倒したはずなのに…!」
矢をつがえ、空間を移動するカオスの戦士の姿を模したイミテーションに射掛けるも、元いた場所からフッと姿を消し、気が付くとフリオニールの目の前に立っている。慌てて槍で胴を払い、間合いを取る。と、突然目の前のイミテーションが砕け散った。崩れ去ったイミテーションのすぐ後ろには、ひずみの入り口で別れたはずのガブラスが立っていた。
「ガブラス!どうしてここに!?」
「お前の気配を察したイミテーションどもが一斉にここを目指して集まっている。一旦引くぞ!」
「だがライトはそこに…!」
「大いなる意思がコスモスを守るために作った封印の場だ!簡単には破れん。行くぞ!」
ガブラスに促され、フリオニールは何度もライトニングが居る扉を振り返りながらその場を後にした。ガブラスの先導で追いすがるイミテーションを倒しながら、漸くガブラスが元居たひずみに逃げ込んだ。
フリオニールは肩で息をしながらも放心し、その場に立ち尽くしていた。
「約束を…思い出したのに…何故だ、ライト……」
「あの中に居たのは本当にお前の恋人なのか。」
「間違いない。だが“帰れ”としか言わなかった……」
「大いなる意思が作った封印のための場だ、それがお前の来訪とともに出現したということは、完全にお前を拒んではいない、ということだ。」
そう言って慰めてはみたものの、ガブラスも良い助言が見つからない。
「しゃくではあるが、戻ってあの魔導師の知恵を借りてはどうだ。」
「シャントット博士にか?」
「うむ。あ奴を信用するなと助言したばかりだが、俺は武芸一辺倒で色恋ごとには疎い。」
「そうか…」
「だが、完全にお前を拒絶するなら返事などせぬはずだ。思わせぶりな態度の裏に何かあるかもせいれん。」
フリオニールは深々と頷く。
「元の世界に戻ることは簡単だ。強い意思で戻ろうと思うことだ。お前は既にクリスタルをその身に宿している。」
「分かった。」
「次に貴様がこの世界に出現したとき、俺は会えるかはわからん。もう助けてやれんが、今度はうまくやれ。」
「もう会えないのか…?」
「何度も言ったが時空がねじれている。次に貴様ががここに戻った時、どうなるかは誰にもわからん。」
「そうか……」
ガブラスに何か礼をしたい、そう思った時、ふと懐に入れていた美しい箱に入ったバラの花のことを思い出した。
「ガブラス。」
フリオニールは箱を取り出すと、それをガブラスに差し出した。ガブラスはそれを受け取り、箱を開けた。
「なんだ、これは?」
「君に何か礼をしたいと思った。だが、今の俺に渡せるのはこれだけだ。」
ガブラスは、は!と嘲るように笑う。
「男に花をもらう趣味などない。」
「俺もそうだ。でも…こんな無味乾燥な世界だ。少しは君の心を慰めてくれるかもしれない。」
「慰めなど必要ない。」
「ガブラス、君は真の武人だ。君が自分のことを負け犬呼ばわりしたりするのが、俺には理解できない。」
ガブラスが顔をフリオニール向ける。それはいつも通り仮面で覆われていたが、フリオニールを黙らせるに充分な迫力に満ちていた。息ができないほどの気迫だった。余程のことがあったのだろうと、フリオニールはガブラスを説き伏せるのを諦めた。
「…すまない。余計なことを言った。」
「だが、これは頂いておこう。」
「ガブラス……」
「くだらん感傷だ。俺は長く一人で居すぎた。」
ガブラスは箱の蓋を、パチン、と音を立てて閉めた。
「だが、これはお前の恋人に渡す物ではないのか?」
「思い出したんだ。」
フリオニールが手のひらをガブラスに向けて開いてみせると、そこには2人の約束の花が握られていた。
「“意識をしっかりと保ち、強い意思を持てばそれは実現する。”そうだろ?」
フリオニールは手の中のバラの花をじっと見つめる。
「俺達の約束の花は…ずっと俺が持っていたんだ。」
なんという矛盾だろうと思う。異世界への道も、探し求めていた花もこんなに間近にあったのだ。
「早くライトに贈りたい。」
「行くのか。」
「ああ。」
フリオニールはガブラスに手を差し出したが、ガブラスは背を向けたまま、フリオニールの方を振り返ろうとはしなかった。
******************
「あら、早かったですわね。それで彼女はどこに?」
博士のティーカップにはまだ湯気を建てたお茶が半分以上残っている。フリオニールの世界と、あのおかしな世界では、
(やはり、時間の流れが違うのか…)
「いや!そうじゃなくて!博士!見つけたんだ!でも、出て来ないんだ!」
シャントット博士は鼻白んでフリオニール見つめていた。昨日言い聞かせたばかりだというのに前を隠しもせず、裸のままでわめき散らしている。だが、脈絡もなく叫ぶその内容から、どうやらフリオニールはライトニングを探しだしたものの、どこかに閉じこもり、顔を見せないのだと察して、
「思い出したことをちゃんと伝えまして?」
「伝えた!」
博士はやれやれ、とカップを受け皿に置いた。コスモスの頼みとは言え、いい加減早く戦いに戻りたいのだ。もうどんな形でも構わない、さっさと恋人達を再会させてしまおう、そう思った所で妙案が浮かんだ。
「では私がとっておきの言葉を伝授いたしましょう。」
「本当か!?」
焚き火の前で寒さに足踏みをしていたフリオニールの顔色がぱぁっと明るくなる。
「ええ!この言葉で、間違いなく彼女はその穴ぐらから出てくるでしょう。」
「博士、ライトが閉じこもってるのは穴じゃなくて……」
「いいこと、一言一句間違えないようにしっかり覚えておきなさい。」
「分かった!」
博士はもったいぶって、つん、と顎を反らせ、厳かに言ってみせる。
「“君がどんな姿であろうと、俺は君を愛する。”」
「“君がどんな姿であろうと、俺は君を愛する。”」
フリオニールはシャントット博士の言葉をオウム返しに繰り返した。
「異世界に飛ばされたり、長い間引きこもっていたから彼女、きっと自信を失くして恥ずかしがっているだけですわ。だから、気にすることはないと伝えれば、安心して出てくること間違いなしですわ。」
「さすが博士だ…!」
フリオニールはこの時点でガブラスの助言をすっかり忘れている。いや、一瞬脳裏を横切ったのだが、
(女性の気持ちを一番分かってるのは同じ女性である博士だろうし……)
その言葉自体が何かを壊してしまうような威力を持っているとはとても思えないし。フリオニールは雪の冷たさも凍える寒さも、ついでに自分は未だ素っ裸なことも忘れて博士の前に跪く。
「ありがとう、博士!今度こそライトを連れてくる!」
博士は手を腰にあて、ふん、と鼻で笑って胸を反らせる。
「早く行っておあげなさいな。」
そして厳かに手を振り、フリオニールに行けと促す。
「分かった!」
フリオニールは氷の上を滑りそうになりつつも湖氷に空いた穴に駆けていくと、その中に勢い良く飛び込んだ。
「まぁ…昨日は寒いだのなんだの言って、なかなか飛び込まなかったのに。」
博士はフリオニールが浮かび上がってこないか暫く待ってみる。フリオニールが潜っていられる時間を過ぎても浮かび上がって来ないところを鑑みるに、無事に異世界へと渡ったようだ。
「そのライトニングとかいう娘、消滅は免れたものの、異形の姿にでもなってしまったんでしょうよ。」
シャントット博士は手を腰に当て、やれやれ、と首を振った。
「肉体は消滅したものの、魂だけクリスタルの加護で次元の狭間に流れ着いて彷徨って、その先で何かに憑依したに違いない。それで顔を出せないのでしょうけど。自分の醜い姿を呪って自らを封印しても、恋人にあんな風に言われたら顔を出さずにはいられないでしょうよ。」
シャントット博士は手の甲を口元にあててほほほほほ、と高笑いをすると、
「尻尾が生えたか、口が耳まで裂けたかは分からないけど、まぁ、脳筋君が愛の力でなんとかするでしょう。」
博士は茶器を置くと、そのままヨチヨチとどこかへ歩き始めた。アフターケアならもう充分だろう。この世界に滞在している間も思考を重ね、試してみたい様式をいくつも発見したのだ。それは博士の研究にきっと革新的な進歩をもたらすだろう。
「頑丈な実験材料なら、まだアテはいくらでもありますし、ね。」
そうなるともうこの世界に用はない。出来の悪い生徒は、自分の助言のおかげで彼女に再会できるだろう。それ以降のことは彼らの問題だ。コスモスとの義理も果たした。ヨチヨチと歩いていた博士の姿が徐々に薄く、透明になっていく。木の枝に積もった雪が音を立てて博士の頭上に落ちた。が、その下にもうシャントット博士の姿はなかった。

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