その後の二人。【後編】(DDFF/R18)

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ぴちょん、と水が滴り落ちる音があちこちから聞こえてくる。
このディストの洞窟は長い長い時間をかけて水と石灰水が侵食してできた洞窟のようだ。入ってみると水平に広がっている洞窟のようだが、奥に進むにつれて徐々に下り坂になり、より深く地下に潜っていくようだ。
飛空艇の助手の言った通り現れるモンスターたちはどれも強敵で、しかも一度にたくさん現れてライトニングに襲いかかった。
(1人だと…やはりきついな…)
それでもどうにか巨人のモンスターの群れを倒し、最初のフロアを渡り切り、二層目ののフロアへの階段を見つけた。階段を降りた所でライトニングは腰をおろし、一息ついた。休んでいる暇は無いのだが、まだ疲れが残っているのだろか、身体が思うように動かなかった。
なんとか怪我をせずにここまで来ることができたが、ここから先モンスターたちはますますレベルアップしているだろう。1人で戦うことのプレッシャーが身体的にも精神的にもライトニングを疲労させていた。背中を預ける相手がいるという事は、それだけでどんなに安心して戦えるのかを改めて思い知らされた。
(だが、泣き言を言っている暇はない。)
途中でいくつかポーションを手に入れることができた。そのうちの1つをライトニングは飲み干した。味が自分の世界と少し違うような気がするが、これはこれでなかなかうまい。力が湧いてきたところでライトニングは辺りを見渡した。じめじめと薄暗い洞窟だったが、よく見ると歩く通路は凸凹はなく、ところどころ敷石がひかれていて、下る箇所は岩が削られ階段になっていた。壁にはロウソクを置くための灯籠がところどころにあり、そこも今では色褪せて見えないが、きれいな模様が描かれていただろうタイルで飾られていた。
(かつては…たくさんの騎士が行き来したのだろうな…)
ここが由緒のある場所だということはライトニングにもわかった。
(なのに今じゃモンスターのたまり場だ…)
命の泉、騎士と共に戦う空飛ぶ竜、どちらもライトニングにとっておとぎ話のようなだ。だがここは神秘的な感じがした。きっと長い歴史を持った伝説の場所に自分は居るのだろう。そしてそれを破壊してしまった皇帝にライトニングは強い憤りを感じた。堅苦しいのはごめんだが、だからといって伝統をおろそかにしていいとは思わない。
(いや…そうではなくて…)
フリオニールの世界を、思い上がりも甚だしく横柄で人を見下したあの皇帝が好き勝手に破壊の限りを尽くしているのがどうしても許せないのだ。自分はこの世界においては異分子だが、それでもやはりこの世界に皇帝の存在はあってはならないと思う。
(だったら前に動け、だな…)
僅かな休憩だったがポーションのお陰で体力が戻ってきたので、また下層に向けて歩を進める。予想通りモンスターはますます手ごわく、道は幾又にも分かれていて迷いながら進んだため思うように進めなかった。途中で手に入れたアイテムもすぐに底を尽き、三層目に降りる頃には再び疲れ、身体が重くなっていった。
(今、どれぐらい降りてきたのだろう…)
こんなことならばさっきの飛空艇の2人組にもっと情報を聞きだしておくべきだった。いや、飛空艇で飛び立つ前に情報やアイテムを揃える時間はあったのだ。その時、別離の痛みに流されていた自分をライトニングは悔やんだ。
(だが、ここまで来たからには前に進むしかない。)
ライトニングは薄暗い洞窟の中をひたすら正しい道筋を探し、歩きまわった。ようやく下層に続く階段を見つけ、足元に気をつけながら降りていった。自分が今どこにいるのか、目的地までどれぐらいあるのかがわからないのは精神も気力をも削がれるものだ。だが、降りる階段を見つけてこの洞窟のパターンも出てくるモンスターの対処の仕方も少しわかってきた気がする。
(この層はもっと短い時間で踏破できるだろう…)
そう思って階段下りるとそこは広く開けていて、深いクレバスに吊り橋がかかっていた。見たところ外に進む道はないようだ。
(この橋を渡るしかないのか…)
ライトニングはクレバスの下に試しに小石を蹴って落としてみた。石はすぐ闇に吸い込まれ、いつまでたっても下に落ちた音は聞こえてこなかった。
(相当深いな。)
ライトニングは改めて吊り橋を見てみる。ジメジメとした洞窟の中で長い間人が渡っておらず、手入れされていない吊り橋だ。
(きっとあちこち痛んでいるだろう…)
しかし迂回する余裕はライトニングにはなかった。ついさっき装備不足なのはフリオニールを思っていて冷静ではなかった為だと反省していた所なのに、やはりフリオニールに追いついて欲しくなくて安全で確実な経路を確保するよりも、先を急ぐことを選んでしまう。
それでもライトニングは注意深く吊り橋を調べた。橋はロープを吊るしただけの簡単なものではなく、2本の主塔がこちら側と、渡った先にも建てられており、そこを銅線を撚り合わせたケーブルが複数で橋を吊っている。底板は木の板だが、構造上ほとんどが金属で作られている。
(腐って壊れて落ちる事はなさそうだな。)
ライトニングはそう判断した。それでも自分が持っていたベルトで輪っかを作り、それを手すりに取り付けた。そしてベルトの反対側を自分の手首に巻き付け、それを滑らせて命綱の代わりにし、ゆっくりと橋を渡り始めた。足を進めるごとに吊り橋はゆらゆらと揺れてはいるが、なかなかしっかりと安定している。
(これならば無事に渡れそうだ…)
それでもライトニングは注意深く足を進め、そろそろ真ん中まで来たところで不意に足元の板がスライドし足元にぽっかりと穴が開いた。ライトニングは思わず命綱にしていたベルトを強くつかみ、なんとか落ちずにそこにしがみつくことができた。
(…油断した…)
冷静に考えればわかるはずだった。この先には神秘の泉がある。いくら儀礼用とは言え、こんなに複雑な迷路にしているには一般人や侵入者をたやすく奥まで辿り着かせないためにだということくらい、いつもの自分ならすぐに分かるのに。
それでも自家製の安全装置のお陰で何とか落ちずに済んだ。ライトニングは元いた吊り橋の上によじ登ろうとして、体重をかけてベルトをぐっと引っ張った。その時ベルトを引っ掛けていた方の橋げたが大きく揺らいだ。
(なんだ…)
背中を嫌な汗が流れた。今度はゆっくりと体重をかけてみた。するとその分だけ橋げたが大きく傾いでワイヤーはどんどんたわんでいき、ライトニングの体は徐々に下へ下へとずり下がっていく。
(しまった…!この橋そのものが罠か!)
一見頑丈そうな見た目はそれこそ侵入者を油断させるためのものだったのだ。気付いた時にはもう遅く、体重をかけずともどんどん橋は壊れていき、ついにはライトニングはクレパスに投げ出された。下を見るとどこまでも暗い。どこか飛び移れるところはないか視線を巡らせたが落ちたのは真ん中の地点で、どちらの壁もとても飛び移れるような距離ではない。
(このまま、こんなところで終わるのか…)
ライトニングは思わず上空に向かった手を伸ばした。その先に何かがものすごいスピードで降りてきた。それは目にも留まらぬ速さで長い棒のようなもので落ちてきた橋の部品をやワイヤーをなぎ払い、ライトニングの伸ばした手をつかんだ。そしてそのままライトニングを脇に抱えると、とても届かないと思ったわれていた向こう側の崖に飛び移り、そのまま岩伝いに下まで降りていったのだった。
「お前らしくないな。」
ライトニングは目の前の男を凝視した。頭にターバンを巻き、修練者のようなみすぼらしい服を着ているが、手に持った槍、その立ち居振る舞い、見事なばかりの金髪、見慣れた竜騎士の甲冑ではないが、その声ですぐに誰かわかった。懐かしさと安堵の気持ちでいっぱいになるものの、やはり素直になれないライトニングは思わずそっぽを向く。
「お前がここで私を待っているのはわかっていた、カイン。どうしてさっさと顔出さない。」
「他の連中もお前の危機に現れたと思うが、なぜ俺だけ文句を言われなければならない?」
カインは持っていた槍をくるくると回し、地面に突き立てた。
「…お前も違う姿で現れたのだな。」
「少々訳ありでな。別件で取込み中だった。」
「悪いな。」
「なに、知った仲さ。」
ラインはへたりこんでいるライトニングに手を差し出した。ライトニングは素直にその手を借り立ち上がった。
「吊り橋を渡ったのは失敗だったな。おかげでだいぶ遠回りをしなくてはいけなくなった。」
「カイン…」
「心配するな。俺はすぐには消えない。」
ライトニングは一番の懸念を言い当てられて驚く。
「何故だ?」
「ここは俺にとって特別な場所らしい。コスモスの力でここまで来たが、この場の中なら暫くの間とどまれそうだ。命の泉とやらまで付き合おう。」
心強い仲間を得てライトニングは胸をなで下ろした。
「…助かる。正直、一人だとキツかった。」
「飛竜はたとえ蘇らせてもきっとお前の言う事は聞かん。竜騎士か、それに縁のあるものでないとな。」
その言葉にライトニングは張り詰めていた緊張がフッととけた。見知らぬ世界で唯一頼りにしていた恋人と別れ、消滅を覚悟しながらたった1人で強大な敵と戦わなければならないのだ。そんな時に現れた仲間は、それだけでライトニングを心をどれだけ強くしてくれたことか。
「それよりもフリオニールはどうした。一緒に来ると思っていたのだが。」
一番聞かれたくないことを聞かれてライトニングは口ごもった。
「…歩きながら話す。まずは命の泉まで案内してくれ。私には…時間がないのだ。」
カインは何も言わずしばらくライトニングの顔を見つめていた。ひどく居心地が悪かったが、カインは何も言わず先に立って歩きはじめた。ライトニングもすぐその後に続く。が、何も言わないのが却って気詰まりで、聞かれるまでもなく自分のことフリオニールのことをポツリと、ポツリと話し始めた。
自分は何故か突然この世界に呼び出された事、フリオニールと再会し、共に旅を続けてここまで来たこと、だが皇帝に襲われ、その度に何度も仲間が現れて助けてくれたこと、そして自分は皇帝に召喚されているらしく、皇帝を倒したら自分も消えてしまうこと。
「それを…フリオニールに見せるのも忍びなくて…あいつを置いてきてしまった。ひどい言葉を投げかけて、後を追うなと…」
カインはライトニングの話を口を挟まず黙って聞いていた。話を終えても何も言わずライトニングの前を歩いている。ライトニングは暗闇に見事に光る金色の髪をぼんやりと眺めていた。
ライトニングはカインの髪を見て、ジェクトとカインが2人で何かを話していたのを見かけたことがあったのを思い出した。その時カインは兜をとっており、珍しいこともあるものだなと思い、印象に残っていたのだ。夕暮れに金色の髪が反射してキラキラと光っていたのを今でもよく覚えている。
(そうだ…ジェクトだ…!)
その情景にジェクトが居たことで、ユウナが現れたときジェクトのことを言っていたのを思い出したのだ。
「カイン、ユウナは皇帝は私の身体の中の残っているコスモスの力を使ってジェクトと同じことを、と言っていた。お前はユウナの言葉に何か心当たりはないか?」
カインは足を止めライトニングを振り返った。
「詳しくは俺にもわからん。だがジェクトはコスモスの力をその身に残したままカオスに連れ去られた。奴らはその力を何かに利用する魂胆だったのだろう。」
「では…私にも同じことを…カオスの下に連れていかれるのか?」
「クリスタルがどんな力を持っているのか分からない限りどうするつもりかは分からん。俺が分かるのは仲間の危機を察し、異世界をも飛び越えて瞬時に駆けつけることができる、ということくらいだ。しかしそれはクリスタルになる前の力だ。実際にクリスタルが形になってどういう働きをするのか、俺には予想もつかん。」
「あの戦いをひっくり返すほどの力だ。カオスの連中が欲しがるのも頷けるな…」
「だが、フリオニール達が自分たちの世界に戻っているのなら戦いは終わったはずだ。」
「カオスは倒された、ということか。」
「そうだ。本来、カオスとコスモスは表裏一体のものだ。カオスが消滅したとコスモスが単体であの世界にとどまっていられるとは思えない。もうきっと俺たちが戦ったあの世界は存在しないのだろう。カオスの連中がどうなったかのも分からん…」
ライトニングは複雑な思いだった。理不尽な呼び出されたあの世界、救いようのない戦いだけの世界だったが、
(私達は、仲間や恋人とあそこで出会った…)
「感傷的になるな、ライトニング。俺たちがあの世界で戦ったことでいくつもの世界が救われ存在し続けることができた。」
「…そうだな。」
話は途切れ、2人は命の泉を目指し洞窟の奥深くへと潜って行った。カインと話したことでライトニングはやはり皇帝の目的が自分なのだと知る。
(あんなヤツの思うようになるものか…なってたまるか…)
しかしここでまた新たな疑問が浮かびあがる。
(コスモスは戦ううちに私たちの体に馴染んでクリスタルになると言っていた…)
皇帝は長い旅の間にライトニングの身体とコスモスの力をなじませクリスタルを生み出させるつもりなのだろう。
(だとしたらなぜ私とフリオニールを再会させた…)
疑問はまだまだ尽きない。
(ジェクトはいったい…何をされたんだ?無事なのか…?皇帝はクリスタルを形に何に使うつもりなのだ…いや、クリスタルはどんな力を持っているのだ…?)
「ライトニング。」
カインに呼ばれて顔を上げると、洞窟の奥に神秘的な光を放つ泉があった。
(答えは…全てもうすぐ明らかになる…)
ライトニングはポーチからユウナからもらった召喚石を取り出した。これでいよいよ皇帝の喉元まで迫れると、それをぎゅっと握りしめた。

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