その後の二人。【後編】(DDFF/R18)

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そこは真っ暗でジメジメとして、とても陰鬱な場所だった。何もかもに絶望したものが辿り着くにはお似合いの場所だ、とライトニングは思う。どんなに目をこらしても、暗闇に目が慣れることはない。
膝を抱えて座り込んでいるライトニングのすぐ傍で、小さな生き物が這い回る気配がした。ライトニングの足元の辺りを這いまわっていたが、やがて別の動物に捕えられ、小さな叫び声を上げた。その生き物が最後の抵抗でもがく気配が聞こえたが、やがて断末魔の声を上げた。クチャクチャ、バキバキ、と生き物が食われる嫌な音が聞こえてきた。最初はその音が怖くておぞましくて耳を塞いでいたライトニングだったが、今ではもう慣れてしまった。いや、慣れたというよりも、時間とともにこの暗鬱な空間に一体化してこの中で起こるできごとが全て空気のように当たり前に思えてきたのだ。咀嚼の音はいつの間にか消え、辺りに静寂が戻っていた。
自分は消滅するはずだった。全ての苦しみや執着から解き放たれるはずだった。なのに、こんな地の底でずっと過去を振り返り、後悔ばかり募らせている。いったい自分はどんな罰を犯したというのだろう。どうして、どうして?その言葉ばかりが頭の中をぐるぐると巡る。話が違うではないか、どうして自分は未だ存在しているのか。
皇帝の胸に刃を刺したそのときから、意識がどんどん空気に溶ける感覚があったように思う。きっとこのまま消えてしまうんだろう、そう思った瞬間、溺れる者がそれこそ水面の浮草を掴むように、ライトニングは全身全霊でそれを拒否した。その最後の悪あがきが自分をここに連れてきたのだろうか。
思い出すのは恋人と旅をしたこと、毎晩愛し合ったこと、昔の、もう本当に遠い昔のことのように思える、共に戦い、共に死地に赴いた仲間たちのこと。次元を越えてまで助けにきてくれたのに、自分は恩を返すどころか、こんな所で膝を抱えて過去を悔いているばかりだ。
(合わせる顔がないな……
どこで何を間違えたのだろう?全ては恋人のためだったはずなのに。それが間違っていたのか?あんなに、それこそ身も心も引き裂かれるほど辛い思いをしたのに、未だ消滅すら許されないのは何故だ?ライトニングは神々の思惑に巻き込まれた自分の運命を呪わずにはいられなかった。全てを背負う覚悟で決意したはずなのに、暗闇はどんどんライトニングの心を蝕んでいく。
この場に留まるのは良くない、負のエネルギーに満ちた領域だ。それが分かっていても、ライトニングは立ち上がることが出来なかった。恋人に会いたい、だが、もう二度と会えない、会ってはいけないのだと自分に言い聞かせる。
「フリオニール……
ため息とともに呟いた名前は、すぐに闇に吸い込まれていった。
********************
下のレストランからは賑やかな声に、フリオニールはハッと意識を取り戻した。気が付くと宿のホールに立っていた。目の前にはさっきと同じようにシャントット博士が立っていた。
「博士…」
「言っておきますけど、私は今夜はベッドでぐっすり休ませていただきますからね。」
「でも…」
「それに思い出しただけで、まだ花束も用意してないじゃありませんこと?」
「そ、そっか…さすが博士…」
一度に色々なことが起こって呆然としたままのフリオニールを残し、シャントット博士は部屋に向かう。が、部屋のドアノブに手が届かないのでフリオニールを手招きして呼び、ドアを開けさせてると、
「もっとも、こんな雪国でバラの花が見つかるとは思えませんけど。」
「…明日、朝一番で探しに行く。」
「それがよろしいわね。」
そういうと、扉を締めてしまった。暫く経ってから鍵がかかるガチャリ、という音が聞こえた。
(…博士はどうやって鍵を締めているんだろう…?)
あの小さな身体で部屋の椅子を運んで、その上に乗って…とうのも想像し辛い。顔を洗うための洗面台、シャワー、ベッド、全てが博士の身長よりも高い所にある。フリオニールは博士のためにその周り椅子や台を置いてあげてはいるのだが。
今はそんなことよりも、ライトニングのことだ。今すぐにでも迎えに行きたい。しかし、確かに博士の言う通り、ライトニングに渡す約束をしたあの花がない。
(朝一番で探しに行くと言っても……)
博士の言うとおり、こんな寒い地域でバラの花が咲いているとはとても思えない。
(どこか南の方の街に買いに行く?いや、ありえない…)
戻ってくる前に枯れてしまうだろうし、行って戻ってくるのに何日かかるか分かったものではない。さすがに疲れてフリオニールも部屋に戻る。
ターバンを解き、装飾品を外しながら、さっき再会した仲間のことを思い出す。
(ラグナ…か……)
ユウナやカインと出会った時と同じ様に、以前会ったことがあるような、ないような、そんなあやふやな感覚しか思い出せない。だが、あの花の由来を聞いたら、ライトニングと交わした約束や、辺りの情景もぼんやりとだが蘇ってきた。
(ライトのことだけ思い出して…カインやラグナのことを思い出せないなんて、俺は薄情ではないだろうか?)
その辺りをシャントット博士に聞いてみたいが、今聞きに行ったらまた凍りづけにされると思って諦めた。
(ライトのことだって…はっきり思い出したわけじゃない……)
「私もこの花に何かを感じるんだ
思い出したのは、そう言って微笑んでいた彼女だ。その笑顔はライトニングへの思慕をますます募らせた。
(俺が花なんか持ってたらおかしいだろう?って言ったら、そんなことは気にするなって言ってくれて……)
笑われると思ったのに、逆に勇気づけてくれた。彼女のことを意識するようになったのはきっとその時だろう。そう思うと彼女への愛情で胸がいっぱいになる。
だからと言って、共に戦った記憶や、彼女と密会を重ねていたとか、あの世界で最後に言葉を交わした時はどんな様子だったかとか、そんなことは思い出せない。あの約束を交わした時のことだけだ。なんとか思い出そうと頑張ってみたが、だんだんと疲れが押し寄せ、まぶたが重く下りてきた。フリオニールは諦めてベッドに横になる。
眠りに落ちる前にどうやって花を手に入れるか考える、と、波が寄せてくるかのように眠気がやって来た。睡魔の波が何度か寄せては返し、フリオニールはやがてそれに抗えなくなり、睡魔の波に飲み込まれた。
********************
「それで、バラの花は手に入ったんですの?」
前の日と同じように装備を乗せた橇の上に座っていたシャントット博士が声を掛ける。快晴だが、その分空気が凍ってしまうのではないだろうかと思うほど寒い。
「うん。花屋を周っていたら、きれいなのを見つけた。」
しかし、見たところフリオニールは手ぶらのようだ。
「そこに積んでるのがそうなんだ。ライトが気に入ってくれるか心配だから、博士、ちょっと見てみてくれないか?」
言われてみると、薪や博士のお茶セットに紛れ、リボンのかけられた手のひらほどの大きさの箱があった。博士が開けてみると、宝石箱の中に一輪の大輪の薔薇が入っていた。薔薇の花は美しい紅で、まるでついさっき庭から摘んできたかのように瑞々しい。花の入った箱は美しい織物が貼られ、中には赤いビロードが敷き詰められている。そのビロードには水晶のビーズが縫い付けてあった。
「まぁ、なかなかの物を見つけてきたようですわね。」
「何か薬につけて、花の中の水を抜いた特別な物らしい。」
「高価なものでしょうに。また随分とはりこみましたわね。」
「それしかなかったんだ。でも、今から水の中に潜るんだ。花束だと持って行くのは難しいし。でもこれなら箱に入っているから持ち運びしやすい。」
「確かに。」
「その薬はポーションと魔法でできてるそうだ。乾燥させたら花の色が褪せてしまうけど、この薬を使うとひと冬の間、きれいなままだ。」
博士は暫くまるで宝石のような大輪の薔薇を目を細めて眺めていたが、やがてパチン、と音を立てて蓋を閉じた。冷たく透き通った空気の中で、その音が妙にはっきりと響いた。
「どうだろう?街中を探して花というと、もうそれか、造花しかなかったんだ。」
「ま、よろしいんじゃありませんこと?」
博士は花の入った箱を傍らに置くと、
「まぁ、受け取って貰えればのお話ですけども。」
「何か言ったか?」
「いいえ、なんでも。」
どこか引っかかる博士の言動だったが、ライトニングを迎えに行くことで頭がいっぱいになっているフリオニールがそれに気付くこともない。割るのに苦労した湖の分厚い氷も、いつもなら一切手助けをしようとしない博士が魔法で一瞬にして穴を開けてくれたのにも、
「博士はやっぱり親切だな。」
と、博士の為に火を起こし、湯を沸かしながらニコニコしている。博士にしてみると、早く神々の戦いに戻りたいだけなのだが、フリオニールは博士の好意と疑いもせず、素直に感謝の言葉を述べる。
「で、脳筋君は服のまま飛び込むつもりですの?」
博士が呆れたのは、言葉の通り、フリオニールは服を着たまま湖に飛び込もうとしたからだ。
「いや、さすがに裸で再会は気まずいだろう?」
博士は頭を振り振り、大仰にため息を吐くと、
「いい加減気を引き締めなさいな。湖の底で恋人が待っていると思ったら大間違いでしてよ。」
「そうなのか?」
フリオニールは少し気落ちをしたようだが、
「それはそれとして、やっぱり裸は気まずい。」
「それは心配しなくても大丈夫。」
どういうことか分からず、フリオニールは首を傾げるばかりだ。
「さっさと脱いで、早く飛び込みなさいな。なんならわたくしが服ごと焼き払ってもよろしいんですのよ。」
「わ、分かった!」
「いいこと?次元と次元を渡り異世界に行く、ということはその先で何が起こるか誰にも想像がつかない、ということでもある。まず覚悟をお決めなさいな。湖の底で彼女が腕を広げて待っているなんて甘い考えを捨てること。でないと彼女どころか命を落としかねませんわよ。」
厳しい博士の口調にフリオニールの顔も真顔になる。
「並みの人間なら、そんなことはとても無理ですわ。でも、脳筋お馬鹿さんはコスモスの力、クリスタルをその身に宿している。だから可能だということをゆくゆく忘れたりはしないように。」
「うん、分かった。」
「恋人を取り戻したいなら、そのことを常にしっかり考えること。自分を保つこと。お分かり?」
「…そうしなかったら、どうなるんだ?」
「誰にも想像出来ない、と言いましたわ。でも!」
博士が言葉を切ったのに、フリオニールは思わず背筋が伸びる。
「下手を打てば戻って来られなくなる。永遠に次元の狭間を彷徨うことになるやもしれませんわね。」
再会の瞬間のことを考え、気が逸っていたフリオニールだが、博士の話に拳を強く握りしめた。
「自分を保つこと。このことを、ゆめ忘れないように。」
「分かった。」
フリオニールは慌てて服を脱ぎ、湖氷の上に空いた巨大な穴の縁まで凍えながら歩き、そう言えば飛び込んだあとどうすれば良いのだろう、とふと考えた。
「博士!」
「なんですの!」
「湖の中にライトが居ないことは分かったけど、どうすれば異世界に行けるんだ?」
「さっきも言ったでしょう?彼女のことを考えること!」
フリオニールはうれしそうに頷き、
「それなら簡単だ!俺はいつもライトのことを考えてるから!」
「その穴をまた氷で蓋をされたくなければさっさと飛び込みなさいな。」
フリオニールは博士に向かって手を振ると、大きく息を吸い込み、湖の中に飛び込んだ。腕で水を漕いで湖底へと向かう。昨日と違って水の冷たさを感じなかった。シャントット博士に危険だとは知らされていたが、この先にライトニングが居るのだと思うと逸る心が水の冷たさや息苦しさを忘れさせた。深く潜っていくと、湖底に光の輪を見つけた。
(博士の言う通りだ…)
フリオニールはためらわずにその光の輪の中に向かって泳いでいった、はずだった。なのに気が付くとフリオニールはパンデモニウム城に立っていた。ライトニングを失ったフリオニールにとって忌まわしい場所だ。そのことはフリオニールを大いに混乱させた。あまりにも突然過ぎて何が起こったのか理解できない。さっきまで素っ裸で泳いでいたはずなのに衣服も、装備も全て身に着けている。
「これは…どういうことだ…?」
フリオニールは慌てて周りを見渡した。視線を巡らせた先に見慣れた後ろ姿が見えた。フリオニールは文字通り自分の目を疑った。凛とした後ろ姿、それは紛れも無く、
「ライト…?」
名前を呼ぶと同時に駆け出していた。ずっと探し求めていた恋人が目の前に居るのだ。ふとシャントット博士の言葉が脳裏を過った。
「いいこと?次元と次元を渡り異世界に行く、ということはその先で何が起こるか誰にも想像がつかない、ということでもある。」
(心配し過ぎだ、博士!だって、ライトはそこに…!)
ずっと夢に見ていた再会の時だ。すぐそこにライトニングが立っている、フリオニールは前につんのめらんばかりにライトニングに向かって走った。

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