その後の二人。【後編】(DDFF/R18)

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「ジャッジ・ガブラス……?」
「貴様はこの世界で自分を見失い、この世界に残った悔恨の念を取り込んだイミテーションの残党に襲われていた。」
「あれは…かつての俺の仲間の姿を模して近づいてきた…あれは……?」
「戦いに敗れた戦士たちの念と一体化している。だからお前の知っている者の姿や声で近づいてきたのだろう。
フリオニールは目の前の男の言っていることが分からない。ただ自分を見失う、という言葉を誰からか聞かされたことがあるような気がした。
「誰かに言われた気がする…この世界では何が起こるか分からない。決して自分を見失うなと。」
「この世界は端から崩れ、滅びかけている。だが意識をしっかりと保ち、強い意思を持てば想いは実現する。そんな世界だ。」
「強い…意思……」
ガブラス、と名乗った男は床に座り込んでいるフリオニールの傍らに膝をつき、
「深く呼吸をし息を整えろ。そして自分に強く問いかけるのだ。自分が何者なのかな。」
カオスの戦士、と聞いて警戒したフリオニールだが、そうやって自分と目線を合わせて助言をしてくれるのは頼もしく、信頼に値する男のように思えた。言われるままに何度も深呼吸を繰り返す。自分は何者なのか、何故ここに来たのか自らに問いかける。徐々に気持ちが落ち着いたところで、ふと何か想いが頭を過った。自分の中へとその想いを追いかけると、懐に何かを入れた、という記憶に行き当たった。実際に懐に手を入れてみると、この場にそぐわない鮮やかな箱が出てきた。
「これは……」
蓋を開けてみるとバラの花が入っていた。見覚えがある花だ。何か思い出しそうなもどかしさに、箱を開けたり閉めたりしている内に、誰かがその箱をパチン、と音を立てて閉じたことを思い出した。
(博士だ……!)
その音と共に、バラバラに散らばっていた記憶が一つに繋がった。
「ガブラス、俺はこの世界に恋人を探しに来た。」
「恋人だと?」
「ライトニング、という戦士だ。君は知らないか?」
「……知らんな。」
ガブラスは立ち上がるとフリオニールに背を向けた。狂っているとも言えるこの世界で、手がかりは目の前にいるこのガブラスという男だけだ。ライトニングのことを知らないにしても、この世界のことを教えてもらえばそれが手がかりになるかもしれない。
(それに、知らないと答えるまで、短いが間があった。)
この男は何か知っている。フリオニールはそう確信した。
「ガブラス、君は何か知っているはずだ。頼む、教えてくれ。」
「俺はカオスの戦士だった男だ。貴様に真実を話すと思うのか。」
「どうしてだろうな。君の態度や仕草から…手厳しいが信頼に値する武人だと分かる。それに、たとえカオスの戦士だとしても、君からは殺気がまるで感じられない。」
ガブラスが肩越しに振り返る。顔は兜の仮面で完全に覆われているのに、何故だか彼の感情が溢れてるのが見えるような気がする。
「貴様の名は。」
「フリオニールだ。」
ガブラスは暫くフリオニールの顔を見つめ、やがてその正面に胡座をかいて座った。
「貴様はこの世界のことをどれだけ知っている。」
「ほとんど何も知らない。他の戦士たちの話によると、俺は13回めのカオスとコスモスの戦いでクリスタルを形にし、カオスに勝利して元の世界に戻ったらしい。だが、俺自身はその記憶を断片的にしか覚えていない、ただの男だ。だが……」
そこでフリオニールは言葉を切った。自分の世界でライトニングと再会した時のことを思い出した。雪の中に倒れていた美しい戦士のことを。
「そこに…ライトニングという戦士がいきなり現れた。この世界で俺の恋人だったそうだ。俺も彼女も最初はどうして俺の世界で再会したのか分からなかった。だが、それは…皇帝の罠だった。」
ガブラスが微かに頭を動かした。
「皇帝を知っているのか?」
「まあな。だが俺の話はその後だ。続けろ。」
促され、フリオニールは話を続ける。ガブラスが皇帝を知っているのなら話は早い。
「奴は…ライトの中に残るコスモスの力で…何か企んでいたようだ。俺には途方も無いことに思えて、何がヤツの最終目的だったのか未だによく分からないのだが…」
シャントット博士が現れて色んな話を聞いたあとでも、フリオニールにはまだまだ分からないことだらけだ。
「とにかく、皇帝はライトを利用しようとしていた。ライトは皇帝によって俺の世界に連れて来られたらしい。だが、それでも皇帝を倒し、俺と、俺の世界を救おうとして消滅してしまった…。俺はある人の手助けを借りてここに来たんだ。だが…君が助けてくれるまでこの世界で迷い、ひどい目に合っていたようだ……まるで悪い夢のような…あれはなんだったんだ?」
フリオニールの話が終わった所で、ガブラスは暫く口を開かなかった。
「悪い夢…か……」
漸くポツリと言葉を発した。
「まあ、いい。ここは闘争の果ての世界の残滓だ。俺はこの世界を傍観し続けているが、誰も彼もが何もかもが消え失せて久しい。そんな所への来訪者だ。話してやろう、貴様が居るこの世界について…な。だが、貴様は俺の話を聞いた後、神々を、そして恋人の消失を激しく呪うことになるだろう。それでも構わぬのか。」
「構わない。」
フリオニールは強く言い切った。
「ライトと旅をしている間、俺は何も知らなかった。ライトがいつかふっと消えてしまうような、そんな風に怯えていた。ライトが消えた後も、そして今もおれは未だに何も知らない。何もだ。」
話している内に抑えきれないほどの怒りがまたこみ上げてくる。はらわたが煮え返る、というのはこういうことを言うのだろうなと思う。胸の中がカッカと熱い。
「何も知らないことにうんざりしている。腹立たしくさえある。俺は知りたい。頼む、ガブラス、話してくれ。」
マスクの奥の目がじっとこちらを見ているのが分かった。
「かつてこの世界に意思を持つイミテーションが3体居た。その内の2体がカオスとコスモス、二柱の神々だ。カオスはいずこかの世界でその存在自体が強力な破壊兵器だった。だがやつは意思を持っていた。…子供のような、いや、子供そのものの、無垢な心をな…」
「カオスとコスモスが……イミテーション……???」
この世界に飛び込んでから何度も襲いかかって来た仲間の姿を模した無機質な人形と同じように、実はカオスとコスモスもイミテーションだったということが信じられるはずもなく、フリオニールは思わず大声を出してしまう。
「カオスの面倒を見ていたのが…俺は名前を知らんが…その世界での科学者夫婦だ。戦いに巻き込まれ、妻は死に、カオスは母親のように慕っていたその女の死に怒りの余り力を解放し、その科学者ともどもこの世界に飛ばされてきた。科学者は元の世界に戻るため、神竜というこの世界での絶対的な存在と契約を結んだ。」
「契約……?どんな……?」
「カオスとコスモスにそれぞれ戦士を召喚させ戦わせる。神竜は戦いの果てに戦士たちの経験を自らのものとして吸い上げ、敗北した戦士の記憶を浄化し、世界を巻き戻してまた闘争を始める。その科学者はカオスとコスモスにそれを命じ、戦いを強いた。」
フリオニールは驚きのあまり言葉を失ってしまう。それではまるで自分たちは家畜のようではないか。戦いの経験を神竜に食わせるための。
「そんな……では、俺達の戦いは……そんなものの為に…俺達は命をかけて戦っていたのか?コスモスがそれを望んでいたというのか?」
「コスモスは科学者の妻を複製したものだ。言わばヤツの人形だ。」
「カオス…は……?」
「同じだ。父親代わりの科学者に逆らうことなど出来ん。」
母親の姿を模したコスモスと戦うのは嫌がったらしいが、という言葉にフリオニールはカオスに対して哀れみを感じてしまう。
「ガブラス、君の言う通りだとしたら戦いは未だ続いていたはずだ。だが、コスモスは俺達にクリスタルをくれた。それがなくては俺達は勝利出来なかった。そうだろう?」
「貴様の言う通りだ。戦いを繰り返す内にコスモスは自我を持ち始めた。結果、己の命を削り力をお前たちに与え、そしてカオスに破れ、消滅させられた。カオスはコスモスの消滅を嘆きながら貴様たちに倒された。」
「じゃあ、神々の闘争はもう終わってしまったのだろう?なのに何故君はここに居るんだ?」
「世界というのはいくつもの分岐を持つ。」
ガブラスは不気味な雲が垂れこめた空を見上げながら続ける。
「13回目の戦いの後も、カオスとコスモスが存在し続ける分岐があった。その世界でカオスは暴走し、神竜と戦いを始めた。大いなる意思という肉体を持たない存在に転身した科学者が、何人かの戦士を召喚し、彼らに暴走したカオスを倒させた。その後で神竜も大いなる意思もいずこかへ姿を消した。残ったのはこの世界に残った負の感情、怨嗟や悔恨と、幾体かの…と言っても、その数は未だ膨大だが、イミテーションどもだけだ。」
フリオニールは呆然とガブラスを見つめる。
「どうした。この世界の真理と計り知れない広大さに圧倒されたか。」
「いや…その通りだが…そんな寂しい世界に、君は一人なのか?」
「負け犬にはお似合いの処遇だ。」
ガブラスはふん、と鼻で笑う。フリオニールは不思議でならない。フリオニールにガブラスは義に厚い立派な武人に思えるのに、どうしてこんなに自分を貶め、卑屈になってるのだろうか。
それにしても、とフリオニールは思う。大いなる意思という存在は、あまりにも利己的ではないか。戦いの記憶が曖昧で、コスモスのことすら思い出せないフリオニールにはカオスが不憫でならない。そして考えた。何故科学者は神竜とそんな契約をしたのかを。
「取り戻そうと、したんだ……」
今のフリオニールには、その時の彼の絶望が痛いほど分かった。
「ガブラス、俺はライトが消えてしまった時、世界そのものを憎んだ。何もかも全てだ。俺のこの手で壊してやる、そう思った。」
ガブラスは言葉を挟まない。
「大いなる意思、という存在は全てを元に取り戻そうとしたか、もしくは全てを壊そうと思ったんじゃないかな……俺には、そんな超越的な力はないが、その時の俺の気持ちと、きっと同じだと思う……」
「お人好しな奴だ……」
ガブラスは呆れてしまう。
「だが、博士のお陰で…そんな気持ちは消えてしまった。それだけじゃない。ここに来る手助けも……」
「貴様、今、なんと言った…!?」
不意にガブラスが纏う空気が一変した。フリオニールは訝しげに思いつつも、正直に答える。
「俺が怒りを沈めて物事の本質を見るように導き、ここに来る手助けをしてくれたのはシャントット博士、という人のお陰だ。」
「立て。」
ガブラスはやおら立ち上がり、腰から2本の剣を抜き、その縁と縁を合わせ、一本の槍のように変形させる。
「ガブラス……?」
「貴様、あの魔導師の弟子か。」
「なんのことだ…?うわぁ!」
ガブラスがフリオニールめがけて思い切り得物を振り下ろした。フリオニールは慌てて後退る。
「ガブラス!博士を知っているのか!?」
「あの力、あの言動で博士とは片腹痛いわ!」
ガブラスは本気だが、フリオニールはとても剣を交える気にはなれない。
「待ってくれ、ガブラス!博士は君に一体何をしたんだ!?」
必死で逃げ惑いながらもフリオニールが尋ねる。きっとガブラスも博士のエキセントリックな言動でひどい目にあったんだろうな、と察し、必死でガブラスを説き伏せようとする。
「頼むから落ち着いてくれ!俺は確かに博士に手助けをしてもらったが弟子というわけではない!」
いつまで経っても反撃せず、逃げまわるばかりのフリオニールに、ガブラスもついに武器を持った腕を下ろしてしまう。
「ライトが消滅した時、入れ替わりに現れたんだ。コスモスが俺を助けるために…」
「正確には貴様を助けるためではなく、皇帝と名乗るあの男の監視だろう。闇のクリスタルはあの世界では異質だ。大いなる意志の言いなりのコスモスとしては、それを手に入れた皇帝を捨ててはおけん。」
「その…確かに一緒に旅をして…何度か死にかけたけど、博士はいい人だ!」
ガブラスはフリオニールの答えに脱力してしまう。殺されかけておいて良い人だ、とはこの男はどこまでお人好しなのだろうと、同情の念まで湧いてくる。武器をしまい、息を切らしてへたり込んでいるフリオニールに手を貸して立たせてやる。
「皇帝はどの輪廻の中でも巧妙に立ち回り、我らの裏をかこうする小賢しい小者だ。」
「やはり君もヤツのことを知っているのか……」
「俺のことはいい。だが、貴様は気をつけろ。」
「だが、皇帝は俺が倒した。奴はもう……」
「俺が言っているのはシャントットのことだ。」
「博士が?」
1mmたりとも博士を疑っていないフリオニールに、ガブラスは呆れ返ってしまう。
「あの魔導師とて全てを知っているというわけではない。俺は考えがあって二度、彼奴とまみえた。だが、あれだけの敏さをもってしても、この世界の秘密を全て解き明かしたわけではない。」
俄に信じられず、フリオニールは呆然とするばかりだ。
「でも…博士は…そりゃ、博士だって……」
「いいか。彼奴と同じ世界から来たもう一人の戦士は消滅した。だが彼奴は抜け目なく消滅を免れて元の世界に帰った。あ奴がいかに抜け目がないか分かるだろう。」
「ガブラス、君は……」
「俺は法の番人だった。だからこのような秩序のない世界が許せず単身コスモスに挑んだが……いや、それはもういい。いいな、忘れるな。」
フリオニールは困惑してしまう。博士と共に過ごし、フリオニールは自由に生きてもいい、ということを学んだ。それはフリオニールにとって世界が180度変わってしまうほどの驚きと喜びだった。そんな風に導いてくれた博士を信じるな、と言われても。
それに、ガブラスのお陰でこの世界のことや、カオスやコスモスのことはだいぶわかったような気がする。が、肝心のライトニングの行方はさっぱりだ。
「俺は時間も空間もねじれてしまったこのひずみで傍観してきた。荒ぶるカオスが戦士によって倒され、大いなる意思も自分の過ちに気付いてどこかに姿を消した。そんな時、不意に一人の女がが現れた。」
最後の一言にフリオニールは色めき立たった。
「ガブラス、それは…!!」
「そのことを誰にも告げるなと頼まれていた。だが、それを黙っていても仕方あるまい。その女なら腐りゆく大地の裂け目に居る。」


作中のガブラス、シャントット博士、コスモス、カオス、神竜の設定はファイナルファンタジー用語辞典 Wiki*を参考にさせていただきました。
ファイナルファンタジー用語辞典 Wiki*


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