その後の二人。【後編】(DDFF/R18)

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石造りの朽ちかけた神殿にフリオニールのものと、もう一つの足音が響く。ライトニングは後に続いているのだと信じて前に進む。そうやって走り続け、2人は遂にパンデモニウム城に辿り着いた。ライトニングが消滅した場所だが、皮肉なことにフリオニールの世界とのリンクが一番強いのはここらしい。
「ライト!ここまで来ればあと少しだ!!」
喜びのあまり、フリオニールは思わず振り返ってしまった。フリオニールはそこに信じられない物を見つけた。
「…ライト、君…なのか……?」
ライトニングはその場に膝から崩れ落ちた。手で顔を覆ってしまう。
「あれほど…見るなと言ったのに……!」
「ライト……」
ライトニングは声を押し殺して泣いている。フリオニールは俄に信じられず、ライトニングの前に膝をついてその顔を覗きこもうとする。と、ライトニングは激しく頭を振ってそれを拒む。だが、顔を隠したところでジャケットから伸びる腕や足、いや、衣服までもが、透き通ったクリスタルで出来ていた。
「ライト…君は……イミテーションになってしまった…のか……?」
「…分からない……」
ライトニングが微かに頭を振ると、髪がシャラシャラと澄んだ音を立てた。震える細い肩に、フリオニールはそっと手を置いた。
「こんな姿……お前に…見せたくはなかった…でも……ずっと、あの暗い場所で、私は夢見ていた…もう一度お前に会いたいと。」
フリオニールはクリスタルで出来た身体をそっと引き寄せた。優しく手首を取って、顔を上げさせる。
「ライト、イミテーションは涙なんか流さない。心を持たない人形だ。」
「だが…!」
フリオニールはライトニングの頬を両手で覆う。その頬も水晶のように冷たく、硬い。
「博士に怒られた。君に“きれいだ”ってばかり言ってしまった…それが君を追い詰めた。」
フリオニールはライトニングの身体を強く抱きしめた。良く知るライトニングの柔らかく弾力のある、あの温かい身体ではなかった。だが、フリオニールとってそんなことはどうでも良かった。
「でも、ライト…君は君だ。君の心が、魂が無事なのが俺はうれしい。」
「フリオニール……」
「さっき、彼と、俺達のリーダーと再会しただろう?彼が教えてくれた。きれいとか、イミテーションとか、それは大事なことじゃない。」
フリオニールは、それでもやっぱり君の顔はとてもきれいだと思うけど、と付け足したが。
「君を探していた。ずっと、ずっとだ。会いたかった…そして、やっと会えた。」
ライトニングはおずおずと腕をフリオニールの大きな背中に回した。石のように硬い腕でフリオニールを抱きしめたら、大切な恋人を傷つけてしまわないかとためらいながら。
「信じて、いいのか?こんな…こんな姿でも…?」
「君を幸せにも、不幸にするのも俺だと言った。君の姿は君を不幸にはできない。俺はそんなことはどうでもいいからだ。君が傍に居てくれることが俺にとって大事だからだ。」
フリオニールはライトニングの顔を正面から見つめると、その口唇に優しくキスをした。
「これでもまだ信じられないか?」
表情のないイミテーションのはずなのに、ライトニングがはにかんで俯いてしまったのがフリオニールは分かった。
「とりあえず、俺達の世界に戻ろう。シャントット博士なら何か良い知恵を貸してくれるかもしれない。」
「シャントット?」
「ああ。ライトと入れ替わりにこの世界に現れたコスモスの戦士だ。ライトを探すのに色々と手を貸してくれたんだ。ずっと2人で旅をしてて…」
「2人で!?」
フリオニールはきょとん、として首を傾げた。イミテーションとなってしまったのにライトニングの思っていることが良く分かる。それは、再会してずっと一緒に旅をしていた時のそのままだ。
(だが、ライトが怒っているのは分かるけど、何を怒っているのか分からない…)
「私が消えてから、ほ、他の女と、旅をした、というのか…っ!?」
フリオニールは思わず吹き出してしまう。
「何がおかしい!?」
「ライトはやっぱりライトだ。」
フリオニールはぷんぷん怒っているライトニングの両手を取った。心なしか、その手が暖かいような気がする。
「心配しないくてもいい。博士は種族が違うんだ。タルタル族と言ってとても小さくて…そうだな、オニオンナイトより小さくて、大きな耳を持っていて、そして俺達よりもずっと年上だ。」
「年上?」
「でも、そのことを博士に言ってはいけないんだ。黒焦げにされる。」
「私にはお前が何を言っているのかさっぱり分からない。」
「会った方が早い。」
フリオニールは手を差し出した。
「帰ろう。」
ライトニングは躊躇ったが、フリオニールの手を取った。
「暖かい手だ。」
「調子のいいことを言うな。」
「本当にそう思うんだ。」
お世辞でなく本当にそう思った。大丈夫だ、きっとすぐに元の姿に戻れると、フリオニールは前向きに信じる。手を強く握り直し、自分が居た世界に戻りたいと強く願った。ついでに、湖の水の中ではなく湖畔に戻れるようにとも。
ぎゅっと目を閉じ、まぶたを緩めると、ふっと頬を優しい風が撫でた。フリオニールが顔を上げると、雪も氷も全てが消えていた。暖かく穏やかな気候、小鳥のさえずりに花の香り。フリオニールは足音を見下ろす。焚き火のあとと、シャントット博士の使っていたカップが転がっている。
幸い、装備を載せていた橇は無事だった。時間が経ってうす汚れてはいたが。フリオニールは荷物に被せてあった白い帆布を外し、ライトニングの頭からすっぽりと被せてやる。
「その、シャントット博士とやらはどこに?」
「この世界と君が居た世界は、時間の流れが違うらしい。」
「時間の流れ……」
「さっき一度ここに戻った時はとても長い時間、あの世界に居たのに博士にとってはあっという間だった。」
「それで?」
「今回はその逆だ。最初にあの世界に足を踏み入れたときよりも短い時間のはずだった。」
「なのに、こっちの世界では時間が経ってしまった、ということか?」
「冬だったのが、春になってる……」
長い間待たされた博士が怒って帰ってしまったのではと、真相を知らないフリオニールは申し訳なく思ってしまう。
「でも、きっと博士のことだ。」
きっと、もう戦いに戻っているのだろう。ガブラスが博士は抜け目なく元の世界に戻ったと言っていた。だとしたら、どこかの世界できっと元気に周りを振り回し、研究に勤しんでいることだろう。フリオニールは肩を竦めて見せる。
「自分たちでなんとかしろ、ということらしい。ライト、君の姿を元に戻す方法を探そう。」
「お前、変わったな……」
「君が居ないあいだ、色々あったからな。」
そうしてライトニングを抱きしめる。そして、その体はやっぱり暖かいと確信する。
「もう離さない。絶対にだ。君をどこにもやらない。」
どんどん心が軽くなっていくのをライトニングは感じた。ずっとその言葉を待っていたことに気付く。そして、自分はなんて愚かだったのだろうと思う。ずっと待っていた言葉を、こんな長い長い紆余曲折の果てにやっと気付くなんて。もっと自分が正直になればこんな遠回りをしなくても済んだのだと思うと、フリオニールに申し訳なく思う。
「フリオニール、言わせてくれ。私は自分を封じている間もどうして全てを打ち明けなかったのか、ずっと悔やんでいた。」
「うん。」
「そのせいで、私は…私達は遠回りをした……お前に…苦労をかけてしまった……」
「うん。」
言わせてくれ、という言葉の通り、フリオニールはライトニングの告白に真摯に耳を傾ける。
「お前はもう嘘を吐かないと言った…なら、私もそうしたい…いや、そうする。」
自分の姿が変わってしまったことを忘れた。ライトニングはありったけの感謝と、愛情をこめてフリオニールを見つめる。
「お前と歩みたい。ずっと一緒に。」
言葉にすると不思議な気持ちになった。長い坂道を息せき切って駆け上った先にフリオニールが立っていて、その胸に飛び込んだような。心臓の鼓動や脈拍がでたらめな歌でも歌っていて、うれしいような息苦しいような。クリスタルで出来た身体なのに、忘れていた人としての命の脈動を思い出したかのようだ。ドキドキする。うれしくて叫び出したい程だ。
2人は手を繋ぎ、歩き出した。芽吹く緑や咲き誇る花の香りを載せた風が頬をくすぐる。ライトニングはそれに心地よさげに目を細めた。
「そうだ、ライト。」
「なんだ?」
フリオニールははにかみながら伝える。
「君は怒るかもしれないが、君はやっぱりきれいだ。」
ライトニングは笑う。きれいだと言われてうれしいなんて。
「だがこのままだとモンスターだと思われそうだ。」
「うん。だから、元に戻す方法を考えないとな。」
「アテはあるのか?」
「高名な魔導師を探そう。白魔導師だな。」
黒じゃなくて、とフリオニールは付け足す。
強い風が吹いて花びらが空高く舞い上げられた。それを見上げ、2人は同じタイミングで笑い、また歩き出した。花吹雪はまるで自分たちを祝福しているように思えた。フリオニールにもライトニングにも分かっていた。何も解決していない。振り出しに戻っただけだ。しかもライトニングの身体は硬く、冷たいクリスタルだ。だが、それでも身体の奥底から喜びが湧き上がり、今はそれに2人して身を任せていたい。2人して間違いに気付いた。そして、2人一緒にもう一度最初から始めることが出来るのだ。これ程の歓喜があるだろうか。
ライトニングの身体からも、まるで花びらのようにクリスタルの破片がハラリと落ちた。それはやがて次々と剥がれ落ち、花吹雪のように軽やかに宙を舞ったが、2人はそれに気付かず、ゆっくりと歩き続けた。


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