バルフレアのやきもち。その2(FF12)

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バルフレアが部屋を訪れた時からからずっと、パンネロは難しい顔で薄い布地に針を刺している。
なめらかで光沢のある糸で織られたその布地は、向こうの景色が透けてしまうほど薄い。生地をのせたパンネロのふとももをふんわりと覆う繊細な織りにはキラキラと光るスパンコールがいくつも縫い付けてあった。

ラバナスタにあるキルティア教の寺院が修築落成されるとかで、その法要で踊りを踊るのだとか。なんでも演目が昔の古典がモチーフになって、天上の真っ白な鳥が乙女の姿を借り、美しい衣をまとって地上に降り立つそうだ。パンネロがその役に抜擢されたのは街の顔役であるミゲロの推薦だ。

パンネロは舞台で使う衣に、自ら針をとり、飾り付けをしているのだろう。布に注意深く針をさし、少し位置がズレたら針を抜き、またさし直す。

バルフレアとしてはパンネロががんばっているなら応援したいのだが、演目がいただけない。
天から下りてきた白い鳥が人の姿となって地上の泉で水浴びをするとか(鳥のままでいいんじゃないかとバルフレアは思う)、それを見ていた若い男が天上人にひとめぼれしてしまい、衣を隠してしう。鳥の姿に戻ることができない天上人は、天に帰ることができないという。更には肌を見られた相手に嫁さねばならない掟で泣く泣くその男と暮らし、子まで生すが、隠されていた衣を偶然見つけ、男も子も置いて天に帰っていったという話だ。

この伝承はイヴァリース中に似たような逸話があり、目新しくもないつまらない昔話だと思っていたのだ。泣いて返してと頼む白鳥の衣を決して返そうとしない男を、バルフレアは野暮なやつだと思うくらいで気にも留めなかった。

だが、それをパンネロが演じるとなると話は別である。

ただでさえダルマスカ風の踊りはやたらと官能的だ。音楽は催眠的なゆったりとしたものから始まり、次第に重く、力強く変則的なものとなる。それに伴い左右にくねらせた腰の、そのスピードがどんどんと早くなる。
それに合わせて踊り手は目にもとまらない素早さで足を入れ替え、優雅な趣から激しい踊りへと転じていく。
激しい動きの中、表情はやたら情感があり、客席に蠱惑的な視線を投げかける。
これではあからさまに男女の営みではないか!とバルフレアは思うのだ。

衣装も肌の露出が多い。最初はかわいらしく、微笑ましく思えた踊り子の衣装はバルフレアが愛してやまないふっくらとした下腹部が顕になり、衆目に、いや、バルフレア以外の男性の目に晒される、とんでもない出で立ちとなってしまった。

これが舞台となると、ボトムスがスリットが腰まであるスカートになる。ほっそりとした腰、ふっくらとした腹とえくぼのようにかわいらしく窪んだへそたけでなく、太ももまで暴かれてしまうのだ!

とどめは芝居仕立ての演目だ。男に水浴びを見られ、衣を取り上げられ、返してくださいと泣いて頼むのだ。とてもではないが冷静に、踊りとして、芝居として見ることができそうにない。

バルフレアはここのところずっと心に不満を抱えたままだった。
夜は眠れないし、朝は起きられないしでウツウツとした日が続いていて酒量が増えた。
忙しいパンネロと会えない時間がますますそれを増長させ、堪えきれなくなり「近くまで来たから」「ちょっと顔を見に」なんて理由をつけ、会いに来たのだった。

訪れたのは練習も終わったであろう、陽が落ちた頃だ。
落慶の日はが迫っていて衣装の完成を急いでいるのか、テーブルには誰かが差し入れしたのであろう、手つかずのサンドイッチが置いたままになっていた。

突然のバルフレアの訪問にパンネロは声を上げて喜び、練習のことや催しの日には誰それが見に来るなどとうれしそうに話していたのだが、話しながらも無意識に衣装と針を手にとり、次第に口数は少なくなる。終いには側にバルフレアがいることも忘れれ、無心に衣装に針をさしている。

そんな様子を見ていると、野暮なのは自分の方だと否が応でも思い知らされる。
自分の夢にひたむきに取り組む少女を前にすると、自分のちっぽけな独占欲が恥ずかしく、この場から逃げ出したくなる。

そんなバルフレアの心の葛藤を知るはずもないパンネロは、今度は糸で連なったビーズをブラトップから垂れ下がるように縫い付け始めた。ずっと緻密な作業をしているせいか、いつもにこにこと微笑んでいる顔の眉間には大きなしわが寄せられている。針を持つ指先も赤くなって痛々しく、たまらなくなってバルフレアは声をかけた。

「パンネロ。」

呼ばれてパンネロが顔を上げる。

「根を詰め過ぎだ。」

バルフレアはパンネロの隣に座ると、手に持った針を針山に刺し、指先を自分の手で包み込んだ。
パンネロが驚いたように顔を上げる。

「やだ、私、ずっと黙ったまま!せっかくバルフレアが会いに来てくれたのに。」

立ち上がろうと腰を上げたパンネロの肩に手を置いて座らせると、いいんだ、と首を横に振る。

「温かい飲み物を買ってくる。それまで手を動かすのはナシだ。」

パンネロは困ったように首を傾げたが、言われた通り手を膝にのせる。

「いい子だ。」

会いに来た理由が我ながら情けないと思っていたバルフレアだが、それでも来て良かったと思う。

(少し休ませないとな。)

しかし、休めと言ったところで素直に聞くとは思えない。しかもパンネロが休むと確実に衣装の完成が遅れるのだ。
衣装をわざわざ手づくりするのは寺院や顔役のミゲロに負担をかけたくないからだろうと察するバルフレア、自分がしてやれることは何もないのだとますます気が重くなる。それでも何か食べさせないと、と屋台でパンネロの好きな飲物を買い部屋に戻った。

扉をノックしても返事がない。まさかと思ってドアを開けると、パンネロは椅子の背もたれに体をあずけ、うたた寝をしていた。
バルフレアはため息とともにパンネロを見つめた。
首をかくん、と折る不自然な体勢で寝づらいだろうに、バルフレアが入って来たのに気づかず、ふぅ〜、と、ため息のような寝息をたてている。その様子がまた痛々しく思えて、バルフレアは眉をしかめた。

買ってきたカップをテーブルに置おうとして、もしひっくり返して衣装を汚してはと壁際に置かれたチェストの上に置く。パンネロが首をもたげている方向に空いている椅子を移動させ、座った。重そうに垂れ下がっているパンネロの頭をそっと自分の頭にもたれさせる。と、パンネロが体を起こした。そのままバルフレアの体をまさぐり、手が膝を見つけると、バルフレアの膝の上に頭を載せ、居心地の良い位置を探るようにモゾモゾと頭を動かした。
起こしてベッドに行くように伝えるかどうか迷っている間に、落ち着く場所を見つけたのか、パンネロは再び眠りに落ちてしまった。

「おいおい…」

思わうぼやいてしまう。動けなくなってしまったバルフレアはパンネロを起こそうかどうか迷う。自分の膝の上で眠るパンネロの寝息がさっきのと違い、すぅすぅと穏やかになったのを見ると、覚悟を決めてしばらくこのままでいることに決めた。しばらくは眠るパンネロの形の良い耳たぶや細い肩を眺めたり、少しでも気持ちが休まればと頭を撫でてみたり。

それでも、10分もすると手持ちぶさたになってくる。

本でも何でも良い、何か退屈を紛らわせるものはないかと見回すと、テーブルの上の縫いかけの衣装の下に本らしき物が見えた。手に取って、パラパラと捲ってみるとラバナスタの踊り子の衣装の作り方が図解されたものだった。パンネロが作ろうとしている衣装のページにバルフレアのコロンと同じ香りの試香紙がしおり代わりに挟まれていたのには思わず口元が緩んだ。

なんとなくページを眺めていたが、機工士であるバルフレア、何かを作る過程が示された本を見るのは嫌いではない。パンネロの作りかけの衣装と比べてみたり、スパンコールで花を象るにはどうすれば良いのかと実物と比べてみたり。

そうやって、本と衣装の間を交互に見比べている合間に、ふと針山が目に入った。


パンネロは目を覚ますと、軽く混乱してしまった。
自分はベッドに横になっている。それはいい。だが、どうして服を着替えずに眠ってしまったのだろう?そして、どうして隣にバルフレアが眠っているのだろう?

ゆっくりと思い出す。そうだ、昨夜、バルフレアが尋ねて来てくれたのだ。

(私は…何をして……)

そうだ、衣装を縫っていたのだ。バルフレアが来て、しばらく休むように言われて、そのままいつの間にか眠ってしまい、

(きっと、バルフレアがベッドまで運んでくれたのね。)

ここのところ睡眠時間を削って衣装を縫っていたのだ。昼間はずっと練習をしたり、相手役と打ち合わせをしたり。

(でも、いくら忙しいからって、せっかくバルフレアが来てくれたのに。)

本当は、うれしいけど、ちょっと困っていたのだ。
衣装は間に合うかとうかのギリギリで、最初は話しながら塗っていたのだが、焦るあまり気がつくと縫うことに夢中になっていて。どうしていいのかわからないでいたのだが、

(バルフレアが飲み物を買いに行ってくれて…一緒にお茶を飲んで、それから“今日はごめんなさい、これ、急ぐの”って言うつもりだったのに。)

バルフレアに申し訳ないと思う気持ちと、眠ってしまったせいで衣装の仕上がりが遅れることに涙が出そうになる。
それでも衣装が気になって、隣で眠るバルフレアを起こさないようにそっと体を起こしたところで、パンネロは目を見張った。

「嘘…どうして…」

ハンガーに掛けられた衣装が窓から入る風にひらひらとなびいているのを、信じられないものを見る面持ちで眺める。
ベッドから下りて歩み寄り、触れれば消えてしまうのではないかと、そっと手に取ってみる。

パンネロが取り付けようとした鎖状のビーズが全て取り付けてあるのだ。衣装が出来上がっているだ。
それだけではない、パンネロが作ろうとしたものよりも華やかになっていた。難易度の高さからパンネロが諦めた手法で、ビーズの間に大きな石を挟みそこに花びらのようにスパンコールが散りばめられている。その花がブラトップの紐の部分や腰のベルトにも縫い付けられており、衣装がより華やかになっている。

「バルフレア!!」

忙しい自分を労りに来てくれた恋人を起こすまいとしていたのも忘れ、パンネロはベッドに横たわるバルフレアに駆け寄った。肩を大きく揺さぶると、バルフレアは気だるそうに小さく呻いた。自分を呼ぶパンネロの声と、眠りから無理やり揺り起こそうとする小さな手から逃れるように背を向けたが、眠りと覚醒の間に自分の状況を思い出したのか、のろのろと体を起こした。

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