その後の二人。【後編】(DDFF/R18)

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フリオニールはライトニングと星空を見た丘の上から水平線の一点を睨んできた。わずかな音すらも聞き逃すないと意識を耳に集中させる。ほんの一瞬だけ、平和だった頃に森の中に狩りに行って獲物を待っていた時のことを思い出した。
どれぐらいの時間そうしていただろう。遠くからプロペラとエンジンの音が聞こえてきて、その方向から微かに空気が流れてきた。風は徐々に勢いを増してフリオニールの顔に吹き付ける。夕日を背に、海面に影を落とした飛空艇がこちらに近づいてきた。
(来た…!)
フリオニールはすぐにマントを翻し駈け出した。ドックに辿り着いた時、ちょうど飛空艇は海上に水しぶきを上げて着水したところで、何艘かのタグボートが飛空艇に近づいていき、ともづなを繋ぎドックに向かって引っ張っていっている。飛空艇は船のように港に繋がれて、乗組員達はタラップから降りてきた。
陽が落ちて辺りは暗くなっていた。飛空艇をドックに戻す作業は明日になるようだ。フリオニールが降りてくる乗務員のほうに駈け出し、大声で声をかけた。
「艦長は誰だ!?」
乗組員の中でひときわ目立つ2人組がフリオニールの問いかけに反応し、足を止めた。
「誰かと思ったら、あんた、フリオニールじゃないのか?」
知らない人物に突然名前を呼ばれ、フリオニールは驚いた。
「あんたが俺を知らないのは当然だ。俺も前の戦いで先代と一緒に居るあんたのことを遠くから見かけただけだから。」
「君が今の艦長か?」
「そうだ。艦長兼技師長だ。で、反乱軍の英雄様が何のご用で?」
思ってもいない呼び方をされてフリオニールは面食らったが、そんなことよりもライトニングのことが肝心だと、
「その…聞きたいことがある。君は…頼まれて、その人はすごくキレイな人なんだけれど、乗せてくれと言われなかったか?」
技師長と助手は思わず互いの顔を見合わせた。技師長は自分のポケットからライトニングから受け取った指輪を取り出し、フリオニールに見せた。
「これのことか?」
「そう…それだ!俺がライトにあげた…やっぱりライトはディストに向かったのか?」
「ああ、確かに送って行ったよ。これはその報酬にもらった。」
フリオニールは技師長の手のひらの上の指輪を見て胸を痛めた。これを渡さなくてはいけないときのライトニングの気持ちが痛いほどわかったからだ。
「…彼女は何か言ってなかったか?」
「飛竜がどうのこうのつってたな。」
「やはり洞窟に…」
フリオニールはかつて皇帝との戦いのために2度あの洞窟に挑んだが、迷いやすく罠も多い危険な場所だということをよく覚えていた。
(あんな危険なところにやっぱり1人で…)
「帰りの便のことを聞いてもどうでもいいみたいな反応だったな。なんだ、あんたの連れか?」
フリオニールは技師長の言葉は耳に届いていなかった。ただひたすらライトニングが心配なのと、そんな場所に1人でいかせてしまった自分の愚かさに呆然となっていた。しかし、すぐに我に返ると、
「すぐに…飛空艇を出してくれ!俺をディストに連れて行って欲しい!」
胸ぐらをつかまんばかりの勢いで言われ、技師長は一瞬面食らったが、
「バカ言うなって。落ち着いて見てみろ。帰ってきたばっかりで整備もしてない飛空艇だぞ?当然燃料はカラだ。飛び出すにはどんなに急いでも丸一日はかかる。」
「何とかならないか?ライトが危ないんだ!」
「お連れさんにはちゃんとそう言ってやった。腕も立つようだし、その辺はわきまえてんだろ。」
「彼女は何か使命を感じて1人で無茶をしているんだ。それに、蘇った皇帝にも狙われている…!すぐに助けに行きたいんだ。金ならある!足りないなら…」
フリオニールは自分の指に着けてある水色の石のついた指輪を外し差し出した。
「これはその指輪と対になっているものだ。銘は有名ではないが腕の良い職人のものだ。造りは大きな街で売っているものよりずっと良いし、石は最高のものをのはずだ。これも渡すから!頼む、俺をライトのところへ連れて行ってくれ!」
フリオニールのすがるような視線を技師長は鬱陶しげに振り払い、
「そこまで言うならあと一日待つんだな。いくら言われたって今すぐ飛べるもんじゃない。」
「明日まで待てない!」
「ダダこねても飛べないものは…」
「あれを出してあげて。」
黙って2人のやりとりを聞いていた助手が言葉を挟んだ。激高するフリオニールと、それを受け流す技師長の会話の間に楔を打ち込むような見事にタイミングで、フリオニールも技師長も一瞬言葉が止まり助手の顔を2人してぽかんと見つめる。
「…あれはそう簡単に出したくはないな。」
「でも、急いてるんでしょう?」
「さっきのおせっかいといい、どういうつもりだ?」
「あなたが思い浮かべたことを、代わりに言ってあげただけよ。」
技師長が苦々しげに舌打ちをする。
「今飛び立つと、夕日が沈んで月がのぼる景色が楽しめるわ。」
フリオニールは2人の会話についていけず、助手と技師の顔を交互に眺めるだけだ。技師長はもう一度チッとと舌打ちをすると、ついてこい、と言うふうに腕を降ってフリオニールの先に立ち、ドックの中へ歩いていった。
広いドックの隅に大きな帆布をかけられた一角があった。
「そっちを引っ張ってくれ。」
フリオニールは言われた通り反対側を持ち、技師長とタイミングを合わせて帆布を引っ張った。
「これは…」
今まで見たことのない小型の飛空艇だった。機体は白く、優美な曲線で構成されており、船にプロペラがついた今までの飛空艇と比べると洗練され、近未来的だ。
「俺の趣味だ。まぁ、その内実用化する予定だが。」
「個人用の飛空艇か…?すごいな、初めて見た…」
「軽い分、離着陸が楽だし扱いやすい。スピードも出る。」
フリオニールが驚くのに気を良くしたのか、技師長はまんざらでもなさそうだ。状況も忘れて飛空艇を眺めるフリオニールの先に立って技師長は飛空艇に乗り込む。背の高い助手がそれに続き、狭いコックピットで頭を屈め、助手席に座った。
技師長とその助手がずらりと並んだ計器を眺めながら次々をスイッチを入れていくと、発動機が始動し、機体が揺れ出した。
「ディストまで1時間だ。普通のやつより早い。」
フリオニールは頷いた。聞くと、飛空艇がディストに向かったのは昼過ぎで、もう陽が落ちかけている。遅れるところ、5〜6時間といったところか。間に合うだろうかという不安はあったが、
(それでも、ライトの所へ行ける…)
飛び立つ飛空艇の中で、フリオニールはひたすらライトニングの無事を願った。
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青白くほのかな光を発する不思議な泉を目の前にし、ライトニングはそこに跪いた。そして手に持っていたユウナがくれた赤い召喚石をそっと水の中に鎮めた。
ライトニングとカインは黙って湖の水面を見つめていた。しかし何の変化が起こる様子はなかった。
「どれくらい時間がかかるんだ?」
「さぁな…」
ライトニングは思わず立ち上がりカインに詰め寄った。
「どういうことだ?」
「いくら飛竜が神秘の生き物だとして、だからと言って、ほんの一瞬で卵から竜が孵る思うのか?」
もっともな事言われ、ライトニングはぐっと言葉を飲み込み、そして、力なくつぶやいた。
「私は…早く全てを終わらせたいのだ。」
「フリオニールが来る前にか?」
ライトニングは思わずカインをにらみつけた。
「ライトニング、こうは考えられないか?」
「なんだ?」
消滅するみの身に今さら何を?とは思ったが、ライトニングはそれを口に出さずにいた。
「クリスタルのことだ。」
「クリスタル?」
「俺や他の連中はコスモスにもらった力をお前を助けるために使った。そうだな?」
ライトニングは頷いた。
「だとすれば、コスモスにもらった力と言うのは異なった世界を渡ることができるほどの力を秘めていることになる。」
「では…皇帝はそれで私の力を私の中にまだ残っているコスモスの力でどこか別の世界へ渡ろうとしているのか?」
「俺たちはコスモスにもらった力をクリスタルにすることができなかった。それでも自分たちの世界に戻ったあとでも、そこから更に異世界に渡るほどの力を秘めている。だとしたら、クリスタルはもっと大きな力を秘めているのではないか。」
カインの言葉にライトニングは考え込んだ。
「確かにそうだな。もともとはカオスを倒すための力だ。皇帝は…クリスタルを使ってカオスに叛逆でもする気なのか?」
「俺が言いたいのはそういうことでは無い。」
さっぱり話が見えて来なくてライトニングはイライラしてくる。
「ではなんだ?」
「コスモスの力を使えば、お前もどこか異世界へ渡ることができるかも知れん、ということだ。」
カインの言葉にライトニングは 面食らった表情を見せた。
「そんなこと…考えたもみなかったな…」
「その力でお前は元の世界でもどこにでもいけるだろう。 」
かすかな希望がライトニングの胸の内に灯った。
「では、私は…消えなくても良いのか? 」
「皇帝を倒し、そしてお前の世界で誰かがお前に強く助けを求めていることを思い出せ。」
だが、カインの言う通り、仮にに元いた世界に戻れたとしても、
(消滅を免れて元の世界に戻り、フリオニールを忘れて生きるのか…)
一度消滅を覚悟した身にとって、それはそれなりにうれしい可能性だった。だが、ライトニングはもう、素直にその言葉を信じることが出来なかった。いや、信じるのが億劫だと言ってもよかった。
「だが、もし私が皇帝を倒し、クリスタルをコスモスの力をクリスタルに変えてしまったらどうなるのだ?お前はクリスタルは世界と世界を渡るためのものでは無い、と言っていたではないか。」
カインはライトニングの言葉に再び考え込む。
「やはりクリスタルは何のためにあるかその存在意義がハッキリしないことには手の打ちようもないか…」
「カイン。」
自分を呼ぶ声の響きがいつもより強かったので、思わずカインは顔を上げてライトニングを見つめた。
「気休めでも…感謝する。」
ライトニングに希望を捨てないで欲しいというカインなりの思いやりの言葉だったようだ。
「私だってやはり消滅なんてごめんだ。少しでも可能性があるならそれに越した事は無い。私に本当にまだコスモスの力が残っていればの話だが…な。」
クリスタルを形にすることが出来ず、クリスタルが13回めの戦いでどのような役割を果たしたのかを知らないこの2人にはその力がどんなものなのか予想すらつかない。
「…慣れないことをするものではないな。」
自嘲的に嘯くカインに、そんなことはない、とライトニングは頭を横に振った。カインの心遣いがうれしくないはずがない。
「だが、お前だって自分の意思でコスモスの力を発動させてここに来た訳では無いのだろう? 」
カインの沈黙はライトニングはそれが真実であると教えてくれる。
「私は…お前の話を聞いて、私は自分の世界ではなくフリオニールのいる世界へやってきた時、コスモスの力を使ってしまったのかもしれない、そう思った。以前皇帝が言っていた。私がアイツにフリオニールと離れたくないと縋ったと言うのだ。私にそんな覚えはない。だが…消滅する時にヤツの甘言に知らずに乗って、自分でも知らない内にその力を使ってこの世界に来たのではないか、とな。」
「ライトニング。お前はどうしてあきらめてしまっているのだ。俺にはお前がフリオニールを拒絶して、消滅したがっているようにすら…」
「カイン。」
ライトニングがカインの言葉を遮ったのは、水面が波うち、ライトニングが召喚石を沈めたあたりから水泡がわき出したからだ。
「いよいよ生まれるのか?」
カインは答えず、黙って水面を見つめた。カインはライトニングが何もかもあきらめきっているのに違和感を感じずにはいられなかった。ライトニングを止めなければ、そう思っていたが、そのための言葉はライトニングには届かない。
(ライトニングを止められるのは…俺ではない…)
やがて水の中から小さな飛竜が元気よく姿を現した。カインの、おそらく始祖に縁のある場所で飛竜誕生の瞬間に立ち会ことは誉ではあるが、それよりも今のカインにとってはライトニングに翻意を促すことが出来ない自分の無力さが歯がゆかった。
(次元の狭間を飛び越え、ライトニングを救いに来た仲間たちは…こんな結末のためにやってきたのではない。)
だからこそ、その仲間たちのために報いるためにもここで諦めるわけにはいかない。自分にライトニングを止める事が出来ないのなら、
(今こちらに向かっているであろうフリオニールが、ここに着くまでライトニングを引き止めるまでだ。)
カインは槍を握りしめる手に力を込めた。ライトニングはカインに背を向けている。
(今なら…)
ライトニングに気取られないよう、そっと槍を構える。
「カイン。」
ライトニングはゆっくりと振り返る。
「もう…本当にいいんだ。それに…もう、お前に…あんなことはさせたくない…」
泉の中で幼い竜が雄叫びをあげる。
まるでその泉のように澄み切った表情のライトニングに、カインはそれ以上何も言うことはできなかった。

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