その後の二人。【後編】(DDFF/R18)

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意気揚々と湖に再び飛び込んだフリオニール、光の輪に飛び込み、ライトニングが居たひずみを目指す。今度は気持ちに迷いがないせいかあっけない程簡単にひずみの入口に辿り着いた。手強そうなイミテーションを避けたり、またひずみの中に入ってこないようまとめて引き離すように誘導したりと、この世界で移動するコツも掴んだ。残念ながらガブラスには再会出来なかったが。
しかし、何度も異世界の間を行き来したせいか疲労が激しかった。ひずみの中に潜っていくのも、さっき来た道、同じ敵なのでスムーズには進むのだが、ライトニングの居る層に辿り着いた頃には肩で息をし、身体を引きずるようにして歩いていた。
(急がなくては……)
疲れた身体に鞭打って再びライトニングの居る扉を探す。さっきと同じ所に扉が出現することはなく、フリオニールは次元城の壁伝いに指先に神経を集中させて入り口を探し、歩きまわった。疲労で気が遠くなりかけるが、同時にまたイミテーションがやって来るのではと気が気ではない。その度に頭を振って、再びライトニングの気配を探る。
(ライト……頼むから出てきてくれ……)
そう願いながら、博士やガブラスの言葉を思い出した。
「意識をしっかりと保ち、強い意思を持てばそれは実現する。」
「強い…意思……」
フリオニールは壁に両手を付き、腹にぐっと力を入れ、叫んだ。
「扉よ、ここに!!」
フリオニールの触れた所、そこが門になった。フリオニールは大きく息を吸い込んだ。
「ライト!」
さっきのように怒鳴ったり、乱暴に扉を叩いたりしない。フリオニールの声に、中をソワソワと歩きまわっていたライトニングは思わず扉に駆け寄った。確かに帰れとは言った。だが、本当に帰ってしまうとなると、とてつもない喪失感で。いっそのことフリオニールがここに来たのが夢だったらと嘆いていたのだが、扉の中からの察した感じでは、慌ただしく撤退していったようだった。
(だったら…戻って来てくれるかも……)
そんな期待を抱いた自分をライトニングは叱責する。会えない、会えるはずがないとい聞かせる。ことあるごとに君はきれいだ、美しいと褒め称えていたフリオニールがこんな姿に変わり果ててしまった自分を見たら、
(驚いて……がっかりして……でも、あいつは優しいから、きっと何か言い繕うとして……)
そんな体裁を気にした言葉を聞くくらいなら、この耳が聞こえなくなってしまえばいいと思う。この姿を見て失望するフリオニールを見るくらいなら、この目が見えなくなってしまえばいいと思う。だが、ライトニングの決意は舞い戻ってきたフリオニールの言葉に容易く挫けてしまいそうになる。
「ライト……聞こえているんだろう?俺は君を、君の世界へ帰すことが最善だって思ってた。そうやって自分にも、君にも嘘を吐いていた。でも、それは違うってわかった。」
(何故、今頃になって……)
もっと早くにその言葉を聞きたかったのに、言い出せなかったのは自分も同じだと知ってはいたけど、何故今更とフリオニールを責めてしまう。
「俺だって、君だって、自分を偽って不幸な道を選ぶ必要はないんだ。ライト、俺は自分が幸せになることなんて、考えたことなんかなかった。だが君を失って、君と一緒に居ることが俺の幸せだってわかった。ライト、俺を幸せにも不幸にも出来るのは君だけだ。」
胸がいっぱいになる。これほど真摯な愛の言葉から逃げられる意志の強さを、自分は持っているのだろうか。
「君は俺に会いに来てくれた。皇帝の罠ととか、そんなことは問題じゃないんだ。俺はそれに応えたい。ライト、俺を幸せにも不幸にも出来るのは君だけだ。そして、君を幸せにも不幸にも出来るのは俺だけなんだ。」
フリオニールらしくもない強引な言葉だった。だけど、ずっとそんな風に言われるのを待っていたのだと気付く。今すぐにでも扉を開けたい。そうしてフリオニールの胸に飛び込みたい。心が激しく揺さぶられ、喉がカラカラになる。だが、扉に置いた自分の手を見てライトニングは再び深い絶望感に襲われた。
「……無理だ……」
泣きわめいて帰れ、と叫びたくなる。
「だって……私は…」
漸く現れた最後の希望にも縋りるくことも許されない。
「…こんなに……醜い……」
ライトニングはその場に崩れ落ちた。自分で自分の肩を抱く。自分で選んだ結末だが、涙を止めることができない。フリオニールは扉に額を押し付けた。2人で旅をしていた時によくしていた仕草だ。互いの額と額を合わせ、背中に手を回し、相手の瞳を覗きこむ。フリオニールは息を吸い込んで、博士に教わった言葉を伝える。
「ライト、君がどんな姿であろうと、俺は君を愛する。」
その一言で呼吸が止まった。まるで喉が塞がったかのようにうまく息が吸い込めない。気管が強く吸い上げられたストローのようにぺちゃんこに潰れてしまったかのようで、息をしようとすればする程苦しくなる。
「……それは、本当か?」
漸くライトニングが返事をした。フリオニールは驚いて顔を上げた。どんなに言葉を尽くしても答えなかったライトニングが、博士曰く“魔法の言葉”で初めて手応えのある反応を示したのだ。真心のこもった言葉ではあるが、ここまでの効果を発揮するとは。だが、ここで言葉を詰まらせてはライトニングを不安にさせてしまう、とフリオニールは即座に応えた。
「約束する。」
「本当か?」
「俺は自分にも君にも嘘を吐かないと決めた。」
長い沈黙があった。安定しない時間と空間、いつやって来るかわからないイミテーション、それらが気にならないわけではない。だが、フリオニールは今度はいつまででもでライトニングが出てくるのをここで待とうと心に決めていた。
金属が擦れる音がした。ほんの僅かだが、扉が開いた。
「ライト…!」
感極まって思わず声が大きくなるフリオニールを制するように、中からライトニングの声がした。
「お前のマントを貸せ。」
「え……?」
フリオニールは首を傾げる。
「マント?どうしてだ……?」
マントなんて何に使うのだろう?と不思議に思うフリオニールに、ライトニングは慌てて、
「…ずっとここに閉じこもって泥だらけでみすぼらしい…お前にそんなところを見られたくない。」
「お安い御用だ。」
「それともう一つ。」
「なんだ?」
「お前の世界に戻るまで…決して私の姿を見るな。」
「え……?」
「…私に、触れてもいけない。お前は私の前を歩いて決して振り返るな。」
フリオニールは訝しく思ったが、
「わかった。ライトがそう願うならそうしよう。」
「…扉を開く。だが、決して中には入るな。マントを中に投げ入れてくれ。」
扉の隙間が1cmから10cmほどに広がった。フリオニールがそこにマントを挟み込むと、中から素早く引っ張られ、引きこまれていった。衣擦れの音が聞こえた後、扉が開き、マントをすっぽり被ったライトニングが出てきた。
「ライト…」
すぐにでも抱きしめたい。だが、ライトニングは素っ気なく、
「先を急ごう。」
言われて、その通りだとフリオニールは慌てて先に立って歩き出す。
「すまない、約束だった…な。」
ライトニングに再会出来たが、思い描いた再会とは少し違うような。おまけにライトニングはフリオニールから何故か姿を隠そうとしている。だが、自分の想像と違っていたからと言ってそれがなんだと言うのだ、という思い直す。あんなにも恋い焦がれていた恋人はすぐ後ろを歩いているのだ。ライトニングが戻って来たら、大事に大事にしようと心に決めていたフリオニール、ライトニングの願いを快く聞いてやる。
(振り返ってはいけない…姿を見てはいけない…手も、触れてはいけないのか…)
頭の中で禁止事項を復習していて、ふと気が付いた。
「ライト、これはいつまで…」
と、言いかけて振り返りそうになったのを、慌てて堪える。後ろのライトニングが小さく笑ったのが聞こえて、気持ちが和らぐ。
「ごめん、気を付ける。この外は手強い敵がたくさん居る。遅れずについて来てくれ。」
「分かった。」
(せめて手だけでも引かせてもらえたら行動しやすいんだが……)
ライトニングの返事を聞いて、フリオニールはひずみから出るための烙印に触れた。
ひずみの外に出ると、世界は一変していた。
「これは……」
ただ広い大陸の果てにある高い山々が噴火を起こしており、火塗れの溶岩が空から降ってきている。ただでさえ薄暗い空は既に火山灰に覆われ、息を吸い込むと熱い空気が肺を焼くようで、どんどん息苦しくなっていく。
(まるで……世界の終わりだ……)
耳をつんざくような空気を切る音がして、次々と溶岩が海に落ちて行く。
(ガブラスが言っていた通りだ…時空が安定してない…この世界はもう……)
「ライト!急ごう!」
駈け出した自分のあとを、確かにライトニングの足音が続いている。だが、果たしてちゃんと付いて来ているのか心配で仕方がない。軽い気持ちでした約束が、こんなにも忍耐を要求されるものとは思いもしなかった。そんな風に背後にばかり気を取られていると、
「フリオニール!」
不意に後ろに居たライトニングが叫んだ。気が付いた時には長い刀の剣先がすぐ目の前まで迫っていた。避けようにももう遅い、その時、目の前にいた長刀を持ったイミテーションが粉々に壊れた。
(ガブラスか…!?)
この世界に留まっていあられるのはクリスタルを持つ自分とコスモスの力を体内に宿したライトニング、それにガブラスだけだ。だが、予想に反して目の前に立っていたのは小麦色の日焼けした肌に、真っ白な歯を見せた明るい笑顔の青年だった。
「ティーダ……?」
「へへ!手伝うっスよ!」
一瞬、この世界で迷い、イミテーションのティーダに崖から突き落とされたことを思い出したが、
「ほら!早く行くっスよ!」
と、フリオニールの背中を叩いた。
(手が…温かい……)
イミテーションではない。生きた、本物のティーダだ。ティーダは新たに襲いかかって来た魔女のイミテーションを切り倒し、
「安心して、早く行けよ!」
「ティーダ!」
「みんな居るから!安心するっスよ!」
(みんな……)
フリオニールは頷くと、走りだした。跳ねた長髪のイミテーションがライトニングに狙いをつけ、空中から襲いかかった。とっさに避けたものの、マントが切り裂かれ、どこかに飛んで行ってしまった。
「ライト!」
振り返るわけにもいかず、どうやって助ければと歯ぎしりをした所でジタンが現れた。すばしこい動きでイミテーションを倒すと、チャーミングなウィンクをして見せ、
「お似合いだぜ、お二人さん!」
ジタンのお陰でなんとか危機を避けられらたが、ライトニングの身を覆っていたマントを失ってしまった。振り返りたいという誘惑はますます強くなる。それに抗いながらフリオニールは現れるイミテーションを打ち払いながら前へ前へと進む。ティーダが言った通り、巨大なゼンマイがガタゴトと無機質に回る不思議な塔のような建物の中ではスコールが現れた。
「油断せず進め。」
緑色の光に包まれた円筒形の空間に岩がいくつも浮いているひずみで足場が悪くて悪戦苦闘しているところをクラウドが助けてくれた。
「いつかの借りは返したぞ。」
きっと、いつかの手合わせのことを言っているのだろう。フリオニールは軽く手を降ってそれに応えた。
駆け抜けていく先でかつての仲間たちがフリオニールとライトニングが進む道を作ってくれる。魔導工場ではティナが魔法で道化のイミテーションを一掃すると笑顔で手を振り、次元城ではバッツが「お幸せにな!」と、おどけて声をかけてくれた。月の渓谷ではセシルが「こうなると思ってたよ。」と言って微笑みかけてくれた。クリスタル・タワーではオニオンナイトが「大人なのに、世話が焼けるね。」とませた口調で見送ってくれた。
かつての仲間たちの壮行に、忘れていた記憶が次々と蘇る。彼らの思念がここに残っていたものが具現化したのか、それともティーダが言うように、カインやユウナ達のように自分の危機を察して助けに来てくれたのか、フリオニールは分からなかった。だが消え行くこの世界からフリオニールに別れを告げにきてくれることに感謝の気持ちで胸が熱くなる。仲間たちがかけてくれた言葉の一つ一つを忘れまいと胸に刻む。
「私が最後のようだな。」
朽ちかけた王座のある、あの神殿で待っていたのは光の戦士だった。彼の顔を見た瞬間、フリオニールは突然ガブラスの言葉を思い出した。
(三体の意思を持ったイミテーション………)
「ああ、そうだな。」
動揺を隠しながら返事をする。論理的な考え方が苦手なフリオニールだが、彼の顔を見て瞬間的に悟った。
(カオスと、コスモス……そうして、三体目とは……)
全て辻褄が合う。他の仲間と違って、名前すら思い出せないのは彼だけだった。そして、コスモスにとって彼は特別だった。2人の間に特別な絆を感じたものだった。
「この先にもうイミテーションは居ない。」
彼一人で倒したのだろうかとフリオニールは感服してしまう。
「皆には会えたか。」
「ああ。」
感動に魂ごと揺さぶられるようだった。ガブラスに聞いたこの戦いの真実、そんなことはフリオニールとってはどうでも良いことに思えた。彼は常に仲間を想い、常に前を向き皆を率いてくれた。
「あなたは……」
何を伝えれば良いのだろう。自然と胸に手に当てていた。自らに問いかけると、感謝と尊敬の念しか浮かんでこない。彼の出自、彼自身が何であるか、そんなことは重要ではないのだ。彼の本質とはなんの関係ない、ただの事がらでしかない。哀れなカオス、自我を持ち始めたコスモス。そして、目の前に居る気高く、心に汚れのない純戦士、いったい自分たちと彼らの何が違うというのだろう。
(俺は…ここで彼と出会い、共に戦った……)
それだけで充分だった。
「達者でな。」
「あなたの武運が尽きぬことを。」
フリオニールは一礼すると、奥へ向かって走りだた。

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